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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十六節 第62回サリア魔法大学院習得技識披露大会
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1-26-7.午睡は朗報を齎す、……か?







 第三種競技に所要の暇、三時間近くに及ぶ。一試合五分。選手の入れ替えと準備に五分。十六名全員が初戦を終えるだけで一時間以上の時間を費やす計算。決勝までを数えれば二時間半。挨拶や、観客へのルール説明、途中の休憩時間を調節し損じれば、更に時間が必要になっていく。


 十六名全員と言ったが、その全員にティリルは入っていない計算。優勝者が決まった後の余興の扱い、ティリルは決勝までの全試合分の時間、この控室に軟禁される流れらしい。ミスティとの作戦会議などとうに終わり、手持ち無沙汰に欠伸を零したのは、まだ三十分も経たぬうちだった。


「ティリルも強くなったよね」ミスティが微笑む。「この状況で欠伸なんて、出会った頃のあなたじゃ絶対無理だった」


「あはは、私もそう思うよ。緊張はしてるんだけどね、思ったほどじゃないっていうか」


 ミスティの顔を下に見ながら、ティリルも笑う。なぜか、この控室にはティリルの分しか席がない。ミスティはしばらく脇に立ってくれていたのだが、さすがに疲れた、と床にペタリ腰を下ろした。


 席を譲ると言ったのだが、選手を疲れさせるわけにもいかないでしょうと苦笑で辞退。せめてとティリルは、慣れない魔法でこのスペースを暖め始めた。冷たい床に、親友の尻を晒し続けるわけにはいかない。


「そっちこそ、無理しないで」


 ミスティも言ってくれたが、やってみると温暖魔法は案外易しく、いいウォームアップになっている感覚。むしろもう少し続けたいと思う気持ちが強くなるのだった。


 暖かさに、また欠伸が出る。昨夜なかなか寝付けなかったのは本当なので、昼食の後の、自分で暖めたとはいえずいぶんとぬくもった部屋。ぼんやりとするばかりの時間に、睡魔が襲いに来ないはずがない。


 会話が途切れて数分もすると、やがて瞼が重くなってきて。


「……ホントに、寝る?」呆れた顔で、ミスティが訊ねた。


「寝ないっ、う、うん。寝ないよ、寝ない」


「いやいやまだ出番は先なんだしさ。休めるときに休んでおいた方がいいよ」


「あうぅ、で、でも、ミスティは……」


「私はちょっと外に出てくるよ。ゼルを探しに行くのも中途になっちゃったし、もう少しいろいろ情報を集めてきたい」


「えっ。外、出られるの?」


 閉じかかっていた瞼がぱちと開く。


 知らず大きくなってしまった声。ミスティが口の前に人差し指を立て、口を横に開いて歯を見せた。


「静かに、ね」音にせす、無声で喋る。「ま、この部屋から抜け出すくらいなら多分簡単よ。戻ってこられるかは五分(ごぶ)だけど」 


 ええと、それって――。


「大丈夫よ。最悪試合のときにまた会えるわ」


「えぇ、そんなぁ……」


「待ってるだけくらい、一人でできるでしょ。ティリルももうおっきいんだから」


 ふざけるミスティに「もぉ!」と憤るティリル。


 まぁでも確かにここで二人悶々としているよりも、ミスティには動いてもらった方が得るものもあるだろう。不安はあるが、軽い冗談のおかげで気持ちの余裕も出た。


 わかった、と頷いて気持ちを固める。


 立ち上がり「よし」と胸を張って、ミスティはぽんぽんとティリルの頭に手を置いた。全くいつまでも年下扱いして。ふん、と鼻を鳴らすのも愛嬌。いつも何度でも安心させてもらったその手の平に、今度もティリルは温もりを感じていた。


「じゃあね、行ってくる」


 軽く手を振るが、実際どうやって部屋を出るつもりなのか。ティリルたちのスペースは、衝立で区切られたうちの、扉から遠い方。他の出場者のスペースを通らないと部屋の外には行けないのだが。


「あーっと、お隣さん。すみませんがちょっと通してくださいね」


 行けないのだが、ミスティの取った策は紛うことなき正攻法だった。こうなると部屋を守っている委員の人にもそのまま言いそうだ。ひょっとして、補助の人物なら外に出ることはできたのだろうか。できたのだろうな。追い返されてこないところを見ると。


 足音の余韻を聞いたのち、静かになる。


 他のスペースは静かなもので、呼吸の音や、ときどき何やらひそひそ喋っている声なども聞こえるが。ミスティの話し声に比べたらまるで蝶の羽ばたき程度の音だ。


 くすくすとそんなことを思いながら、ティリルは机に両の肘をつき、手の平の上に顎を乗せて一息ついた。


 睡魔はすぐにやってくる。ミスティが脇にいた時でさえ、すぐ背後に侍っていたかのように。


 いつの間にか、ティリルはうとうとと、両手で頬杖をついたまま夢の世界に出掛けてしまっていた。




 何度か同じ音は聞こえていたが、なぜか今回ははっと目が覚めた。扉が開く音。さらさらと柔らかいものが何かを撫でるような擦過音。そして、チリチリと甲高く響くベルの音。


 はっと目を開け、辺りを見回す。


 窓の外は変わらぬ曇り空。大丈夫、日が陰ってしまうような時刻ではない。ふう、と息をついて、それから今の音のことを思い出す。そうだ、今のベルは、試合の結果を告げる音。小教室の扉の脇に大きく張り出された名前入りのトーナメント表。その表に、実行委員が勝ち抜いた者の線を太く伸ばしていく。その作業をした合図のベルだ。


 ミスティではないが、結局、表を見るためには他の出場者の仕切りを越えねばならない。


 一回戦の細かい結果など逐一見ずともよいと思ったが、さすがに、どこまで進んだのか確認も必要だ。腰を持ち上げ、少しだけ緊張しながら、失礼しますと声を上げて衝立の向こう側へ歩を進めた。


 隣には誰もいなかった。試合中だったのか。ひょっとすると負けてしまったのかもしれない。


 そっか、と自分でも正体に困る感慨を喉の辺りで転がしながら、ティリルは視線を扉の脇に向けた。


 準決勝の第一試合が終わったところ、らしかった。


 瞠目する。


「……ルースさん、…………負けちゃったの」


 ルースの線は準決勝戦の交点の手前で止まり、アルセステの線が伸びている。心臓が握られるような息苦しさを覚え、胸をぎゅっと拳で押さえた。


 わかっている。覚悟はしていたこと。


 ミスティの前では「きっと勝つ」とおどけたところで、勝負ごとに絶対などないことはティリルとて了解していた。覚悟も決めていた、つもりだった。それでも、いざ目の前に突きつけられると、ざわつく心を押さえつけることはなかなかに難しい。


 彼の敗因に、ティリルの存在は含まれていなかっただろうか。ミスティが憤慨するような負け方ではなかったろうか。


 ふるふると首を振り、気を引き締めて競技の全図に目を向ける。




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