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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十六節 第62回サリア魔法大学院習得技識披露大会
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1-26 断節 スティラ・ルート







 腹の内側が捩れる思いだった。


 今日のこの日をどれだけ待ち侘びたことか。スティラは、思わず知らず、頬が緩んでしまうのを感じてしまっていた。あまりにこの先が楽しみ過ぎて、いつもなら何らか理由をつけて逃げ出してしまう偉い人たちの挨拶の時間も、ぷかぷか欠伸を繰り返しながらもちゃんと参加した程だった。


 ティリル・ゼーランドが参加する、第一種競技が始まる。ラヴェンナは興味がないと、シェルラを連れて立ち去ってしまった。とんでもない、これから面白いことが始まるのに、見逃す手などあるものか。スティラが一人観覧席に居残ると言い出したとき、ラヴェンナは一瞬目を丸くし、何かを言いたそうに口を開いたが、転瞬、静かに目を逸らした。


「スティラさん、今日は大事な日です。単独行動はあまり……」


 半身、ラヴェンナを追いながら、置き土産のようにスティラに言い残すシェルラ。右手をひらひらと振りながら、「わーかってるわかってるよ」答えた。


「単独行動ったって、ここにいる方がホントなんでしょ? だいじょーぶ、勝手にどっかに行ったりしないよ。なんかあったら戻ってきてよ」


 シェルラは深い溜息を一つ。すぐに、二人のことを顧みずずかずかとどこかへ行ってしまうラヴェンナの背中に目を向け、待ってくださいと走って行ってしまった。悲しい習性だ。もしもラヴェンナがいなくなったら、彼女は一人では生きていけないのではないだろうか。


「大変だなぁシェルリンは」


 一言、大して思っていないことを呟いて、視線を背けた。


 第一種競技が始まる。


 課題式競技、とも呼ばれるこの種目は、言ってしまえば実技の試験のようなもの。主審である担当教員が一人、次々に課題を提示し、出場者は既定の時間内に課題を魔法でこなす。


 ペンタグリヤ師やバシュコール師が主審を担った大会では盛り上がりもあったと聞いているが、今年の主審はエルダール師。いかにも教科書通りで、スティラから見れば一番「面白くない」タイプの教員が示す問題は、やはりどれも興趣に欠けた。


 曰く、「濡れた蝋燭に火を灯せ」。


 曰く、「風を操って水を割れ」。


 曰く、「土を凍らせてなるべく大きな塊を作れ」


 競技は成功者と失敗者を振り分け、成功者が一人になるまで課題が示され続ける続問形式。エルダール師の設問は、セオリー通り少しずつ難易度を上げていっているようだが、それにしてもあまりに定型の問題ばかり。中にはラクナグ師が以前実習の授業中にさせていたような気がする問題さえあり、ただの日頃の復習作業ではないかと、スティラは大欠伸をしながら呆れ返った。


 見上げれば、王女殿下も衆目を気にせず大欠伸。王陛下ですら、地味な様子に眉間の皴を拭わない。


 そしてゼーランドが脱落した。実に六問目の課題のこと。全十二人の出場者で、残り八人の枠での脱落だった。


「冴えないなぁ、ティリルん」


 揃えた膝頭に右肘をつき、首を傾けて溜息一つ。


 照れ臭そうに指先で頬を触りながら会場を下がるゼーランドからは、バドヴィアの血筋は欠片も感じ取れなかった。


「ありゃあ、ここで敗退かぁ」


 と、頭の上から声が掛けられる。見上げれば栗色髪のオールバック。なんだ、ルーシャんか、とわざとらしく溜息をついてやった。


「なんだとは失礼だな。忙しい実行委員の仕事の合間を縫って、わざわざ顔を見に来てやったのに」


「別にいらないよぉ。ルーシャんの持ってくる話が面白かったこと、今までなかったもん」


「おま……っ、なんでそういうこと言うかなぁ。お兄さん傷ついちゃうよ?」


 腕組みをし、大きな溜息をついてルシャスがスティラを()め下ろす。


 スティラの視線は変わらない。ティリルはいなくなったが、引き続き繰り広げられている課題競技の様子に放られている。傷つくなら勝手にどうぞ。本心を隠そうとはしない。


「しかしまあ、主審がエルダールじゃあ運が悪かった部分も大きいよな」唐突にルシャスが話題を戻す。「これがフォルスタかペンタグリヤ、せめてミラーニア辺りだったらやりようもあったろうに」


「でもティリルん、最初からなんか勘違いして対策練ってたみたいだし。元々大して成績いい方じゃないんだから、妥当な結果じゃん?」


「あれ。意外に冷たい評価だな。お前はあの子のことちゃんと見てるのかと思ってたよ」


「ちゃんと見てるって何。私はいつだって、今が面白いかどうかしか見てないよ。ティリルんは面白そうだけど、まだ面白くはない。ラヴィーは今面白いからね。これ以上行くとつまらなくなりそうだけど」


 へ、と微苦笑。珍獣でも見るような目でルシャスがスティラを見下ろしている。


 他人にどう見られようが、それはスティラの関心事ではない。自分のことは、自分では見えない。傍目に面白く映るよう振舞っても、自分は面白くない。


「ま、そんな奴だと知ってる俺からすると、お前が大人しく第一種を見物してるのは意外だな。ほとんどの奴は午後のために場所取りして、この時間は家に戻ったり街に繰り出して屋台を覗いたりしてる。お前の大好きなアルセステお嬢様も、どっか行っちゃったんだろ?」


「ん? なんで?」


 ようやく頬杖から顔を持ち上げ、目を丸くしてルシャスを見上げた。


「面白いよ。ちゃんと楽しんで見てる。ルーシャんは面白くないの?」


「いやぁ」真顔になる。「さすがの俺も、一欠片も興味がなきゃ見ないんだけどな。まぁティリルが出るっていうんで、とりあえず見てた感じ。お前は、ティリルにも興味ないんだろ」


「そういうわけじゃないけどねー」


 ふふん、と機嫌を少し直して鼻を鳴らす。ひょっとしてルシャスは、今日のこの後を正しく想像できていないのだろうか。だとしたら少しだけ面白い。こいつが肝を抜かすのは、ちょっと、面白い。


「ところでさ」


「うん?」


 話題を変えられ、頬杖に戻る。


 第一種競技、残り三選手に絞られ、いよいよ十五問目を数える。


「例の薬、欲しいんだけど」


「ない」


 要望に、端的に答えた。


「嘘っ、え、ないって……っ?」


「昨日、ラヴィーが後輩くんにあげちゃった」


「後輩くんって……、レイデン?」


 うん、そう。リリー。また勝手な呼び名をつけ、頷く。


「げぇ、マジかよ……。あいつからって、どうやってもらやぁいいんだ? 俺あいつと接点ないぞ」


 うーだのあーだの、スティラの脇を離れてぐるぐる、奇声と奇行をもって悩み込むルシャス。


 鬱陶しいなと眉間に皺を寄せ、スティラは左の手を腰のポケットに延ばした。


 まだ続いている競技を脇目に、ゼーランドが出場者席に帰ってきている、照れ臭そうな笑顔をルーティアに向け、頭を撫でられて涙ぐんでいる。


「ん」


 さらに視界の端に、不穏な動きが見えた。


 スティラはポケットから小さな壜を取り出し、ルシャスにほいと放り投げる。不意を突かれたルシャスだが、さすがの反射神経。慌てず受け取り、改めてそれが何なのかを確認して、顔を輝かせた。


「え……、これは、え……?」


「あげる」


 顔を輝かせ、それから曇らせて、戸惑いを見せた。


「でも、あげちゃったからないって――」


「うん。だからここにあるのはニセモノ。それでも良けりゃ、あげるよ」


 うっわ、ホントお前悪女だなぁ。ルシャスが嬉しそうに嘆息した。うんうん、悪女だから早くどっか行って。つれなく左手を振って対応する。


「お前な、結構本気で傷つくんだからな?」


「そういうことじゃなくて。こっち見てるのがいるからね。バレるよ?」


「げ、嘘」


 慌てて一瞥。スティラの視線を追う。


 スティラとて相手を直視していたわけではない。視界の端に収めていた、という程度だったが、それでも的確に相手を見つけるルシャスもさすが。しかも今の一瞬では、相手も「自分が見ていることに気付かれた」とは到底思っていないだろう。 


「やっべ、あいつにどやされるわ。

 じゃあな、またあとで!」


 逃げるように、早足でスティラの横を立ち去るルシャス。ああ、でもさすがにバレてるね。うん、ゼーランドとルーティアに合流したクエインは、何やらを伝えて二人を蒼褪めさせている。


 どこまで、筋書き通りなのか。


 膝頭に頬杖を乗せた姿勢で、スティラはにんまり、目を細める。


「ティリルんには悪いけど、やっぱ、あの子はまだ『面白そう』止まりなんだよね」


 そして、手の平で隠した口許で、誰にも聞こえないように、にへ、と独り言ちた。


 第一種競技は、普段の実習でもトップの成績を重ねている、背の高い体格の良い男子が優勝を飾っていた。




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