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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十二節 腐れ縁
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1-22-2.ミスティの当て







「とりあえず、そうだな……。情報収集と小細工のために、恐らく必要になるだろうものを挙げていこうか」


 うん、と総員の頷きが一致した。どこまで話についてきているか、リーラですらその視線を、熱っぽくゼルに向けている。


「大会に向けて、運営の動きを探る作業は必要だな。誰がどの競技に参加するのか、誰がどの役割につくのか。把握しておきたい。それから、連中が第三種競技に参加すると仮定し、第三種に出場する人間も欲しい。実際に対戦することができれば、罠に嵌めるところの難易度は格段に下がる。

 そして最後に――。可能なら、アルセステの動きを逐一把握できるような存在」


「ま、待ちなさいよ。動きを逐一把握できるようなって、そんなの無理に決まってるじゃない」


「俺もそう思う。だからまぁ、できれば、だよ。ただ、さ。なんかティリルから気になる話を聞いたな、とは思って」


「え? 私ですか?」


「うん。なんだっけ。取り巻きの、スティラ・ルートが、遊んでくれって言ってたとか」


 指摘されるまですっかり忘れていた。突然に現れ、一見和やかな雰囲気で戯言を残していった、アルセステの友人のこと。もしアルセステに飽きたら、今度は一緒に遊んでくれるか、と、信じられない言葉を残していった。


「もしその質問がまだ生きているなら、ルートをこちら側に引き込むことができるかもしれない……」


「えっ、ちょっと待ってください! そんなこと――」


 できるわけがない。腰を浮かし、そう言おうとして、口が動かなくなった。


 どうして、そんなことできるわけがない、と思うのか。あれには仲間意識とか、人を傷つけたことへの罪悪感とか、――あるいは歪んだ喜びとか、そういったものがまるで感じられなかった。周囲にあるものは全てただの蝋人形。ただ自分が楽しむためだけに、世界は存在する。そうとまで言いたげな、奔放な口調と態度だった。


「どうだろう、ティリル。もう一度ルートと話をして、利用できないかな」


「え、……あ、あう、っと……」


 答えが淀む。ゼルの視線を、正面から受け取れない。


 ゼルの話は作戦としてはわかる。だが、それはつまり、自分がルートを罠にかけるということ。うまい立ち回りが自分にできるのか、口先で彼女を騙すことなどできるのか、正直自信がない。


 両膝の上に拳を揃え、机と胸の隙間から震える拳を見つめ、頷く勇気を探しあぐねていると。


「まぁ、実際にやるかどうかはもう少し後でもいいんでしょ? とりあえず、可能性としてはその線がひとつあるっていうだけで」


 ミスティが、ティリルの困惑を察して、口を出してくれた。


 頷くゼル。


「ああ。悪かった。この件に関しては、今すぐ答えが必要なことじゃない。可能であれば望みたい、それくらいの条件だな。

 むしろ必須条件は、運営の状況把握と、第三種競技の出場者――」


 数え上げられる条件に、またしてもティリルは脇に汗を走らせる。


 この場にいる人間は、全部で六人。その中で、魔法の実技を学んでいるのは唯一、ティリルだけなのだ。


「誰かを誘うとすると、結局その人のことも巻き込むことになっちゃうんだけど」


「あ、じゃあ、私がやりましょうか?」


 手を上げたのはすぐ隣のリーラ。一瞬表情を緩めそうになったティリルは、しかし挙手の主を確かめて、落胆する。


「レイデン君の魔法の実力も気になるところだけど、とにもかくにも、魔法大会の出場資格は本科生のみ。論外だ」


「あ、そうなんだっけ……」


 どこまで本気で失念していたのか。リーラがかくりと肩を落とした。


「そうですね。それに、ただ魔法が使えればいいという人選でもないでしょう。少なくとも、アルセステ女史と互角に渡り合えなければ」


「ああ、マノンの言う通り。そういう意味じゃ、申し訳ないけど――」ゼルはちらりとこちらに目を向け。「ティリルも適任とは言えない。恐らく今の実力だと、一試合勝ち抜けばいいところだろ?」


 馬鹿にするなと憤慨するところだろうか。けれど胸中には、そう言われることに安堵を覚える自分がいた。


 反論のないことが返事になったようで、ゼルはそれ以上何も言わず、ミスティも不満顔ながら口を開くことはしなかった。


 ティリルの胸中は、ここで問題にすることではない。論じるべきは他にあって。


「で、どうするんです?」


 ヴァニラが溜息交じりに話し合いの先を求めた。


 そうだなぁ、とゼルも嘆息。話し合いは、完全に暗礁に乗り上げた。――かに思われた。


「……正直、気乗りしないけど」


 珍しく歯切れの悪い前置きをして、ミスティが重苦しく口を開いた。首を細かく左右に振って、苦々しく頬をへこませて、眉間に深く皴を集める。皆の注目を集めてからそんな表情をするもので、なんだろうという疑念半分、マノンなどは遠慮なくくすくすと笑い声を零している。


「一人だけ、当てがある」


 むっとしながら、マノンをじろりと睨みながらミスティが言った。


「名前、聞ける?」ゼルが聞く。


「……言いたくない。大丈夫よ、馬鹿女たちに懐柔されるような奴じゃないし、そういう意味では信頼できる。魔法の実力も――、……まぁ、私の知る限りでは相当なものだったわ」


「知る限りで?」


「ここ最近、あいつが魔法使ってるとこ見たことないからね。腕が落ちてなければって話」


「なんだか不安が残るな。大丈夫なのか?」


「他にいないんでしょ! 私だって、できれば頼りたくないわ。でも、どうしようもないなら仕方ない。話してみるわよ」


 机の上で右の拳を強く握り締め、怒鳴り散らすようにミスティ。


 ひょっとして、とティリルは思う。確証はない。彼だったらいいな、と思う程度。


「言いたくないって言うけど、俺らだって誰だかわかんない奴を信用はできないぜ? 信用できない奴を作戦の要所に組み込むわけにはいかない」


「わーかってるって! 話通して、感触良けりゃちゃんと連れてくるわよ。ダメかもしれないって段階で漏らしたくないの。それに何度も言うけど、他に当てがあるなら絶対に声かけない」


 わかったわかった。駄々でも捏ねるようなミスティの硬い態度に、ついにゼルが折れる。もとよりミスティが、この作戦におけるこの役割の重要性を見誤っているとは誰も思わない。ゼルも念を押しただけのことだろう。


「じゃあひとまず、第三種競技の出場選手についてはミスティに任せる。時間がそんなに取れるわけじゃないし、できれば早いうちに話をつけてほしいんだけど――」


「今日明日中に確認するわ」


「了解。じゃあ、その結果確認も含めて、そうだな……。闇曜日はあれだな、みんな、来週頭の水曜日は集まれる?」


 放課後なら、自分には予定はない。リーラもここにいるのだから、ルームメイトに変な説明をする必要もない。見渡せば、他の者も大丈夫なようで、難しい顔をしている人間は一人もいなかった。


「よし、じゃあ、水曜日の夕方、この部屋で。ミスティは可能だったら、その相手も連れてきてくれ」


「わかってるわ」


「ところでゼル、実行委員会の状況把握の話はどうするつもりです?」


 マノンが奥から口を開いた。


「ティリルが毎日通ってるってことだし、今の段階でも結構いろいろな情報を集められてるようだから、引き続きでいいと思う。それに比較的透明度の高い委員会だし、その気になれば俺やマノンでも多少の情報は集められる。参加者だけじゃなく、観客にも情報を開示するのが連中のやり方だしな」


 なるほどとマノンも頷く。ティリルも頷く。それくらいのことなら、確かに自分でもできる。例えばアルセステの他にルートやアイントも出場するのか。対戦表はいつ頃確定するのか。今回のルールはどういったものになるか。普通に聞けばネライエもランツァートも衒いなく答えてくれそうな、そんな疑問も山ほどある。


 本来は、自分のこと。自分一人でやるべきことが、たくさんあるはずだった。快く協力してくれる上、誰も、ティリルが自分ではろくに動かないことを咎める者がない。本当に、心から感謝しなければならない。


 せめて自分ができることは、精一杯頑張らねば。ティリルはうんと、小さく頷いて自らを鼓舞した。


 ちょうど鐘が鳴る。


 どこかから響いてくる、遠目の足音。マノンが立ち上がって鍵を開ける。それが、この会を解散させる合図になった。





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