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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十二節 腐れ縁
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1-22-1.それぞれの「悪巧み」







「徹底的に磨り潰す、だぁ? 上等じゃない。やれるもんならやってみろっての」


「やってみられたら磨り潰されちゃうの私なんだけど……」


 腕を組み、机の上で足も組んで、非常にくだけた姿勢で感情を顕わにするミスティ。その横で、そんな親友の悪い態度をまるで我が事のように感じ、申し訳なさに背中を丸めるティリル。


 脇を通る人の気配も少ない、廊下の隅の小教室。集まるのはいつものメンバー。ティリルとミスティが並ぶ席、机を挟んで向かい側に座るゼル。扉の近くに、今日は椅子を引っ張ってきてしっかりと座っているマノン。ヴァニラは真ん中の三人から少し離れたところ。


 そして、……追加の一。


「ティリル先輩を磨り潰すなんて許せません! 絶対に返り討ちに遭わせてやりましょう!」


 拳を握り、ミスティとは少し違った熱量で戦いに息巻く予科の制服。ミスティの反対隣、ティリルを挟むようにして、いやむしろミスティよりも近い距離で肩をくっつけ、ショートヘアを揺らしながら闘志を燃やす、リーラ・レイデンがそこにいた。


「……てか、なんであんたがここにいるのよ」


 怪訝そうに眉を顰めるミスティに、ごめんなさいと謝るのはティリル。


 相手が相手だけに、軽々に人を巻き込むべきではないと、何度も何度も確認したはずだった。それなのに、今日の集まりのことを問い詰められ、口を滑らせ、まくこともできずにこの場に彼女を呼んでしまった。自分の軽率さに、頭が上げられない。


「なんでって、なんですかー。私が参加しちゃいけない会なんですか?」


「あんまり覚悟のない人間に軽々しく参加してほしくはないわね」


「覚悟ならありますよ!」


 立ち上がり、ぐっと拳を握り締めてミスティを睨む。ここで、ほとんど反射的に「ある」と宣言できるリーラが、すごいと思う。正直ここまでの文脈では、まだ何のための覚悟の話なのかもよくわからないだろうに。


「ありますよ! ティリル先輩を、あのなんとかっていう金持ち先輩から守るって話ですよね」


「いや……。別にティリルを守ろうって話じゃないよ。結局のところティリルが彼らに睨まれちゃってるから、ティリルが中心になってる部分はあるけど。そもそもは学院内でわがまま放題してる権力者の娘をどうにかしようって話。ラクナグ先生やヴァニラみたいな犠牲者をこれ以上出させるかって話だよ」


 苦笑交じりにゼルが補う。全くその通りだと、ティリルは何度も頷いた。


 これ以上、もう誰のこともあんな目には遭わせない。その思いを持って、自分も、ミスティも、他のみんなもこうして集まっている。自分がされたことへの怒りをぶつけるために、ヴァニラもいる。


「でも、今のところはティリル先輩が狙われてるんですよね? だから当面の目的は、先輩を守ることだって聞いたんですけど」


 うぅん、まぁ、それはそうなんだけどね。ゼルが苦笑した。


 覚悟、という意味ではいまいち弱さ軽さを隠し切れないリーラの言。けれど、真っ先にいろいろなことが面倒になったのはミスティだったようだ。「じゃあ、まあいいか、それで」と、何とも投げ槍な頷きを残し、そんなことよりと前置きをして話題を変えた。


 部屋の外、小さな、整った足音が近付いてくる。なんとなく、皆、その音が通り過ぎて消えていくまで、黙って待ってしまう。


「で。大会に向けて、何か対策を練った方がいいかってことなんだけど」


 落ち着いたところで、ミスティが改めて議題を提示した。ティリルが相談した、今日の集会の目的。改まると、それだけのことに全員の時間をもらってしまって申し訳なさも生まれるが、昨日のアルセステの不思議な態度を思い返すと不安は拭えない。


「対策っていうか」挙手一つ。ゼルが軽い口調で提案する。「そろそろ、勝負に出ない?」


 誰もが、息を呑んだ。


「唐突ですね?」


 扉のすぐ近くで、真っ先にマノンが反応した。その目はとろんと眠そうで、いつものマノンと何も変わらない様子ではあったけれど、口許から笑みが消えていることに、いつもと違う気配も感じられた。


「そうでもないでしょ? 最初にミスティとティリルがあいつらと直接対決した、ラクナグ先生が退職処分になった日が六月十八日。そろそろ半年だぜ? いい加減、片を付けたいところじゃない?」


「……まぁ、確かにね」


 ミスティが応える。


 やけに好戦的なゼル。その口許に、今まであまり見せなかった嗜虐的な表情を垣間見せている。


「でもなぜ今なんです? 魔法大会も目の前だし、ティリルも忙しいんじゃ――」


「今だから、だよ。」ヴァニラに首を向け、ゼルが言葉を続ける。「魔法大会こそ、最大の反撃チャンスだと思うんだ。ティリルとミスティの話を聞く限りでは、今まで連中はどんな悪事を働いても、証拠不十分の名目で断罪されなかった。けど、大会には街中の人がやってくる。その目前で彼らが悪事を働いたっていう証拠を提示できれば」


「確かに。学院長と教頭の前に何百の状況証拠を並べるより、そっちの方がずっと効果的な気はするわね」


 ミスティが頷く。


 けれど、その相槌を当のゼルは首を捻りながら受け取った。


「それだけじゃないだろ? わからないか?」


「? 何よ。何かあるの?」


 両手を机の上に広げ、背凭れに大きく寄りかかって胸を広げるゼル。右手で口許を押さえ考え事をする姿勢を取っていたミスティは、振られた質問に即座に答えられず、目を丸くする。


 答えたのは、一人離れたマノンだった。


「魔法大会には、国王陛下もいらっしゃる」


「そういうこと」


 手品の種明かしでもするように、マノンが言い当てた正解に、ゼルが微笑みを深くした。ああ……!とミスティが首を浮かせる。


 ティリルも、息を呑んだ。確かにこれは絶好のチャンスだ。証拠云々の問題じゃない、今までは彼女を裁く権利を持っていたのは、彼女に懐柔された学院長と教頭だけだった。彼女を学院から追い出したいなら、厳正な裁判官が必要だ。エルム六世王と、加えてネスティロイ師の目まであるなら、信に足る。余りが出るほど。


「俺の考えはこうだ。敵は、今度の魔法大会に出場するつもりでいる。三人とも専攻は行使学だし、当然第三種競技に出場してくるだろう。さらに彼女たちのいつもの手口なら、優勝をかっさらうために多少の悪巧みはする。そこを狙う」


 具体的にどうやって狙うのか、それをこれから、作戦を考えなきゃいけないわけだけど。つらつらと演説を続けるゼル。ふんふんと、珍しく素直に頷き話を聞くミスティ。嘆息を吐くヴァニラ。それぞれ表情はまちまちだけれど、少しずつ小教室の中の空気に一体感が生まれ始めた。雰囲気が熱を帯び始めた。


 その中で、ふと、冷静になる部分があった。


「けど、うまい具合に悪巧みしてくれるでしょうか」


 懸念を口に出す。


 敵も馬鹿ではない。如何に栄誉がほしいからといって、国王陛下の前で露骨に不正など働くだろうか。


「そこはほら、言ったでしょ、作戦って」ゼルがティリルに笑みかけた。「彼らは、きっと悪巧みをするんだよ」


 背筋にぞくりと冷たいものが走った。


 ゼルの言葉の裏を理解して、ティリルは恐怖に支配される。そして、これが、そういう戦いだということを改めて思い出した。






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