表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第十七節 幼馴染と親友
133/220

1-17-9.ミスティの抱腹







「…………ル? ……リル? ティリルってば!」


 揺り動かされて、目を覚ます。


 気が付くと、そこには自分の体に手を伸ばしているミスティがいた。表情を曇らせ、制服をしわだらけにしながら、こちらを見つめている。


「大丈夫? だいぶうなされてたみたいだけど」


「え、あ、あ……」


 ミスティの声が、胸の中に染み渡る。


 手が、自然とミスティの体に伸びていた。上半身を起こすように、飛び起きるようにミスティのぬくもりを求め、抱き着いてしまった。


「え、ちょ、……ちょっとティリル?」


「……ミスティ。お願い、見捨てないで……」


「はぁ? ちょっと何言って、……ええいもう、とにかく離れよ。一回落ち着こう? ね? ティルに抱き着かれるのは嬉しいけど、正直この姿勢は私もキツいの……」


 うぐぐ、あぐぅと、ティリルの上半身を腰の力だけで支えるような姿勢のミスティ。ティリルはしかし、親友のぬくもりを手放すことができず、辛い姿勢を強要してしまう。


「あ、や、もう、限界……。見捨てない! ティル、見捨てないから! 一回放して! お願いぃ」


 とうとうミスティが、ぺちょっとティリルの上に半身を落とし込んだ。


 上から乗られてティリルも苦しくないわけではなかったけれど、それでも親友の体温が今はあたたかい。気持ちが落ち着いてミスティを放すことができる頃には、窓の外はすっかり暗くなっていた。


 雨もいつの間にか止んでいたらしく、雫の音はもう聞こえない。


 暗くなった部屋を照らすため、ティリルは天井に吊るしてあるランプに、魔法で火を灯した。


「で? なんだったの、今のは」


「えっと、その……。怖い夢、見ちゃって……」


 端的に表現すると、腰に手を当てて溜息をついていたミスティが一瞬息を止めた。


 そして次の瞬間、腹を抱えて笑い出す。何が起こったのか、一瞬ティリルは茫然と、その様子を見守ってしまった。


「くくっ……くくくっ……は、はは! あははははははっ!」


「そ、そんなに、おかしい?」


「あは、あはは、ご、ごめん、ごめんね……。ごめんだけどっ! くくっ、くはははは!」


 いつまでもやまないミスティの笑い声。


 さすがのティリルも、自分の言動がそうさせたとはいえ、段々と腹が落ち着かなくなってきた。頬を膨らませ、眉を吊り上げて口許を歪める。そこまで笑わなくてもいいじゃない……。呟く声は、笑いこだれるミスティの耳に届いたかどうか。とりあえずミスティは、腹を抱えながらごめんごめんと繰り返してくれた。


「あっはは、……はぁ。いや、笑いすぎて死ぬかと思った」


「さすがに失礼だと思うの」


「いやごめんってば。だってティル、あなたあの剣幕で泣きついてきた理由が怖い夢って、ちょっとかわいすぎて。子供か!ってついつい笑っちゃったわよ」


 くひひとまだ口許に笑みを浮かべるミスティ。もういいよ。ミスティには相談しない。ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。悪かったよぉ。真面目に聞くから怒んないで? 両手を合わせながら小首を傾げ、ティリルの顔を覗き込んでくるミスティに、ティリルはもう少しだけ口を尖らせ、けれどすぐに唇を動かし始めた。


「いろんな人が出てきた夢だったの。ミスティも、いたよ。……みんな、私のことを見限って、離れて行っちゃった」


「あんたまたそんな。そんなの夢だってわかるでしょうよ。ホンモノの私がそんなこと言うわけないって」


「うん。ただ、その。……ウェルも、出てきたの」


 微かに、声が震えた。下半身にかけたままの布団の端を、両手でぎゅっと握り締める。爪が、中身を零してしまうのではないかと思うほど。


 半年前の自分には、きっと、その名を言葉にするだけで体が強張る日が来るなど、想像だにできなかった。


「ウェル、君って、確かティリルの幼馴染の?」


「……うん。ユリの町で一番、剣術が強くなったって言ってた。今頃は砂漠の国にいて、その時よりもっとずっと強くなってると思う」


「剣術少年か。この国じゃ多少時代錯誤な感じもするけど……。それで? その彼もティリルを見捨てて行っちゃったわけ」


 恐る恐る、頷く。夢の中の話だから。本当ではないから。どれだけ自分に言い聞かせても、たとえ夢物語でも、それを認めて頷くことは恐怖だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ