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月下の月神たち

 怒りに振り払われた大剣からはもれなく光線が放たれた。

 深夜の榛名山上空に広がる赤黒い扇状の光。()()した地上には超高熱によって地面が発光し、遅れて爆ぜる。

 地上が少しづつ(ほむら)に飲まれる中、夜空を駆ける幾筋の流星を紙一重で掻い潜り迫る黒い蝶がいた。

 行く先には黒く歪な光輪を背に浮かばせて迎え撃つ金白の魔王。

 超常の戦いが日本の空で翻る。

 有り余る殺意を乗せて振われる金色の大剣と、明瞭な死を包んで放たれる光線。

 遠近と隙のない相手を前に、輝夜はドレスを牙を生やした触手に変態させ向かわせる。

 獰猛貪食な触手は、憐れにも神無の前にいとも容易く切り落とされていく。

 果敢にも眼前へ迫った触手さえ真下から放たれた光線に穿たれ、遂にその凶歯は届かなかった。

 だが、()()()()()()()

 輝夜が能力を発動させるには、十二分すぎる時間を彼らは稼いでくれた。

 輝夜はすでに、神無を指さしている。

 意図を把握するより前に、意趣返しとして神無が大剣をかざすが、得意の光線は火花一つと出てこない。

 理解したときには遅く、輝夜は目前で剛拳を引いている。

 神無の左目が赤く光りだしたときには、剛拳が神無の右に食い込み、彼女は弾丸の如く吹っ飛んだ。

 輝夜は止まらない。

 空を裂いて突き飛ぶ神無に追いつくと、凹凸艶かしい黒い健脚が薙ぎ払われ、地上へ強制的に落とされた。

 地を揺らして埋まる神無に、落下の勢いをつけて拳を打ち付ける。

 大地が揺れ、地鳴りが眠りについた命を叩き起こす。

 舞い上がった土柱が重力に従って雨のように落ちる中、輝夜は打ちつけた拳を再度引いて打とうとした。

 すると神無の左目が光り、周囲が真っ白に照らされる。

 異変を感じた輝夜が即座に離れるも、空から光の柱が伸びて神無ごと飲み込んだ。

 神無の半径三キロ周りは光線によって焦土と化し、緑豊かな山にぽっかりと円形脱毛症のような焦土が出来上がった。

 所々が焼け焦げているドレスの中から忌々しげな顔をした輝夜と、おもむろに起き上がる神無が睨み合う。

 

「痛いか、熱いか、苦しいか? いい気味だ。私の力でお前を痛ぶれる日をどれだけ心待ちにしていたか! もっと、もっとその苦痛に歪む無様を私に見せるんだ!」

 

「……性根も嗜好も全部腐っているわね、貴女。それよりも貴女のその顔……能力によるものじゃない、となれば……神逆器(じんがっき)ね?」

 

「左様。是なるは神を殺す神の面。『恨畜生(こんちくしょう)暴悪面(ぼうあくめん)(なり)

 

「……埋め込んだのか。自分の、親から貰ったその顔に」

 

「そうとも。故に私の初符が封じられても、私にはまだ終符とこの面による力がある。奪うことも封じることも出来ぬ力を前に、お前はどう立ち回る?」

 

 輝夜は「親不孝者め」と呟くと、有無を言わさず突貫した。

 近から中距離までしか攻めの手を伸ばせない輝夜にとって、近づく以外に戦う術はない。

 輝夜目掛けて空から光の柱が降り注ぐ。

 地面が照らされた直後に降り注ぐ光を避けつつ、神無の目と鼻の先にまで迫る。

 だが神無は逃げない。力での真っ向勝負では勝ち目が薄いことは重々承知の上で、神無は神逆器と己の技量を用いて勝負に出る。

 剛の拳と脚を寸前でかわし、弾き、いなす。

 輝夜の脚が地を打つと、引いた拳が空を唸りながら裂く。

 神無は大剣で弾きいなす。

 重々しい破裂音が鳴り響き、神無が数メートル後退させられる。

 なおも攻め続ける輝夜に、神無が唐突に天へ嘶いた。

 嘶きを合図に滅びの光柱が天から降り注ぐ。

 さながら空爆のような光の雨。光の落ちた場所はもれなく焦土になる。

 それが輝夜一人にだけではなく、全く関係のない離れた場所。榛名山一帯に降り注ぐのだから、時間が経てば経つほど周囲には甚大な被害が出てしまう。

 なによりも輝夜をてこずらせているのが、今発動している能力が神無の初符でも終符でもなく、神逆器という道具によるものであることだ。

 輝夜が使えなくさせられるのは、能力者の能力だけ。しかし神無の顔に埋め込まれた神逆器はあくまで道具。故に能力が通じない。

 加えて道具が顔の内部にある以上、神無という肉体が先に影響を受けてしまうので、どの道神逆器を止められないのである。

 

「……あぁっ、もう……! ほんっとに迷惑しかかけれないのね貴女!」

 

「何を言っている、輝夜。これは死闘だ。知っているだろう? 勝つためならどんな手段だろうとそれも策の内なのだ。このように、な」

 

 神無の身体から赤黒い雷がほとばしり、赤い光の柱が天へと伸びる。

 六大州の大半を消滅させた滅びの光柱。それをあろうことか日本国土に落とそうとしている。

 しかも、もうすでに光の柱は落ちるだけとなっている。

 小石や土芥が小刻みに震え、重力を無視して浮かび上がる。大気が張り詰め、深夜の山麓が真昼のように明るい。

 その中を神無が猛進して迫ってきた。

 

「……なんてことを……! 終符(ついふ)! 焔月(ほむらづき)!」

 

 輝夜の身体に黒い雷が走り、掲げた手から無数の黒雷が光の柱へ向かった。

 

「私とちっぽけな土地を天秤にかけるとは、つくづく貴様はバカだな!」

 

 構わず進む神無は輝夜を斬りつける。

 輝夜のドレスが攻撃を防ぐも、重い一撃が矢継ぎ早に繰り出され、遂に破られた。

 

「死ね! 輝夜!」

 

 斬撃の嵐が輝夜の身を斬り刻む。

 血潮が噴き出し、輝夜の顔が苦悶に歪む。

 だが輝夜は終符を止めなかった。ここで攻撃を止めれば神無がもたらした光柱が地上に落ちてしまう。

 それならばどんなに無理をしてでも神無の技を食い止めなければ、と輝夜は自分を奮い立たせて技を続行していた。

 しかしそんな輝夜の思いとは裏腹に、輝夜の放った焔月は天を照らす審判の光に呆気なく風穴を空けて、光柱は夜の空へ呆気なく霧散した。

 

「今更気づいたか? 阿呆が」

 

 嘲笑う神無。

 剛く振り払われる大剣。

 死の一閃は輝夜の身体を横一文字に切り裂き、体内を巡っていた血潮を外界へと噴き出させた。

 しかし輝夜のドレスが神無の身体に絡みつき、神無の動きを止める。

 おびただしい出血をしながら、輝夜は脂汗を流しながら不敵に笑う。

 

「今更気づいたのかしら? お馬鹿さん」

 

 負傷しながらの嫌味は、しかし神無の眼に明確な恐れを抱かせた。身体を光化させようとも初符が封じられていて逃げることが出来ない。

 

「……おま━━」

 

 果肉を潰した音が響く。のけ反る神無から奥歯や血痰と混じって、潰れた暴悪面の目から滝のような血が弧を噴き描く。

 近づいた輝夜が顔を鷲掴みにすると、再び剛拳を叩き込んだ。

 おびただしい出血をしながら、神無の目がゆらりと輝夜に向けられる。暴悪面の目も塞がってはいるものの、閉じた瞼の下では依然として動いている。

 とどめの一撃は、腰を落として重心を最大限に利用した剛拳を神無の胸部に直撃させた。

 木々を薙ぎ倒しながら吹っ飛んだ神無は、異常な痙攣を起こしながら仰向けに倒れた。

 

「……そのまま倒れていてくれたらいいんだけど」

 

 魔力切れを示す黒いヒビが足を伸ばし、輝夜はとうとうその場に膝をついてしまった。

 荒い息を押し殺す輝夜の先で、神無の身体がフワリと浮かび上がる。

 異様なまでに左目を見開きながら輝夜を笑いながら睨み、大剣を引きずりながら近づいてくる。

 

「……恐ろしい力だ。能力の類か? まあ……どちらでもいいか」

 

 言いながら一瞬だけ前屈みになると目にも止まらぬ速さで輝夜に迫り、大剣で首を跳ね飛ばそうとした。

 しかし輝夜はその剣筋を目視で捉えながら流れるように避ける。しかし動きは先ほどよりもぎこちない。

 

「先に私を馬鹿と言ったな。だがどうだ。今のお前は魔力すら絶無で、我が身に鞭を打たねばまともに動けぬほど衰弱している。あの時の威勢はどこに行った? あの時の見栄はどこに行った? んん?」

 

 輝夜は返さなかった。悔しいがその通りだからだ。

 身体は鉛のように重く、呼吸は詰め物が喉に詰まっているかのように辿々しい。

 動くことすらままならない輝夜は、眼前の神無に忌々しげに睨む以外に術がない。

 あざ笑うように神無は大剣を振り上げ、輝夜を叩き斬ろうとした。

 そのとき、神無の背後で紫色に輝く双眸が残光を引きながら音もなく迫った。

 敏感に気配を察知した神無が振り向きざまに闇討ちを防ぐ。

 宵闇の中に煌めく光の双刃。

 その持ち主、天月人の『(めい)』は前のめりになりながらなおも刃を押し付けてくる。

 

「なんだ貴様。どこの犬だ」

 

「……あ、貴女……どうして……」

 

 各々が各々の感想を口にする。

 しかし無理もない。月に帰還したはずの天月人の、月宮解放軍の一員が何故か地球にいるのだから。

 

「細かい説明は後にして。早く立って輝夜。あの大馬鹿者を一緒に倒すわよ」

 

 唐突な共闘申告。輝夜は柄にもなくボウっとした面持ちのまま冥を見ていた。

 しかし状況は矢継ぎ早に動き、混乱は更に加速する。

 人気のない榛名山の通りに全開で吹かせたエンジン音が徐々に迫り、輝夜たちの元へ急ブレーキをして二台の輸送車が止まった。

 後続の輸送車が続々と止まり、中から武装をした特殊機動隊が素早く配置について輝夜たちに銃口を向ける。

 そして、最初に止まった輸送車から負傷しながらもいまだ戦意を轟々と目に宿した二人の女性が降りてきた。

 ついさっき赤城山で死闘を繰り広げ、人間でありながら輝夜たちを死の一歩前まで追い詰めた敵。

 春の角主 桜雪寺 春子

 秋の角主 竜胆寺 秋子

 傷も癒えぬうちに再び輝夜たちの前に立ち塞がった両名を前に、輝夜の消えかけていた苛立ちが沸々と燃え上がる。

 

「やはり貴女ですか。お仲間も引き連れて、いよいよこの星を乗っ取ろうという段取りで?」

 

 秋子が静かに、それでいて憎悪を込めた低い声で一同に言う。

 

「冗談じゃない。冥と神無(こんなやつら)が私の仲間ですって? いくら人間(あなた)たちと言えど言っていい冗談と悪い冗談があるわよ」

 

「抜かせ。六大州の大半を消し飛ばしておいて、今更何を言う」

 

 秋子以上に憎悪を前面に出して一蹴する春子から風評被害もいいところの冤罪をかけられ、輝夜は「物分かりの悪いヤツ」と一人呟く。そこに冥は調子を崩すことなく声をかけた。

 

「ねえ、アイツらが誰なのか知らないけど、ほっといてさっさと神無(アイツ)を倒すわよ。アイツを倒せば全て終わる。私たちが目指していた自由が得られるのだから!」

 

「そう言って私を後ろから刺したり、神無を倒し終えたら私も討つとかいう気じゃないでしょうね」

 

「バカ! なんで共闘を願い出てるのにそんな不利になること言うと思うのよ!」

 

 場違いな言い合いをしていると、神無の身体が赤々と輝き、天にはいくつもの光が燈る。

 

「茶番は終わりか? では、諸共死ね」

 

 冷たくあしらう神無だが、冥は有無を言わず自らの能力を発動した。

 夜闇の中から黒一色の巨大な銛を死角から無数に飛び出させ、神無の不意を突く。

 事もなさげに涼しい顔をして攻撃を弾きながら、神無は空から光の柱を落とす。

 一帯に再び光線の絨毛爆撃が降り注ぐ。

 展開していた機動隊が次々と犠牲になる中、冥は神無の懐に潜り込んで二つのレーザーブレードで斬りつけていた。

 目視で避けながらいなせる攻撃をいなし、軽々と大剣を振るって冥を断とうとする。

 剣撃に空からの爆撃を舞うように避ける冥は、応戦をしながら重々しい足取りの輝夜に発破をかけた。

 

「なにやってるの! しっかりしなさいよ!」

 

「このヒビを見て私が怠けてるように見えるのかしら……。そんなに不満なら貴女一人で戦えばいいじゃない……」

 

「無理ね。私一人じゃアイツには敵わない。だからアンタに共闘を願い出たのよ。

 というか、空からの光が厄介よ! ほら、アンタの能力でさっさと封じちゃってよ!」

 

「もう封じてるわよ、奴の初符をね。今アイツが発動しているのは神逆器によるもの。しかも顔の中に埋め込んでいるから壊す以外に止めさせる手段はないわ」

 

「なんですって━━」と言う前に、輝夜のドレスが空からの光を防ぐ。

 爆音が二人の耳に反響する中を、神無が音もなく迫る。

 防ぐにはコンマ一秒遅い。

 しくじった。

 刹那に脳裏へ浮かぶ言葉に、輝夜たちが来たる痛みに覚悟を決めようとした矢先、後方から無数の銃声が轟く。

 春子、秋子率いる四季皇護隊の特殊部隊が神無諸共輝夜たちに撃ったのだ。

 地球の銃器では天月人に致命傷は負わせ難い。

 しかし本命は弾幕ではない。

 弾幕の後を追うように春子と秋子が神無へ刀を振るう。

 人間の、しかも負傷した身でありながら向かってきた二人に神無の思考が乱れ、白銀の軌跡が神無を斬り裂いた。

 明るみのある神無の鮮血が外界に吹き出し、輝夜と冥は言葉を失って呆然としていた。

 

「仲間割れですか。好都合です」

 

「この日本にお前らは邪魔だ。まずはお前を斬り伏せる」

 

 予期せぬ三つ巴の戦い。

 榛名山の炎が、勢い盛んに燃え上がる。

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