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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十六節 第62回サリア魔法大学院習得技識披露大会
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1-26-5.ミスティとネライエの言葉、そしてティリルの心







「それで、ゼーランドさんをシード扱いにする、ということですか?」


 アイントが重ねて聞く。


「いや、正直な話をすると、実際お話を頂いたのが本当についさっきでね。トーナメントの組み合わせも完成した後だった。

 最初は、どこかにゼーランド女史を組み込もうと考えもした。だがどこに組み込んでも、誰か他の参加者の試合数が多くなってしまう。どこかに不平等が生じてしまうのだ。だから、本来の大会のトーナメントは、予定通り十六人の形で行う。優勝者はそれで優勝だ。そこに加えて、優勝者とゼーランド女史の対戦を一試合用意した。あくまで余興の形だ。結果がどうあれ、優勝者の名誉が傷つくことはない」


 珍しく、ネライエの説明が濁りを見せた。突然の話でこちらも困ってしまった、要約するとそういうことらしい。そこに嘘はないように思われた。嘘がなければ誠実か。そんなことはないとも思った。


「ネライエ委員長。ご説明は以上ですか?」


 と、ついに彼女が口を開いた。


 ふと、自分の口許が緩むのがわかる。


「ああ、質問がなければ以上だ。何か、あるのかな?」


「私はティリル・ゼーランドの補助について同席させて頂いております、ルーティアと申します。時間がない中の発言を失礼致します」


 本題に入る前に、一言自己紹介をするミスティ。他の列席者に対するもののようだが、実際はネライエに向けたポーズ、とも受け取れた。


「私、及びゼーランド本人、今回のお話を全く聞いておりません。参加の是非につきまして、まずお話を頂いて、お答えをして、それからこのように全体への通達、というのが本来の流れではないかと思うのですが」


「いや、まさかっ?」


 ネライエの声が上ずる。演技のような気配は感じられない。


「女史には、道すがらランツァートが説明したはずだが」


「え――」


 背中に、氷でも入れられたような。ぞくっと背骨が軋む音がした。


 ランツァートを睨む。澄ました顔で、ぬけぬけと。「はい、女史には確かにご説明差し上げ、出場のご意思を頂きました」何度聞いても返事一つ寄越さなかった癖に、そんなことを言ってよこした。


 一瞬、にやりと口許を緩ませる。アルセステと、同じ表情だった。


「嘘です! 私、何も聞いていません」


「嘘とは、また……。申し訳ありません。私のお伝えの仕方が悪く、誤解が生じてしまったようですね。ですが、既にご参加頂けるという前提で準備を進めてしまいましたし――」


「そうだな。……女史には申し訳ないが、どうにか参加して頂く形で、頼めないだろうか」


 ランツァートに合わせ、ネライエまでもがそんな言い方をしてきた。敵意はない。ただ本当に困っているのだろう。ランツァートとネライエは違う。恐らく、だが。


「その答えを出す前に、もう一つ伺いたいのですが」


「ん? まだ何かあるのか」


 さらに口を開くミスティ。ネライエが、明らかに戸惑いを見せた。


「ゼーランドは、王女殿下と私的な関係を持っており、この午前中は観覧席の隣に呼んで頂いておりました。皆さまも、ひょっとしたらお気付きだったのではないかと思います。あぁ私的な、と言いましても、後ろ暗いことはありません。単純に、ご友人として大会をご観覧がてら歓談したいと、それだけのお誘いでございました」


 うっすらとした脚色。王女がティリルを誘ったことになっていた。まぁ、その程度はアリアも口裏を合わせてくれるだろう。この状況を理解してもらえば。


「王陛下にそのようなご希望があれば、当然実行委員会にも書状が届くかもしれません。ですが、まずはゼーランド本人に直接、お話を下さるのではないでしょうか。その方が陛下としても話が早い――」


「失礼。あなたは、ゼーランドさんが陛下から直接お話を頂くのが当然、とそう仰りたいの?」


 突然、アルセステが口を挟んできた。ざわりと。誰も口を開きはしないものの、室内がどよめいたような気配があった。部屋の中の空気が冷たくなったのを感じた。


「今上陛下はざっくばらんで単刀直入を好む方という評判です。当人を目の前にして、話を通さないとは違和感がある。直接お話を頂くのが当然という考え方が不遜だ、と仰る方もいるかもしれませんが――」負けず、ミスティは言葉を続ける。「名指しでご推薦を頂く、その時点で十分特別扱い。公私混同と言わざるを得ないのに、今更そんな手順ばかりを気になさる、というのも奇妙な話です」


「な……っ、陛下のなさることを、公私混同と……。あなた、ご自分がどれほど失礼なことを言っているか、わかっているの?」


「そこです」


 怒気を孕んだアルセステの言葉に、冷静にミスティは切り返す。


「そもそもが、私には納得がいかない。陛下がこのような公私混同をなさるとは考え難い。王家からの推薦枠は以前からあったものです。これについて、今年ゼーランドが選ばれた。それはいい。ですが、大会当日にして、第一種の成績が振るわなかったから第三種も見てみたいとはやや強引。加えて先に述べたように、話の動かし方にも疑問が残ります。

 こう考えることはできませんか。そもそもが、その書状自体が陛下の筆ではなく、誰かによって捏造されたものである、と」


 今度は確かにどよめいた。ティリルも思わず息を音にして漏らしてしまった。他の者も同様。ただ皆が一様に息を零したのに対し、アルセステだけ、すっと息を飲んだ。その様の違いが、ティリルの視界でもわかった。


「あ、いや」


「実行委員長はどうですか? 思いませんか」


 攻める、ミスティ。学院長やアルセステを相手に議論するよりは、余程手応えがある。ネライエはちゃんと、ミスティの言葉を受け止めてくれているように感じられた。


 しかし、その上で。


「そこについて俺が思うか思わないか、は、ここでは答えられないな」


「なぜですっ? 重要なことじゃ――」


「仮に、本当にこの書状が偽物だったとして、疑うのは実行委員会の仕事ではない。もしもそのような不埒が行われていたとして、それを咎める術は我々にはない」


「悪事があれば、咎められるべきでしょう? それは誰かの役目ではなく、見つけた者がすべきです」


「仮に、この書状が本物だったとして、疑念をぶつけた場合の委員会の立場は考慮してもらえるか」


 ミスティが、ぐっと次の句を飲み込んだ。


 唇を噛むミスティの表情が、これ以上踏み込めない事実を語っていた。たとえランツァートが黒だとしても、他の委員を危うきに晒すことはできない。どれだけ分がよかったとしても、これを陛下に直接問うことは賭けなのだ。


「では、ゼーランドが出場するほかない、と」


「質問を返して申し訳ないが、ルーティア君、ゼーランド君」


 ネライエの視線が、ティリルにも向けられた。はいと答える。質問は端的。


「たかだか、と言うべきではないかもしれないが、大会の余興に参加することを、そこまで固辞する何か理由があるのか」


 この質問にも、ティリルは答えられなかった。


 出れば、きっと、身に危険が及ぶ。しかしそれをここで説いたところで、受け止めてはもらえないだろう。委員会の運営を信用してほしい、と説得されるのが落ちだ。


 アルセステがにやりと笑った。恐らく、この場でこの表情を見られて困る相手は、ネライエだけなのだろう。周囲を憚る様子がほとんど見られない。


「もう一度、依願しよう。ゼーランド君。我々委員会は陛下からのご指示には従わねばならない。また、君自身も陛下からご推薦を頂いた身だ。出場してはもらえないかな」


 ネライエが、正面を向いてティリルに問うた。


 ミスティは顔を伏せた。ごめんと、上目にティリルに伝えてきた。


 答えることは、ティリルにしかできない。ミスティに謝らせるのは間違っている。断る言葉は、ティリルの口から発するべきなのだ。


「…………あの……」


 震える拳を、唇を必死に御して、ティリルはまずランツァートを睨み、アルセステを()め、最後にネライエを見据えた。


「……出場、します。させてください」


 えっ、とミスティが声を漏らした。ルースとマノンも、驚いた表情を見せている。


 ティリルの心は、自分がすべきこと、を必死に探していた。




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