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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第十五節 炎の痕
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1-15-3.アルセステ家とソルザランド王国







「改まって聞かれると、回答に困るわね。そういや何でなんだろ」


 呆気なく、ミスティが疑念に同意した。ええ?と息を漏らすゼル。君まで今更何言ってるの? 言いたげなしかめっ面だ。


「その辺の話は、このゼル君がしてくれるわ」


 そして、振った。臆面もなく。ええ?と息を漏らすゼル。


「いや、いいけどさ。ミスティ、ホントにアルセステのお嬢さんと戦う気あったのか?」


「うるさいわね。私は個人的にあいつを追い詰められれば満足なの。バックボーンの言語化とかどうでもいいわ」


「後ろ盾無視してあれと一戦交えようなんて、裸で戦場に行くようなもんじゃんか。全く。

 ええと、ミスティから突然話を振られました、ゼル・ヴァ―ンナイトです。お見知りおきを、どうぞよろしく」


 ぺこり、ヴァニラに向かって頭を下げるゼル。そういえば、彼だけまだ自己紹介をしていなかったのか。


「あ、はい。えっと、ヴァニラ・クエインです。よろしくお願いします」


「うんうん、よろしくね。

 ええと、アルセステが威張っている理由、だね。端的に言っちゃえば、アルセステ通運はただの一企業じゃない。アルセステ家は、経済だけじゃなくソルザランド国政にまで、深く関わってきてるんだ」


「え、アリアネス共和国の企業なのに、ですか?」


「そう。アリアネス共和国の企業なのに、だ。


 仕掛けは、アルセステ通運の副会長であり、ラヴェンナ嬢のご母堂でもあるパルミラ・アルセステ女史。旧姓パルファディア女史はソルザランドに名家として続くパルファディア家の長女なんだ」


「パルファディア家? 聞いたことないけど」


 ミスティが首を傾げた。ティリルもその反応に内心で同意。ふんふんと、気付かれない程度に身を乗り出して話の続きを待つ。


「えっと、貴族の家柄、とかですか?」


 ヴァニラの質問に、ゼルは微妙な表情をして見せた。


「家柄、と言えばそう。ただ、今この国にはいわゆる貴族っていうのはもういない。元貴族たちの権威はもはや失墜して久しく、今のソルザランドでは王族を除くと一番政治力が強いのは金持ちなんだ」


「威厳が失墜? どういうことです?」またもヴァニラが眉をひそめた。


 ここから先は長くなるよと、ゼルは拳を握って一つ咳払い。指を立てて、徐ろに口を開いた。


「現在のソルザランド王朝を開いたのは、かのエルム一世王。統合歴八一七年、今からおよそ百年前のことだね。それ以前、ハーシア王国と名乗っていた頃のこの国は、国王と、それを取り巻く貴族たちによって治められてきた封建的な国だった。ところがこのエルム一世王がずいぶん革新的な王様だったようで、貴族たちで構成されていたハーシア国議院を解体し、六年単位でメンバーを入れ替えるソルザランド王国国議会を発足したんだ」


「そんな歴史は知ってるわよ」ミスティが毒づく。「それとアルセステの話と、何の関係があるの?」


「話は最後まで聞くもんだよ。

 まぁ、知ってると言えばこれもみんなが知ってるだろうことだけど、この国議会のメンバーは国王の選ぶ『選定委員』と呼ばれる三人の人間によって選ばれる。これもエルム一世王の時代に始まったやり方で、王は議員を選ぶ目を持った人間を選ぶだけ。実際に政治を動かす人間を選ぶことはしない、っていうんで、当時はかなり周囲に驚かれたらしい。

 また一世王のやり方では、ある時は一介の兵士だったり、別の時は町娘だったり、かなり突拍子もない人たちが選定委員に選ばれたって逸話があるくらい。まぁ、どこまで本当かはわからないけどね。

 何はともあれそのおかげで、それまで国政を担っていた貴族たち、言い方を変えれば権力を握ってきた貴族たちが、一斉に立場を失った。それまで何やかやと国政に口を出して国を動かしてきた、と自負してた人たちが、国王に無視される形になったわけだ。しかも役職や権限について具体的に何かが変わったわけでもない。文句を言うに言えないまま、国王の思うがままに封じられた。これが、貴族の権威失墜の内情だ。

 じゃあその権威はどこに行ったのか。答えは国議員を選ぶ選定委員だ。一世王の時代には、選定委員は六年ごとに新しい人物が指名されたらしい。だけど、現在では選定委員会はある程度固定のメンバーで、何らかの必要性ができた時だけ入れ替えられる。直接的に政治を動かす権限はないけど、選定委員は政治を動かす人物を選ぶ権利を持った、ソルザランド王国の実力者たちなんだよ」


 歴史の教師のように、その授業のように抑揚をつけ語るゼル。実際、下手な教員の授業よりもわかりやすいかもしれない。ティリルは、その話の内容もさることながら、ゼルの知識と語り口に感心してしまっていた。


「国議員は固定のメンバーじゃないんですか?」


 ティリルも口を開いた。わかりやすい授業につい熱中し、いつの間にか、気分は完全に一生徒になってしまっていた。


「国議員は、六年ごとの選定会議で必ず過半数、つまり四人以上を入れ替えること、と法で定められているんだ。それに、一人の人間の最長連続任期も十二年、二期までとなってる。けど、選定委員の方は特に法規制されていなくて、つまるところ何年連続してその席に座っていても問題がない」


「どうしてそんな!」ミスティが声を荒げる。


「法改正したのは一世王だからね。恐らく、選定委員については自分がその都度その都度定めるから法で縛る必要がなかったんだと思う。後年、選定委員が半固定化されてきてしまってるのは、一世王の見通しが甘かったと解釈するべきか、後継の王たちが不甲斐ないせいだと見るべきか……」


 どっちでもいいわよ、と声を荒げるミスティ。法学解釈は目前の問題ではない。それよりも今は、結果そうなってしまった現代、具体的にはどんな問題が起こっているのか。それを見極めることだ。


「話の重要度を総合してみるに、その、半固定化してしまっている選定委員三席のうちのひと席が、前述のパルファディア家だということですね」これはマノン。


「家、っていうと不正解かな。座っているのはパルミラ・アルセステ。そして彼女が以前に二期続けて選定した国議会議員が、その夫であるオルターヴ・アルセステ。アルセステ通運会長であり、ソルザランド支社の兼務社長だ」


「でも、アルセステさんのお父さんでも国議会議員を務められるのは最大十二年までなんですよね?」


「そう。そして初任期から十二年目の九一九年、アルセステ氏は議員の職を降り、夫人は翌年から、ソルザランド支社副社長であるところのヴァン・バルディアル氏を後任に選定した」


「なにそれ! あからさまな傀儡じゃない」


「そうだろうね。けれど法律上は何の問題もない。そしてアルセステ氏もバルディアル氏も、恐らく裏ではいろいろやっているんだろうって噂が絶えないけれど、悪事や職権濫用が表立って取沙汰されたことは一度もない。つまり、『うまいことやってる』んだ。だから今生陛下も何も言わない。もしかしたら、優秀な人材を長く国議員の席に座らせ続けることができている、今の形をむしろ望ましいとさえ感じている節もある」


 は、と息を声に出して吐き捨てるミスティ。政治家ってのはどいつもこいつも、ホントに腐った連中ね。知ったような言い方をする。


 ティリルも、ゼルの話を鵜呑みにすればミスティの感想には同意したくなるところだったが、さりとてアリアという大切な友人がおり、今生陛下はそのアリアの実の父君。悪く思いたくないという気持ちもまた、大きかった。




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