1-17-10.難儀な性格
「まだそんなところにいるのかって。私みたいなノロマ、待っていられないって。私、どうしたらすごい魔法使になれるの……。どうしたら、ウェルに胸を張れるような魔法使に……」
寒気がした。
風邪の症状ではない。全身から血が抜き取られたような体の芯が凍る寒さ。
知らず、自分の体を自分の腕で抱き締める。
そんなティリルの様子を、ミスティは、何度目かの深い溜息を携えながら見下ろしていた。
「あんたも難儀な性格ねぇ。もうちょっと気楽に構えればいいのに」
「気楽になんてっ! ……気楽に、なんて……。できないよ。私、ウェルに見捨てられたら、もう、どうしていいかわからない……」
「ウェル君は見捨てないわよ。それもあなたの夢」
「どうして、ミスティにそんなこと言えるの?」
「わかるわよ。私なんかよりずっと、あなたとの付き合い長いんでしょ? 私だってあなたが魔法を使えなくたって見捨てたりなんかしないのに、なんで今更その幼馴染が、魔法の覚えが悪いから縁切りって発想になるの」
「う……」
ミスティに言われて、言葉に詰まる。昂っていた感情に、突然冷や水をかけられたよう。
「逆に聞くけど、逆の立場だったらどう思ってたの? ティリルは魔法の勉強が順調で今頃学年首席。対するウェル君は砂漠で本物の盗賊と剣を交えて自分の限界を痛感。所詮自分の剣術なんて町の習い事レベルだった。これ以上腕を磨くことなんて無理だ。さっさと帰りたいけど、大見栄切って出てきた手前、しっぽ巻いて帰ったらティリルに馬鹿にされるかもしれない。幻滅されてそれっきりかもしれな――」
「そんなことっ、ありえないっ!」
淡々と説明を重ねるミスティ。冷やされた頭でその話を静かに聞いていたティリルだったが、段々と握った拳が震えてきて、気が付くと押し付けられたばねのように勢いよく叫んでしまっていた、
「そんなの、絶対ありえないよ。ウェルはいつだって、言ったことは全部実現してきた。そのウェルがおばさんの――、実の母親のことも、私のことも放り出して砂漠に行ったんだもの。しっぽ巻いて帰ってくるなんてありえない!」
「おりょ、すごい信頼だね。でもまあ落ち着きなって。例えばの話だよ。例えばそういうことになったとして、実際ティリルはそんな状況のウェル君に幻滅するの?」
「幻滅なんてしないよ!」
「『情けない。私は大学院でこんなに頑張ってるのに、ウェルはその程度なの? もう知らない。そんな情けない奴、もう二度と話しかけるな』なんて思ったり――」
「そんなの絶対ない! ウェルはウェルだもん。もしも何かに躓いて帰ってきたって、私はゆっくり話を聞く。絶対、見捨てたりなんかしない!」
「だったら、ウェル君もあなたのこと、同じように思ってるんじゃないの?」
拳を振り上げて力説した、その勢いがミスティの目の細さにすっと奪われた。
夢中になって、語気を荒げて言葉を吐き出していた一瞬前の自分が、まるで知らない誰かのよう。今の一瞬、先程まで囚われていた悪夢のことを忘れていたことに気づかされ、吸った息を吐けなくなった。
たん、と、部屋の上の方から何かを叩くような音がした。どこかに溜まった雨水が、窓枠にでも落ちたのか。雨が上がって、まだ間がないのかもしれない。
「あなたにとってウェル君が大事な存在なら、ウェル君にとってもあなたは大事な存在なんだろうと思うんだけど、違うのかな」
落ち着きなさいと言外に一言。静けさの戻った室内に、もう一度ゆっくりとしたミスティの言葉が浮かんだ。
「で、でも ウェルは突然修行に行くと言って、私も、お母さんのことも置いて出て行っちゃって……。どうして突然そんなことを言い出したのか、私全然わからなくて……」
「ふうん……」
それまでティリルの不安に「理解できない」という表情を通してきたミスティが、ここにきて何か一つ納得したような顔を見せる。眉を吊り上げ、腕を組み直して何かを考え込み。ああ、そっか。なるほどね。なんて訳知り顔で頷き始める。
何がどうなるほどなのか、ベッドの上から訝りながらその顔を見上げるだけでは、どうやら答えてはくれないらしい。
「えっと、ミスティは、わかるの?」
「ん、まぁ、当たりはつくわよね。男の子が強くなりたい理由、なんて、実のところ単純なもんだと思うし」
聞いてみると、こともなげにそんなことを返された。
「……ホント? ほんとにわかるのっ? 教えて! ウェルはどうして行っちゃったのっ? ねぇ、ミスティっ?」
布団を跳ね飛ばし、ベッドから飛び起きて、ミスティにつかみかかる。両肩を掴んでぎゅっと強く握ると、ミスティが少し顔を顰めた。
「いーったい! 痛いってば! 落ち着きなさい? さっきから興奮しすぎだよ」
肩をきゅっと持ち上げ、ティリルの手を弾きながら、逆にこちらの肩に手を置いて、勢いを削いでくる。優しく体を抑えられ、ふわりとベッドに座らされ。
「どんなに興奮して問い詰められても、私からは何も言わないから」
そんな無体な言葉を、にやにや顔で寄越すのだった。




