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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十一節 大会出場の手続きと、挨拶
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1-21-1.魔法大会実行委員会







 一階の小会議室に呼び出されたのは、地曜日のことだった。


 四限が終わった後、フォルスタ師の研究室で時間を使っていると、ランツァートが扉をノックして入室してきた。ダインも含め三人で研究室にいるときに、フォルスタ師を訪ねてくる者など今まで一人もいなかったので、正直ずいぶん驚かされたものだ。


 呼び出され、連れられた先の小会議室。部屋の札には「小会議室」と表示されていたが、扉の前には「魔法大会実行委員会会長室」と書かれた立札が置かれている。


「会長室、があるんですか?」


 怪訝に思い、ランツァートに質問した。


「本当は小会議室なんですけど、大会の準備をする必要があるということで、開催までの期間ここと、ひとつ隣の部屋を委員会で借り切っています」


 表情を変えずうっすらとした笑みを浮かべたまま、ランツァートが説明してくれた。疑念の元は、本当はそこではなかった。だが、「会長さんのために一部屋借り切っているんですか?」などと繰り返してまで聞きたい質問というわけでもない、と思えば、さらに口を開くのは億劫だった。


「失礼します」


 ここでも、ランツァートは礼儀正しく扉をノックをする。低い声が、「どうぞ」と答えた。


 その答えを待って、ランツァートは扉の取手を握った。


 男性が、ノックに反応して作業していた席から腰を持ち上げた、ちょうどそんなところだった。


「ああ、お帰りエルダ。ご苦労だったね」


 男性の口調は、表情よりは柔らかい印象だった。ただでさえ、ティリルの目にちょうど顎が重なるくらいの背の高さ。姿勢が良いおかげで、余程高いところから見下ろされているような錯覚に陥る。こげ茶色の髪は短く几帳面に切り揃えられ、きっちりとした印象を助けている。


 鼻先に横長のガラスの眼鏡を乗せ、その奥で青い瞳が鋭く研がれている。鼻も口もスマートで、端正な顔立ちの細面だが、見た目の印象は少々キツく感じられた。


「ええ、会長。こちらが件の――」


「ティリル・ゼーランドさんだね。シアラ・バドヴィアの娘の」


 口許を緩ませながら、つかつかとこちらに歩み寄ってくる。差し出された右手を素直に握り返すと、すっと目を細くしてくれた。


「初めまして。魔法大会実行委員会会長を務めている、セラム・ネライエと言います。どうぞよろしく」


「あ、はい! よろしくお願いします!」


 落ち着いた物腰に圧倒されそうになりながら、慌てて挨拶を返した。


 名乗るのを忘れたが、失礼には当たらなかっただろうか。どうせ知られてはいるようなので、必要ではなかったはずだが。


 そんなことをぼんやり悩んでいると、握手を解いた青年は流れるような所作で踵を返し、椅子の一つを引いて「さぁどうぞ」とティリルに勧めてくれた。


 部屋は、確かにただの小会議室だ。いつもなら整然と一方向に向けて並べられているのだろう机と椅子が、ここでは十二、一辺三席の四角を描いて並べられている。使わない机は部屋の脇に固められ、机と、時々書類が乱雑に積み上げられている。「会長室」を謳うのは本当に、室外の立札と会長副会長の物腰くらいのもののようだ。


「ありがとうございます。失礼します」


 頭を下げ、勧めに素直に応じて着席した。


 ランツァートが一旦、部屋から出て行く。気にするなと言わんばかりにネライエがティリルと角を挟んで隣の席に座る。知らぬ男性と二人きりにされ、若干の緊張は否めなかった。


「改めて、本年の魔法大会に参加してくれて、ありがとう。歓迎するよ」


「あ、はい。ええと、こちらこそお誘い頂いて、ありがとうございます。お声掛け頂かなければ、私の気持ちだけでは参加しようなどという気にはならなかったと思います」


「いやいや、それについては俺たちの手柄じゃあない。陛下からのご推薦があればこそ、だからね。つまりは陛下に興味を抱かれた、君自身の功績、というわけだ」


 爽やかに笑う。


 ネライエの背中越しに、窓の外が見える。茂る木々の幹がやけに近く見えて、なんだか狭苦しい風景だった。


「ええと、それで、今日はどんなお話を?」


 ティリルの方から議題を聞いてみた。ネライエはうっすらと笑いながら。


「いや、大した用事じゃあない。会長として、また実行委員会として、参加者の顔を見知っておきたくてね。君の名簿を、作成させてもらいたいんだ」


 そう言った。


「名簿? 参加者皆さんのお名前を記録されているんですか?」


「もちろん、名前だけじゃない。年齢、性別、学年、専攻、専任教員など、最低限の人柄の他、大会運営の参考になるような情報をまとめさせてもらっているよ」


 なるほど、と彼の話に頷いた。


 ランツァートが部屋に戻ってきた。左手に、ティカップが三つ置かれたトレーを持っている。締め切られた小さな部屋に、お茶の香りが静かに広がった。


「あ、ありがとうございます」


 顔を緩め、出されたカップに手を伸ばす。飲み慣れない、少し苦みを感じる香草のお茶だった。


「大会の案内くらいはすみました? 会長」


 ネライエの前にもお茶を差し出した彼女は、最後にその隣の席に三杯目のカップを置き、自分が座った。いやこれからだよ、と笑うネライエは、机上に用意してあった紙を引き寄せ、ペンを右手に握る。


「では、改めて。

 今年の魔法大会は今から約一か月半後、十二月十一日の闇曜日に行われる予定だ」


「闇曜に行われるんですか」


「ああ。日常の授業に影響がないよう、そしてお迎えする王室の方々の公務の妨げにならないよう、昔から闇曜に行われている。申し訳ないが、その日は予定を開けておいてもらいたい」


「それはもちろんです。問題ありません」


 頷いた。


「大まかな大会進行は例年通り。大会の開始が朝の九時。学院長や王陛下、それに出場者代表らの挨拶を置いて、競技自体は九時半程から始まるはずだ。

 午前中は第一種と第二種、昼食休憩を挟み、午後に第三種競技を行う」


 ネライエの説明に、ふむふむと小さく相槌を打つ。自分は第一種に出る予定なので、午前中のうちに予定が終わってしまう手筈か。終了時などに、もう一度顔を連ねる必要があるのだろうか? どの道、興味もあるので第三種まで見学はするつもりだ。問題はない。




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