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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第十五節 炎の痕
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1-15-7.放火犯捕縛







 図書室で教員に姿を見られたことの、何がそんなに嫌だと言って、これから自分たちがすることを僅かでも察せられてしまうかもしれないのが、嫌だった。


 四限の授業を無事受け終え、今日の放課後も研究室に向かえぬ旨をその場でフォルスタに伝えた後、そわそわと、教室を後にする。


 向かう先は先程の小教室。マノンが事務の手続きを行って、人が入ってこないよう手配すると言っていた。問題はないはずだ。


 教室の扉に手をかける。既に鍵がかかっていて、確かに入れないようになっていた。


 ノックをする。誰ですか、と聞く声はゼル。静かに名乗ると、すっと扉を開けてくれた。


「早かったな」


「授業がなくて。専任教諭も別の授業に出向いてましたし、居場所がなかったんです。って、えっ?」


 挨拶もそこそこ、ティリルは小教室の机の陰に横たえられたそれを見、息を飲んだ。


 青い髪の、体格のいい青年が、手足を縛られ口を布で封じられて床に転がされていた。ふぐふぐと何かを言おうとしているが、それはただの音にしかならず、意味のある声は聞こえない。


「え、あの、こ、この方は……」


「ん? 言ったでしょ。ファルハイア氏だよ。彼に話を聞くんでしょ?」


 顔は知っている。つい一昨日、美術室で会った。疑問はそこではない。


「え、あ、えっ、話を聞くって、えっと、こういう風に、ですか?」


「そりゃね。本当に彼が犯人だとしたら、まともに対面して話を聞こうったって、なんにも話しちゃくれないさ。言ったろ、多少強引な手は使うって」


 溜息半分に首を横に振るゼル。俺は悪くないぜ、みんながやろうって言ったんだぜ。そう言いたげな、どこかふざけた様子。ティリルは不意に、彼のことが空恐ろしくなった。


 むー、むぐぅー、声を上げながら暴れようともがくファルハイア。彼の手を縛る荒縄に、少し焦げ目がついているのに気が付いた。そういえば、彼は魔法を使えるという話。燃やして、拘束を解こうとしたのだろうか。なぜ諦めたのだろうか。


 ちらちらと目線を向けていると、じろりと睨む敵意に満ちた目がこちらに返されそうになって、慌てて視線を逸らした。


 少しの間、ゼルと会話をする。図書室でエルム王についての本を読んだ、などと言った他愛ない話。ゼルは面白がって聞いてくれていたようだったが、気を紛らわせようと振った雑談にティリルの方こそ集中できず。後になってミスティに聞かれても、どんな話をしたのかまるで思い出せない体たらくだった。


 数時間にも感じられた、実際には五分そこそこの時間。比較的早い時間で、ミスティとマノンがやってきた。名前を訊ねたゼルに対し、ドアの向こうで「合言葉は『風』です」とふざけた返事を寄越したマノン。結局名前を聞かぬうちに、溜息交じりにドアを開けたゼル。本当に、マノンの相手をまともにするのは大変そうである。


「へぇ、これがその容疑者なんだ。頭悪そうな髪してるわね」


 大して興味もなさそうにミスティが呟けば、


「ずいぶんと体格のいい方ですね。ゼル一人でよく縛り上げられましたね」


 マノンもティリルとは全く異なった着眼で感心している。


 肝の座り方はティリルなどとは格が違う。おどおどと戸惑ってしまうばかりの自分の方がむしろおかしいのでは、と思えてくるこの状況に、ティリルは戸惑いもしたが、ずいぶん安心させられもした。


 むしろ、ファルハイアの方が怯え始めていることに、気付く。


 どういう状況で拉致されたのかはわからないが、恐らく大した説明はされていないだろう。その上で、一対一、あるいは及び腰の少女を含んだ一対二なら、強気な態度も取れるかもしれない。それが女性多数とはいえ三人、四人と人数が増えてくれば、そして悪いことをしているという気後れを欠片も感じさせない余裕の態度を目の当たりにしていれば、不安の増幅は否応ないだろう。音を漏らすことがなくなり、唯一自由にできる目線すら少しく泳がせ始めた彼を見、ティリルは自分の中にも余裕が生まれ始めるのを感じた。


 そして、ヴァニラが来たのはさらに十分ほど後のこと。


 部屋に入った瞬間、先にファルハイアの表情が変化する。事ここに至ってようやく、自分がここに連れてこられた理由に気付いた、そんな様子だ。遅れてヴァニラが反応を示す、つい数日前には軽口を叩いていた相手に向ける、激烈な憎悪の表情。それでもすぐに殴りかからなかったのは、まだ理性は失っていないということか。


 そんな二人の様子を、ティリルはすべて見て捉えていた。そして、話が始まる前に既に確信を得る。確かに、彼が犯人だと。


「さて。とにかくヴァニラさんは言いたいことがいっぱいあるだろうけど、まずはちょっと我慢してもらうので」


 ゼルが口を開いて、話が始まった。いくらマノンが事務に話をつけてあると言ったところで、こういうことは早々に住ませるに限る。


「とりあえず喋れるようにはしてやるよ」


 ゼルがにんまりと笑う。そのゼルが動くより先に、ミスティがすっとファルハイアに近付き、背後から口を縛っていた布を外した。マノンは相変わらず扉の近くで見張り役。そういった配置だった。


「……お前ら何のつもりだよ。人のこと突然拉致して監禁とか、犯罪だぞ。ヴァー、お前こんな連中と付き合ってんのかよ」


「余計な口利きを許すつもりはないよ。二度目はない。次はティリルの魔法が君に飛ぶからね」


 突如の指名に、思わず「えっ」と声を上げそうになる。いやいやそういう配役だ。この中では、わずかとはいえ魔法を使えるのは自分だけ。手を下さずに彼に痛い目を見せられるのは、ティリルだけだ。


 苦々しくこちらを睨みつけたファルハイアは、しかしそれ以上口を開かなくなった。


「聞きたいことは二つ。まず一つ目だけど、一昨日、美術室棟に魔法を放ったのはお前だな」


「……何のことだ」


 誤魔化す気がどこまであるのか。そっぽを向いて、顰め面で、疑われたことに一抹の疑念も挟んでいない様子。


「一昨日の昼休み、お前はヴァニラさんを食堂に呼び出し、美術室棟から離れさせた。ヴァニラさんは約束の時間から少し遅れてきた君と食事をとってる。その少し前の時間に君の姿を見たという証言もある。小さな火種を建物の軒下に残し、自分が離れてしばらくしてから炎が燃え広がるように細工した。タイミング的に、お前しか考えられないんだよ」


 じろりと睨みつけ、ファルハイアを威嚇するゼル。その効果がどこまであるのか。芋虫のように床に放り出された青年は、ふん、と鼻を鳴らして視線を逸らしている。




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