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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十三節 拝啓、ローザ・オレンジ様
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1-23-1.ミスティとルース、その後







 ローザおばさん。お元気ですか? そちらはお変わりないですか? 


 お手紙を書くのが久しぶりになってしまい、ごめんなさい。実は今度、学院で開催される魔法大会に出場することになりまして、目下この準備に追われている毎日です。


 おかげで、ご報告しなきゃいけないこともいっぱい溜まってしまいました。今回のお手紙は少し長くなってしまうかもしれませんが、ご容赦ください。


 まず、何を措いてもお伝えしなきゃいけないのは、みんなで練っている作戦のことです。アルセステさん、という方が、ご自分のわがままで先生を一人辞めさせてしまったり、私の友達の描いていた絵を建物ごと燃やしてしまったり、酷い行いを繰り返している、という話は以前のお手紙でもしました。今回、魔法大会の開催に合わせて、いよいよそのアルセステさんと正面から戦うことになりました。ありがたいことに、一緒に戦ってくれる仲間たちがいっぱいいます。ミスティ、ヴァニラさん、ゼルさん、マノンさん。新しくルームメイトになったリーラさん。それに、新しくルースさんも力を貸してくれることになりました。


 ただ、ルースさんを仲間に迎えることで、少しミスティとの関係が気まずくもなってしまいました。そのお話から、少ししようと思います。



          ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 

「どういうことなのか、話を聞かせてもらえる?」


 ミスティが問うた。今までティリルが自分に向けられる形では聞いたことがなかった、よく研がれたナイフのような声で。 


 ゼルが司会の話し合いは、今日はルースの紹介と次回の予定の確認だけで終わった。しかしこの三人は、その場で解散というわけにはいかなかった。


 ミスティの鋭い目、眉間に寄せられた皴が集合の合図。用事があると言ってリーラを先に返し、ティリルもこの小教室に影を残した。部屋の鍵はマノンからミスティに預けられ、他に気を向ける必要のない、三人だけの空間が出来上がった。


「ねえティリル。どうしてあなたが、ルースを連れてきたの? 経緯を教えて」


「えっと、その……」


「昨日、ティリルに頼まれた。手伝ってほしいって。俺としちゃ、聞いた限りでは問題ない相談だったから、引き受けた。そんなとこかな」


 ルースが口を挟んでくれた。だがミスティの望みは、ただ答えを受け取るだけではない。


「端的にまとめ過ぎよ。あんたに聞きたいことは一つだけあるから、最後に教えて。

 まず私は、ティリルに聞きたいの。私が当てがあるからって言ったのに、なんであなたが見つけてきたの?」


 腕組みをしてティリルを睨みつけるミスティの目は、まるで同胞を守る獣のよう。縄張りを荒らしてきた動物を威嚇する、猛獣の爪のような鋭さだった。


「……ごめんなさい、ミスティ」意を決し、答える。「私、ミスティが言い出した時から、きっとルースさんのことだろうって思ってたの。二人の話を聞いてしまったのは、たまたまミスティの姿を見かけてしまったから。……いいことだなんて思っていない。そのことについては謝るわ。でも――」


 親友の鋭い爪を前に、真っ向目を見つめ返して言い返す強さが、いつの間に自分に備わったのだろう。アルセステに睨まれたのを思い出す。ずいぶんと生意気になった。――あるいは強くなった。自分の心を見つめ、ティリルは実感した。


「でも、私から見ても、やっぱり協力を頼めるのはルースさん以外にいないって思ったから。信用ができて魔法の実力もある人なんて、他に考えられないから」


「……だから、ルースのもう一度大会に挑戦したいっていう気持ちをふいにして構わないって言うの?」


 ミスティの言葉尻が怒気を孕む。


 強くなったティリルの心でさえ、びくりと怯み震えてしまう。怖がることはない。相手はミスティだ。怒っていても、害意はありえない。


「そんなつもりはないわ。何よりルースさんはルースさんの想いを果たすのが第一よ、それは私も、重々承知してるつもり。そのついでの範囲でお願いできれば、っていうのはちゃんと伝えてるよ」


 ああその通り。ルースが相槌を打ってくれた。


 ミスティの目が、じろりと一瞥ルースを睨みつける。黙っていろ、その圧力が激しい中、ルースはそれでもティリルをかばってくれようと、何度も自己主張してくれていた。


「そのついでの範囲って? ティリルはルースに、どの程度のことをやらせるつもりなの?」


「ゼルさんにもどの程度のことをお願いするのか確認したわ。もしルースさんがアルセステさんと直接対戦することになったら、試合自体は正々堂々行ってほしいって。勝っても負けても、その結果はルースさんの実力によるものだって。ただ、終わった後に協力っていうか、ちょっと証言をしてほしいっていう話。『アルセステさんが不正を働いた』っていう証言を」


「証言って……、それ偽証するってことでしょ? そんなことルースにさせるなんて」


「いやぁ、問題ないっしょ」


 開きかけたミスティの口を、その動きを止めたのはルース。三度目の開口に、ついにミスティも制止の言葉を口にしなかった。


「問題ない? ずいぶん軽いわね」


「軽く考えてるつもりはないけどさ、勝負自体正々堂々とできるなら、それ以外のことはどうにでもなるさ。自分が勝ちゃ、相手の不正は指摘しやすいし、負けた後に指摘してその後がどうなろうとも俺ぁ棄権するからいい。真剣勝負で、勝ったら続ける、負けたら終わる。そこがブレなきゃ俺の挑戦の意味は傷つかない」


 胸を張って言う。先日はあれほど不安そうに声を惑わせていた彼が、今日はずいぶん堂々とミスティに言葉を連ねている。そうさせているのは自分だ。いつの間にか目を伏せてしまっていたことに、ティリルは気付く。





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