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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第十九節 ミスティとの別れ
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1-19-3.退出して、廊下で







 そして、ティリルと、二人の下級生の方に向き直る。


「私が言いたいことは全部言ったわ。あなたたちは? 何も言いたいことはない?」


 憤り、冷め遣らぬ様子で、口調の端々が乱雑になっているミスティ。自分はともかく、他の二人は、こんな上級生の様子を見せられたら怯えてしまうだろう。心配になって、ティリルは真っ先に問いに答えた。自分の言いたいことは、もうミスティが言ってくれた。伝わらないこともわかってる。もう十分だと。


「私は、元々特に言いたいことはありません」存外臆していない様子で、リーラが淡と口を開いた。「思うところがないわけじゃないけど、何より憧れのティリル先輩と同室になれるのが夢のようです!」


 満面の笑みで、むしろ喜びを主張するリーラ。


 ここでそんな発言をするのもどうだろうかと、ティリルは背筋に冷や汗を走らせた。


「まったく。私の前で平然とそんなこと言うんだもんね、リーラは」


 腰に手を当て、顰め面で睨み返すクリス。こちらも、空気はあまり締まっていない。今までふざけていながらもピリピリとした空気を漂わせていた学院長室が、急にくだけた様子に変わっていくように感じられる。


 クリスは続けた。


「私も、特にないかな。ただ、学院側がこういうことを、平然と行うんだってことは覚えさせて頂きます。正直、ゼーランド先輩の素行の問題でなんで私たちが迷惑をこうむらなきゃいけないの?って気持ちはありますからね。逆に言えばこれ、私とかリーラはゼーランド先輩と同じだけの罰を受けてるのと同じ形ですから、由々しき寮則違反だって一度は見逃してもらえる権利になるはずですよねぇ?」


「……何らかの補償は検討しよう。寮則違反をしてよい、という理屈にはならない。それだけは勘違いしないでほしい」


「あ、補償してくださるんですね。ラッキー」


 いかにもダメで元々、とりあえず言ってみたという雰囲気で、クリスは右頬の横で両手を握った。


 口が軽いだけかと思っていたけれど、案外、計算高い一面も持っているらしい。思わず感心してしまった。


「ゼーランド君。君は?」


 最後にティリルが指名された。なんと、学院長直々だ。


 こんなつまらぬ三文芝居の、幕切れなどクリスのご褒美で十分だろう。そう思っていただけに、まさかここで即興科白を求められても、なかなかよい言葉など浮かんでこなかった。


 いや、用意した台本はあった。言うべき自分の言葉くらいは、剣先を向けられたら答えられるよう、胸に用意していた。


 そもそも自分とミスティは、責めに来たのだ。こんな無法な処遇があるかと、糾弾するつもりだったのだ。ミスティは構える矛を収めないでいてくれたが、思わぬ反撃を受けた時、ティリルの刃には迷いが生じていた。


 責めるべきか、責められた部分を弾くべきか。


 問題は、迷ったまま答えが出せなかったこと。


「いえ、……特に、ありません」


 結局どちらもできなかった不甲斐なさに、目頭が熱くなる想いさえ、した。こんな三文芝居にそこまで思いを込めたって、何も得るものがないことはわかっているのに。


「……そうか」


 静かに、学院長は頷いた。それが本当の幕切れだった。


「じゃあみんな、とりあえずここから出ましょうか。この部屋じゃ、ろくに話もできない」


 舌の根元をひとつ鳴らしながら、ミスティが号令をかけた。敵意剥き出しの視線。一触即発の舌先。だからこそ、この空気を読まない教頭さえそのことを感じ取ったからこそ、偉そうに胸を張りながら樫の扉に手をかけるミスティに、何も声をかけなかったのだろう。ミスティの尊大な態度に、普段の教頭なら苦言を呈さないはずがなかった。


「では、失礼致します。次にこの扉を開くときには、中にいらっしゃる方と会話ができることを心から望みます」


 言い捨てて、返事も聞かず扉を閉める。


 一触即発。発するのなら、自分たちが去った後の密室でどうぞ。ミスティの無言の言い分だ。


「初めて間近でお会いしたけど、学院長と教頭先生ってああいう雰囲気の方なんだぁ」


 クリスが、手を頭の上で組みながらつまらなそうに呟く。聞かれなくてもいい、誰かに拾われたら少しくらいは広げる。そんな程度の溜息だった。


「あんたたちには言っておくけど、あいつらはもう言いなりよ。自分で考える頭もきっとない。ろくな証拠もあげずに学生の与太話を鵜呑みにして、それで優秀な講師一人クビにするだとか。今回のことだってそうよね。ティリルが夜外出してたって噂だって、別に証拠を取ったわけでもないんだろうに、関係ない人間まで巻き込んで処罰するなんてね」


 勢いでぶちまけて、それからミスティは少し考え込んで、しまったなと呟いた。「ティリルの夜歩き、証拠はないですよねって突っついてみりゃよかった」


 ああそっか、とティリルも声を上げた。あれだけ証拠に拘っていた教頭だ。しかも放火犯の自白を前にしてさえ「本当のことを言っている証拠がない」とティリルたちの言い分を突っぱねた。今回の処分を決めるにあたっては、さぞ有用性の高い証人を見つけてきたことだろう、と言ってやるべきだった」


 しまったなぁ。そんなよい切り口があったのに、しかも最後に敵の方から自分に剣を振るチャンスをくれたのに。どうして思いつかなかったのか。どうして迷ってしまったのか。悔しさを噛み締めると、ますます居た堪れなくなる。


「言いなりってそんな。いったい誰の?」


 話が元に戻される。ミスティの悪し様な言いように、訝しそうに眉を吊り上げて首を傾げるクリス。リーラもうんうんと、少しだけこちらに気を使いながら、クリスの質問に同意を示した。


 二人とも、言外に「いくら不条理な裁定を下す学院長でも、言いなりなどと剣呑な表現をするのはどうだろう」と言いたがっていた。


「アルセステ通運の一人娘よ」


「え? あの、大企業の? 娘? え、娘が、いるんですか?」


「え待って、リーラ、あんた知らないの?」


 ミスティの言葉に、二人の後輩の反応は正反対だった。


「クリスは知ってるの?」


「当然でしょ。去年まで予科にいたのよ、不用意に近寄るなって有名だったじゃない」


「知らなぁい。何その話。初耳なんだけど」


「はぁ。あんたホント、そういう噂疎いわよね、よく今まで無事に生きてきたもんだわ」


 大袈裟ね、とリーラが頬を膨らませる。


 ティリルには、恐らくミスティにも、大袈裟にはまるで聞こえなかった。去年まであのアルセステが予科にいた。恐らくは八年がところ。つまりは、そういうことだろう。


「忠告しておくわ。なるべく、触らないことね。

 ……と言っても、今の奴らの狙いはティリルだから、その周囲にいれば黙っていても何かされる恐れはあるんだけど」


「ティリル……、ゼーランド先輩が? 何かしたんですか?」


 クリスの視線が自分に向かう。驚いて、両手を振り。


「わっ、私は何もしてません! 向こうからいろいろされてるんです」


「え、ティリル先輩がいろいろされてるんですかっ? そんな、なんで――」


「バドヴィアの娘って肩書が気に食わないらしいわ。知った途端に難癖付けてきたそうだから」


 ミスティが説明してくれた。


 なんでそんなこと、と、リーラが肩を震わせる。その思いはとてもありがたく、ああここにも味方でいてくれる人がいたんだと、ティリルは頬が緩むのを感じた。


 けれど、リーラもクリスも、巻き込むわけにはいかない。


「あなたたちも、今回こうして部屋分けの巻き添え食らってる以上、何かしらあの女に目をつけられている部分はあるのかもしれない。けど、なるべく被害を広めたくないのよ、もうこれ以上は。だから、なるべくあなたたちは、あの女にはかかわらないでいて」


「あ、はい。その、関わるつもりは全然――」


「そんなの嫌です!」


 簡単に肯こうとしたクリスの言葉を上書きするように、リーラが強く主張した。





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