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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十六節 第62回サリア魔法大学院習得技識披露大会
202/220

1-26-10.リーラの小壜







「リーラさん、もう、アルセステさんはいませんよ――」


「ティリル先輩っ!」


 突如、大声を上げるリーラ。びっくりして、返事をする間を見失った。


「先輩! これ、この薬っ! 飲んでくださいっ!」


 返事も待たず、リーラはそう捲し立て、ようやくティリルの腕から離した右手で、自分のスカートのポケットをごそごそと探った。


 出てきたのは、ピンク色の液体が入った小さな壜。


「それは……」


「今見てわかりました……。これ、飲んだら有利になるんじゃなくて、飲まないと不利になるんだ……。だからあんな……。先輩! お願いです! これ飲んでください! でないと先輩、あの人に殺されちゃう……っ!」


「お、落ち着いてください。リーラさん、それ一体何なんで――」


 うだうだと、言葉と質問をリーラに重ねてみるが、恐慌状態にあってリーラの耳にはどちらも届いていない様子。とにかく、と一方的に小壜をティリルに押し付けてくるリーラからそれを受け取り、小さく振って中身を検分する。


 あまり、口にしたい色合いではなかったが。


「これを飲むとどうなるんです?」


「……魔法の力が上がるんです」


 不安そうに、声を震わせながら、答えてくれた。


「魔法の力が? 本当に?」


「本当です。私も半信半疑でしたけど、多分、本当だったんです」


「でも、こんなものを使って大会に出るなんて、いけないことじゃ――」


「違うんです! 飲まないとダメなんです! でないと、先輩……」


 せがむように、乞うように主張してくるリーラ。その執拗な態度に当然違和感はある。けれど、彼女の根本にあるものはティリルの身の心配だと、それは信じることができた。だから、ティリルも、その薬を信じる確証の欠片を求めて、言葉を重ねてしまうのだ。


「……これ、どこで手に入れたんです?」


「…………」


 リーラが、即答を避けた。


 数瞬の間を置いて、再び口が開かれる。


「……ルートさん、からです」


 まさかの名前だった。


 一概に嘘とも取り切れぬ。悩んだ末に誤魔化すのをやめたのか。そうとも受け取れる、難しい線。だが、それでこの薬の信憑性が跳ね上がるわけでもない。できることなら、怪しげなものを口にするのは避けたいところだ。が。


「どうしてルートさんが、リーラさんに、これを?」


「……アルセステさんからくすねた、と言っていました。アルセステさんが何か悪巧みをしているようだから、これを預けておくって。どうしろとは言わないから、どうにでも好きなようにしろって。

 ……でも、今わかりました。アルセステさんも同じ薬を飲んでたんです。だから、先輩もこの薬を飲まないと……、先輩が有利な状況を作るためにこの薬をくれたんじゃなくて、先輩をアルセステさんと同じ条件に立たせるために、この薬をくれたんです」


 先程、アルセステが口許を隠して飲んでいたもの。リーラにはその正体が見えていたのか。それで急に震え出し、焦り出したのか。ようやくリーラの恐慌が理解できて、ティリルは一つ、得心した。


 アルセステなら、するだろう。そんな薬を持っていれば、絶対に使う。


 そう思うと確かに、ティリルの背筋にも不安が襲い掛かってきた。


「わかりました。心配してくれてありがとう。あんまりしたくはないけれど、そういうことなら……、この薬、頂きますね」


 意を決した。


 リーラの顔がようやく綻びを見せ、そしてぱぁっと明るくなった。


 勢いに任せ、ぐっと飲み干す。味はしなかった。ただ少しだけ、腹の中が暖かくなるような感覚がある。


 左手に空の小瓶を乗せたまま両手の平を自分に向け、まじまじと見つめながら、そこに変化があるのかどうか目で探そうとした、


「どう、ですか……?」


 やっとティリルの腕を手放したリーラが、不安げに見つめてきた。


 試しに、魔法を使ってみる。


「精霊さん。私の手に、水をください」


 念じると、手の平から水が勢いよく溢れ、床を叩いた。


 まるで大きめの壺を割ったような勢いで、足許が濡れていく。靴が水を浴びて、足を湿らせていく。


 うわわと慌てて念を解いた。水の勢いは止まったけれど、廊下は水浸しだった。


「すごい。私、普段こんなに勢いよく魔法使えませんよ!」


「じゃ、じゃあ……」


「ええ。多分これなら、アルセステさんにも勝てる気がします!」


 濡れた拳を握って、リーラに向かって微笑む。


 よかったと胸を撫で下ろしながら、リーラはきつと眉を吊り上げ。


「でも油断しないでくださいね。アルセステさんも同じ薬を飲んでるんです。これでようやく、対等な勝負ができるっていうだけなんですからね」


 言われて、気を引き締める。確かにそうだ。自分に有利な状況など、まだ一つもない。口を結び、小さく頷く。


 と、再び実行委員が姿を現した。ランツァートではない。準備室でもよく顔を見た、背の高い赤っ毛の男性。


「あれ、廊下にいるのか。もうゼーランドさんだけのはずだし、口で伝えちゃえばいいかな?」


「え?」


「試合の結果。伝える相手、もうゼーランドさんしかいないんだよね」


 ああ、そうか。準決勝の第二試合。終わったのかと溜息をつく。


 どうせ結果はわかり切っている。その思いが、感動を薄くした。次の瞬間に驚きが待っているとも知らず、ティリルは完全に油断しながら、ええ聞かせてください、と男性に返答していた。


「準決勝第二試合、フェルシア・ノルディークとスティラ・ルートの試合は、六対五でノルディークが勝利した。決勝戦は、アルセステ対ノルディークの顔合わせで。十分の休憩の後行われる」


 完全に予想外の結果に、ティリルは慄然と、目を丸くした。





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