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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十一節 大会出場の手続きと、挨拶
160/220

1-21-2.気になる彼女の出場予定







「君には第三種に出てもらう予定なので、昼食を取り終わったら早めに集合してほしい。具体的な――」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 慌てて、ネライエの言葉を遮った。書類の文字を追っていたその視線が、持ち上げられティリルに向けられる。


「ランツァートさんにはお伝えしましたが、私は第一種競技に出場させて頂きたいと思っているんです。第三種はちょっと――」


「ああ、複数出場は全く問題ない。第一種にも参加してもらって構わないよ」


「いえ、そうじゃなく……」


 落ち着くために、ひとつ小さく深呼吸をした。


「第三種には出ません。私の実力では怪我をするだけだと思いますし、大会を成功させるという意味でも、私自身の成果という意味でも、得るもののない結果になると思います」


「え、いや、しかし――」


「ごめんなさい、それだけはどうか受け入れてください。お願いします」


 真摯に、頭を下げる。本来大会がどのように運営されるものかはティリルの知り得るところではないが、真っ当なものであれば無理矢理参加種目を決定されてしまうような暴挙は許されないはずだ。ティリルが頭を下げて依願しなければならないものではない。自らの選択を伝えれば十分なはずだ。


「……そこまで言うなら仕方ない。

 一応、第三種競技がこの大会のメインイベントなんだ。君くらい魅力のある肩書を持った人には、ぜひ出場してもらいたいのだけれど」


「ごめんなさい。その分、第一種競技に全力を尽くしますので」


 理不尽な思いも抱きつつ、もう一度、頭を下げた。


 ネライエのこの様子だと、恐らくランツァートも前に自分が伝えた話は黙殺してしまっていたのだろう。二人とも、どうにかしてティリルに頷かせようとしていることは強く感じられた。


 頑として、検討する余地もないことを伝え続けよう。胸許を掴みながら、ティリルは心を固めた。


 ふう、と深く溜息をついて、ネライエは一口お茶を啜る。


「では、出場競技はひとまず、第一種としよう。これについては午前の部で早速開始されるので、集合の合図には気を付けていてもらいたい。

 さて、当日の詳細な予定はまた細部が詰められたら伝えるとして」


 ぺろりと、手許の書類を一枚めくった。まっさらな紙が現れる。


「次に、君の情報を教えてもらおう。先程言ったようなことだ。ひとつずつ聞いていくから、しっかり答えてくれ」


「はい」


 名前、年齢、性別。ちょっとした雑談も交えながら、ティリルは基本的な自分の情報を、聞かれるがままネライエに伝えた。少しずつ、紙に文字が埋まっていくのが見える。この紙が、自分の情報として実行委員会の手許に残されるのかと、少しだけざわざわした落ち着かなさも感じた。


「ありがとう、名簿の作成についてはこれで十分だ」


 十五分くらいだったろうか。質疑応答を繰り返した末に、ネライエがそうまとめた。


 にっこり微笑んで応じ、カップに口をつける。ふと、あることが気になって、雑談のつもりで口を開いた。


「アルセステ、っていう人は、参加希望者に入っていますか?」


 先日、ミスティも気にしていたこと。当然、自分だって気にはなっている。問題は、実行委員がその質問に答えてくれるかどうか、だ。


「アルセステ? ああ、あの大企業のご息女か。どうだったかな、エルダ?」


「希望されてますよ。まだ書類の作成はしていませんが、声は届いています」


「ふぅん? なぜまだ来ていないんだ?」


「それは何とも。ご本人からは、忙しいので時間が取れるようになったら自分からこちらに来る、という話をもらったきりで」


 両手でもったカップで口許を隠しながら、二人の話に聞き耳を立てた。相変わらず、わがままを言っているのか。傍若無人なやりように迷惑を被っている人も多いのだろうなぁと、偏見を交えながら想像する。


「それで、その彼女がどうかしたのか?」


 ネライエの視線がティリルに戻ってきた。


「ああ、いえ。気になって、聞いてみただけです。彼女も、有名人じゃないですか」


「まぁ、そうだな。名前を言えば大概の人は、ああ、となるだろうな」


 それだけです、と嘘をつく。ネライエが、ランツァートが、どんな感情を向けているかわからないうちは、心の裡を広げない方がよい。嫌な習慣が、身に付いたものだった。


「確か彼女は、第三種競技を希望なさっていたはずですよ」と、ランツァートが口を開いた。「まだ口約束ですけれど、ね。どうですか? それを聞いたら、ゼーランドさんも第三種にご興味が出たりされませんか?」


「いえ。その……、より一層、出ちゃいけないっていう思いが強まりました」


「あら。アルセステさんとは馬が合わないのですか?」


「え、あ、や、その……」


「まあ、あのお嬢様とは戦い辛いっていう気持ちは、わからなくはないけどな。気難しいっていう噂も聞くし、勝っても負けても、気を使うんだろう」


 言葉を濁していると、ネライエが勝手に解釈してくれた。そんなところです、と苦笑いしながら答える。


 ネライエはくっとカップを高くお茶を飲み干して、改めて手許の書類に目を向けた。


「しかし、この情報。失礼だけれど、自己評価を謙遜している、ということはないだろうね?」


 どういう意味だろう。質問の意図がわからず、首を傾げて補足を待つ。


「いや、スパイヤーの話だと、バドヴィアの娘の名に相応しい才気溢れる少女だ、ということだったが。本人に直接聞く話では、せいぜい中の下くらいの成績に思われる。君自身、自分の成績を控えめに話した、ということはないかと確認したんだ」


「才気溢れる? ええと、とりあえずお伝えしたお話は、全部本当です。全部が全部自分を客観視できた上での評価かって言われたら難しいですけど、過度に遜ったりはしていないつもりです」


「……ふむ」


「あの――」


 口許を左手で押さえ、悩み込むネライエに、今度はこちらから質問する。


 そろそろ外が暗くなってきた。天井にぶら下がった大きな燭台に、ランツァートが指を向けて火を灯した。




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