1-18-3.リーラとその友達と、ティリル
「なに? クリス。今先輩と話してたんだけど」
リーラが彼女を睨みつける。なんだかその雰囲気がとても怖く、ティリルはついつい話をはぐらかしてしまう。
「あ、えっと、何かご用事でリーラさんのことを探しにいらしたんですよね?」
「そうですそうです。あ、先輩初めまして! クリス・ウォルノートって言います。
でさ、リーラさ。今ファーレル先生が探してるんだわ。ちょっと時間取れない?」
ええ、ファーレル先生が? 驚きの中に億劫さも混ぜ込みながら、鸚鵡返しにするリーラ。なんだろう、今日のリーラはちょっと表情が黒い。びくびくと肩を震わせながら、努めて感じないふりをして、ティリルは後輩の言葉を邪魔しないようにした。
「なんか、民俗文化の研究の一環でいろんな洋服を取り寄せたんだって。いろんな学生にモデルになってほしいんだってさ」
「ふぅん? 先生自分で着ればいいじゃん」
「女物だよ! 想像させないでよ」
ファーレルなる教員のことは知らないが、横で聞いていてティリルにも、男性教員なのは当てが付けられた。そもそもその人物を知っているのだろうリーラの発言。思わず吹き出してしまうほど粗雑に聞こえた。
「なんかね、私ロングじゃん? ショートヘアのモデルも欲しいらしくて、じゃあってリーラを呼びに来たんだ。リーラもかわいい服好きじゃん? うまくすれば、他所の国のかわいい服、タダでもらえるかもよ」
うずっと、膝に合わせたリーラの二つの拳が、一瞬疼いたのに気付いた。
「行ってくればいいじゃないですか。いろんなお洋服がタダで着られるなんて、素敵だと思いますよ」
「えぇ、ティリル先輩……?」
悪気なく勧めたつもりだった。あえて言うなら、なんとなく緊迫したリーラと二人きりの状況から逃げ出したかった本音がなくもない。けれど、そんな淋しそうな表情で見詰め返される理由が、ティリルにはいまいちわからなかった。
「あっ!」淋しそうな表情が一転。ぱあっと大輪の花がリーラの表情に咲く。「じゃあ、ティリル先輩も一緒に行きましょうよ!」
「えっ? わ、私も?」
「ねぇクリス? 先生はいろんな女子に着てほしいって言ってるんでしょ? だったら先輩も行っていいよねぇ?」
「え、あ、うん。私はいいと思うけど」
今度はクリスが浮かない返事。顎のところを右手で押さえながら、怪訝そうに小首を傾げている。
「こんな地味な先輩が、衣装のモデルなんて大丈夫かなぁ」
はっきりと言われ、思わず目を丸くした。
「なっ、なんてこと言うの!」リーラが立ち上がって怒る。
「え、え? べ、別に悪い意味じゃないよ。ただ、衣装のモデルに向いてる人とそうでない人がいるでしょ? リーラはコロコロしてかわいらしいし、向いてるだろうなって思ったんだけど……」
憤るリーラに両手を振って誤解をアピールするクリス。そのあまりに直情な物言いと、叱られて尚自分の言葉を失言と思っていない心臓の強さ。あるいは思考の軽さ。ティリルも怒るよりも呆れるよりも、一番に吹き出してしまった。
「あは、あははははは!」
「え、……ティリル先輩?」
「あはは、えっと、その、ご、ごめんなさい。なんだかもうおかしくなっちゃって。クリスさん、とっても素直で正直な方ですね」
目の端に滲む涙を指で拭いながら、戸惑うクリスに笑いかける。リーラが横ですみませんすみませんと頭を下げているけれど、怒ってなど微塵もいない。ひょっとして、学院に編入して間もない頃であれば「悪意を向けられているのか」と疑心に囚われ心中に幽鬼を呼んでいたかもしれないが、真正の悪意に何度と晒された今となっては、クリスの無邪気な物言いなど一笑して終われる。
その上、この二人の様子をもう少し見ていたいと、厚顔な申し出さえできるほどに、なるほど確かに自分は強くなっているようだった。
「その、私には確かに似合わないかもしれませんけど、もしよければ見学させていただいてもいいですか? かわいく着飾るリーラさんと――、クリスさんも着られるんですよね? お二人の様子、ぜひ拝見したいです」
「ティ、ティリル先輩……っ!」
何を受け取ったのか、そう提案したティリルの言葉に、リーラが両手を組んで目を潤ませた。並々ならぬリーラの情熱を感じるが、相変わらずそれが何に向けられているのか、ティリルにはいまいちわからない。
一方のクリスは何かまだ言いたそうではあったけれど、さすがにこれ以上何かを言うと今度はリーラに殴り殺されそうだ、という迫力もさすがに感じ取ったようだ。後ろ頭を掻きながら、「まぁ、私からは何とも言えません。先生がいいって言えばいいと思いますよ」と、相変わらず敵意と受け取られても仕方がない感想を口から漏らしていた。
「ありがとうございます。じゃあ、早く行かないと、ですよね? 先生がお待ちなんでしょう?」
努めて優しい、出来た先輩を気取り、すっくと立ちあがる。
うるうると感激したままのリーラははい!と元気よく。クリスもどこかに引っ掛かりを感じながら「あ、ええ」と頷き、けれどそれ以上は何も言わなかった。「じゃあ、先輩行きましょうか!」と先に立って道を示してくれる。やっぱりこの人は素直さの塊なんだなぁと、思わず微笑みながら後をついて歩くのだった。




