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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第十六節 アリア王女に招かれて 
122/220

1-16-4.私のお気に入り







 しばらく歩くと、天井から光が漏れてきた。


「ひとまずはここ。梯子があるから、それ登るよ」


 言うと、先にアリアが梯子に手をかけた。ほんの三メトリ程度。身長よりも少し高いところにある、鉄格子のような錆びた蓋がある。光はそこから漏れていているが、さて。アリアは自然にそこに手を伸ばし、ぐっと上に持ち上げるとそうっと横にずらして通り道を確保した。


「ここが第一チェックポイント。さ、ついてきて」


 え、まだまだ第一なんですか?と思わず落としてしまいそうになる腰を必死に持ち上げ、アリアに続いて梯子を上る。


 その先は中庭だった。人影はない。ちょうど、建物のどこからも見えない死角になっているらしいその場所。建物の壁と壁に隠されて、太陽の光すら半端な角度でしか届かない。


「さ、こっから先はスピード勝負よ。黙って静かについてきて」


 そういうとアリアはティリルの手を引き、足早に中庭を抜けていく。ついて走るティリルは、この後ひたすら後悔した。ああ、隠し通路なんて案内してもらわずに、普通に外に出ようって言えばよかったのに。中庭の隅の井戸に入り、その途中の横穴に潜り込み、じめじめした土肌の通路を手探りで進み、地下牢の端の壁を開き、そこからそうっと階段を上って誰もいない守衛室の扉をくぐり、奥の衣装ダンスの中に潜り込んでまた隠し通路に入り、最後は食堂脇の食材倉庫に出て城の裏手側の門の前に来た。中庭以来、久しぶりに見た日の光に、思わずその場にへたり込んでしまったほどだった。


「ちょぉっと、どうしたのよ。やっと城から出ただけよ。そんなへばっちゃってどうすんのよ」


「ア、アリアさん……。次からは普通に外からの道で案内してください……」


「えぇ、気に食わなかった? 何がいけなかったんだろう。楽しくなかった?」


「えっと、その……。楽しくはなかったです。少なくとも」


 正直に答えた。


 眉間に皺を寄せながら、鉄の門扉に手をかけるアリア。門の外側に立ちそこを守っていた衛兵が、開いた扉に一瞬びくりと肩を震わせ驚きを示したが、開けた人物がアリアだとわかるとあからさまな安堵の溜息を一つ。「またですか? 早めに帰ってきてくださいよ」と、最早いつものことという態度で億劫そうに門を閉めた。


「はいはい、わかってるわよー。でも、今日は友達と一緒だから、ちょっと遅くなるかも」


「ちゃんと時間見て遊んできてください。子供じゃないんですから」


 手を振るアリア。言われ方は完全に子供だな、と少しだけ笑う余裕ができたティリル。衛兵の男性に小さく会釈をし、行って参りますと挨拶を残した。


「それで、どこへ行くんですか?」


 方向としては東。東へ延びる大通りを歩きながら、横のアリアに質問した。


「どこ行きたい?」


「あれ? アリアさんのおススメ街並み回遊ルートを紹介して下さるんじゃなかったんですか?」


「え、あ、そんなセリフ細かく覚えてたんだ」


 ぽりぽりと右頬を掻きながら、誤魔化すようなアリアの顔。あ、忘れてたな、と苦笑しながら、それではと言い方を変えてみる。


「私は、こっち側のことは全然わからないし。アリアさんが行きたいところにご一緒したいです」


「んー、なるほどぉ。……じゃあ、お昼何食べたい?」


「え、ええ? ええと、そうですねぇ」


 お腹をさすりながら、ふむぅと考え込む。今日の気分は、肉か、魚か。魚は何となく、少し前までの闇曜日のことを思い出してしまうから避けたいかな。となると肉料理か。ふむむ、どうしたものか。


「ティリルって、何が好きなの?」


「え? 何がって?」


「いや、食べ物さ。好物とか、あるでしょ?」


 好物、か。聞かれてはたと悩み込む。


 故郷にいた頃は、要は養母ローザの料理が好物だった。もう何年も食べていない、実父の手料理も記憶の片隅にはあったが、不味くはなかったが美味しいというよりは独特な印象が強い。今思い返せば、この年になったティリルの方がきっと料理は上手いに違いない。


 さて。では、ローザの料理で何が一番好きだったか。シチューは取り分け美味しかった。だが山菜の揚げ物も心躍った。シカ肉やイノシシ肉が手に入った時は、まるごと焼いただけでもご馳走になった。


「どしたのティリル。黙り込んじゃって」


 アリアが顔を覗き込んでくる。うーん、と唸り声を上げながら、「いえ、その……、好物が何かっていうのを、いろいろ考えてるんですけど」


「ええ? そんなに悩み込むこと?」


「えへへ。世話になってた方の料理を思い出したら、もう全部美味しかったなって思っちゃって。なかなか、何が一番美味しかったって決められないんですよ」


「まぁ、贅沢なお悩みでしたこと。でも、じゃあおうちの料理が一番ってまとめ?」


「そうですねぇ。私あんまり外食は――、あ、でも、ミルルゥのポテトグラタンは美味しかったですね」


「なに? ミルルゥ?」


「ユリの町にある、レストランです。このサリアじゃあちょっと歩けばすぐに見つかるような、大衆料理屋と高級料理屋の真ん中くらいのちょっとお高めぐらいのところなんですけど、子供の頃の私にとってはそこが一番の『特別なご飯』で。中でもポテトグラタンは絶品でしたね」


「ふぅん」


「あ」


 それで一つ気付いたことがあった。今まで、あまり意識したこともなかった自分の好き嫌い。


「私ひょっとしたら、ポテトが好きなのかもしれません」


「へ? ポテト?」


「はい。そういえばローザおばさんの料理にはほとんどいつもおいもが使われてました。シチューや煮込みは勿論、焼いたお肉にも添えられてましたし。あれ、美味しかったな」


 思い出しながら、口中にじんわりと唾液が溢れてくるのを感じる。はしたないと自戒しつつも、思い出によってさらに美化された馴染みの味が、そうすぐに忘れられようもない。


「なるほど、ポテトか……」


 ふむふむ、とアリアが考え込む。


 そしてほんの数十秒。どうかしました?とティリルが声をかけるより先に。


「よし! 決まった。あの店に行こう!」


 そう叫んで、ティリルの手をぐいと引いた。ほら早く行こう。急いで行こう。そう急かす様子はまるで母親の手を引く子供のよう。


 そうか、アリアも幼い頃から母の情愛を知らずに育ったのか。自分にローザがいてくれたように、いやそれ以上に、城には例えばエルサのような、アリアの母代わりをしてくれる者はいくらもいたかもしれないけれど。


 同年代の友情にも、実の母からの愛情も、彼女は欲しているのかもしれない。失礼な想像かも知れないが、何となくティリルはそんなことを考えた。そんなことを考えながら、アリアの後をついて走った。



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