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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十節 魔法大会へのいざない
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1-20-5.フォルスタの課題







「そういうことなんですけど、先生。私、第一種と第二種どちらの競技に出たらいいと思います?」


「……だからなんで私に聞くんだ」


 今までダインの説明にどれほど耳を向けていたのか。書物から一切顔を上げなかった師が、やはり目線は上げないまま、しかしげんなりした表情が見えてくるような荒い口調で、先程と同じ反応をくれた。


「最終的には自分で決めます、もちろん。でも、その前に先生のご意見を伺って、参考にしたいと思いまして」


「……私の意見ならさっきも言ったとおりだ。一でも二でも三でも、好きなものに出ればいい」


「どれが一番私に向いているだろう、とか、ないんですか?」


「ないな。今のお前ならどれに参加してもよい経験になるだろう。別に、優勝なり何なり結果を残したい、などと思っているわけでもないんだろう? その様子だと」


 辛辣に、はっきりと、師はティリルに言ってのける。ティリルも彼の言葉については裏の意図など考えない。額面通りに捉えて、自分の中の答えがはいかいいえかだけを考える。


 答えは当然――。


「ええ、まぁ……、そうですね。人に勝つ、とかは全然考えてないですけど」


 是である。


「であれば、何であっても問題ない」


「例えば第一種を選んだら、先生にもお手数をかけるのかなって思ってたんですけど」


「手数? 競技設定のことか? 私は関わらないぞ」


 ふっと顔を上げ、教え子の思い違いを正す師。


「え、そうなんですか? 指導教員なら携わるものなのかと」


「断るさそんなもの。お前の関わる課題に、私が口を出す必要などないしな」


「そんな風に言われちゃうの、ちょっと淋しいんですけど」


 肩を落とし、眉を吊り上げてみせる。そんな表情は、珍しく書物から顔を上げたままだった師の、目には入ったはずだ。


 果たして効果があったのかなかったのか。「課題がほしいならいつでも出してやるぞ」と、フォルスタは唐突に立ち上がり、奥の部屋に行って一枚の陶器の皿を取ってきた。すっと、ティリルに手渡す。


 フォルスタ師は「まずはその皿の上に、火を灯せ。絶対に本に火の粉を飛ばすなよ」


「え……、あ、は、はい!」


 差し出されるままに皿を受け取ったティリルは、一瞬のこと理解に時間を要したが、すぐに師からの指示に気付く。要は、魔法行使の課題だ。


 わかりましたと数瞬を置いて返答。意識を集中させ、「精霊さん……、このお皿の上に小さな火を灯して」いつもの口上。何の問題もなく、マッチの先ほどの小さな炎が、そこに浮かび上がった。


「次はこの薄紙だ」


 皿を左手だけで支え、右手で紙を受け取る。広げた手のひらがすっぽり入るくらいの大きさの、正方形の紙。透かして見れば向こう側が見えるほどの薄さで、何かを書くための物でないことはわかる。


「火の上で踊らせろ。燃やすな、焦がすな。床に落とすな」


「え、……え、え?」


「どうした。早くしろ」


 急かされ、慌てて紙を火の上に翳した。右手で紙の端を持ち、正方形の中心が炎の真ん中に来るような位置。そこで気付く。紙が空気に押され、角を持っているだけでも決してへたらない様子に。


「……精霊さん。この紙を、炎の上に浮かべてください」


 念じながら、ゆっくりと手を放す。


 紙は、一瞬火の真上辺りで踊り、しかしすぐに床に落ちてしまった。やはりか。予想はできていた結末に溜息をつく。


「今、お前はどんな魔法を使った?」


「え……?」師に問われ、戸惑いながら説明する。「紙を浮かべるんですから、火を灯しながら風の魔法を同時に使いました。下から上に風を起こそうとしたんですけど、風が横に逃げてしまって――」


「だろうな」


 静かに言って、師は机に戻っていった。幻滅されたのか、評価されたのか。その背中からでは読み取ることが難しい。失敗しただけなので、評価されたということはないだろうけれども。


「あ、あの、だろうって、どういう意味ですか……?」


「今与えた課題は、今のお前でも十分に対応可能な魔法だ。もし私が第一種競技の課題を決めるなら、こういったものを選ぶだろうな。まぁ、難易度はもっと上げるが」


 席に戻るや再び書物に目を落としてしまったフォルスタ師。


 その真意を測りかねていると、ダインが優しく、微笑みかけてくれた。


「やり方がね、今の魔法だと下から上へ風を送ってもダメなんだ。横方向に安定しないでしょ?」


 横方向に安定。言われて、ふと思うことがあった。


 もう一度やってみよう。そう思い、床に落ちた紙を右手を伸ばして拾い上げる。そして、皿の上に火を灯し、紙の端を持って準備を整えた。


「……精霊さん。風を。紙が逃げないように、風の壁を作ってください」


 唱えながら紙を手放す。薄紙はカタカタと前後左右に揺れながら、しかし今度は火のほぼ真上で安定した。ほっと、安堵の息を吐いた。


「そう。風は、下から上じゃなくて、火の回りを四角い煙突状に囲むように、ぐるぐる動かすんだ。そんなに大きな動きじゃなくていい。紙が横に逃げないように抑えられればいいんだし、そもそも下から上の空気の流れは火を灯した時点で出来上がっているからね」


「なるほど、ですね」


 説明を補ってくれたダインに、笑顔を向けて返す。


 確かに魔法の難易度で言えば、単純な空気の上下移動に比べ、四角い筒状の空気の煙突を作る方が、少しだけ難しい。だが大差はない。それよりも今の課題をこなすためには、アイディアとか、火の周りの空気は下から上に動くものだという知識とか、そう言ったものが重要だった。そのことがわかった。




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