1-17-9.ミスティの抱腹
「…………ル? ……リル? ティリルってば!」
揺り動かされて、目を覚ます。
気が付くと、そこには自分の体に手を伸ばしているミスティがいた。表情を曇らせ、制服をしわだらけにしながら、こちらを見つめている。
「大丈夫? だいぶうなされてたみたいだけど」
「え、あ、あ……」
ミスティの声が、胸の中に染み渡る。
手が、自然とミスティの体に伸びていた。上半身を起こすように、飛び起きるようにミスティのぬくもりを求め、抱き着いてしまった。
「え、ちょ、……ちょっとティリル?」
「……ミスティ。お願い、見捨てないで……」
「はぁ? ちょっと何言って、……ええいもう、とにかく離れよ。一回落ち着こう? ね? ティルに抱き着かれるのは嬉しいけど、正直この姿勢は私もキツいの……」
うぐぐ、あぐぅと、ティリルの上半身を腰の力だけで支えるような姿勢のミスティ。ティリルはしかし、親友のぬくもりを手放すことができず、辛い姿勢を強要してしまう。
「あ、や、もう、限界……。見捨てない! ティル、見捨てないから! 一回放して! お願いぃ」
とうとうミスティが、ぺちょっとティリルの上に半身を落とし込んだ。
上から乗られてティリルも苦しくないわけではなかったけれど、それでも親友の体温が今はあたたかい。気持ちが落ち着いてミスティを放すことができる頃には、窓の外はすっかり暗くなっていた。
雨もいつの間にか止んでいたらしく、雫の音はもう聞こえない。
暗くなった部屋を照らすため、ティリルは天井に吊るしてあるランプに、魔法で火を灯した。
「で? なんだったの、今のは」
「えっと、その……。怖い夢、見ちゃって……」
端的に表現すると、腰に手を当てて溜息をついていたミスティが一瞬息を止めた。
そして次の瞬間、腹を抱えて笑い出す。何が起こったのか、一瞬ティリルは茫然と、その様子を見守ってしまった。
「くくっ……くくくっ……は、はは! あははははははっ!」
「そ、そんなに、おかしい?」
「あは、あはは、ご、ごめん、ごめんね……。ごめんだけどっ! くくっ、くはははは!」
いつまでもやまないミスティの笑い声。
さすがのティリルも、自分の言動がそうさせたとはいえ、段々と腹が落ち着かなくなってきた。頬を膨らませ、眉を吊り上げて口許を歪める。そこまで笑わなくてもいいじゃない……。呟く声は、笑いこだれるミスティの耳に届いたかどうか。とりあえずミスティは、腹を抱えながらごめんごめんと繰り返してくれた。
「あっはは、……はぁ。いや、笑いすぎて死ぬかと思った」
「さすがに失礼だと思うの」
「いやごめんってば。だってティル、あなたあの剣幕で泣きついてきた理由が怖い夢って、ちょっとかわいすぎて。子供か!ってついつい笑っちゃったわよ」
くひひとまだ口許に笑みを浮かべるミスティ。もういいよ。ミスティには相談しない。ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。悪かったよぉ。真面目に聞くから怒んないで? 両手を合わせながら小首を傾げ、ティリルの顔を覗き込んでくるミスティに、ティリルはもう少しだけ口を尖らせ、けれどすぐに唇を動かし始めた。
「いろんな人が出てきた夢だったの。ミスティも、いたよ。……みんな、私のことを見限って、離れて行っちゃった」
「あんたまたそんな。そんなの夢だってわかるでしょうよ。ホンモノの私がそんなこと言うわけないって」
「うん。ただ、その。……ウェルも、出てきたの」
微かに、声が震えた。下半身にかけたままの布団の端を、両手でぎゅっと握り締める。爪が、中身を零してしまうのではないかと思うほど。
半年前の自分には、きっと、その名を言葉にするだけで体が強張る日が来るなど、想像だにできなかった。
「ウェル、君って、確かティリルの幼馴染の?」
「……うん。ユリの町で一番、剣術が強くなったって言ってた。今頃は砂漠の国にいて、その時よりもっとずっと強くなってると思う」
「剣術少年か。この国じゃ多少時代錯誤な感じもするけど……。それで? その彼もティリルを見捨てて行っちゃったわけ」
恐る恐る、頷く。夢の中の話だから。本当ではないから。どれだけ自分に言い聞かせても、たとえ夢物語でも、それを認めて頷くことは恐怖だった。




