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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十五節 大会間際
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1-25-4.ゼルの作戦 -各人の役割-







「舞台は衆目。王陛下や宮廷魔法使殿の目も注がれる。できれば試合前に、アルセステと接触して『彼女がルース君のポケットに石を入れる』ことが可能なシーンを作れるといい。見ている人が『あのときに入れたのか』と憶測を立ててくれれば最高だ」


「簡単に言ってくれるなあ! 結局俺が一番大変なんじゃないか」


「それは否定できないな。せめてもの手助けに、競技の間マノンに君の補助についてもらおうと思うんだけど、どうかな」


 ゼルの提案に、ルースが目を丸くした。マノンもきょとと背筋を伸ばした。だが彼女の方はどうせいつものマイペース。驚きなど一瞬で押し隠し、私は構いませんよとすぐににっこり笑みを浮かべた。


「何でマノンなんだ?」


「悪いなぁ。ミスティを配置してやりたいところなんだが、それじゃアルセステを刺激しすぎる。君とミスティが組んで、『懐柔できている』なんて油断は引き出せないんだ」


「なっ、……なんで私が出てくるのよっ……!」


 心底申し訳なさそうに首を横に傾けるゼル。ミスティが、もう一度強く机を両手で叩いて、過敏に反応した。なんでと言って、そりゃあ二人に深いしがらみがあるからだろうけれど――、あれ? ゼルは二人の関係を知らないはず、なのか。


「この中で挙げれば、俺以外では恐らくマノンが一番アルセステとしがらみがない。矢面に立つ役目は、二人に任せたいんだ」


「そりゃあ、まあ、わかった……」


「ええと? 私は何をすればいいんです?」マノンが確認する。


「とりあえずはルース君の手伝いだ。大会中の運営陣とのやり取りとか、必要なものの準備。恐らく、当日は替えの服などもいくつかあった方がいいだろうしね。その辺の確認と支度を、お願いしたい」


「つくづく、ミストニア先輩にお願いした方がいいお仕事ですね」


 くふふと笑いながら茶化すリーラに、冷たいミスティの視線が刺さる。


「絞めるわよ?」


 何を絞めるのか、怖くてティリルは聞けなかった。


「ミスティには、ティリルの補助をお願いしたいな」


「えっ、私にも、ですか?」


「ええっ、その役目私やりたいです!」


 ゼルが次の配役を示し、それに対してティリルとリーラが同時に声を上げた。リーラにも不満があるようだが、先に問答しておくべきはティリルの疑問だろう。隣席のリーラを待たず立ち上がり、ゼルに主張をした。


「あの、私は、第一種競技に出場するだけですから。補助なんていりませんし、何でしたら一種競技が終わってからは、私も何かの役目をもらってアルセステさんと対決しないと――」


「気持ちはわかるけどね。当日、ティリルは常にアルセステの目に届くところにいてもらった方がいいと思ってるんだ。もちろん、俺たちや大会運営、教師陣や王陛下の目の届くところ、って意味でもね。

 下手に刺激しない方がいいし、万一何かあったときに人目がある場所にいる方が絶対にいい」


「で、でも――」


「私は賛成だわ」


 ティリルの言葉を遮って、ミスティが発言した。えぇと戸惑いの声で答える。ゼルとミスティ、この二人に主張されたら、最早自分の意見など通す隙間はない。


「ティリルが気に病むのはわかるけど、アルセステが一番どうにかしたいのはティリルのはず。見えない場所に引っ込むと彼女の不安を煽るかもしれないし、ずっとあいつのこと睨んでやってた方がいいわよ」


「そういうことだ。気持ちはわかるけど、ひとまずティリルは第一種競技に集中していてくれ」


 わかりました。まるで叱られてしょげ返った子犬のように、ティリルは背中を丸くして机に顔を落とした。


 自分を狙ってきている相手。自分に一番因縁のある相手。それと戦うのに、実際的なことは仲間たちに任せ、自分一人高みの見物などと。胸中に蟠る不満はしかし、申し訳なさが構成する要素としては一番大きかった。


「というわけで、次の役割だけど――」


「待ってください。私の質問は?」


 さらりと流そうとしたゼルに食らいつくリーラ。ち、忘れてなかったか。一瞬表情を歪めたゼルを、ティリルは見逃さなかった。


「いやだって。一応適材適所で配置振ってるつもりだよ? ティリルのことはミスティが一番よくわかってるし、何かあった時の対処とか俺や他のメンバーとのやり取りもミスティなら信頼がおける。突然アルセステが何か策を弄してきたときに、君は俺のところに情報を持ってこられるのかい?」


「そっ、それくらいは……」


 できる、と即答できないリーラの正直さは、彼女の美徳だろうとティリルは思う。


「やりたいからじゃあ任せよう、って話じゃないんだよ。君には君が一番向いてる仕事を用意してるからさ。ここは、納得してくれないかな」


 優しい口調でゼルが言う。優しい口調だったし口許も緩んでいたけれど、目は笑っていなくて、実のところかなり怖かった。


 その、静かに示されたゼルの怒気に、リーラはちゃんと気付けているか。


「……わかりましたよぉ。すっごい不満ですけど、先輩のお世話は、ミストニア先輩にお任せすることにします」


 気付いているのかは甚だ疑問だが、とりあえずそれ以上のわがままは封じてくれて、ティリルは胸を撫で下ろした。代わりにミスティが、草の棘のようなべとついた視線でリーラを睨んでいたが、まぁこちらは、小事と受け流してよいだろう。


「で? そしたら私は、何をしたらいいんです?」


 改めて、リーラが聞く。


 ああ、それは。ゼルが答える。


「リーラには、エルダール師の動向を見ていてほしい」


 示された提案に、ティリルはああと深く同意した。


「エルダール師? 先生ですか?」


「ああ。大会実行委員会に名を連ねてる、学院内最高峰とも呼び声高い行使学の第一人者だ。とはいえ言動に信頼の置けないところがあってね。ルートからもはっきりした情報はもらえなかったんだけど、悪いことを企んでいる可能性がちょっと大きいんだ」


「私も気になります」我慢できず、口を挟んだ。「あの先生は、ちょっと、その、怖くて……。厳しいっていう意味じゃなくて、何か不穏なことを企んでいそうな……。だから、見ていてもらえるとすごく安心できます」


「ティリル先輩がそう言うなら!」


 本当に、意識したわけではなかったのだが、自分の先程の発言にリーラが過敏反応するのは、後から考えれば当然の流れだったように思う。リーラをうまいこと誘導してしまったような気がして少しだけ申し訳なく感じ、そしてすぐに、頼める人に頼めることを頼んで何が悪いのか、と開き直った。


「よし、わかりました! ティリル先輩のためなら、エルダール先生の一人や二人、しっかりフン縛っておきますので任せてください!」


「せ、先生は一人しかいないですよ」


「というか縛らなくていい。見張るだけにしてくれ」


 何がさて、気合を入れ込んだリーラだったが、せっかくあげた意気込みの表明はティリルとゼルに厳しく訂正されたのだった。




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