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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第十六節 アリア王女に招かれて 
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1-16-1.城へ遊びに







 魔法大学院の正門は、南側に向いている。四方に太い街道を伸ばすサリアの街の中央に位置し、同じく中央に聳えるフォーランティア城を背に負う配置。


 その日ティリルは学院の正門を出、そのまま左手に足を向けるとそのまま、壁伝いにぐるり円を描いて歩いた。向かう先は城門。寮に入って最初の荷物と一緒に部屋に届けられた、入場許可証。それから、約束の相手が飲み屋のコースターに殴り書きしたサインまで律義に持って、衛兵の立つ門に近付いていった。


 案内はスムーズだった。信じられなかったが、城の衛兵は、あるいは城内に入ってすれ違う召使たち侍女たちは、凡そティリルのことを把握している人たちばかりらしい。皆警戒の欠片もなくにこやかに挨拶を向けてくれた。一応門前で提示した許可証とコースターは、髭を兜からはみ出させた壮年衛兵を頷かせ、また苦笑いをさせるだけのものだった。


 城内、エントランスから王女の部屋までを案内してくれたのは、顔見知りのメイドだった。アリアはエルサと呼んでいたか。お父様に言いつけ草の実を食べて育ったという、ティリルに最初にお茶を出してくれたあのメイド嬢だ。


「お元気そうで」なんて微笑みをくれた。それだけで、ここが知った場所になったような気がして、嬉しかった。


「おー、ようこそー。珍しいね、どしたの突然」


 アリアの部屋に通され、部屋の主に歓迎される。


「どうしたと言いますか。先週したお約束通り、お邪魔しに来たんですけど――」


 ご迷惑でした?と首を傾げる。「えっ、そんな約束したっけっ?」アリアは全く忘れ去っていたようだった。


「先週と言いますと、殿下が泥酔して町から戻られた日ですね」


「え。あ、ああ、うん、覚えてるよ、覚えてる。クロスラディアがダービー制したときでしょ。うん、そ。そうだよね。約束したよね。あはははは」


「殿下。もう少し上手に覚えてるふりをなさってください。ゼーランド様に失礼ですよ」


 首を横に振りながら溜息をつくエルサ。会話にはしっかり応対しつつ、ティリルに椅子を用意し、二人に氷の入った香茶とお茶菓子を用意してくれる。さすが国王と王女の世話役として王城に勤めるメイド。動きにそつがない。


 それでいて王女殿下に遠慮なく小言を重ねる姿は、まるで友達を家に呼んだ娘の母親のようでもある。面白い人物だ。


「じゃ、改めて。私の部屋へようこそ、ティリル。来てくれて嬉しいわ」


 ティリルの向かいに座り、アリアが歓待の挨拶をくれた。


 その部屋は、アリア個人のと考えれば確かにかなり広かったが、王族の個室と考えたらそこまで広大という印象は受けなかった。学院に例えれば、せいぜい二十人規模の講義に使う中教室。それくらいの面積の部屋に、可愛らしい四人掛けのブランチテーブルと椅子。奥に本棚とソファと、書き物などをするためのものか木製の大きな作業机。さらに一番奥に、いかにもお姫さまらしい天蓋付きのベッド。ただ、これも大きさだけで考えたら、寮のベッドと大きく変わらないように見えた。


 一番目を引くのは、ベランダだった。今アリアとティリルが座っているスペースに、大きくとられたガラス張りの扉。レースのカーテンは脇に絞られ扉も開かれて、三階の高さから晴天の街並みが一望できる。北向きで屋根も大きく張り出ているため、明るさはほどほどだが、置かれたベンチで一人羽を伸ばすには最高のスペースだろう。


 これだけ暑い夏の気候なのに、吹き込む風はどこか涼やかで気持ちいい。魔法でも使われているのだろうか。でも何となくだが、ティリルにはその様子は感じ取れなかった。


 華美でも豪華でもないけれど、瀟洒で過ごしやすそうな部屋。アリアにぴったりの印象で、それ以上国王陛下の好みそうな、名よりも実のある構造の部屋に感じられた。


「こちらこそ。お招き頂きありがとうございます。こんな素敵なお部屋、もう緊張しっぱなしです」


 謹んで笑顔を向けるティリル。アリアはにこやかに人差し指を振り、ちっちっと口を鳴らす。


「んー、ありがとうございます、かぁ。やっぱちょっとカタいよね、ティリル」


 小さなテーブルを挟んで座る二人。まだまだ一言挨拶をした段階で、さっそくティリルはダメ出しをされてしまった。


「か、……固いですか」


「うん。カタい。

 私さ、この前見たと思うけど、街ではみんなに姫さん姫さん呼ばれてんの。誰も私のこと姫殿下とかって尊敬したりしてこないんだ。突然そんな敬語使ってしゃべられちゃうと、 脇の辺りがこそばゆくなるんだよね」


「殿下は柔らかすぎます。もう少し固くなってください」


「うるさいなぁ。私はティリルと話してるんだからいちいち口挟んでこないでよ」


 もてなしを終えた侍女エルサ。そこが定位置、と言わんばかりに、アリアの背後に直立不動。ベランダから吹いてくる風に時折、首許でまとめたブロンドが揺らぐほどしか動きを見せない。


「ゼーランド様は礼儀を重んじてくださっていますよ。ご自身の姿勢をこそ、もう少し省みてください」


 訂正。口許はとても激しく動くようだ。


 もはやただの主従関係では片付けられない程親密らしい二人の様子は、見ているとなんだか微笑ましくなってしまう。思わずくすっと笑ってしまったティリルを、じろっとアリアが睨みつけてきた。


「なによぅ、ティリルも私のこと、礼儀がなってない奴とか思ってるの?」


「ち、違いますよ! ごめんなさい、そういう意味で笑っちゃったんじゃないんです。お二人、とっても仲がいいんだなぁって思って」


 きょとん、と二人の表情が固まる。


 あれ、何か変なこと言ったかな。なんだか場を凍りつかせてしまったようで不安に襲われる。だが次の瞬間、アリアはとても嫌そうな顔に、エルサはとても悪い顔になった。


「え~、やだぁ。そういうのやめてよティリル」


 眉を顰めて首を振るアリア。


「もちろん仲はいいですよ。でなきゃこのわがまま姫のお守なんてできません」


 なかなか辛辣な物言いを、平然とするエルサ。唐突にメイドの皮を脱いで冗談に走ってきた。


「なんて言い方すんのよ。あんた私が主人じゃなかったらクビどころか投獄よ?」


「だから言ってるんです。アリア様なら投獄されませんから」


「……してやろうかしら」


 小さく言って睨みつけるアリアは、少しだけ本気の混じった表情をしていた。


 ああこれ、気に入られたら自分もいじられるタイプの相手だ。強かそうなエルサの微笑みを見て、ティリルはそっとそれ以上の感想を封印した。




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