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神は無し

 神無、輝夜、冥。そして春子と秋子の三つ巴の戦いが繰り広げられている中、龍吾と雛月そして霧奈は、榛名山を大きく迂回しながら輝夜たちの元へ急行していた。

 車内では霧奈が運転している後部座席で、雛月がテイクアウトの弁当を次々と頬張っていた。

 それは先に、神無が世界中に伸ばした泉取針を神靈『ボタン』に破壊させたからだ。

 比喩や誇張なしで本当に迫り来る世界の滅亡を、ボタンは()()()()()()()()()()()()防ぎきった。

 が、世界中にボタンを向かわせるという前人未到の行いの反動は、当然ながら彼女が体験したことのない大きなものだった。例えそれが、彼女の本気ですらなかったとしても。

 しかし雛月も龍吾も何の対策もなしに決行に至ったわけではない。

 すでにボタンを顕現させる前からそうなると踏んでいた二人は霧奈に頼んで、深夜のファミリーレストランにあるまじきテイクアウトを頼み込んだ。

 魔力というゲームやアニメの中でしか存在しないものの回復手段が、何の変哲もない食事であることを知った霧奈が唖然としたのは言うまでもない。

 

「雛月、美味いか?」

 

「龍吾様の作られた料理の方が美味しいです。これは万人を満足させるために作られた量産型の味で、個性がありません」

 

「あのさ、ノロケた食レポはよそでやってくんない? つか、そんな呑気で大丈夫なの?」

 

「これが魔力を補充する最適で最短の方法なのですから仕方がないです。

 それと、万全の状態で輝夜様と合流しても正直に言えば神無に勝てるのは難しい、ということは先に述べておきます」

 

「……それマジ? アンタらが止められなかったら、誰がその、神無って奴を止めるのよ。中国だけじゃなく、アメリカにロシアとかの六大州を消し飛ばした奴なのよ?

 ……あ、分かった。さっきの神々しいコを出すのよね。となったら勝ったも同然じゃん。さっさと食べちゃって、その子出してパパッと終わりにさせちゃってよ」

 

「神々しいコとはボタンのことですか。残念ではありますがそれは出来ません。彼女を顕現()せるほどの魔力を、この食事分では賄いきれないからです。無理やり顕現させれば、私の命に直結しますので」

 

「分かってるだろうが、それでも出せって言うなら俺が止めさせるからな」

 

 霧奈は歯痒そうにハンドルを叩いた。

 一旦は世界の滅亡を回避できたが、根本の原因である神無はまだ生きている。

 その間世界規模で起きている事象に、四季皇護隊の角主として何も出来ない歯痒さと、いつまた世界規模の技が来るかという恐怖が彼女の焦りを加速させていく。

 

「……っていうかさ、神無って奴も六大州を吹っ飛ばすなんてあり得ないでしょ! そんで次は日本ときた。神無は一体何が目的なのよ。まさかさっき言ってた、れーこーせんってヤツなの? それのためだけに、六大州を無くしたわけ?」

 

「それ以外にないでしょう。太古の地球と違って、現代では大陸の位置が靈光泉の霊脈を塞ぐように移動しているので、それを取り除いたというだけです。

 邪魔なものを取り除けて、自分の力も誇示出来て、まさに一石二鳥です。そして恐らくこれほどの力を持つとなれば、彼女は神逆器(じんがっき)用いているでしょう」

 

「前から気になってたんだが、その神逆器ってなんなんだ?」

 

「簡単に言えば強力な力を秘めた道具です。付ければ人間でも私たち天月人と互角かそれ以上の力を得られます。だからこそ月界では一般人の捜索や保持を禁止していますが」

 

「でもさ、そんなことをしたらオタクらの国……月の世界だって黙っちゃいないでしょ! 国を消しとばしたのよ? それもいくつも!」

 

「いいえ、動かないでしょう。精々弔意と神無個人に対する義憤声明。運が良ければ少しの賠償金を出して終わりです。

 考えてみて下さい。自国の人間一人が諸外国で犯罪を犯したところで、国が全面的に動くと思いますか?」

 

「規模が違うでしょう! 虐殺どころの話じゃない。大陸を幾つも無くしたのよ!?」

 

「それでもです。地球では世界規模のお話かもしれませんが、それはあくまで地球の中だけのお話。月では月の規律や価値観が優先され、地球の規律を当て嵌めようとしたって従う訳がありません。逆も然りでしょう?

 私と貴女。考えや常識に価値観などが全て異なるように、月と地球では考えが根本的に違うのです」

 

 霧奈は口を紡いだ。

 にべもなく突き返された現実。

 宇宙という無限に続く海を挟んだ、異なる種族間での常識の隔たりを思い知らされた霧奈は、それ以上言及しようとせずただアクセルを深く踏み込んで車を更に加速させた。

 未だに榛名山では空から幾重もの光の柱が降り注いでいる。

 いつ自分たちの元に降ってくるか分からない緊迫した状況下で、霧奈の目線の先に先を阻む二つの影を捉えた。

 最新の装備と銃器を携えた四季皇護隊の隊員が「この先は危険ですので引き返して下さい」と、強制的に立ち退かせようとする。他人はおろか自分たちですら死ぬかもしれないというのに、律儀に業務を全うするところは典型的な日本人のそれである。

 すると霧奈は運転席の窓を開けて身を乗り出した。

 

「グッモーニン。そこどいてくれる?」

 

 隊員たちは一拍の間を空けて、ひどく驚き慄いた。

 しかし無理もない。死亡報告を聞いたはずの存在が目の前で普通に動き、喋っているのだ。あまりに超常的な事態に理解が追いつかないのも当然である。

 驚きのあまり軽いパニックになっている隊員をよそに、霧奈はアクセルを踏み込んで車を発進させた。バックミラーには、どんどん小さくなっていく隊員たちが我に返って右往左往している様を映し出していた。

 

「アイツら、お前の仲間か」

 

「そうよ。どこの誰かまでは分からないし、知ってても言えないけど」

 

「何で俺らより早く来ているんだ。まさか先回りして俺らを━━」

 

「━━んなわけないでしょ。大方、神無って奴が暴れているから緊急出動(スクランブル)がかかっただけよ」

 

「……一つよろしいでしょうか。貴女は今のところ私たちの味方として付いているなら、貴女たちは一体何者なのか。答えられる範囲で答えてもらえませんか」

 

 割って入った雛月の問いに、霧奈は眉間にシワを寄せた。

「何故?」と返しても「私たちと貴女とで齟齬や不信感をなくすためです」と簡潔に返され、霧奈は言葉に詰まった。

 そうこうしているうちに霧奈は輝夜たちのいるところから、おおよそ五百メートルまで近づいた。

 曲がりくねる道を徐行しながら進みつつ「答えられるところだけね」と漏らした。

 

「まず私たちは警察でもなければ自衛隊でもないわ。かといって民間の組織とかでもないけど━━」

 

「━━今更はぐらかすなよ。お前らの組織は国家絡みなんだろ。じゃなきゃあんな隊員たちや、俺をぶち込んだデカい病院なんか持てるわけがないし、マスコミを使って情報操作なんか出来るわけがない」

 

「……まあ……そこは……まぁ……ご想像に任せるわ。……で、私たちは専ら国内の脅威を取り除くためにいるの。自衛隊や警察で処理出来ないものをね。だから普段なんかあたしたちめっちゃヒマなのよ? 今回は別だけどね」

 

「ですが今はこのような事態です。貴女は先に私たちが戦った狂気の二人とお仲間の関係にあると見ています。あの二人は私たちを親の仇の如く見ていました。そんな二人がこの騒動に気付いていない訳がありません。そのお二人を、貴女はどうやって説得するおつもりですか」

 

「その点に関しては心配いらないわ。言ったでしょう? アイツらだって耳を傾けざるを得ない話があるのよ。事実私だってその話が美味しいと踏んだから、もう一回チャンスをもらったのよ。それに、アンタたちが言ってもその二人は聞く耳持たないけど、私は顔パスだからね。話は聞いてくれるでしょうよ」

 

 車が坂道を下っていくと木々が開き、激戦地の一角を見下ろせるところへ車を止めた。

 劇場で言うなら最前列に匹敵する距離で、超常の能力者三名と、異端の戦闘狂二名が織りなす死闘が龍吾たちの眼下で繰り広げられている。

 

(やっぱりいたわね、春子に秋子……! あんなズタボロの状態で天月人に挑むなんて、イカれてるとしか思えないわよ……!)

 

 龍吾たちに気付かない一行に、霧奈は逸る気持ちを抑えて目線を広げる。

 そこにはブリーフィングや調査報告書で何度も見た輝夜の顔と、一目見てアレが神無であると察するほどの異様かつ強大な雰囲気を放ちながら戦う神無。そして……。

 

「……誰、あいつ。つか胸でっか……。何あの胸、豊胸でもやってんの?」

 

「り、龍吾様……どうして冥が輝夜様と?」

 

「仲間割れでもしたんじゃないか? アイツと神無の関係は知らないが……」

 

 途中から入った龍吾たちに事情も分かるはずがなく、輝夜と冥の異色の共闘にしばしの間龍吾たちは釘付けとなっていた。

 なにも輝夜と合流するのを忘れている訳ではない。参入しようにも輝夜たちの戦いがあまりに苛烈すぎるが故に、入りたくても入れないのだ。無理に乱入すれば事故だって起こり得る。

 だが天月人である雛月や、靈体となっている霧奈ですら行くのを躊躇う戦いの中で、春子と秋子は普通に戦っている。勢いも集中力も全く衰える気配を見せないまま。

 負傷してなお乱れることのない息の合った正確無比の斬撃に、後方からの援護射撃命令。流石の神無も多勢に無勢では捌ける技すら捌けず、遂に春子と秋子の一閃を食らったのだった。

 

 ※

 

 噴き出す己の血を見ながら神無に湧いてきた感情は、怒りだった。

 傷の浅深は問題ではない。問題は天月人である自分が『卑下している地球の』『人間如きに』『傷を負わされた』という事実が、身に収まりきれないほどの怒りとなって轟々と激る。

 そんな神無の事情など知ったことではない春子と秋子は、イヤフォン型の通信機で後方待機の部下たちに一斉掃射を命じる。

 吼え爆ぜる黒金の筒たち。

 空を切り裂き猛進する鉛玉。

 弾幕は輝夜たちごと飲み込むが、輝夜はドレスで、冥は目視で切り捨てて防いだ。

 だが神無は防ぐことも避けようともせず、弾幕に真正面から被弾した。

 食いしばる歯を戦慄(わなな)かせながら、あらん限りの憎悪と怒気を露わにする。

 春子と秋子は両隣を挟み込むように周って神無を斬りつけた。

 神無は動かなかった。

 しかし斬り終えた春子の顔を突如左手で鷲掴むと、軽々と春子を持ち上げて路面へ叩きつけた。

 整備された路面がへこむほどの威力。しかし春子は怯むことなく、隠し持っていたデザートイーグルを発砲する。

 胴体や顔に被弾しても神無はのけ()るだけで、込められた力は緩まない。

 そこへ秋子が風と共に音もなく迫る。

 輝夜ですら見切れなかった不可視の抜刀をしようと、鞘に納められていた鎺が外を睨んだ瞬間、神無が掴んでいた春子を投げつけた。

 抜刀を止めて春子を受け止めた次には、金色の大剣が唸り声を上げて迫って来ていた。

 咄嗟に秋子は刀で受け止めるも、その威力たるや、二人を十メートルも後退させるほどの衝撃だった。

 

「……有象無象の塵芥供が。この崇高たる天月人に傷を負わせるとは……」

 

 神無の目が赤く光り迸る。

 閉じていた神逆器の眼が再び開眼し、神無の体から赤黒い雷が駆け巡る。

 

「お前ら全員生きて帰れると思うな。

 終符(ついふ) 天亡皆壊(てんもうかいかい)!」

 

 途端、神無の掲げた掌から世界が白と黒の二色しか見えなくなるほどの光が輝き、やがて全ての光が集約して世界を闇に包んだ。

 瞬間━━神無を中心に世界へ黒紫色の闇が爆ぜた。

 身を焼くような熱が一同を襲う。

 それは瞬く間に榛名山一帯に広がり、遂には群馬県とその周りの六県を呑み込んだ。

 後に残ったのは青々とした緑が跡形もなく焼失し、不毛の焦土が地平線の果てまで続く変わり果てた日本の大地だった。

 天月人たる輝夜と冥、そして遠くから観戦していた雛月は己の能力で身を守り、また雛月と共にいた龍吾と霧奈も、精靈『サザンカ』によって守られ事なきを得ていた。

 春子と秋子の二人は、神無の終符が発動する直前で山道から身を投げ、山肌に刀を突き刺していたために無事だった。

 しかしそれ以外は阿鼻叫喚の地獄だった。

 春子と秋子が連れていた四季皇護隊の隊員たちはほぼ壊滅。溶け落ちた装甲の下で奇跡的に生き延びた四季皇護隊の隊員たちは、漏れなく動くことすら出来ない重体と負った。

 特殊設計の装甲車は手でちぎったケーキのような形となってグズグズに溶けており、とても車と言えるような体を成していない。

 くすぶる炎の中、防御を解いた輝夜と冥は愕然とする。

 

「やはりお前らは生きていたか。だが果たして次も同じように立っていられるかな?」

 

「貴女……一体どれだけこの星を滅茶苦茶にすれば気が済むの! ここは月界じゃないのよ!」

 

「ほざけ。そもそも地球は私たち天月人の母星。領主が自分の地を好きに扱うことの何が悪い」

 

「永年野放しにしておきながら今さら領主面? 随分都合の良いことね」

 

「輝夜、もういいわ。あんなヤツに何言ったって無駄よ。ああいうヤツを黙らせるには、結局実力で打ちのめすしか方法はないわ」

 

 至極極論ではあるものの、冥の言っていることは的を得ている。

 妙な感心をしながら輝夜は、しかし神無の持つ終符の威力と、終符を放っておきながら魔力切れが近いことを示す黒いヒビがないことに危機感を覚えていた。

 更に厄介なことに、潰して閉ざしたはずの暴悪面が復活し、輝夜たちを凝視する。

 魔王は未だに健在。自軍は劣勢の一途。

 勝ちの目が消えかけている死闘を、空に浮かぶ満月が煌々と輝きながら見下ろしていた。

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