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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十六節 第62回サリア魔法大学院習得技識披露大会
194/220

1-26-4.呼び出し







 時は、少し遡る。


 午前中。まだ第二種競技の最中(さなか)。『芸術式競技』と呼ばれるだけあって、第二種は第一種に比べても競技風景に華があった。火花を散らし、炎に色を染め、飛沫を散らし、氷片を煌めかす。学生が自ら演出するので、一演目通しての構成の拙さはあるものの、それでも一瞬一瞬目の前に繰られる美しい光景に、客席から上がる歓声も、先程よりもずっと大きくなっていた。


「きれいですねぇ……」


 ティリルが呟く。


「ホントね。これなら見てて退屈しないわ」


 隣でアリアも嘆息した。


 この席は特級の見やすさ。国王と学院長の座る最上席のすぐ下で、美しい魔法を見るにはちょうど良い席だ。もちろん、学院長の様子を見守るのにも。


 最後の一人が演目の最後を飾る。大きな拍手が巻き起こる。ティリルも思わず手を叩く。


 出場者全員の採点はこれから。評価は、教員、実行委員、一般学生、更には外部の人間と、多岐に亘った人選の審査員六名による。演技を終えた充足に満ちた、参加者十三名の表情が、このあと悲と喜とに分かれるのだ。


 と。


「王女殿下、ご機嫌麗しゅう」


 貴賓席の下の方から、キビとした女性の声がした。


「んー? ああ、はい、ご機嫌麗しく。ええと、どちら様でしたっけ?」


「失礼致します。大会実行委員のランツァートと申します。ご同席の者に用件があり参りました」


 なんだ、私じゃないのか。ふうと息をつき背凭れに寄りかかるアリア。交互に飛び出すおもちゃのように、交代でティリルが背凭れから背を離した。


「ランツァートさん? 私にご用事ですか?」


 見ると、銀の髪の少女は表情こそいつも通りの落ち着き払ったものだったが、額にはうっすらと汗を浮かばせ、弾ませた息を白く、鼻先にまとわりつかせている。


「ええ。大会の運営のことでお話があります。すみませんが、降りてきていただけますか?」


 わかりましたと答え、ティリルはアリアとエルザに、ちょっと行ってきますねと頭を下げる。一緒に行きましょうか、と提案してくれるエルザはいくら何でも過保護だ。エルザにはアリアの世話という仕事がある。むしろ、そんな提案をされてしまう程自分が頼りないのかと、怪訝に思う気持ちが強くあった。


 この時の浅薄な考えを、後悔することになるなどと、欠片も、思いはしなかった。


 ランツァートの後について歩く。校舎の中へ。一言もしゃべらず。


「あの、……どういったご用件なんですか?」


 不安を落ち着かせるため、前を歩くランツァートに声をかけてみる。


 返事はない。ただ、まっすぐに廊下を歩き続ける。段々と不安になる心を必死に抑え込み、拳で胸を押さえつけながら、大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせる。


 気が付けば、実行委員会の会長室の前だった。


 扉の中から人の気配がする。このところは週に三、四日通い詰めた部屋だったが、こちらの部屋で、三人以上の人間に一度に出会ったことがない。少し、不思議な感じがした。


「どうぞ」


 ランツァートに促され、恐々(きょうきょう)扉を開く。


 中には、十人以上の人間が集まっていた。


 いつも壁際に寄せられていた机が、整然と列を作って並べられている。そこに、知った顔や知らない顔がずらり並んでいる。アルセステがいた。脇にはルートも、アイントも座っている。


 ネライエは彼らの前、部屋の一番奥の壁に背を預けて立っていた。


 検分は、ティリルが彼らをするだけではなかった。彼らもまた、ちらりとこちらに目を向け、ティリルを確認してきた様子。何人かはすぐに前を向いたが、何人かは少し驚いた顔を見せ、しばらく自分のことを睨みつけているようだった。



 ランツァートに促され、ネライエから見た一番後ろの席に座る。一体何の集まりですかと、もう一度小声で聞いてみたが、やはり回答は得られなかった。


「あと何人ですか?」


「あと……、三人だな。もう少し待っていてくれ」


 誰かの質問に、ネライエが答える。


 異様な時間だった。これだけの学生がいて、何か指示が出ているわけでもなくて、それなのに、誰も喋らない。異様な緊張感がある、と言えばその通りだが、ぴりぴりとしたものでもない。どちらかと言えば、乾燥した空気だ。


「失礼します」


 一人、二人。扉を開ける人がいる。そして最後にやってきたのが、ルースとマノン。それから、ミスティもいたのだった。


「ティリル!」


「ミスティ! み――」


 揃ったな、というネライエの言葉。それと、ミスティが口の前に立てた右の人差し指で、ティリルの言葉の続きは完全に封じられた。意図はわからなかったが、ミスティも「無言」を指示している。下手に声を出さないほうがいい。


「では、改めて。午後から始まる第三種競技の説明を始めよう。

 落ち着かなくて悪いが、昼食を用意してある。食べながら、聞いてくれ」


 ネライエは言葉を続ける。その間、背後の扉からランツァートや他の委員たちが食事を運んでくる。焼いたパンで豚のローストと野菜を挟んだサンドイッチ。それに生姜を浮かべた温かい紅茶。立食もできるような簡単な内容だったが、意外に量があり、食後には腹が重くなった。


 充足感はそこにない。ミスティが、とにかく食べておけと目で語るので詰め込んだだけ。何が何やらわからぬこの状況で、正直味など全く分からなかった。せっかくの生姜茶も、喉の奥がじんじんと温まるくらい。いくら飲んでも、手足の先は冷たいままだった。


「つまるところ、通常のトーナメントに一試合増える、ということですね」


 アイントが挙手、発言する。


「そうだ。すまないが、陛下からのご依頼でな。ゼーランド女史を、第三種競技にも出場させてほしい、とのお話が届いたのだ」


 驚きが、腹の中でぐるぐると渦を巻く。


 そんなはずがない。すぐ傍にいたアリアやエルサは、ティリルに何も言ってこなかった。


「ここに書状がある。陛下お付きの衛兵の方が、つい先ほど我々委員会に下賜してくださった」


 そう言って、ネライエが、脇に置いていた筒状の書を広げ、一同に見せた。書かれた文字までは到底見えなかったが、羊皮紙の書面に、見覚えのある王家の印が押されているのは見えた。


 奨学金の受け取り等事務的なやり取りをする際、国議会から付された書状に押されているのをティリルも目にしている。遠目だったが、偽物のようには見えなかった。




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