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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第十六節 アリア王女に招かれて 
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1-16-2.アリアの優しさ、エルサの気遣い







「それで? 改めてティリル、学院生活はどぉ?」


 氷の浮いたティーカップを手に取り、一口お茶を飲んでから、改めてアリアが聞いた。暑い夏。それでも氷の浮いた飲み物なんてなかなかの贅沢だ。恐らくは氷を操ることができる魔法使を、何人か雇っているのだろう。


 アリアからの質問もなおざり、宮廷で魔法使の務めを任されるためには、こんなグラスに浮かべてころころ鳴るばかりの氷をいくつか現せるばかりではないに違いない、と、お茶の表面を見つめながら小さい溜息をついてしまった。


「えっと、順調ですよ」気を取り直して、答える。「このところ、ようやく勉強のリズムが掴めてきて、少しずついろいろなことが見えてきているんです」


「勉強のリズム! それはまた、その……、ま、真面目なんだね、ティリルは」


「んー、真面目って言いますか……」少し、言葉を探しながら。「私、本当に落ちこぼれで、師事していた基礎行使学の先生にもご迷惑をかけっぱなしだったんです。普通は補講をやらないという先生に週の放課後に時間を取って頂いたり。でも、その先生は、ちょっとつまらないことがあって学校を辞めてしまわれて――」


 言葉が淀む。なかなか、次の句が出てこない。


 どうしたのかなと心配する、二人の視線が肌に刺さる。ダメだ、すぐに言葉を押し出さなくては。動揺を噛み殺しながら、ティリルはもう一度、口を開いた。


「その、えっと、だから……。私、その先生の教えにもどうにか報いたくて。いえ、その、元々私が魔法使として研鑽するのは王陛下ともお約束した責務なんですけど、それとは別に、そういう気持ちも強くあって」


「うん、わかった、わかったよ。落ち着いて、大丈夫だよ」


 アリアが両手を開いてティリルの言葉を遮ってくれる。思っていた以上に、自分の気持ちは揺れていたようだ。ラクナグのことを思い出すことが、未だにこんなにも腹の裡を煮えくらせるなんて。ほんの何回かの会話と自信過剰な薄ら笑いが、こんなに心をささくれ立たせるなんて。


 本当に、たまらない。


「ねぇ、ティリル。何か悩みでもある? 学院生活で困ってることとか、あるんじゃないの?」


 見れば、ティリルより年下のアリアに、すっかり心配されてしまっている。私でよければ相談に乗るよと、暖かい目を向けられてしまっている。アリアだけではない、エルサもだ。二人とも、数年来の友だちのようにティリルのことを気にかけてくれている。


「いえ、その……」


「その先生が辞めちゃったことが、よっぽど辛かったんじゃないの? 私の権限でその人学院に呼び戻してあげよっか」


「殿下にそのような権限はありません」


 すかさずエルサが口を開く。うるさいなあとアリアが拗ねる。


 そんな二人に微苦笑しながら、気持ちがとてもありがたいです、と伝えておいた。


「悩みはありますよ、もちろん。先生のことも悔やんでも悔やみきれないです。私がもうちょっとしっかりしてれば、とは。でもいまさら言っても仕方ないですし、そういう意味でも、じゃあ今の私にできることって何なのかって言ったら、魔法の勉強に専念して実力を磨くこと、だと思ってます。

 ごめんなさい、心配をおかけするような言い方しちゃって。全然大丈夫なんですよ。元気です。ほら、先週もクロスボールを見て元気をもらいましたし。今日だってアリアさんと久しぶりにゆっくりお話できて、これでも楽しく感じてるんですよ?」


 両手をグーに握り、胸の辺りにぐっと持ち上げて、元気なことをアピールする。自分でも、発言がとても薄っぺらいなと思わないでもないのだが、それでも偽らざる本心だ。いつでも、どこにいても彼らの存在に囚われるなど堪らない。今は、目の前にいる相手が自分のために笑って、お茶を用意してくれている。それだけで十分なんだ。そう、言い聞かせた。


「なら、いいけど……」


「それに、頼れる友人もできましたしね」


 言うと、少し曇っていたアリアの表情が、また大きく変わった。安心してもらえるかと言った言葉だったのだが、それはそれで何か気に召さないことがあったよう。眉間に皺を寄せ、腕組みして深く背凭れに寄りかかり。


「どんな人? この前試合に一緒に来てた?」


 と、少し不機嫌な声になった。


「え、ええそうですね。彼らもみんな、いい人たちです。


 一番私が頼りにしてるのはルームメイトです。五歳も年上なので、友人というか、私すっかり妹扱いで。困ったときにはいつも助けてくれるんですよ」


 と、ティリルがミスティのことを褒めれば褒めるほど、なんだかアリアの表情が険しくなってくる。なんだろう、何をそんなに気にしているのだろう。今度は本気でよくわからない、と首を傾げていると、ふとエルサが動き出し、アリアの頭を右手で強く撫でた。


「うわ、ちょ、ちょっと何?」


「きっと素敵なお友達なんですね。今度いらっしゃるときにはその方も是非お招きください」


「え、いいんですか?」


「誰でも、というわけには参りませんが、お一人くらいでしたらお名前を教えて置いて頂ければ、私からも後で陛下や門番たちに伝えておきます」


 にっこりと笑うエルサ。


 本来なら、彼女に許可を求める話ではないのだろう。けれど、それくらいの話をする権限は、彼女には与えられていそうだ。実際アリアも、エルサがそう言うことには何も口を挟まない。むすっとしたまま面白くなさそうな顔をしているが、エルサはそれすら可愛らしい笑い事だとばかりに、まだその頭を撫でる手を止めない。


「な、なんなのよ! いつまでも人の頭撫でて! わかってるわよ! ティリルの友だちでしょ。私だって歓迎するわ! なんか文句あんの?」


 ティリルにはよくわからない怒り方を、アリアはした。


 よくはわからなかったけれど、何だかその様子がおかしくて、つい吹き出してしまった。エルサも、はいはいとまるで子供の駄々をあやす母親のように頷く。その様子が腹立たしいと、アリアはますます不満を示したが、ついぞその主張がエルサに、そしてその真意がティリルに、届くことはなかった。




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