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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十四節 サリアの街の東側
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1-24-4.ゼルの従兄







「そろそろ行きましょうか」


 リーラの頷きを確認して、立ち上がる。


 自分が払うというリーラを制して会計を済ませると、いつも多めに持ち歩いている財布がほとんど空っぽになり、背筋が震えた。大金を持ち歩くことに慣れていない自分は正直最初は抵抗があったのだが、ミスティに言われて街に出るときには一万ランス程度を持ち歩くようにしていた。それが、一度になくなった。いっそ盗まれてなくなった、というほうが現実味が感じられる気がした。


「なんか、ホントすみません。先輩に全部払わせてしまって……」


 今になって申し訳なさそうに頭を下げるリーラ。本当のことを言えば苦言の一つも口にしたいところだが、ティリルの分まで払うつもりがあったリーラにそれをさせなかったのはティリル。そして、誰に使えと言われたわけでもないのに王宮からの支給金を使う決心をしたのもティリル自身だ。口を開いても、ただの八つ当たりにしかならない。


「お金のことはいいです。でも、身の丈に合った贅沢っていうのはあると思います。一介の学生が、勉学に関係のないオシャレな服や、普通の方でもなかなか食べられないような王城の料理を手に入れるなんて、あんまり過ぎたことはしないようにしましょう?」


 我ながら偉そうな、とは思うものの。せめてそれくらいは示すのが先輩の務めではあるまいかと、努めて優しく言葉をかけた。


 はい、はしゃぎ過ぎました気を付けます。そう頭を下げたリーラは、それでも声音が柔らかい。ちゃんと伝わったようだとティリルは胸を撫で下ろし、財布のことはそれでひとまず忘れることにした。


 買い物をして、食事をして、ついでに駅を見た。


 晩秋の休日。日は短くなって久しく、そろそろ影が長くなったと感じ始める時間になってきた。あとは学院に帰るだけ、となったところで、この日はもう一つ出会いがあった。


「あ、ゼル先輩」


 リーラが指差して気が付いた。通りの東側からこちらに、中央の学院の方角に向かってゼルが歩いてくるのが見えた。一人ではない。もう一人、見知らぬ男性と連れ立って歩いている。ずいぶんと背が高い、黒い短髪の、体格の良い人物。大通りにあって、周囲の雑踏から頭半分飛び出している。


「え……っ、ティリル、リーラ……」


「えっと、ゼルさん、こんにちは」


 ゼルがこちらに気付いたのは、意外にも、ほんの十メトリくらいの距離まで近づいてきてから、だったようだ。にこやかに手を振るリーラとティリルの顔を、一瞬、目を見開いて確かめてきたのがその距離からでもわかった。


「や、やあ。えっと、二人とも、買い物?」


 彼にしては珍しく、わかりやすく声を震わせるゼル。よほど見られたくない場面だったのか、であればなんと気を遣うのが正解か。そもそも、自分たちはまだその男性が誰なのかもわかっていないのに、どのように相対すればいいのか――。僅かの間にティリルがそんなことをぐるぐるしていると、慌てていたのはたった一瞬か。ゼルはすぐさま、にこやかに挨拶してくれた。そしてすぐに、自分たちと、初対面の男性との間に立ってくれる。


「紹介するよ。俺の従兄弟のアイヴィス。仕事の都合でこっちに来るっていうんで、少し街を案内してたんだ。


 アイヴィス兄、この二人は俺の学友。ティリルとリーラ」


 こんにちは。紹介されるままにティリルは頭を下げ、リーラもぺこりと会釈する。


「初めまして、アイヴィス・メルティノーです」


 高身長のゼルの従兄弟は、一瞬だけその鋭い目を丸くしたが、すぐに柔和に微笑んで自己紹介をしてくれた。加えてにこやかな、ただしあくまで営業用の笑顔と、大きな手のひらとを差し出してくれる。握り返すと怖さと優しさが同時に伝わってくる、そんな手の平だった。


「よろしくお願いします! お兄さんはどんなお仕事なさってるんですか?」


 自分の後に手を握ったリーラが、満面の笑みで愛想を振りまき、そんな質問をした。


 んン?とアイヴィスは一瞬顔を顰めた。失礼な質問だったのか、それともお兄さんなどという呼び方が馴れ馴れしかったか。ティリルも不安になったが、ゼルは特に反応せず。アイヴィス自身も、すぐにまた穏やかな笑顔を浮かべてくれた。


「バルテの魔法学研究機関に、事務員として勤めています」


「え、じゃあ、お兄さんもゼル先輩と同じ、研究者なんですか?」


 ゼルが研究者。リーラの言い方には軽い語弊もあったが、ここでいう研究者が「学生」も含めたものであることは皆わかっているので、それについて何かを言うのは野暮というものだろう。


「いえ。ただの事務職です。施設の雑事、資料や情報の収集と管理ですとか、それから実地調査の事前交渉などの雑用を任されています」


「はぁ、なるほど。そういうお仕事があるんですか」


 聞いてみたもののいまいちよくわからない、とリーラは間の抜けた感想を包み隠さず伝える。随分と人を小馬鹿にしたような態度だが、アイヴィスは機嫌を損ねたりはしなかった。


「そうなんです。バルテ国内でもなかなか他にない業務内容ですよ。いろいろ大変なこともありますが、仕事として他国や遠方のお祭りを見学できるのは、正直役得ですね」


「遠方の、お祭り?」ティリルが聞く。


「ええ。もうすぐですよね、照闇祭(しょうあんさい)。せっかく学院内に伝手があることだし、今年は準備期間から、街の雰囲気から見せて頂こうかなと思いまして」


 ははぁ、と頷くリーラ。一方のティリルは話が見えず、適当な会釈もうまくいかない。照闇祭、とは一体、何のことだろう。


「魔法大会ってのは学院内だけの呼び名なんだよ。サリアの街の人たち始め、学院の外ではこのお祭のことを照闇祭って呼ぶんだ」


 ぽかんと口を開けてしまっていたティリルに、いち早く気付いて注釈をくれるゼル。ここまで目を配って気にかけてもらえることに感謝しつつ、しかしまだ、理解を示すには説明が足りない。大会は学院行事だと思っていた。王陛下や街の人も見に来るとは聞いたが、改めてお祭りと言われてしまうと、ずいぶん軽薄な印象にもなる。


「ま、照闇の儀の由来については、今度また教えてあげるよ。たぶん、ミスティも知ってるし」


「あ、す、すみません! はい」


 納得のいかない顔、まで見抜かれてしまったか。


 確かに、祭の名前の由来などここで拘る話でもないし、教えてもらえずとも後で自分で文献を漁ればいい。


 何より、自己紹介をしてくれたアイヴィスに怪訝な表情を向けたままであった。何とも失礼なことこの上ない。




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