1-18-2.リーラの質問
「え、……あれ、リーラさん」
「こんにちは! こんなところで奇遇ですね! 日向ぼっこですか?」
沈みかけていた心持を、無理矢理浮かび上がらせてくれる底抜けに明るい声。久々に聞いたな、となんだか不思議な思いがしながら、寝惚けた頭でそんなところです、と愛想笑いを返した。
「私淋しかったですよぉ。最近先輩に全然会えなくて! あの、クロスボールの試合の時以来ですよね」
「え、そうでしたっけ。……そっか、もうそんなに久しぶりになるんですね」
「そうですよぉ! ティリル先輩はお忙しいと思いますけど、たまには遊んでやってくださいよ! でないと私拗ねて泣いちゃいますからね!」
そう言って、リーラはティリルの眼前で、笑顔のまま頬を膨らませるという器用な表情をしてみせた。あまりに可笑しくて思わず笑ってしまう。口許を抑えて笑うと、リーラもいたずらが成功した子供のようににんまり笑い直して、ティリルの隣に腰掛けた。
「なにしてたんですか? こんなところで」
無邪気に顔を覗き込んで質問をくれる。その明るい様子が、今は嬉しかった。
「何っていうほどのことをしてたわけでもないんですけど……。とりあえず、考え事をしていました」
「考え事? 魔法のこととかですか?」
「あはは、まぁ、そんなところです」
笑ってごまかし、静かに顔を背けた。
リーラは予科生。年も、ティリルより二つほど下と聞く。頼りにならないと言いたいわけではないが、問われるままに悩みを吐露してしまうのは、やはり憚られた。
何より、この明るい笑顔に心配をかけたくない。上級生としての意地くらい、少しくらいはティリルにだってあるのだ。
「リーラさんは、いつも私を見つけると声をかけてくれるんですね」
だから、話を変えた。ありがとう、なんてそんな言葉を軽く言って笑おうと、小さな企みを胸にしながら。
けれど、会話を思う通りの流れにつなげることはとても難しい。少なくとも人との会話がそう得意とは言えないティリルには、今回は無理だった。
「だって! ティリル先輩は私のことを見つけても声をかけてくれないじゃないですか!」
「えっ、そ、そんなことないですよ……。私あんまりリーラさんをお見かけした記憶なくて」
「でもあんまり探しに来たりもしてくれないから……。見かけたときに私から挨拶しないと、予科と本科の違いもあるし、私、大好きなティリル先輩と全然お話しできないんですよ……」
「ご、ごめんなさい……」
ありがとう、を用意していたのに、実際に使ったのはごめんなさい、だった。
なんとも会話というのは難しい。下唇を軽く突き出しながらふんと鼻を鳴らすリーラに、ティリルは少し申し訳なさを感じ、同時に少し理不尽さも感じた。
「……あの、ティリル先輩?」
ふん、と拗ねたリーラは、そのまま少し俯いて、一瞬顔を曇らせ黙り込んだ。そして、ティリルが「どうかしたのかな」と思うのとほぼ同時くらいに素早く、上目遣いにティリルを見上げ、その名を呼んで寄越した。
「はい?」
「……あの、いつも一緒にいる、黒髪の先輩のことって、どんな風に思ってるんですか?」
黒髪の先輩。ミスティのことだろう。
どう思っている、という質問の真意は全くわからないまま、ティリルは自分の胸中を答える。
「えっと、ミスティはとても頼りになるルームメイトで、とても優しい親友――、だと思ってますよ」
にっこり笑って答える。親友です、と断定できない自分の思いの弱さに幾許か情けなさも感じながら。
それでも自分の胸の裡をはっきりと伝えたつもりだったのだが、なぜだろう、リーラの不満げな膨れ面がより一層膨らんでいく。
「ど、どうしたんですか? リーラさ……」
「ティリル先輩は、ミスティ先輩のこと、好きなんですか?」
眉間にしわを寄せ、眉を吊り上げ、自分を睨むリーラの目つきがますます険しくなる。
言われたティリルはぽかんと口を開け、思考がぴたっと停止する。まるで言われた言葉が異国の言葉のようで、意味を聞き取ることができずにぼんやりしてしまう。そして、少しずつ、頭の中がはっきりしていき――。
「へ、ひぇっ? す、好きって、どういう――、あ、ああ、そのそういう意味ですね! ごめんなさい、私、なんだか変なこと考えちゃって。その、も、もちろん好きですよ! いつだってミスティは私のことを励ましてくれるから、私もミスティの好意には応えたいって――」
「違くて! そうじゃなくてです! ティリル先輩は、ミスティ先輩のこと、そういうんじゃなくて――」
「あ、いた! おーいリーラぁ!」
強めの剣幕で何かを言いかけた、そんなリーラの言葉を遮って、彼女の名前を呼ぶ者がいた。ぱたぱたと小走りにこちらのベンチに近付いてくる、見たことのない長髪の少女。くりくりとした青い瞳と、髪をまとめる黄色いリボンが特徴的な、リーラと同じベージュのケープを羽織った予科の学生のようだった。




