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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十三節 拝啓、ローザ・オレンジ様
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1-23-7.ルシャス・スパイヤーとの顔合わせ







「まあでもぉ、ティリルんの味方に付いたらもっと面白くなるって言うんなら、私は――」


 バァン!


「おい! セラムいるかっ?」


 唐突に、耳を蹴破る轟音と、けたたましい怒声とが部屋に響いた。


 短い栗色の髪。それをオールバックに固めた特徴的な髪形の、にやけた表情の青年。否、表情はころころと変わる。にやけた顔つきで扉を破って入ってきた彼は、きょろきょろと辺りを見回し目当ての人物がいないことを確認すると、チッと舌打ち、忌々しそうに表情を歪めた。その後、まるでここで初めてティリルとルートのことに気付いたように、極まり悪そうに後ろ頭を撫で、そして。


「え……、あ、うわっ!」


 そして、何かに気付いて慌てた声を上げた。


「ちょっとぉ、ルーシャん、何騒いでんのよぉ」


「え……、あ、ああ、スティラか。い、いや、その……、わ、悪かったよ。てっきりセラムがこっちの部屋にいるもんだと思って」


 言って、慌てて部屋を出て行こうとする。


 どこかで見たことがある気がする。その違和感が、ティリルに口を開くのを躊躇わせた。誰何するべきではないか。その正体を見極めておくべきではないか。だが、そんな疑問に答えを見出すよりずっと早く、彼は逃げるようにして部屋の戸を閉めてしまった。


「まーったくぅ、何考えてんのよぉ。突然乱入してきたと思ったらさっさとどっか行っちゃって」


「……お知り合い、ですか?」


 頬を膨らませるルートに質問する。


「ん? そだよ。ってゆーかティリルんは知らないの?」


「え、ええ。存じ上げない方でした。セラムさん?を、探しに来られたって言ってましたけど」


「うん。だからまぁ、大会に関する話じゃないの? でなきゃ悪ふざけか。ルーシャんのやることならその辺でしょ」


「ええと、セラムさんって、どなたでしたっけ?」


「? セラミーは、大会の実行委員長でしょ? さっき話してたじゃん」


 あ。思わず口から息が漏れた。


 セラム・ネライエ。初対面の時にそういえば聞いたかもしれない彼のフルネーム。気付けば上の名前をすっかり忘れ去っていた。


 とすると……。ネライエと大会の話をするということは、先程の彼は実行委員なのか。だとしたら、ティリルがまだ出会っていない委員は、確か一人しかいなかったはず。


「……スパイヤー、さん?」


「ああ、うん、そだよ。ルシャス・スパイヤー。縮めてルーシャん。かわいいしょー」


 にへらっと口許を緩め、ルートが彼の名前を教えてくれた。


 そうか。彼が噂のスパイヤーか。やはり声をかけておくべきだったと、少しだけ悔いた。こちらは会った記憶すらない相手が、なぜ自分のことを評価してくれているのか。あまつさえ周囲の人にその評価を喧伝してくれるのか。


 眉を顰めて扉を睨んでいると、「ねえねえ、そんなことよりさ」ルートの方から話題を戻された。


「ああ、すみません! ええと、アルセステさんの大会での企みについて、ですよね」


「そだねー。さっきも言ったように、私は面白ければどっちでもいいんだけどさあ」


 話題は戻されたが、埒は明かない。彼女の言う「面白い」が、どういうことなのか全くわからない。このまま話していても、ティリルがルートの心を変えられるとは、とても思えなくなってきた。


「では、今度改めてお時間頂けませんか? 大会の日のための準備や当日のことをもっとよく知っている仲間がいます。その人の方が、ルートさんに『面白い』提案をできると思います」


 なので、逃げた。


 情けないと自分でも思うが、たぶんゼルの方がうまくルートのことを言いくるめられる。ここでこじれて失敗するより、その方がいい。


 そう判断したティリルだったが、ルートの表情は晴れない。ふーん?と怪訝な声を上げ。なんだか、それこそ「面白くない」といった様子にも見え、悪目を出したかと不安も抱いてしまう。


「んー、まぁいいけどねぇ。じゃあいつにする?」


「あ、はい。ゼルさんの予定もあるので……」


 グダグダと考えてから、地曜日の夕方、四限目の授業が終わってからの時間を指定した。ゼルに予定があると言われたら、また日延べさせてもらおう。


 具体的なことは何も決まらないまま、この日のルートとの密会は、解散となった。後で隣の部屋に戻ってみたが、スパイヤーの姿はなく、ネライエに聞いても「来ていない」と言われるだけだった。具体的に得たものが何もなかった平日の夕刻。気付けば日もとっぷりと暮れ、リーラの待つ自室に戻る足取りは、なぜかとぼとぼと淋しくなってしまうのだった。



          ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ルートさんは結局、私の気持ちを理解してはくれなかったみたいでした。ちょっとだけ、ショックも感じます。面白ければいい、なんて話をはぐらかしたりしないで、もっとちゃんと聞いてほしかった。


 でも仕方がありません。


 ゼルさんならきっと、ルートさんとの話をまとめてくれると思います。実のところそう、ルートさんとの二度目の話し合いはこれから。明日の夕方、行われるんです。


 ゼルさんも、予定を空けておいてくれました。本当は、一度言葉が届かなかった私が、その場にいる必要はないと思うのですが、なぜかルートさんはそのことを条件に出してきました。もう一度、しかも今度は別の人と、この件について話をするのも構いはしない。ただ、私にも同席しろと。それが、条件だと。そう言うのです。私にはもうできることはないと思うのですが、ルートさんは何を考えているのでしょう。


 魔法の成績とは何の関係もないのですが、大会に向けた準備、としてこんなこともしなければならないということ。そして、ルートさんが心をどう決めてくれるとしても、この準備自体がアルセステさんを陥れるためのものであるっていうことが、ひどく憂鬱です。




 長くなってしまいました。


 大会に出場するって決めてから、ずいぶんと忙しくなりました。おかげでなかなかお手紙を書くことができず、たまに書いたと思ったら伝えることがいっぱいで、こんなにとりとめのないお手紙になってしまいました。ごめんなさい。


 次のお手紙は、多分、大会の後になると思います。私の成績がどうだったか。アルセステさんとのやり取りの結果がどうだったか。まとめてお伝えできると思います。楽しみにしていてください。私も、おばさんからのお返事を、楽しみにしています。


 最後になりました。随分寒くなってきましたね。ローザおばさんのこと、大丈夫とは思いますが、どうぞ風邪など引かないようにお体に気を付けてください。




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