1-23-6.理解の及ばぬイキモノ
「待たせたね。ゼーランドさんの相談事を、聞かせてもらおうか」
「……へっ?」
と、ネライエに問われ、肩を震わせた。
アルセステに譲った席が空いたので、今度はティリルが着席を促されたのだ。さてと困った。既に終わったものだと認識していたので、言い訳もろくに用意していなかった。ああいや、だの、そのええと、だの、ただ時間を使うためだけの音を喉の辺りで転がす。
すると。
コンコーン、とリズミカルに、もう一度扉がノックされた。そして今度はネライエの返事を待たずに、乱暴に開かれる。
「ってわけで戻ってきたよ?」
客は、なんとルートだった。にへへと甘ったるい笑みを浮かべ、目を丸くするネライエをまるで無視して、ティリルの正面に立っている。
心を読まれたのか。驚き半分、理性はそんなはずがないと囁き、むしろ彼女の野放図な行動に警戒を向けさせる。というか、何がどう「ってわけ」だったのだろうか。
「え? だって、ティリルんが何か言いたそうだったからさ」
問うと、そう応じられた。
まさか、あの程度の視線で意図を読み取ってくれるとは思わなかった。白い歯を見せ、あっけらかんと笑うルートを、唖然と見守り間抜けに口を開けてしまう。
「ん? ゼーランドさんと話をするために戻ってきた、ということか? しかし、彼女は――」
「あ、ああ! ネライエさん!」ネライエが先に口を開いた。慌てて、ティリルは手を上げる。「そうなんです! 私の相談事っていうのは、本当はルートさんにお伺いしたかったことなんです! ごめんなさい、なかなか彼女と話す機会がなくて、ついネライエさんにも聞いて頂こうかと思っちゃったんですけど、その――」
「あ、そ、そうなのか?」
慌てながらもどうにかこうにか言葉を紡いだティリル。その剣幕に圧されたか、ネライエは二、三頷き、「それなら、二人で話をしてもらえばいいのだな?」と、理解を示してくれた。
「はい。それで、その……。ルートさんにご相談するのに、隣のお部屋を借りてもいいでしょうか?」
「ああ、それは構わないが」
まだ何やら聞きたげなネライエを振り払い、ティリルはルートの背中を押して、逃げるようにして部屋を出た。
ようやく、ルートと二人きりになる。後で思えば、危険もあったかもしれない。だが、この時は半分もう目的を達成できたかのような喜びを抱いてしまって、正直そこまで気が回らなかった。
「それで? 私にどんな用事?」
あどけなく、ルートが聞く。
駆け引き、などが通じる相手だとは思わない。元より自分にそんなものができるとも思っていない。単刀直入。この前の話の続きとばかりに、ティリルはルートとの会話を始めた。
「先日校庭で話をした時に、遊んでほしい、と言ってましたよね?」
「ああ、言ったね! それがどうかした?」
「あの話は、まだ生きてますか?」
「え……、生きてますかって、ティリルんがやっぱり遊んでくれますっていう話?」
きょとん、と首を傾げられ、答えに窮する。はいそうです、と素直に肯けない自分がいる。だが、そうですと言わなければ話は進まない。何のためにこの機会を求めてきたのか、わからない。
「へぇ。どういう心境の変化があったの? この前は絶対無理!って感じだったのに」
「……厚かましいとは思いますが、ルートさんにお願いしたいことができたんです」
「私に? そりゃまた酔狂なことだねぇ。一体どんなことなのさ」
「それは、その……」
踏み込む勇気を、探す。
ここで手札を開いてしまってよいものか、そこまで歩を進めてしまってよいものなのか。一人で決める勇気を、見つけなければならない。
「…………」
「言ってもらえなきゃ、さすがの私も協力できないよ?」
正論だ。言わなければ話は進まない。ぐっと拳を握り締め、ティリルはそっと、震える心で、カードを開いた。
「今度の魔法大会で、アルセステさんがどんな悪巧みをするのか、教えてほしいんです」
「はえ? わるだくみ?」
気の抜けた炭酸砂糖水のような、間抜けた声を上げるルート。
掻き集めた勇気を見失いそうになる。手の平の肉に爪を立て、心を支える。
「アルセステさんも、ルートさんもアイントさんも、今度の大会に出場されるんでしょう? 恐らく第三種競技で。申し訳ないですけど、アルセステさんが力試しの目的で大会に出るなんて思えないっていうのが私の友人の見立てで、私もその意見に賛成なんです。
彼女が何を企んでいるのか、そのためにどんなことをしでかそうとしているのか。教えて頂けませんか」
爪で支えた心で尋ねる。内心、鼓動の速さで頭がおかしくなりそうだ。それを押し隠して立っていられる、それだけで、自分はずいぶん強くなったと自負できた。
「ははぁ? まぁ、そりゃそうだよね。ラヴィーが結果の伴わない努力なんかしない。その見立ては正解だよ。でもなぁ……」
受けたルートの返事は、珍しく歯切れが悪い。珍しい、と言って先日話した時の感触しか彼女の地は知らないのだが、とにかくも彼女のイメージでもなかった。
「なんですか?」
「ん? や、そのね。今ラヴィーが考えてることは、全部ティリルんを泣かせるための作戦なんだよね。だからさぁ、ティリルんに言っちゃっていいのか、ちょっと悩むなぁって思って」
「え――」
ルートもどうやら、ティリルと同じことを悩んでいたらしい。
違うのは、そのことについて悩んでいるんだと、当人の前で平然と言ってしまえる度胸。いや、考えのなさか。
「ええと、泣かされたくはないんですけど……」
「んんー、そうだよねぇ。ティリルんからしたらそうだよねぇ」
「よければ、教えて頂けませんか? 私はアルセステさんを止めたい。あの人にこれ以上、誰かを不幸にさせてほしくないんです」
「んー、でもねぇ。私、ラヴィーのやることの方が面白そうって思ってるんだよねぇ。だから、どっちかっていうと、止められちゃうとつまんない」
「つ……、つまんないって」
言葉に詰まる。相変わらず、この少女の行動原理は不可解だ。面白いか、つまらないか。それだけで全てを決めているように思う。そして、まるで誰かを不幸にしないと面白く感じられない、というようにも。
不幸にされる側にとってはたまらない。そんな遊び半分で、運命を弄ばれるなど冗談ではない。やはりルートはルートか。アルセステの脇に侍るばかりの、理解の及ばぬイキモノなのか。




