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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十五節 大会間際
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1-25-2.ゼルの作戦 -第三種競技トーナメント-







「作戦はこうだ」


 ゼルが教卓に両手を乗せる。


 いつもの小教室。こうして七人集まるのも何度目か。だが、いよいよ大会当日が明日に迫っているということもあり、教室の緊迫感はいつと比べても一際だ。


「明日十二月十一日、魔法大会当日。午後行われる予定の第三種競技に、アルセステは出場する。合わせて、デルサンク君が出場する」


「へいへい」


 ゼルが真っ先に名を示した、ルース。


 本人は如何にも気のない返事を口から零したが、咎める空気はどこからも上がらない。ティリルからすれば、厄介なことに巻き込まれたと受け取られても仕方がない今の状況で、前向きにこの話し合いにも参加してくれている。ルースにはいくら感謝してもし足りない。


「けど、第三種は勝ち抜きだぜ? くじ引き次第じゃそもそも対戦しない可能性もある。そこんとこはどうするつもりなんだ」


「多少の小細工は考えてもいるけど、基本的には問題ない」


「何でだよ」


「アルセステだって、わざわざ出場するのに緒戦で敗退するつもりはないからね。彼女もいろいろ画策してる。これについては情報も入ってきてるよ」


「いろいろって?」ミスティ。


「まず、第三種競技の出場予定者は二人を含めて十六名。そのうちの十三名が、アルセステに懐柔されてる」


 懐柔……? 他の六人が、銘々その響きを復唱して確かめた。どういう意味か。皆、薄々は理解しているものの、はっきりとその意味を認めるのを拒んでいる様子だった。


 ……いや、そうティリルが思っただけかもしれない。


「十三名が、アルセステを勝たせるべく、結託してる。理由はまぁ、脅されたり、交換条件を示されたり、いろいろいるらしい。ただ、アルセステには『懐柔できなかった相手は二名』と伝わっているはず。彼女は『ルース君のことは既に懐柔できている』と思っているんだ」


「俺が? どうしてそんな話になってんのさ」


「あ」


 話もろくにしたことがないアルセステに、なんで俺が言い包められたことになってるんだ? 反応も大きめに驚きを示すルースの横で、ティリルは一つの可能性に辿り着いた。「……ひょっとして、ルートさん?」


「そう。スティラ・ルートのおかげだ」


 呟いた可能性は、ゼルによって正解と告げられた。


「そいつって、この前まで陰険金持ち女の友達だった人ですよね? 大丈夫なんですか、信用して」


 眉を顰めて声を渋らせるのはリーラ。その作戦で本当にティリルは安全なのか。まだティリルの名も出ないうちから、彼女の意識がその一点で固まっているのがよくわかる。それにしても――。陰険金持ち女とは、ずいぶん直情な渾名をつけたものだ。


「とりあえずは大丈夫。俺もさすがに、彼女のことを一から十まで全部信用してるわけじゃない。ここではまず嘘をつかないだろうって箇所は押さえてるよ」


「どうして、そこでは嘘つかないってわかるんです?」


「懐柔されていない他の二名も、ルートの担当だからさ」


 担当? さらにリーラは聞き返した。ゼルは淡とした表情で静かに頷く。


「脅すにしろ賺すにしろ、対戦相手に八百長を持ち掛けるなんて危ない橋、アルセステが自分で渡るはずないだろ。って言っても、今回の実行犯はルートとアイントだったらしい。連中にしちゃずいぶん攻めた布陣だよ」


「で? 懐柔に失敗した三人は、ルートの担当だったって言うの?」


 ミスティが口を挟んだ。


「正確には失敗したんじゃなくて、わざと脅さなかったんだ。アルセステを陥れる策のためにね。ルートからしたら六、七人を引き込まなきゃいけないところで、三人失敗はいかにも多すぎる。二人なら、仕方ないと思わせられる。そんなギリギリの一線なんだ」


「なるほど。だから、ルートさんの情報は嘘ではない、と言うんですね」


 今度はマノンが相槌を叩く。皆、いつになく真剣にゼルの話を聞きながら、あちらからこちらから、質問と頷きとを重ねて送ってくる。


「今回彼らも、大分際どい所まで攻めてきてるらしい。アルセステが、何かに対してずいぶん焦りを感じてるみたいだっていう話だ。もしかしてアルセステが負けるとき、彼女と一緒に負けるのも、その手前で切り捨てられるのも嫌だ、っていうのがルートの話だった」


「アルセステさんが面白いから一緒にいるんだって言ってたのに」


 小さな溜息に、ルートへの不満を混ぜ込んで吐く。ティリルの言葉は、独り言として受け流された。ゼルの目配せに、特に意義はない。


「まあとにかく。

 第三種競技のトーナメントで、アルセステたちはまず、懐柔できなかった二人を狙って戦略を立てるはずだ。なるべく、アルセステ本人と当たる前に排除しようとする。その裏で、ルース君はある程度自由に勝ち進めるはずだ」


「んー、まぁ、できる限りのことはするけどさ」


 指名され、後頭部を掻きながら答えるルース。


 相変わらず、やる気と呼べるようなものの姿は見られない。だが、大会に対する彼の意気込みは相当なもの。何よりミスティの前で無様な戦いをする予定など、あるはずがない。


 ルースに頼る部分の大きい作戦のようだけれど、彼ならその期待にも応えてくれる。根拠はなくても、ティリルはそう、信じられた。


「注目されてなかったとしたって、アルセステと当たる前に負ける可能性だってあるだろ」


 ティリルが思っているほど、自信満々でもないらしかった。


「そうかな。どうせアルセステに勝利を譲るつもりの、やる気の薄い出場者に後れを取るようなルース君じゃないと、俺は踏んでるんだけど」


「いやま、そりゃそうかもしんないけど……」


「とにかく、この作戦は君がアルセステと対戦することが大前提なんだ。それまでしっかり勝ち抜いてくれなきゃ困るよ」


「身勝手なプレッシャーかけてきやがるな。言っとくけど、俺はガチでやるんだからな? 卑怯な手とか使わないぞ。自分の実力を試したいだけなんだから、それで負けたらそこまでだ」


 どこか売り言葉を買うような口調で、ゼルに強めに断るルース。受け取るゼルは小さな苦笑。ミスティがずいぶんと不機嫌な表情で、二人のやり取りを黙って見ていた。それでティリルは、元々挟むつもりはなかったが、一切口を開くことができなくなってしまった。


「まぁ、勝負は時の運だし、今言っていても仕方ない。とりあえず俺は、ルース君の実力はかなり高く評価しているので、問題ないと思って作戦を立ててる」


「見たこともないくせに、何を根拠に評価してくれてるんだ?」


「まぁ、人伝とか、残ってる記録とかだけどね。いろいろ調べさせてもらってはいるよ」


「……さらっと怖いこと言ってんなよ。わぁったよ! とにかくやるだけはやる! あんまり無茶な期待はしてくれんな! そんだけだ」


「ああ。十分だ」


 清々しい顔で、ゼルがルースに頷きかけた。




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