1-22-5.七人目の仲間
「そう言われたってなかなか難しいわよ。二年前と同じっても何から何までおんなじなわけないし、私の見方だって変わってる。二年前はそうね、あんたが自信満々に『絶対優勝する』って言ってたから、きっとできるって信じて応援していたわ。ホントよ? でも次の大会でも同じように信じられるかって言われたら、それは多分無理よね。実力的なことじゃなく、あんたが自分のことを信じてないのもあるし、私があんたのことを信じられない部分もある。そういうのって、実力とは別の部分で、やっぱり影響すると思うわ」
「うん」
「だから、あんたが大会に通用するかどうかなんて、私は知らないわ。けど、どうせ出るならちゃんとやりなさい。自分に自信がないまま実力を競うなんて相手にも失礼よ」
優しい声音で、厳しい言葉を投げかけるミスティ。まるでティリルの記憶の箱も優しく開いてくれるような。何度も何度も聞かせてくれた、柔らかい手の動きで確りと背中を押す、そんな声音だった。
「そっか。……じゃあ、どうせ無理だろうとか、やめといた方がいいとか、そういう風には思わないんだな?」
「そんなことは思わない。そもそも優勝が無理だとしても、参加する意義はあるでしょ? 万が一、絶対に無理だって思ったとしても、経験する機会を妨げる権利なんかないわ」
「はは、なるほど。そりゃあ確かにミスティらしいお返事」
「なぁに? なんか文句あんの?」
「いや。むしろ嬉しい。ただ二年前に質問しても、おんなじように言われただろうなって思って――」
「何よ、成長してないって言いたいの?」
「なんでだよ! 捻くれんなよ!」
楽しそうに声を荒げるルースに、ミスティもけらけらと笑って返す。
全く知らない、二人だけの世界があった。ミスティにしか見せないルースの顔、ルースにしか見せないミスティの顔があって、なんだか微笑ましく、そして少しだけ淋しくなった。淋しくなってしまう心をティリルは必死に抑え、そっと、正面にあるリーラの顔を見た。
「よし! 決めた。大会に、正式に出る」
「何よ、決めてたんじゃなかったの?」
「決めてたけど――……、改めて覚悟を決めた! 真剣に、優勝目指して出場する。捨てた夢、もっかい拾い直してやる」
力強く宣言するルース。
ミスティの反応は、すぐには聞こえなかった。表情に表しているのか、あるいは何も返さなくてもルースには伝わるのか。
リーラが「すごい」と音に出さずに言う。
「何がすごいんですか?」
「だって、ミストニア先輩は多分このルースって人に協力を、三種の出場をお願いしようとしてたんですよね。でも、もう先輩が頼む前に、あの人自分で出場するって決めちゃったじゃないですか!」
きゃらきゃらと微笑むリーラ。
確かに、多分ミスティはルースに声をかけようとしていたのだろう。だから、あれほど嫌そうな顔をしていたに違いない。
けれど、この会話の流れから、ルースにあんなことを頼めるのだろうか。
「まぁ、何に悩んでたのかはわからないけど、踏ん切りがついたなら何よりだわ」
「ああ、ありがと。覚悟、決まったよ。もう女遊びも一切やめる。もう一度、真面目に魔法に取り組んで、大会の優勝目指して、それからその先も。専門課程へ進むことも考えてみるよ」
「女遊びは、真面目に取り組まなくても、いい加減やめときなさい。そのうち取り返しつかないことになるわよ?」
「あっはっはー、その助言はありがたく受け取っとく。安心しろよ、もう連中とは友達以下の付き合いしかしない。街へ遊びに行ったりとか、そういうことはしないよ」
「賢明ね。そうしときなさい」
「ああ。……それで?」
「ん?」
「ミスティも何か話があったんだろ? そっちは聞かなくていいのか」
「ああ、それは」
ルースが声音を変えた。かなり緩んだ声になる。あんな性格でも、やはりこの場の会話は相当緊張していたのだろう。
一方で、ミスティの声がほんの少しだけ低くなるのを感じた。ぱたた、と軽い音がする。椅子から飛び降りて両足を地に着けた。そんな音だった。
「なんでもないの。あんたがそうするつもりなら、この話は別の人に頼むわ」
「あ? なんでさ。言いかけたんだから聞かせろよ」
「ん、言いかけたのは謝るわ。でも言わない。あんたの決意を邪魔しちゃいそうだから、これはあんたには頼まない」
「え、そ、そうなのか……?」
なんでっ!と思わず口を動かしたのはリーラ。辛うじて声にせず、無声のままの雄叫びにしたのはさすがの反射神経とティリルは感心したが、その雄叫びの中身にまでは共感しなかった。
「……仕方ないですよ。ルースさんがあんなことを言い出したら、ミスティは余計なこと頼んだりできません。ここで無茶なこと頼むなんて、ミスティじゃない」
そう微笑むティリルに、リーラはしゃがんだまま、膝を抱えて口を尖らせる。
「……じゃあ、先輩はどうするんですか? ゼル先輩の考えだと、この作戦には第三種競技に出る人が必要なんでしょ?」
「それは――」
どう返事をしたものか。あるいはどう答えを見つけたものかと、悩んでいるのは本当。けれどそれを考えるより先に、ティリルは立ち上がってリーラに手を伸ばした。
「――え?」
「行きますよ! 早く!」
リーラが気付くのは、ティリルより遅れることほんの二秒。その二秒、そこにしゃがんだままだったら、手遅れだったかもしれない。隠れる場所のない小さな中庭、ミスティが木戸を開くより一瞬早く、ティリルに手を引かれたリーラも校舎の隙間の通路に駆け込むことができた。
「あ、危なかったぁ」
胸を撫で下ろすリーラ。けれどここでぐずぐずしてもいられない。木戸を開いたミスティたちは、まっすぐここを目指して向かってくるはずなのだ。
一瞬だけ、ティリルは背後の景色を確かめる。
片目に映ったミスティは、ルースに宛てて、まるで木枯らしの隙間のささやかな陽だまりのような笑顔を贈っていた。その様子がとても微笑ましく、そしてほんの少しだけ妬ましかった。
「あの、ルースさん」
金色のツンツン頭を見つけ、ティリルは背後から声をかけた。脇から覗き込むように、甘えた様子を見せるように。
「んあ? なんだティリルか」
「はい、ティリルです。ご機嫌いかがですか?」
ふざけた様子を強調して、んふふと笑ってみせる。
地曜日の、学院の中央通り。あと数分で始業の鐘が鳴る時間帯、あるいは風の冷たさもあってか、人影はあまり多くない。
「大会、出るんですよね?」
「え、なんでそのこと――。ああ、ミスティに聞いたのか? 早耳だな」
「えっと、その……。ミスティから聞いたんじゃなくて、ルースさんから聞いたんです」
は? とルースは立ち止まり、眉間に皴を寄せた。
まだティリルの言葉の意図がわからない様子だ。もう一押しと、ティリルは悪戯心を抑えることなくにんまり笑う。
「ミスティにちゃんと応援してもらえてよかったですね。ルースさんの宣言カッコよかったし、ミスティだってやっぱり揺らいじゃいますよね」
「おま――っ、……聞いてたのかよっ!」
肩を大きく震わせ、顔を真っ赤に染めるルース。舌を出してえへへとごまかしてみたが。ルースの戸惑いは大きかったらしい。頭を握った拳でごつと殴られ、「あ痛ぁ…」と脳天を両手で押さえる羽目になった。
「で? わざわざ盗み聞きを白状してきて、どういうつもりなんだよ。冷やかしたいだけってわけじゃないんだろ」
「あ、さすがルースさん! 女心をよくご存じですね」
「何が女心だ……。今まで俺が遊びで付き合ってた子たちでももうちょっと奥ゆかしかったよ。で? なんなのさ」
「あ、や、その、実は――」
水曜日の話し合いは、ミスティの謝罪から始まった。
「ごめん、声をかけてみたけど無理だって。期待させちゃって悪かったわ」
先日と同じ小教室。集まった顔ぶれに、頭を掻きながら目線を逸らしながら、報告する。マノンとゼルが、眉を顰めた。ヴァニラが小さく溜息を吐いた。事情を知っているリーラは、少し首を小さく横に振り額を押さえる。
「まぁ……、そういうことじゃしょうがないな。じゃあどうしようか、また協力者を一から探さなきゃいけないんだけど――」
「あ、そのことでしたら!」
ふうむと唸りながら口を開いたゼルに、すっとティリルが手を上げ、発言した。
「私、協力してくれる方を見つけてきたんです!」
おお、と全員が感嘆した。ミスティがきょとんと目を丸くし、リーラが驚いて口に手を当てている。
胸の内側の辺りがくすぐったくなるような感覚に、くふくふと笑みを零しながら。
「今も向かいの教室で待って頂いているんです。呼んできてもいいですか?」
「ああ、もちろん。その方が話が早い」
ゼルの了解を得て、ティリルは教室の扉を開き、隣の部屋の戸を叩いて合図をした。
そして、ルースを連れて戻ってきたときのミスティの驚きの顔は、後から思い出しても脇腹の裏側がむず痒くくすぐったくなってくる程、間の抜けたものだった。




