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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十三節 拝啓、ローザ・オレンジ様
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1-23-4.『イェレラの森の導き』ヴァニラ・クエイン作







「……比べる、っていうのは、並べて見ないと正直難しいんですけど……」随分見入っていたように思う。しばらくして、ティリルはようやく我に返り、ヴァニラに答えた。「私、この絵、好きです。その、今まで見たいろんな絵の中でいちばん」


「…………ほんと?」


「はい。だから、多分以前の絵よりも好きなんじゃないかと――、あっ、でも、前の絵が嫌いとかそういうことじゃないですよ! 前の絵も好きでしたし、他の方の絵も素敵なものがいっぱいで、ただなんとなく、この絵は一番好きだっていう感情が浮かび上がってきたっていうか……」


 自分でも後半混乱しながら、ウサギの翼のような説明を付け足してしまう。


 だがそれは、もうヴァニラの耳には届いていなかったようだ。最初に「いちばん好き」と伝えてからもう、ヴァニラの瞳は潤み、手の平は震え、ティリルが余計なことを言い終わる前に、その口を塞ぐようにティリルの首に抱き着いてきたのだった。


「え……、ちょ、ヴァ、ヴァニラさん?」


「…………よかったぁ」


 蝶の羽ばたきのように小さな溜息を洩らし、ティリルにしがみついて体の力を抜いた。さすがに、ティリルにも最低限のデリカシーはある。ここで「重いです……」などと口にするわけにいかない常識は弁えており、実際ティリルよりも長身のヴァニラの重みにふくらはぎの辺りが震え始めていたとしても、耐えるしかないことも把握していた。


 ただ、疑問は付きまとう。一体ティリルの感想の、何にそこまで感動したのか。


「ごめんね。その、なんかものすごく安心しちゃって。ついつい甘えちゃった」


 ようやく体を離したヴァニラが、少し目を赤くしながら、照れ臭そうに微笑んだ。


「それは全然、むしろ私が力になれることがあるなら嬉しいくらいですけど……、なんでそんなに不安だったんですか?」


「いやその……。最初はね、前に描いてた絵を復元しようって思って取り掛かったの。でもさ、完璧に同じ絵なんて描けないし、なんか描けば描くほど前より悪くなっていく気がして、全然うまくいかなくてさ。

 そんなときに、先生はね。以前と同じを目指すと失敗しやすいって。以前よりもいいものを目指せって、アドバイスしてくれたんだけど……。以前でもかなり試行錯誤してたのに、その上なんてどうしたらいいのかわかんなくって。迷いながら描いて、先生が褒めてくれてもあんまり実感湧かないし、先輩の意見もばらばらで、誰のどんな意見を参考にすればいいのかどんどんわかんなくなってきちゃって」


「でもそれで言ったら、私の意見なんて一番参考にしなくていいものじゃないですか? 専門にされてる先生や、信頼できる先輩方の意見の方がよっぽど……」


「ううん! 違うの。先生はほら、火事なんてあった後だしみんなのことを励まそうっていう姿勢も強く見られたしさ。先輩たちも混乱してる人も多くて、私を励まそうとしてたり、逆に足を引っ張ろうとしてるのが見え見えの人もいたり。

 ティリルはほら、そういうの関係ないじゃない。優しいから悪くは言わないだろうっていうのはわかってたけど、でも嘘もつけないから、気に入ってなさそうだったらわかるし」


「え、それってどういう――」


「でも、この絵が好きって言ってもらえて、ティリルのその言葉がたぶん本当だなって思えて、すっごく安心したの。自分の作品、間違ってなかったんだって思えた。ありがと、ティリル。見てもらって、よかったよ」


 ヴァニラが満面に笑みを咲かせた。いつになく饒舌なその様子が、彼女の不安が大きかったことを物語っていた。


 引っ掛かるところもないではなかったが、友達の力になれたこと、友達に信頼されていることを実感し、ティリルも素直に感激する。そして、もう一度キャンバスに目を向け、静かに一つ決意を結んだ。聞きたかったこと。以前はこの絵が完成したら聞こうと思っていたこと。今度はタイミングを逃さぬよう、今、ヴァニラに向けよう。


「あの……、間違ってたら恥ずかしいんですけど、……この絵の女の子って、ひょっとして、私、ですか?」


「あ、当たり。やっぱわかる?」にひひと歯を見せてヴァニラが笑う。「最初は全然違ったんだけどね。ティリルに会ってから、絵のイメージが変わったんだ。自分で言うのもなんだけど、そのおかげで、この絵に立体感が出せたと思ってるよ」


「え、そのおかげって――」


「ティリルのおかげ、ってことよ」


 そんなにはっきりと言われると、さすがに恥ずかしい。火にかけた鍋のように頭が熱くなるのを感じ、ありがとうでも自分なんてでもないと思えば返す言葉が見つけられなくなってしまった。


 そんな、ティリルの困惑を見抜いてか、ヴァニラは今度はにやにやと、火照ったティリルの顔を楽しそうに見つめてくるのだった。


「その、勝手にモデルにしちゃって悪かったんだけどさ」


「え……、いえ、そんな! 全然悪いなんてっ。ただモデルが私なんかじゃ、絵の価値が下がっちゃうんじゃないかなって心配で」


「あはは、それはないでしょ。

 そんな心配はどうでもいいんだけどさ。その、もしティリルがよかったら――」



          ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 そのあと、ヴァニラさんはなんて続けたと思いますか? 


 あろうことか、その絵を私にもらってほしい、なんて言うんですよ? 学校の課題として提出して、評価をもらって返却された後、ですけど。


 もう、光栄すぎてなんて答えたらいいのか全くわかりませんでした。結局、下さるっていう話でまとまったと思うんですけど、正直私あの時はもう興奮しすぎて頭の中がいっぱいになっちゃって。何か失礼なこと言っちゃってたらどうしよう! せっかく素敵な絵を下さるって言うのに、とんでもないこと言ったりやらかしたり、してないといいんだけど。


 本当に、ヴァニラさんもよいお友達です。辛いこともないわけではないし、自分の魔法力の乏しさを情けなく思ったりもしょっちゅうで、自分は何のために都の学院に来たんだろう、なんて悩むこともたくさんあります。けれど、ミスティとか、リーラさんとか、そしてヴァニラさんも、素敵なお友達が自分にもできたってそう考えたら、それだけでもうこの学院に来られてよかったなって、思えるようになりました。


 ローザおばさんにも、改めてお礼をお伝えします。学院に来るのを許してくれて、応援してくれて、本当にありがとうございました。




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