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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十三節 拝啓、ローザ・オレンジ様
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1-23-2.ルースを巻き込んだ責任







「第一、話を聞く限りじゃ、俺が実際に不正される可能性の方が高いみたいじゃんか。もしそうなったら、むしろこの作戦に協力しといた方が護身になると思ってさ」 


「…………」


 ミスティが黙り込む。口を真一文字に結び、ルースの言葉を吟味している。


 いや、どうやらその理は認めてくれたらしい。そうでなければ、彼女の詰問の言葉は未だ止んでいないはず。彼女が黙り込むのは、認められない事柄が、自身の感情に起因するものだと自覚したからだ。


「ティリルやミスティの力になれるなら俺は嬉しいぜ? あのゼルって奴も、胡散臭いけど頭は良さそうだし。何よりアルセステって女の悪評もいろいろ聞いてるしな。正義感ってわけじゃないけど、悪者を改心させるのに協力するのは嫌な気分じゃない」


 両手を腰に当てながら、ミスティはルースの話を聞いていた。目を細め、口を尖らせ。それから深々と溜息を一つ。はぁ~あと聞いたことのないくらい大きい、わざとらしい声で零した。


「つまり、ルースはティリルに誘われたことは納得してんのね? 大会への挑戦とはちゃんと線を引いてできることだと思ったから引き受けたのね?」


「ん、そういうこと。だからさ、そんな心配しないでやってくれよ」


 軽い口調でにやにや笑うルースの表情とセリフは、どうにもなかなか心配せずにはいられない調子のものだったけれど、ミスティはその言葉を確かに、拳を握って飲み込んだらしい。静かな口調で、もう一度溜息をつきながら、「わかったわ」とルースに答えた。


「そういうことなら、これは私が口を出す問題じゃないわね。ティリルが頼んだ。ルースが引き受けた。私がいくらそれはダメだって思っても、二人の間で納得できてるなら、それは二人の話だわ」


「いえ、そんな。ミスティにだってかかわりのある話だし、だから私――」


「ただ!」もう一度謝ろうと口を開いたティリルの言葉を、強い語気が遮る。「二つだけ言っておくわね。私とルースの会話を盗み聞きしたのは、私にも怒る権利があるってこと」


 ルースが「おお」と人差し指を一つ立て。


「それなら、俺もデコピン一発しといたわ。お行儀の悪いお嬢さんにはなるなよって」


「うん。いつもだったら『ティリルに何すんの』って言うとこだけど、今回は正しいわね。教育的指導だわ」


「うぅ……、ごめんなさい」


「素直でよろしい。あとで私からも一発、覚悟しておきなさい」


「えぇ……」


「もう一つ。これはルースにも覚えておいてもらいたいことだけど、私はルースのやる気を、心から応援したいの。協力を頼む頼まないが二人の話なのと同じように、ルースが私に相談して、私がルースを応援する、これは私とルースの問題よ。だから、私に口出す権利がないとしても、正直気分は良くない。納得はしてない。

 だからもし、今回の大会でルースが自分の実力を思う存分試せないような状況が生まれたら、ティリルにはその責任を取ってもらうからね? これは私とティリルの問題」


「え……、あ、その……」


 戸惑い、声を震わせるティリル。だが、当然だ。ミスティの話は尤もだ。尤もでないのは責任云々の言葉がルース本人ではなくミスティの口から出てくることだが――、それについてを今さら蒸し返す必要などない。なぜミスティに言われなければならないのかは、ルースもティリルも、納得した上だ。


 自分で口を出すと決めたのだ。その尻を拭うのは自分。当たり前の話だ。


「……はい。わかってます」


 悩む時間はもらったが、最後には頷くことができた。対峙するミスティも、何よりティリル本人が驚く程、自分に備わった強さであり、図太さだった。


「ふぅ」と一息吐いて、ミスティがその目を解く。緊張が一気に弛緩し、空気がふっと暖かくなった。


 眼力が緩み、ティリルも睨みつけられていた体から、力が抜けた。


 その一瞬の隙を突くように、ミスティが、今度は口を鋭く開いた。「その覚悟があるなら、もう何も言わない。責任、ちゃんと取ってね? ティリル」


 冗談めかされた言葉だったが、笑いながらに頷くことは憚られた。さりとて頷かないままでいることも許されないと受け止め、重く痛く、もう一度、覚悟を決めて首肯した。



          ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 あの時のミスティは、今まで私が正面から受け止めたことがないほど、真剣で、怖い表情をしていました。ひょっとしたら、私、自分がミスティにとって特別な存在だって勘違いしていたのかもしれません。喧嘩になっちゃったわけじゃないですし、あの後は普通に話もしてくれます。次の地曜日には、いつものお茶会を普通にして、またつまらない冗談で笑うことができました。


 ただ、ミスティにとっては例えばルースさんを応援することも大切で、私が彼の邪魔をするようなことがあれば、私のことを咎めたり、場合によっては敵に回る覚悟もあるのかもしれない。そう思い知らされました。


 それと最後に、二人の話を盗み聞きしてしまったことについては、ミスティにもしっかり拳骨もらっちゃいました。痛かったです。これについては深く反省しています。




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