1-17-4.実はティリルは鋭くて
「まぁ、ここで会ったのも何かの縁だし! どう? まだ余裕があったら、少し話でもしていかない?」
そして今度はティリルに誘いをかけてくる。本当に見境ないなぁ、と諦め交じりの溜息一つ。けれどルースがいい人なのは知っているので、嫌な気持ちにはならなかった。
「いいですよ。ここ座ってていいですか?」
返事も聞かず、先程のベンチに座り直す。
きょとんと、思いがけぬ方向から名前を呼ばれた飼い犬のような顔をして、ルースは暫し動きを止めた。
どうかしましたか? 訊ねるティリルの方がどことなく強気。どれほど遊び人でも、ルースに不安は感じない。それに、彼が隠している本心にも、ティリルは気付いている自信があった。そのことを確かめるいい機会だとも、感じていた。
「ルースさんは立ってるんです? あ、お尻が痛いとか」
「あ、いや、いや! 座るよ、座ります! いやまさかティリルちゃんが付き合ってくれるって思わなかったから。ちょっと驚いちゃって」
慌てて笑顔を作り、ティリルのすぐ隣に座るルース。失礼な、とティリルは頬を膨らませた。
「私、友達の誘いならそうそう無下にはしませんよ?」
「わ、感動だ。俺のこと友達って思ってくれてたんだ!」
「え、違ったんですか? 私が勝手に思ってただけ?」
「いやいやいや! まさか、まさか。ああ、でもそうだね。俺は彼女でも嬉しいとこけど」
「ああ、そっちは遠慮します。私好きな人いますし」
ええっ、そうなのっ? 声を上げ、大袈裟に仰け反るルース。そんなに意外と思われてるのか、ちょっと複雑な思いだ。
「やぁ、ティリルちゃんはそういうの興味ないのかと思ってた。純朴そうだし、まだ好きとかってよくわからない、って感じかと」
「や、まぁ、それもそれで正解なんですけど……」
苦笑いしつつ正直に認める。
幼馴染のことを好きだと表したのは、多分相手がルースだったから。もし他の人に対してだったら、恥ずかしくてそんな風には言えなかったと思う。ルースだから、「私にだって好きな人くらい」と、多少意地を張って誇張した表現ができたのだ。
「確かにまだ胸を張って大好きですとは言えないですけど……。でも、私にとっては一緒にいるのが当たり前で、今こうして離れていることが信じられないくらいの人なんです。だから多分、最後まで一緒にいるのもその人だろうし、その人とどこかで別れることになるんなら、多分他の誰ともずっと一緒にはいられないんだろうなって、思うので」
「はぁ、そりゃまた。ずいぶん強い思いだね」
「強い、っていうか……。
他を知らないだけじゃないかな、とは思いますけど」
「知ってみたいとは思わないの? 聞いてる感じ、まだ付き合ってるわけじゃなさそうだし、今他の男と付き合ったって不倫になるわけでもないんでしょ?」
「思いません。私結構一途なんですよ?」
ルースの顔を真っ向見つめて、強気に胸を張って言った。そして、よしいいチャンスだ、とばかり。
「まぁ、一途っぷりは、ひょっとしたらルースさんには負けちゃうのかもしれないですけど」
「へ? なに、何の話?」
「多分、ルースさんも、片思い期間ずいぶん長いんじゃないですか、って思って」
珍しくルースが黙り込んだ。目を大きく見開き、鼻の下を間延びさせ、いかにも「ちょっと何言ってるのかわからない」と訴えている。
誤魔化す気ですか?と聞こうとして、やめる。多分ルースは本当にわかっていない。心当たりは、胸中隅々まで探せばあるだろうが、そんな隅っこに追いやった心当たりをまさかティリルに指摘されるとは思っていなかった。いや、今もって思っていないのだろう。
「ええっと、……俺が、片思い? さすがの俺も自分で言っちゃうよ? こんな奴が、どのツラ下げて一途な片思いなんてって」
「でも、してますよね? ミスティに」
口に出すと、なんとあのルースの顔が、茹でている最中のエビのように真っ赤に染まった。フォルスタの照れた顔よりもさらに貴重ではなかろうか。思わずにやけてしまった。
「ちょ、ちょ……っ、……っ。…………。……ま、…………待って、いや、ホント待って。一回、落ち着こ」
「はい。落ち着きましょうか」
にこにこっと笑いながら、エビやタコを通りこしてトマトくらい真っ赤に染まったルースの顔を見つめる。待って、今は見ないで、ちょっとこんなの俺じゃねーよ、と顔を腕で隠しながら、全力で照れるルース。本当に、希少だ。
「いや、マジないわ。ほんと、ほんっと、ティリルちゃんってエグイよね」
「ええ? なんで私? エグくなんかないですよ?」
「めちゃくちゃエグイって。なに今の。俺ホント、全く予想も覚悟もしてなかったんだけど。いや、予想っていうか、正直ティリルちゃんがそんなこと言ってくるとか、全然イメージと違うっていうか」
「そんなこと言われましても。確かに、恋愛事情にそこまで首を突っ込む方じゃないですけど、ミスティのことは大好きです。だから、ミスティのことを好きな人のことにはどんどん首を突っ込んでいきますよ」
「うわぁ、小姑」
「親友のお節介です」
ふん、と薄い胸を張って鼻を鳴らす。
左手で頭を抱えながら、ティリルのそんな様子を見、ルースはもう一度、はあぁと大きく溜息を吐いた。
「で、実際、どうなんですか?」
「え? 何が?」
「認めるんですか? 認めないんですか?」
黙。
心なしか、ルースの頬が赤くなった気がする。確かめたくて、ふよふよと辺りを浮かばせていた火を、そおっとルースの近くに動かしてみる。暗闇の中火の玉に照らし出されたその顔が、まるで鬼火に取り憑かれた青年の風情で、すっかり怪談の域に入ってしまっていた。
「ちょっと、これ熱いんだけど」
「あ、あはは。ごめんなさい」
怒られて、少し位置を移動する。
「ずいぶん細かく動かせるんだね。大変じゃない? やっぱり魔法が上達したってこと?」
「え? えへへ。いやでもそこまででもないんですよ。こんな小さな火を操るのくらいなら、学院に来る前にもできてましたし」
「へぇ、そうなんだ。でも、そんなに細かく位置移動できるのってすごくない? ティリルちゃん努力してるってのは噂でも聞いてるし、やっぱり勉強頑張って――」
「誤魔化されませんよ?」
明らかに話を逸らそうとするルースに、ティリルは澄まし顔で釘を刺す。やはり目的はそこだったようだ。うぅと小さな呻きを上げ、やがて観念したように、がっくりと肩を落とすルース。わーかったよ。わかった。投げやりに、両手を上げて、ついに白状した。




