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悪靈纏いの白兎

 一対のレーザーブレードを手にした冥は、子どもを乱暴に振り回す隊員を容赦なく微塵切りにした。

 騒ぎに気付いた隊員たちが興に水を差す裏切り者へ反撃をしようとするが、冥の相手ではなかった。

 何故なら隊員たちは能力に頼りきりで、肝心の生身での戦闘力は皆無だったからだ。

 鬼の形相のまま怒涛の勢いで攻め伏せる冥。接近戦では敵わぬと判断した隊員の一人が遠距離から狙撃銃を構え、冥の頭蓋へ狙いを定める。が、狙撃に放たれるはずだった弾は、銃身から外界に出ることは叶わなかった。

 引き金を引こうとする前に、八千慧の放った剛の一矢が彼の上半身を奪ったからだ。

 

「わしらを忘れるでないわ、たわけ」

 

 八千慧だけではない。あの瞬間を見た晶濟も風華も、各々が秘めていた不信感や疑念が確固たるものとなり、冥と共に反乱を起こしたのだ。規模としては小さく心許なくとも、彼女たちには関係ない。偽善に狂った暴徒だけは見過ごせぬ。

 冥の斬撃が終わった頃には暴虐に振る舞っていた隊員たちは皆、物言わぬ肉塊に成り果てていた。

 乱暴に振り回されていた子供たちは、大ケガこそしてはいるが命に別状はなかった。だが当人たちは(いわ)れのない罪を着せられた挙句、見知らぬ大人に否応もなく乱暴をされた。その時の心傷は計り知れるものではない。

 冥の怒りが沸々と湧き立っていく。これ以上犠牲者を出してはならないと、彼女の心が叫ぶ。

 冥は当惑する女権活動班と風華たちを見据えて、高らかに声を上げた。

 

「今から私が、貴女たちの班長を兼任する。貴女たちも見たでしょう。アレが、解放軍の本性なのよ。貴女たちにも人としての知性があるなら、心があるのなら、この子どもたちに奴らがしでかした行為の恐ろしさが分かるはず。

 いい? 私たちの敵は神無ただ一人であり、この子たちや、あの燃え盛る街の中でやられている一般人は関係がない。例え神無を支持していたとしても、私刑を加えて良い理由になんかなる訳がない! 止めなくては! 救わなくては! 皆、私と共に本部へ戻るわよ。この事態を本部に告げ、解放軍の動きを止めなくては!

 道中、被害に遭っている一般人は漏れなく助け、私刑を加える隊員は漏れなく打ち倒す! 私に続け! 全ての責任は、私が取る!」

 

 冥の一喝は戸惑いの渦中にあった一同を一瞬にして一つにまとめた。

 恐れに揺らめいていた眼は、たちまち一つを見据え、月界を燃やす火に負けないほどの輝きを取り戻す。

 冥が駆け出し、後を一同が追う。

 大きな味方を得た心強さに、班員たちの口から自然に鬨の声が上がる。

 儚くも眩い正義の光が、燃え盛る街中を突き進んで行った。

 だが、先陣を切る冥は大きな過ちを犯したことに気付いていない。

 一番身近に伏兵が潜んでいるということを見過ごし、何よりも解放軍という名の魚は、頭から尾まで漏れなくとうに腐りきっていることを。

 

 ※

 

 冥たちの爆進はたちどころに他の隊員たちへと伝わり、大半が冥たちを裏切り者と見做した。

 自分たちの楽しみを奪おうとする空気の読めない奴。偽善者ぶった生意気な奴。狂った奴。想いは多種多様だが一様に冥に対する解釈は一致している。

 邪魔者を制裁するために各々の隊長たちが起こした行動は、副隊長を現場に残し四割の部下を引き連れて冥たちの向かう先、解放軍の本部へと()()()()()()

 四割と言っても数だけは無駄に多い解放軍が一点に集うのだから、力の有無はさておき相応の規模となる。

 自らの身に膨大な敵意を向けられていることを覚悟している冥は、道中一足先に追い付いた隊員が怒号を吐きながら特攻してきて返り討ちにしていく場面に何度も出会した。

 ケガ人の救助も兼ねながら襲いかかって来るかつての同志を薙ぎ倒しつつ、本部へ着実に歩みを進める。

 そうして本部にたどり着いた冥だったが、そこで待ち受けていたのは裏切り者を罰するために集った隊員たちだった。

 見渡す限りの肉の壁。憎悪と邪欲に満ちた視線の雨。男女問わず冥の向かう先を閉ざす隊員たちに、冥は怒号にも似た声を上げる。

 

「そこをどけ! 街中で暴走が起こっている! 本部からの伝達を行い、今すぐ活動を停止して━━」

 

「うるせえよ雌牛!」

 

「なに正義漢ヅラしてんの? 本当にアンタ空気読めないわよね!」

 

「お前、曲がりなりにも隊長だろ。入りたての新兵みてえな様して楽しいか?」

 

 冥を待っていたのは心ない誹謗中傷。皆、在らん限りの逆上(いかり)で血走っており、ややもすれば襲いかかって来そうな雰囲気だ。

 声を荒げて怒り狂う一同に「何事だ」と言いながら割って入って来たのは『蛇蝎』だった。

 

「蛇蝎! コイツらを鎮めさせて! 街中で解放軍が暴走しているの! 本部から直接活動停止をかけないと恐ろしいことになる!」

 

「……なんだと? お前……神無を支持していた奴らを庇うのか? 薄汚い保守派を! お前は解放軍にいながら庇うと言うのか!」

 

「私たちの敵は神無ただ一人よ! 一般人は関係ない!」

 

「……本性を表しやがったな、この裏切り者! 卑怯者の裏切り者だ! コイツら神無を擁護しやがったぞ! 裏切り者に死を! 裏切り者に死を!」

 

 呆然とする冥たちをよそに蛇蝎率いる解放軍側は一致団結して冥たちに襲いかかる。

 蛇蝎側は男女入り混じっての大軍団に対し、冥側は全員女性。しかも冥と風華、晶濟に八千慧以外は全員戦う術を持っていない。

 多数に無勢の状況下、冥側は瞬く間に蛇蝎の軍勢に飲み込まれ、裏切り者への断罪という名のリンチが始まった。髪を鷲掴み地面へぶつけたり、殴る蹴るの暴風雨に見舞わせる。

 そうして抵抗する気力が無くなった者は、仕置き部屋へと変わった本部跡へ連れて行かれる。

 相手が女性であることが拍車をかけ、蛇蝎側の男性隊員や一部の女性隊員は嬉々としながら裏切り者を連れて行く。

 

「や……やめて! やめて! 乱暴しないで! アイツ……そう、冥が私たちを連れて来たのよ! 私たちは冥について行かされたのよ!」

 

 恐れに負けた女権班の一人が冥へ矛先を向ける。

 暴力を振るわれている者、抵抗している者、連れて行かれている者。皆、思い出したかのように冥の名を言い、指を冥の方へと指し、一同の眼が冥一人に向けられる。

 責任は自分が取るとは確かに言ったものの、こんなにも早く裏切られるのは彼女にとって大きな誤算だった。

 

「ええい、お主ら! 何故そうも簡単に裏切れる! この軟弱者どもがっ!」

 

 八千慧の反論虚しく、女権班は尽く寝返りだし冥たちへと襲いかかって来る。

 女権班と蛇蝎側の隊員の魔の手が、四方八方から冥たちへ伸びる。

 冥の実力を持ってすれば鏖殺して逃げることは造作もない。

 だが冥はしなかった。彼女はそこまで堕ちきっていなかったからだ。

 

「……もはやこれまで……! 冥!」

 

 八千慧は群衆をかき分けて冥を掴むと、ありったけの力を込めて群れの外へと放り投げた。

 火事場の馬鹿力と言わんばかりに風華と晶濟を投げ捨てると「逃げろ」と言って蛇蝎たちの軍勢を相手取った。

 

「や……八千慧さん! 八千慧さん!」

 

 叫ぶ風華を抱き抱え、冥と晶濟はその場から逃げた。

 群れはさながら滝の途中に生える岩にぶつかるように二手に分かれて冥たちを追おうとしたが、晶濟の能力によって生み出された水晶の壁が行く手を阻んで、とうとう撒かれてしまった。

 

「よい。それが正解じゃ」

 

 蛇蝎が群れを割って八千慧に近づく。

 呆れにも似た見下した目で見る蛇蝎に、八千慧は怖気付くことなく鼻で笑う。

 

「多勢を持っていながら(おうな)一人しか捕らえられんとは、な」

 

 蛇蝎は八千慧を睨むと、無言で殴り付けた。

 殴るだけでは飽き足らず、気の済むまで蹴りつけると、髪を掴んで無理やり顔を上げさせた。

 

「その余裕、最後まで保つといいな。おい、連れてけ。後は好きにしろ。こんな奴でも上玉だ」

 

 下卑た目で見る部下たちに八千慧を投げ渡す。

 

(これでよい。冥、お主らは生きるのじゃ。生きてこの地獄の生き証人となれ。しからばまた会う時まで、暫しのさらばじゃ)

 

 これから行われる凌辱地獄を覚悟した八千慧は、黒煙に満ち満ちた空の先に通じると信じて冥たちの武運を祈る。

 薄暗い階段を降りた先には、既に用意周到な輩どもが待ち構えていた。

 

「お前らは冥たちを追え。()()()()()()()()()からな」

 

「私たちも追うわ。誰について行けばいい?」

 

 女権班が蛇蝎に聞くと、蛇蝎は肩をすくめながら「何言ってんだ?」と吐き捨てた。

 

「お前らまさか自分たちは大丈夫と思ってねえだろうな? お前らは最初、冥たちに着いていたじゃねえか。そんな裏切り者を俺が許すと思ってんのか」

 

 呆然とする女権班たちを、蛇蝎の隊員たちが取り押さえていく。

 必死の命乞いや弁明は意味を成さず、無情にも女権班は一部を除き全員八千慧の後を追っていくこととなった。

 

 ※

 

 八千慧の犠牲によって一難から逃れた冥たちは、轟々と燃え盛る街中をあてもなく彷徨った。

 だが非常におかしなことに、どんなに人気のない通りや冥たちしか知り得ない八千慧の住まいに潜んでも、隊員たちは行く先々で的確に追いかけて来るのだ。

 この数十分で彼女はかつての仲間たちを多数手にかけた。血生臭い逃亡劇を目の当たりにしている風華はいつもの柔らかく、少し抜けている冥の面影がどこにもない別人を前にすっかり怯え切っている。

 

「どうして……」

 

 暴動によって廃墟と化した建物の上階で、冥が一人呟く。

 

「どうして私たちの居場所が奴らに分かるの!? さっきの通りも、八千慧の家も! 私たちしか知るはずがないのに!」

 

 冥の目が晶濟たちにおもむろに向けられる。

 分かってはいたが、やはりそれでも仲間から不信の目を向けられるのは気分の良いことではない。

 ダメだと分かってはいても晶濟が「私たちは違いますよ!」と反論するが、こんな状況下ではかえって不信を煽ることにしかならない。

 

「それなら一体どうしてなの? アイツらまるで分かっているかのように追って来ているのよ? 今だって、きっと奴らはここに来る。それなら来れるだけの理由がなければおかしいじゃない!」

 

「ですが……ですがそれでも! 私は何も知りませんし、奴らに与してもいません!」

 

「そう言い切れる根拠は?」

 

「根拠……それは……」

 

「もうやめて下さい これではアイツらの思惑通りですよ 冥様! 晶濟さん! 目を覚まして下さい!」

 

 風華の必死の説得に多少の落ち着きを取り戻した冥は、荒い呼吸のまま「ごめん」と言った。

 

「いいんです。この状況では……仕方ありませんよ」

 

「冥様、一度立て直しましょう。奴らが来るにしても、まだ時間はありますから」

 

「いや、ここで終わりだよ」

 

 誰の声でもない声が三人の空気を凍らせた。

 遠くの方で轟く爆音と、悲鳴と怒号の入り混じった雑音だけが染み渡る空間で、三人は一瞬たりとも目を離さずに互いを見やる。

 

「ありがとうな、お前ら。監視する手間が省けたぜ」

 

 部屋の奥。闇の彼方から赤い巫女服の精靈『ホオズキ』がその姿を現す。

 すかさず臨戦態勢になる三人だが、ホオズキはケラケラと笑って手を前に出した。

 

「言っとくが俺じゃねえよ? 俺はあくまで眼の後を追って来たに過ぎねえ。眼が無ければお前らがここにいるなんて見当も付かなかったからよ」

 

「ほざけ! それなら追っ手のお前をここで殺す」

 

「俺を? ちげえだろお? 殺してえなら、追っ手をちゃんと殺さなきゃあ、な?」

 

 ホオズキの指がチョイチョイと、ある人物に向けられる。

 その相手は━━

 

 晶濟だった。

 

「…………え?」

 

 目を丸くして佇む晶濟。

 冥は「やはりか」とは言わなかった。そんなことよりも、一体どのタイミングで晶濟がホオズキたちの眼となったのかが気掛かりだったからだ。

 

「お前らほど仲間に対して厚い信頼関係を持っている奴は、解放軍には一人もいなかった。だからお前らには感謝してもしきれねえよ。さあ、もういいぞ。出て来い『スイレン』」

 

 ホオズキの呼びかけに、晶濟の身体からぬるりと黒い影が出てきた。

 その影はぽっかりと空いた天井をゆうに超える長身で、酷く痩せ細った身であった。

 そして冥たちは、その姿形を知っていた。

 かつて雪下龍吾を追いに地球まで向かい、後一歩のところで逃すこととなった忌まわしき敵。

 冥の蘇る記憶に呼応するかのようにホオズキの身体が真っ二つに分かれ、中からウサギの耳飾りを付けた女『神楽』が、その姿を現したのだ。

 疑問や不信が全て確信に至る。

 晶濟が眼の役割を担わされたのは、神楽を甚振る幻覚に夢中となり、闇から伸びた土気色の手に掴まれ引きずり込まれたときに他ならない。あの時から晶濟は知らずの内に利用されていたのだ。

 彼女は、世界を変えるために動くにはあまりにも純粋で、無知だった。

 疑惑が確信に変わり、周りを見渡せる頃には、全てが手遅れだった。

 それでもなお、希望を消さずに奮闘しようと励む彼女には、目の前に立ち塞がる現実を見るには、あまりにも小さすぎた。

 怒りにわななく冥は有無を言わずに神楽へと突っ込んだ。

 自分たちを破滅に誘った怨敵。

 自分たちを利用していた仇敵。

 生かしてはおけぬ。タダでは済まさぬ。

 怒りに猛る冥が能力をフル発動して吶喊(とっかん)したが、冥と神楽は音もなくその場から消えた。

 晶濟と風華は瞬きすらしていない。なのに忽然と姿を消した。

 

「お前らもバカなモンだよ。仲間とはいえ所詮赤の他人同士だってのに一分の隙もなく仲良しこよしやってりゃ、利用されるだけだってのに。ま、いい勉強になったと思って次頑張んなよ。次があるかは分からんがな」

 

 闇が蠢きながら集いだし、ホオズキの姿へ変わる。

 仲間という唯一無二の絆を侮辱された風華が柄にもなくホオズキへ声を荒げる。

 

「どうして……どうしてそんな酷いことが言えるんですか!? 私たちはこの月界を良くしたいと思っていただけなのに、なんであなたたちはそうやって邪魔をするんですか!」

 

「教えてやろうか? お前たちは俺らから見ればしがない脇役に過ぎねえからだ。脚光煌めく主役に比べりゃあ、お前らがどうなろうと知ったことじゃねえんだよ」

 

「……お前……お前ぇッ!」

 

「俺にキレてる場合か? こういう時こそ、お友達の心配をするべきだろうに」

 

 顎で指す先を風華が見ると、晶濟はワナワナと口元を揺らし、目から光を無くしてどことも分からない明後日の方向を見ていた。

 本人に悪気はなかったとはいえ、結果として八千慧を下卑た男たちの犠牲にさせ、冥たちのグループを壊滅させる要因となった事実が晶濟を容赦なく蝕んでいく。

 

「……違います……違いますよ……! わ、私は……わた……し……は……!」

 

「晶濟さん、落ち着いて! 貴女は悪くありません! 悪いのは……!」

 

 風華の声はもう届かない。

 グシャグシャに顔を歪め、恐れに青ざめて裂くような大絶叫を上げると、脇目も振らずその場から走り去って行った。

 後ろから刺されるという恐れもなく、風華はホオズキたちに背を向けて晶濟を飛んで追いかけようとした。

 しかしすでに階下には冥たちを追ってきた解放軍が、各々の能力や銃火器で風華を撃ち落とそうと攻撃してきている。

 絶え間ない攻撃と想定以上の物量に圧された風華は晶濟を見失ってしまい、遂に保身のために撤退を余儀なくさせられた。

 黒い空を幼く儚い星が一つ駆けて行く。

 小さな星は己の無力を嘆きつつ、今はただ、生きることを目的に黒き空へ溶けて行った。

 

 ※

 

 気がつくと、冥は森の中にいた。

 匂いと肌を触る空気の冷たさ、呼吸の際に口内に生じる生温かさが、今いる場所を地球であると冥に気付かせる。

 だが今の冥にはそれどころではない。

 血走った眼と鬼気迫る剣幕が探す相手は神楽ただ一人。それ以外の事は意中にすらなかった。

 見通しの悪い森の中、意外なことにあっさりと神楽は見つかった。

 夜の闇に青白く佇むその姿はまるで亡霊。

 しかし怒りの渦中にある冥には恐れなどない。

 雄叫びを上げて神楽へ攻撃を仕掛けるが、繰り出す攻撃はどれもこれも空気を攻撃しているかのように何も手応えは見られない。

 能力とレーザーブレードの織りなす怒涛の攻めの最中に、神楽は不動だった構えからゆっくりと冥を指さす。

 途端、神楽の背後から何の前兆もなく巨大な闇が渦巻きながら放たれ、冥は防ぐ間もなく直撃した。

 荒れ狂う海にもみくちゃにされるような勢いであるにも関わらず、周りに生える木々はそよ風が吹いているかのように全く影響がない。

 大きく離された冥は全身を蝕む闇をものともせず再び神楽に攻撃を仕掛けるが、足下から突如として赤黒い闇が噴き出してきた。その範囲は半径二キロを優に超え、とても見て避けれるものではない。

 空へ打ち上げられた冥の周りに和の紋様で象られた黒い槍が現れ、冥の体に次々と突き刺さっていく。

 自分の意思とは関係なく削がれていく戦意。増していく絶望感。冥の直感が太刀打ちできる相手ではないと警鐘を鳴らす。

 怒りと憎悪で溢れきっていた冥の心中は、いつしか絶望一色に染まりきり、槍から注入されていく止めどない無念と恐怖が追い討ちをかける。

 

(や……八千慧……晶濟……風華……私……は……)

 

 走馬灯のように現れては消えていくかつての仲間たちと、過ごした日々の数々。

 最後に見た仲間たちの悲痛な面持ちを思い浮かべた途端、消えかけていた闘志がビックバンのように爆発して冥を復活させる。

 

「ダメだ! お前を殺さなければ! 私は死んでも死に切れない! お前だけは、絶対に生かして帰さない!」

 

 冥の双眸が紫に輝き、雷に似た荒々しい光が迸る。

 終符を発動したのではない。暗符を発動させたのだ。

 真っ向からの勝負では勝てないと判断した彼女は、道連れにも等しい行為を以って神楽との勝負に幕を下ろそうと、勝てないなりに彼女が考えた最後の手段だった。

 だが、神楽は笑みを崩さないし、慌てることもしない。

 冥の頭上から特大の槍を引き出すと、それを地面へ刺すように落とした。

 獣の鳴き声を上げる冥の身体は攻撃で欠けた部分が即座に再生しており、頭からは一対の角が生えてきている。

 人外に成り代わろうとしている冥に、神楽は親指と中指を輪っかにさせて横一文字に引いた。

 輪の中から出てきた蒼白い錫杖(しゃくじょう)のような杖を手に取ると、それまで静止していた神楽は突然宙へ浮き、槍投げ選手顔負けの勢いで冥へと投げ付けた。

 杖は空を割きながら冥を貫くと、射線上の木々を薙ぎ倒しながら深奥まで飛び進み、樹齢千年は超えているであろう大木にぶつかってようやく止まった。

 瞬時に冥の目の前へ移動した神楽に、冥は力の限りに手を伸ばすが届かない。身体から力が抜けていき、彼女の視界がどんどん霞んでいく。

 

「神楽! 神楽ッ! 神楽ぁッ! お前! お前だけはっ! お前だけはあぁあぁぁっっ……!」

 

 憎き怨敵を前に、冥の意識はそこで途絶えた。

 肉体と魂の時間を止めさせられた冥へ念入りに術式を重ねて隠すと、神楽の身体に傷んだ映像のようにノイズが走り、()()()()()()その場から消えた。

 本体は燃え盛る月界を眼下にしながら無数の悪霊を従わせ、深い深い笑みを浮かべていた。

 この日、一つのチームが、一人の女の手によって壊滅した。

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