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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第十八節 服装と化粧
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1-18-9.凶報の掲示板







 クリスとリーラが、静かに、慄然と視線を交わらせる。


「……うん。僕の方は大体終わったから、行っておいでよ、二人とも」


 ファーレル師も二人の心中を汲んだのだろう。早々に素描きを切り上げ、二人を解放する。やおら、縮めたバネから手を離した時のように、二人は勢いよく部屋を飛び出していった。


「ま、待てって、俺も行くよぉ」


 置いて行かれた形のカトルが、情けない声でへろへろと二人の後を追う。


 残されたティリルは、自分も行きたい欲求にかられ、うずうずとしながらファーレルの顔を見た。師は気付いていない様子。あれ、そういやゼーランドさん、まだ着替えてないの? 右のレーンに次の服がかかってたと思うよ、順番に着替えてくれないかな。手許の素描きを見比べながら、片手間に師が言う。


 あ、う、と小さな音を喉から漏らしていると。


「ファーレル先生、ゼーランドさんも掲示板を見てくる必要があると思いますよ」


 セリング師が助け舟をくれた。


「え、ゼーランドさんも?」


「先ほどのフェイムハールさんの話だと、寮室移動の発表だとか。私の知る限り、学年の中途で、編入生が来たわけでもなく、そのような発表があったことはありません。在校生として確認しておく必要があると思いますよ」


「え、でも、ゼーランドさんは関係ないんだし、特に見ておかなくてもいいんじゃ……?」


「ゼーランドさんも見ておきたいでしょう?」


 明らかに未練を残しているファーレル師に対し、セリング師が穏やかな声音で牽制してくれている。ファーレル師に借りた服で幸せな思いに浸った手前、師への協力を惜しむつもりはないのだが、ここは下手に気遣って躊躇する場面ではない。


「はい! 気になります!」


 素直に、こう答えておくべきだろう。


 リーラとクリスの状況も、友人として素直に気になった。


 だがそれ以上、何か、とても不穏な予感がして、落ち着かないのだ。「掲示板に重要な告知が貼り出された」。その事柄が、嫌な予感を喚起して落ち着かない。自分で目にして、安堵の息を零したい。その思いがとても強く膨らんでいた。


「わ、わかったよ……。

 でも、確認したらすぐ戻ってきてよ? 僕も今日は少なくとも二十着分くらいは記録を取りたいなと思って準備してきたんだ。ウォルノート君がなんだか大変なことになっちゃって、この上ゼーランドさんまでいなくなっちゃったら、僕の研究何にも進められない」


 情けない声を漏らすファーレル師。


 緊迫した空気を感じていたのに、思わずその言い方に笑みを含んでしまう。


 そして。


「はい、わかりました、大丈夫です。何も問題ないことが確認できたら、すぐに戻ってきますので!」


 ファーレル師にそう約束すると、去り際セリング師にも小さく頭を下げ、目で感謝を伝えた。


 セリング師から、しっかりと目配せが返ってくる。どうやら彼女は、珍しくティリルが見せた強かさに気付いてくれたようだった。何か問題があったら帰ってこないかもしれない。セリング師は「構わないわ」と答えてくれていた。


 予科棟を出て、事務所の前へ向かう。


 周りには、あの時と同じ人集り。あのときと違うのは、黒い雲が空を覆っていること。先程まではあんなに晴れ晴れと、秋の木々を飾り立てるように青く輝いていたのに。


 群がる人々の後ろからでは、掲示の内容は読めない。


 あのときはどうやって近寄ったのだったか。思い返し、そうだ人混みを少々乱暴に掻き分けるミスティの後をついていったんだ、と思い起こした。さて一人ではそこまで強引には行かれない。どうしたものかと悩んでいると、一人、二人。ティリルの顔を見てあっと声を上げる者たちがいた。そして彼らは、すっとティリルに道を譲っていく。


 周囲の反応に目を丸くし、ティリルはきょとんと自分の姿を見る。あ、そう言えば自分は今、制服を脱いで黄色いワンピースを着ているのだと思いだした。


 けれど、そんな格好が彼らのこのような態度に繋がるだろうか。まるでティリルを避けるような、敬意か畏怖かわからないような不愉快な態度に。


 開けてもらった道を、小さく会釈をしながら進み、掲示板の近くに寄る。


「なんなの、これ……」


 先に来ていた犬耳付きのクリスが、不愉快そうに呟いた。


「何これ何これ何これっ! えっ、ホントっ? 夢じゃないのっ?」


 へそを出した服装のリーラが、飛び上がって喜んでいた。


「何で喜んでるんだよ! 本科棟に行くなんて嫌じゃないのかよ」


 カトルが、若干機嫌を悪くしながらリーラを睨みつけている。


 そして、今一人、


「ふっざけんじゃないわよ?」


 ギリリと歯軋りの音まで響いてくる勢いで、怒りの表情を露わにする黒髪の女性。


「ミスティ!」


「ティリル! ちょうどよか――、やぁんなにその格好! すっごいかわいいじゃない!」


 ティリルの姿を確認するや今燃え盛らせていた怒りの炎を一瞬で消し飛ばし、ティリルの服装に両拳を胸の前に合わせるミストニア、がいた。


「あ、えっと、これは、その――」


「っと、今はそんな場合じゃなかった。やられたわ。まさかあいつら、こんな手を使ってくるなんて!」


 左の親指の爪を噛みながら、ミスティが話を元に戻す。


 こんな手、とは、どんな手なのだろう。


 胸が泡立つ。背中がひりつく。


 胸許を両の拳で押さえながら、ティリルは恐る恐る、掲示板を見上げた。


 そこには、こう書いてあった。




『下記の者、寮室を変更とする。

 予科七年生 リーラ・レイデン 本科棟325号室へ

 本科三年生 ミストニア・ルーティア 予科棟224号室へ』


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