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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十節 魔法大会へのいざない
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1-20-1.再会と出会い







 ヴァニラと昼食を一緒に取るのは、案外久しぶりのことだった。


 火事の後。ファルハイアを糾弾した後。ヴァニラはしばらく、授業を欠席し続けた。ティリルにわかるのは彼女と履修登録が重なった週に三つの講義だけだったが、そもそも魔法学を専攻していないヴァニラがあまり座学を選択していないことは知っていた。言うなれば彼女は美学専修。恐らく神学や精霊学の授業で成績を下げても、それほど困るということはないのだろう。


 それよりも、絵を描く場所を失ったことの方が問題だ。幸い彼女には、頼れる師がいる。名前しか聞いたことはないけれども、ヴァニラはいつもフェルマールという師の名前を口にしていた。彼女が絵の道を諦めるはずはない。だとすれば、彼女はきっと師の元で、座学を学ぶ暇を惜しんで絵を描く環境を整えているのだろう。会えない期間も、彼女の境遇を心配することは、ティリルはあまりしなかった。


 今日の神学史の授業、久々に教室でヴァニラの顔を見た。


 笑顔を向けると、少し照れ臭そうに「ごめんね」と答えてくれた。ようやくフェルマール師と共に、学院から新しい「美術室」を確保することができたと、そして燃えてしまったあの絵をもう一度描き直す気力も取り戻せたと、教えてくれた。


 楽しみにしています、と伝えた。本当に嬉しくて、様々なことに安堵した。セリング師の講義を聞く間も今日だけは気もそぞろ。久しぶりに昼食は食堂で取ろう、いや二人では初めてだが、高級食堂「エル・ラツィア」の方でゆっくりしよう、とつい授業中から声を潜めて相談してしまった。


 セリング師と目が合う。一瞬咎めるような目を向けた師も、しばらく休み続けていたヴァニラのことは意識にあったらしい。次は見逃しませんよ、と目でサインを送ってくれた。優しくも甘い先生だと、ティリルは合掌した両手で口許を隠し、ぺろりと舌先を出して自戒した。


「私こっちの食堂初めて使うんだ。楽しみー!」


 図書室や講堂の入った建物の六階まで階段で上がり、疎らに埋まる席の一つに腰を据える。


「下の食堂も悪くはないですけど、ここのご飯は本当においしいですよ」


 自分が誰かに学院のことを教えてあげられるなんて珍しい。少し得意になり胸を張りながら、ティリルはヴァニラの期待を煽った。


 下の食堂と違い、ここではかわいらしいフリルの制服を着た給仕の女性が注文を聞いてくれる。それぞれに注文をし、さて改めて近況を話し合おうかと言ったところで、二人に、正確にはティリルに声をかける者があった。


「ちょっと、いいかしら?」


 声の主はティリルの背後。振り向くと、そこには背の高い、プラチナブロンドの女性が立っていた。こめかみの辺りから肩に掛けて伸ばした髪の房が特徴的な、釣り目気味の美人女性。ティリルの覚えている限り、知らない相手だった。


「ゼーランドさん、よね? お話の邪魔をしてごめんなさい。お願いがあってきたのだけれど、ご一緒させてもらえないかしら」


「あ、その……」


 返事をする前に、女性はヴァニラの隣に腰を下ろしてしまった。この人は一体何だろうか。自分などにどんな用があるのだろう。唐突に現れた見知らぬ人物に、心中の恐慌を抑えきれない。たとえて言うならそう、この強引さは、黒髪の暴君を思い出すのだ。


「すみませんが、私たちも久しぶりに顔を合わせて積もる話があるんです。できれば遠慮して頂きたいところですけど」


 気丈に、ヴァニラが女性を睨みつける。


 ティリルも同意し、頷いて見せた。プラチナブロンドの女性は、明らかにティリルを見つめている。ティリルが拒絶を態度にしなければいけない。


「あら、それはごめんなさい。ではなるべく手短にすませますね」


 目敏くやってきた給仕女性に羊の舌のシチューを注文しながら、プラチナブロンドは首を斜めに頷いた。


「いえ、手短とかそういうことでは――」


「ごめんなさい。厚かましいのは承知の上なの。ゼーランドさんのためにも、僅かでも早くお耳に入れておくべきだと思いまして」


 ヴァニラの遠回しな拒絶も、ティリルの眉を顰めた首肯も、歯牙にもかけぬ図々しさ。……とは、少々異なるようだった。急を要する用件。自分に対して。一体どんな話だろうか。


「自己紹介が遅れてごめんなさい。私の名前はエルダ・ランツァート。本科三年で、今年の魔法大会実行委員会副会長を務めているわ」


「魔法大会!」


 ぶすっと頬を膨らませていたヴァニラが、聞いた途端に目を見開いてその単語を復唱した。


 一方初めて聞く名前にぽかんと口を開けて返すのはティリル。


「あら、ご存知ないかしら?」


 むしろ知らないことが意外だ、とばかりに、ランツァートは背筋を伸ばし直した。ヴァニラの反応を見るに、肩書を名乗っただけである程度話は通じると思っていたのかもしれない。


「ティリルは編入してきてまだ一年たっていないものね。そういえば、知らなくて当然か」


「ああ、そうなのね。この春に編入した、との噂は伺っていたけれど、大会はサリアの街を上げての一大イベントですし、名前くらいはご存知かと思っていました」


 サリアの街のことは、大学の中ほどにも知らない。いまだにそうなのだ。一年以上前のことなど噂すら耳にしたことはなかった。素直に、そう告げた。


「なるほど、それは失礼しました。

 では一からご説明差し上げた方がよろしいですね」


 こほん、と。ランツァートが咳払いを一つ。改めて居ずまいを正し、改めてティリルに面と向かう。


 受け取るティリルも、生半可な姿勢ではいけない、と感じた。ごくりと唾を飲み込み、両手を膝の上に揃えて、鼓動を早める。人の気配の少ない食堂で、遠くの話し声や物音が、やけに耳に近く響いた。


「この魔法大学院の一年の課程が、一月に始まって十二月に終わるのはご存知だと思います。その一年間、ないし卒業前の人間にとっては在学期間の集大成として、学科試験以外にも自身の成果を披露する機会が必要であろう、と始められたのが魔法大会です。正式には『サリア魔法大学院修得技識披露大会』と言います」


「は、はぁ」


「元来は専任教員の前で、修得した技能を披露、発表するだけの謝恩式の余興だったようですが、ある時エルム一世王がご興味を持たれ、見学にいらしたことから、国王陛下と宮廷魔法使様が閲覧される大々的な大会となったそうです。今では街の人々も見学に来る、娯楽性も求められるようなイベントになり、その内容も学生同士が競い合う試合形式のものになりました」


 いつの間にか、ランツァートの説明に引き込まれ、瞬きも忘れて声なく頷いていたティリル。何の話だろうかと訝りながら聞き始めたはずなのに、いつの間にか自分との関連性の希薄さには意識が向かなくなり、ただ物事の歴史の話として興味深く聞き入ってしまっている。


「で。要するに副委員長さんは、ティリルをその大会に勧誘に来た、って言うわけですよね?」


 先にまだるっこしくなったのだろう。横からヴァニラが、口を挟んできた。


 その通り、ご明察です。ランツァートが笑う。魔法大会歴史学講義から、まるで心の準備をする暇なく、自分に直接関連する話が始まってしまった。一呼吸、ランツァートの笑顔を見守って、そのあと「え?」疑問の音を漏らした。


「ゼーランドさん、あなたシアラ・バドヴィアの娘君でいらっしゃるんでしょう? 実行委員会の方に、ぜひ出場させてほしいという依頼が下ったのです」





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