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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十節 魔法大会へのいざない
154/220

1-20-3.お茶会







「へぇ、ヴァニラもようやく会える余裕が作れたんだ。よかったじゃない」


 人が減った放課後の大衆食堂。四限の授業が始まる鐘の音を聞きながら、ミスティがレモンティを喉に流し込む。


 一週間分の、溜まっていた近況報告。お互い時間が空く、地曜日の三限が終わった後のこの時間に、毎週会おうと約束した。まだまだ部屋を分かれて二回目の集会だったが、まだまだ話すことがたくさんあると、ティリルは内心驚いているのだった。


「まぁ、一応彼女のこともゼルが気にかけてくれてたみたいだから、あんまり心配はしてなかったけど」


「ゼルさん、ヴァニラさんのことも調べてらしたんだ?」


「うん、っていうかまぁ、火事の事後処理とか調査してたみたい。美術室棟の代替施設はどこになるのかとか、美術科専攻の人たちがどうなってるのかとか、ほら、ことと次第によってはあの何とかって男に責任取り直させる必要が出てきたりするかもでしょ」


「そっか。ヴァニラさんが赦しても、他の人にとっては、っていう場合もあるものね。……ゼルさんってば。ヴァニラさんが元気だって、知ってるなら教えてくれればいいのに」


「あ。あはは、ごめん。伝えといてって言われてたのに忘れてたの私だった」


「えぇ~、ミスティ……」


「ごめんって。いろいろあったじゃん? すっかり頭から抜けちゃってたわ」


 あはは、と後ろ頭を撫でるミスティ。もう、と口を膨らませながらもそこまで怒るつもりもない。今度エル・ラツィアでご飯おごってね?くらいの軽口でチャラにするつもりだ。


「あのリーラって子ともうまくいってるみたいじゃない」


「まだ模索中、かな。悪い子じゃ全然ないし、お互いに距離感さえつかめれば少しずつ良い関係を作っていけるんじゃないかなって、思えるようにはなったよ」


「十分すぎる前進ね。先週は『もうどうしていいのか全然わかんない』って言ってたものね」


「先週はね。……うん、先週の闇曜にちょっと話をしてね。そこからかな、少しずつ、なんとなくいいなって会話ができるようになってきたのは」


「なんとなくいいなって?」


「私もご飯作るようになって、味のこと聞いたりとか、作り方教えてもらったりとか。逆にリーラさんも勉強する時間が取れるようになったから、教えてあげたりとか」


「へぇ、いいんだ。私、ティリルとそんな会話したことなかったなぁ」


「そういえばそうだね。ミスティとは、なんかいつの間にか自然な会話ができるようになってた気がする」


「まずティリルは編入生だったからね。教えてあげることがいっぱいあったし、聞かせてもらうような特別な境遇もいっぱいあったから、話題に困んなかった」


「そだね。私も学校に入ったばっかりで、申し訳ないけど気遣うような気持ちの余裕なかったなぁ。……ミスティの方こそ、クリスさんとはどうなの?」


「私は、いつも自然な会話しかしませんから。自然な、お互い腹の中からぽんと口に出るような言葉をそのままぶつけて激しい喧嘩してるわ」


「えぇ……」


「あはは。でも、あいつも思ったほどヤな奴じゃなくてよかったよ。私が何か一つ言ってもめげずに返してきてくれるから、結構安心できるようになった」


「そっか。それならよかった……」


 よかった、と言いつつ少しだけ淋しさも感じる。手許の木製のティカップに注がれた南国葉茶(ウェンディア・ティー)は、もう冷めてしまった。まだ秋の半ば、食堂内に四つある薪ストーブは今は一台しか火を灯しておらず、寒くはなかったがほかほか暖かいと言うほどの室温でもない。


「そういえば、この前リーラさんが『お姉さまって呼んでいいですかー』なんて言い出して」


「え。……やっぱ、あの子そういう感じなんだ」


「そういう感じって?」


「あー……。いい、ティリル? あの子に隙を見せちゃだめよ? 特に寝てるとき」


「えっ、寝てるとき……、って、寝てるときに隙を見せないのは無理――」


「あなたのためを思って言うの。絶対に油断したまま寝ないこと。裸を見せたりするのもよくないわね。下着とかも彼女の前に散らかしたりしない方がいいわ。とにかく常に気を張っていなさい。いいわね?」


「は、はぁ。よくわからないけど、えっと、うん、わかった」


「ったく。ティリルのことをそんな風に見てるなんて、困ったもんねホントに」


「……何の話なのさっきから」


「あのさ。はっきり聞いとくんだけど、ティリルって、ウェル君のことが好きなんだよね?」


「ええっ? な、なんで突然そんな話になるのっ?」


「一応よ。あんたはそっちじゃないと思ってるけど、もしそっちなんだとしたら、まぁ私が止める権利もないしなぁって思って。違うんだろうってちゃんと確認しときたくてさ」


「そっちってどっちよぉ。もぉ、さっきから何の話だか全然分かんないよ!」


「で、どうなの? ウェル君のこと好きなの?」


「…………す、好き、…………だと、思うよ。まだよくわかってないけど、その、自分でも」


「そ。やっぱりそうよね。だったら、リーラには悪いけどそういうつもりがあるなら邪魔しないといけないわねぇ」


「ミ、ミスティはどうなのっ!」


「へ? 私? 何が?」


「私にだけよくわからない流れでそんなこと言わせて! ミスティはどうなのよ! 好きな人いないの?」


「私に? 好きな人? いないわよそんな! この学院ろくな男いないじゃん」


「ゼルさんとか、その……、ルースさんとか」


「あっはは、ないない。あいつらにそんな魅力ないでしょ。まだラクナグ先生の方がカッコよくない?」


「え、まさかミスティ、ラクナグ先生のこと……?」


「バカね。先生既婚者でしょ。学院辞められて、ご家族と一緒に引っ越されたって聞いたわよ」


 一瞬本気にしてしまった自分の悔しさもあり。ラクナグ師のその後をなぜミスティの方が詳しく聞いているのか、という嫉妬もあり。複雑な想いを尖らせた唇の先にまとめ、冷めたウェンディア・ティーで一息に流し込む。甘さの中に、ほんのりとした花の香りが漂うのがこの葉の特徴。口の中で蟠っていた思いが押し流されて、爽やかな風が齎されるようだった。


「そういえば、先週の闇曜、ルートさんと話す機会があったんだけど」


「ルート? 誰だっけ」


「アルセステさんといつも一緒にいる、ツインテイルの」


「ああ、あいつ。……って、はぁ? 何、話す機会って」


「それが、私にもよくわかんなくって。校庭のベンチで座ってたら、突然話しかけてきたの。見かけたから声を掛けに来たって言って」


「何よそれ。完全になめられてるじゃない」


「態度も酷かったよ。謝る気は全くないけど、アルセステさんに飽きたら今度から一緒に遊んでくれないか、だって」


「はぁあ? ホントにふざけてるわね。何考えてんのあのお花畑は」


「本当に、何て答えていいのか全然わかんなかったよ。いいよって言ってもらえるかもって、本気で思ってるみたいだったし」


「はぁ……。やっぱりまともな感覚じゃあの女の傍にはいられないってことかしらねぇ」


「……なにか、糸口とか見つかった?」


「今んとこ何も。でも、いい加減どうにかしないとね」


「ホントにね。今までの分をやり返してもやりたいけど、まずはもう何もしてこないっていう保証がほしい」


「そうね。それだけでもだいぶ違うわよね。もう、定期的に何やら仕掛けてくるんだから」


「今回のことだって、リーラさんにもクリスさんにもホント、申し訳ない。私たちのせいで、全然関係ないのに巻き込んじゃって」


「まぁ、本人たちはそこまで気にしてないみたいだから、まだね。リーラなんかティリルお姉さまの同室になれてむしろ喜んでるんでしょ?」


「……だから、なんなのそのお姉さまいじり」


「貞操にはホント気をつけてね、ティリル」


「だからどういう意味なのよぉ」


 意味がわからず二つのこぶしを上下に振り回すティリル。ティカップを手に持ちながら、くひひと笑うミスティ。ティリルにわからぬリーラの言葉の真意を、ミスティはわかっている様子の、その蚊帳の外感がどうにも落ち着かない。


「ま、冗談はさておき。アルセステかぁ。

 ……そういやあいつ、魔法大会には出るのかな。……出るんだろうな。あの女、あれで目立つの好きそうだし」


「魔法大会?」


「うん。あの女も行使学専攻でしょ。魔法大会の第三種競技なんか派手好きがいかにも出場しそうな種目だし、出るんだろうなって。そこで何か痛い目を見せるいい手はないかなぁ」


「あ。魔法大会って言えば、私も誘われてるんだった」


「誘われてる?」


「うん。昨日ヴァニラさんとランチに向かったところで、実行委員の人に話しかけられて。それで、勧誘されたんだ。『出てほしい』って」


「出るの?」


「え……、あ、うん。出ようかなって思ってる、その、国王様からご指名が下ってるんだって」


「へぇ。よく出る気になったね」


「最初は、断ろうと思ったんだけどね。一応私、王陛下に奨学金を出して頂いてる身だしさ。年に一回くらいその成果を披露するのが当たり前かなって思って」


「なるほど正論。でも、ちょっと前のティリルだったら、自信がないから怖いからって言って嫌がってただろうなぁ。いや、立派になったもんだ」


「ミスティひどいー。そりゃ、思い当たる節は一つや二つじゃないですけど!」


「わかってんじゃん」


「そりゃね」


「くっはは。で、何に出るの?」


「え、何って?」


「競技だよ。第一種から第三種まであるでしょ? 三種だけは絶対やめなよ。まだまだ今のティリルじゃ危なすぎる」


「え、私それ聞いてない。危険な競技があるの?」


「第一種は指定課題の実演。第二種は自由演技。どっちも複数人の対戦形式で、勝敗は審査員の評点によるの。一方で、第三種は魔法を使って相手を攻撃する形での直接戦闘。審判はつくけど、実際に相手と戦って勝ち負けを決める形で行われるのよ」


「嘘……。私そんなの絶対出られない……」


「だからね、第一種か第二種にしておきなさい、絶対に」


「うん。……ありがとう。知らないまま選ばされたら大変なところだった」


「まぁ、委員からも説明されるとは思うけどね。知っておいた方が、気持ちの準備はできるでしょう」


「そだね。うん、聞いといてよかった」


「フォルスタ先生とも相談しなね。第一種に出るんだったら先生も課題指定に関わられるはずだし、ちゃんと許可を取っておかないと」


「うん、わかってる。この後行くよ」


 ありがとう、ともう何度目か頭を下げるティリル。


 まだまだ喋り足りない。もっと、話したいことはいっぱいある。そう思うのだが、無情にも鐘は鳴る。ほんの五分ほどしか経っていない印象だったが、気が付いたらもう授業一つ分は時間が過ぎていたようだ。


 ミスティと話をするのに時間を気にしたことなどなかったなぁと、空になったカップを置いて溜息をついた。部屋に帰れば、食事のときでも、その後でも。話をする時間は山ほどあった。それでも足りなければ、翌日でも十分だった。部屋が別になっただけ、外で会えば今まで通り、と強がっていた自分たちが、ずいぶん拙く感じられた。


「じゃあね、また来週」


 あっさりと立ち上がるミスティ。


「うん、また来週」


 答えるティリルは、声が震える。気付かれなかっただろうか。……気付かれただろうな。相手はあのミスティだ。ティリルの気持ちなど、読みたがっている本のタイトルまで、食べたい料理の付け合わせまでお見通しだろう。着たい服の柄まで。聞いていたい声の持ち主まで……。


「私も、行かなきゃ」


 徐に立ち上がって、二人分のカップをカウンターに戻す。


 そういう約束だった。先週はミスティが支払い、あとに残って片付けをした。


 今日はティリルが支払い、二人分のカップを戻す。毎週交互に。そういう約束だった。




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