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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第十九節 ミスティとの別れ
145/220

1-19-1.学院長の説明







「納得がいきません!」


 ミスティが、右の拳で強く机を叩いた。


 舞台は学院長室。配役は、奥の学院長席を挟んで学院長とミスティ。ティリルがミスティの少し後ろ。リーラとクリスが扉の前に並び、教頭が壁際、全員を見張れるような立ち位置に控える。


 それぞれの表情はいつもと変わらない三文芝居。敢えて言うなら、期待に目を輝かせつつティリルの立場も慮ろうと必死に口を閉じているリーラの存在が、ちょっとした違和感となっているくらいか。


 ミスティの怒声が何かを変える力を持っていないことくらい、誰しもが、当のミスティですら重々承知の上だった。


「ルーティアさん、机を殴らない。これもまた決定事項なの。あなたがいくら騒いでも、今更の変更は有り得ないのよ」


「ですので、納得がいきませんと言っているんです。なぜ学院の歴史でも例外である、濫りな寮室変更などという決定を、本人達不在の状況で行うんです? あなた方の良識を疑いますよ」


「ルーティアさん! 口を慎みなさいと、何度言ったら……。本当にもう」


 額を右手で押さえ、首を左右に振って溜息をつくネルヴァン教頭。この人の思考もいい加減よくわからない、とティリルは目を丸くする。ミスティの疑問は、この部屋に初めて入ったであろうリーラとクリスも思わず頷いてしまう程、至極真っ当なものだと思うのだが。


 どうやら彼女にとっては、ミスティの発言は難癖以外の何物でもないらしい。自己暗示の末か、そもそも生来の歪んだ感覚なのか。


「口を慎んだら、少しは正面からお答え頂けますか?」


「条件を提示できる立場ではないでしょ――」


「構わんよ。言ってみたまえ」


 学院長! 教頭が慌てた声を上げるが、スヴァルト学院長は知らぬ顔。元より机を殴るミスティが見据えるのは、頬杖をついた学院長の静かな目。教頭の怒声を意識の網の外に追い出し、今訊ねた内容をもう一度、その静かな目に投げつけた。


「では改めて。

 今回の寮室変更の決定までの流れを教えてください。まず、なぜそれが懸案されるに到ったか」


「懸案事項として挙がった理由は、ゼーランド君の素行についてだ」


 え。思わず声が漏れた。


 自分の素行に問題があったと言われるとは、全く以て心外だ。校則、寮則違反など、全くした記憶はない。ミスティもそのことを主張してくれた。その上での学院長の回答に、結局ティリルは息を詰まらせることとなる。


「先日、深夜に彼女が外出していたという証言が上がってね。これは由々しき問題だと、教員会議で取り上げられたことが発端だ」


「そんな小さなことが、由々しき問題だと?」


「ゼーランド君は王陛下直々のご推薦を受け、この学院に編入してきた。相応に責任感を持ち、自らの魔法の研鑽に励む義務がある。実習での成績は伸びず、その夜に寮則違反となる時間外外出をし、翌日には体調を崩して講義を休んでいる。王陛下に向けてこのような就業態度はとても詳らかにできないと、そのように見る教員の意見が大きく働いた。体調管理面や受講状況に影響を及ぼしている点、私は小さなことだとは思わないな」


 目付きを鋭くして、学院長が意を発した。


 思えば、この男が自分の言葉でティリルへの処遇を語るのは初めてのような気がする。この部屋でラクナグを見送った時、そのことを許可するべくいくつか胸中を語っていたが、ティリルへの処遇についてはっきりと自分の意見を示すことは今までになかった。


 今回は、学院長の口からはっきりと、「小さなことだと思わない」と言われてしまった。正直なところ、少々気持ちが叩かれた。


「夜中の外出は、確かに寮則違反です。ですが他にもしている学生は大勢います。ティリルだけを取り上げ、罰するのは、ティリルが陛下直々のご推薦を受けている立場だから、ということでよろしいのでしょうか」


「語弊はあるな。他の学生については認知していない。当然、寮則違反に該当するので、発覚した場合は直ちに相応の処罰を検討しよう」


「認知していない、ですか。私が見る限りでは、毎晩誰かしら外を歩いているように思いますが」


「あくまで学生寮の寮則だ。君が見かけたのは教員の姿だろう。まさか、顔かたちが判じられるほど近くで見たわけでもあるまい? 君も寮則に背いていないのであれば」


 にまりとも笑わず、学院長が淡々と語った。教頭が横で小さく息を吐く。右手で胸を押さえ、思っていることを隠そうとはしているらしいが、その努力はまるで役に立っているとは思えない。


 ミスティは、笑っていた。背筋が凍るほど辛辣な微笑み。


 学院長を敵と認めた。ティリルだから、それがわかる顔だった。


「第二の質問です。ティリルの生活態度に懸案事項があったとして、なぜ寮室移動を命じられるのがルームメイトと、僅かな面識がある程度の予科生なんですか? 言ってしまえば、完全なとばっちりじゃないですか」


 ミスティの怒声に、リーラが露骨に表情を歪めているのが視界の端に映った。


 そりゃあ、リーラとの関係を考えれば、本来なら「僅かな面識がある程度」などとは言えない。ミスティの表現は交渉の上での誇張だ。だからそんな顔はしないでほしい、とティリルはリーラに視線を送った。


「うむ。それについては少々説明が長くなるが、よいかな」


「聞かせて頂きましょう。とりあえず私には、その権利があると思います」


「よろしい。

 第一に、ゼーランド君の素行についてだが、私たちも普段から彼女の行動に問題があると思って見ているわけではない。思うに、君や、君の学友――、ゼーランド君から見たら『頼れる先輩』に囲まれたときに、ついつい自覚を忘れてしまうことがあるのではないか、というのが我々の見解だ。実際彼女は、一人のときには節度を持って行動できていると聞いている。例えば寮則を破ってしまうようなことも、頼れるルームメイトと一緒にいるおかげで、つい気が緩んでしまっただけではないか、とな」


「……私が、ティリルに悪影響を与えている、と仰るのですか」


「取り違えないでほしい。あくまでゼーランド君の行動はゼーランド君の責任だ。ただ、彼女に自覚を持たせるために最適な環境ではない、というだけのことだ」


 ギリギリと、ミスティの歯軋りの音が、隣にいるとよく聞こえた。



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