表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第十七節 幼馴染と親友
132/220

1-17-8.夢







 夢を見た。


 真っ暗闇の中に、ティリルは一人、立ち尽くしていた。


 暗闇そのものは、怖くはなかった。ただ、どちらに向かって歩けばいいのかがわからず、不安な思いに支配されていた。


 誰かの声が、響いてくる。


「まぁ、ゼーランドさん。体を壊して講義を欠席なんて、さすが世界一の魔法使の娘となると余裕があるのね」


 アルセステだ。この癪に障る雑音のような声。


 うるさいわね、と強気に言い返す。


「おお怖い。まぁ、せいぜい頑張りなさいな。あなたはどれだけ頑張っても、世界一の魔法使の贋物。私程度にも一生追いつけないガラクタなんだから」


 ふざけないでよ! 親の威光を着てるだけのお山の大将はあんたの方じゃない!


 口から飛び出していくのは、とても自分の言葉とは思えない罵詈雑言。


 別の方向から、違う声が聞こえてきた。


「偉そうなこと言って。何にもできないのは本当なんだから、黙ってなさいよ」


 ヴァニラの声だった。ころころとした、調子よく転がるガラス玉のような声。


 そんな。どうしてそんなこと言うのっ? 私、これでもヴァニラさんのこと――。


「心配してくれたって何の役にも立たないのよ。それより絵を返してよ。あんたのその溢れる魔法の才能で、私の絵をもう一度返しなさいよ!」


 そんな、こと……。そんな、私……。


 次に響くのは、男性の声だった。やけに高い、軽薄な声。


「まったく、気楽なもんだよね」


 昨夜遅くまですぐ近くに聞いた、ルースの声だった。


 ルースさん。何が気楽だっていうの? 私の何がわかるっていうの。


「だったら君は、俺の何がわかるっていうのさ。ミスティとの仲だって? どんな夢を捨てたかだって? 余計なお世話だよ。それとも君に話したら、全部与えてくれるとでも言うのかい?」


 そんなの、無理に決まって……。


 強気に答えていたティリルの意気が、どんどんとしょぼくれていく。


 今度は、もっと身近な声だった。


「人の言うことも聞かないで。心配だって受け取りもしないで。好き勝手やって体壊して帰ってくる奴が、何をいまさら泣き言言ってんのよ」


 違う、違う違う違う! ミスティ、あなたの気持ちはちゃんと受け取ってる! 心配してくれて、いつもありがたいって思ってる!


「どうだか。どうせ私の話なんてお節介くらいにしか思ってないんでしょ。世界一の魔法使の血を継ぐティリル・ゼーランド様に、余計な口出ししてんじゃないわよって!」


 ……ち、がう。ちがう。そんなこと少しも思って……。


「……ミスティ、私、ミスティのことそんな風に思ってない……。いっつも感謝してるよ! そんな風に言わないで! 私、あなたにそんな風に言われたら。あなたに見捨てられたら、……どうしていいか、わからない……」


 紡ぐ。


 思いを紡ぐ。


 声に出して紡いでも、その言葉は届かない。ミスティの声は、それ以上何も語らない。


 ヴァニラもルースも、アルセステでさえ、それ以上罵倒の言葉すらティリルに残そうとしない。


 暗闇の中に一人取り残されてしまったのか。


 絶望感が、ティリルの足にさざりと押し寄せてきた。


「私、……わ、たし……」


「またそんなとこで泣いてんのかよ」


 新しい声がした。


 反射的に、顔を上げた。


 懐かしい、声だった。


 姿さえ、あった。


 黒に近い濃い茶色の髪。茶色い瞳。ややあどけなさの残る面立ち。どこで見ても、見紛うはずがない旧知の背格好。


「ウェル!」


 十年以上を一緒に過ごした幼馴染の姿が、そこにあった。


「ウェル! 私――」


「そんなところに、いつまで立ち尽くしてんだよ」


 彼の声は、ひどく冷たかった。


 記憶のどこを探しても見つからないような、突き放すような冷たい声。とても、彼のものとは思えなかった。


「ウェ、ウェル……?」


「俺は強くなったぞ。砂漠の国で腕試しして、今じゃおじさんよりも強くなった。ユリどころかソルザランド中探しても、きっと俺に敵う奴はいないよ」


「そ、そんなに……」


「ティリル。お前は、まだそんなとこにいるのか?」


 氷のように冷たく、鋭い。


 胸が、痛くなった。


「じゃあな。俺はもう行くよ。お前みたいなノロマ、もう待ってられない」


「ま、待って!」


 声が出た。


 一番大きな声が、喉から転び出た。


 彼は、背を向けた。ティリルより少し大きい、程度の撫で肩の背を。


 そして、ゆっくりと歩き出す。


 嫌だと、お願いだからと、必死に手を伸ばした。


「お願い、ウェル! ウェル待って! 置いていかないで!」


 返事はない。


 姿が、どんどんと小さくなっていく。


「いやよ! ウェル! お願いだからっ!」


 そして、消えた。


 暗闇の中に一人、今度こそたった一人、ティリルは、置いて行かれた。


「う、うあ、う……、うわぁああぁぁっ」


 たった一人で、嗚咽した。


 誰に憚ることなく。


 憚る必要なく。


 そして、世界は明転した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ