日の下で
不可思議なことが起きていた。
SNSやインターネットの掲示板という電子の世界で、アニメやマンガのような超常的な力を持った人を見た、という書き込みが至るところで見られたのだ。
それが一人や二人だけだったならまだしも、すでに百人、千人を超える人たちが異口同音に似た内容を言うのだから、単なる空想の話と片付けるのは難しい。
なのにその証言を裏付けるところに至っては、誰もが歯切れの悪い曖昧な回答を出すばかりで、しかし作り話だと断言するには妙に生々しい部分が話のそこかしこに見られるので、多くの人々に晴れぬ疑惑の雲を生み出した。
決定的な瞬間を収めたという動画や写真は、絶対に本人が所有する媒体で記録したはずなのに誰も持っていない。
個人のブログなどに載せていようが、いつの間にか全て『404 Not Faund』となり、個人で完全に独占しようとしても、いつの間にかデーターそのものが消えている。
地球の人間ではない存在というフィクションの産物としか思えないものと、それらに関する情報を集め回っている何かがこの日本に確かにいる。
一時は政府の諜報活動によるものだと賑わったものの何の確証もない絵空事としてすぐに片付けられ、うやむやになって霧散していった。
━━そして、今日も今日で日本は変わらない。
陽が昇って、人々で街が賑わい、陽が落ちて、皆眠りにつく。
どこかで誰かが生まれ、誰かが死ぬ。
私たちが生きている現実と全く変わらないの世界の影で、日本で確かに生きている月の人間たちの情報を、彼女らは着々と手に入れていた。
※
東京某所
角のように垂れた左右の前髪二本以外は全てオールバックにした茶髪の女性は、柔和な表情で四十人近い生徒たちに教鞭を執っていた。
授業の内容は日本史。生徒は誰一人としてサボったり、居眠りなどをせず教師の言葉を真剣に聞き、ボードに書かれた言葉や簡略化した図をノートに書いている。
そこに一人の男性が教室に入ってきた。
彼の名前は『木之原 一輝』
スポーツ刈りのエネルギッシュな見た目が特徴的な一輝は教室に入るや否や、生徒たちから気さくなタメ口で挨拶を受ける。
一輝は適当に受け答えをすると、教鞭を執っていた女性に耳打ちをした。
「春子、会合だ。例の作戦がとうとう実行することとなった」
『春子』という名の女性は、それを聞くと柔和な表情を崩さず、しかしその眼は冷たい氷のような眼差しで一輝を見る。
教鞭を収めると柔らかな声で「申し訳ありませんね」と生徒たちに告げた。
「先生はちょっと急用が出来てしまいました。な、の、で、今から皆さんは自習の時間です」
生徒たちから歓喜の声が上がる。勉強熱心な子供たちも、活発なエネルギーの方が今は大きい。
「それでは皆さん、少し早いですが終わりの挨拶です。いいですか? 暴力を振るって良いのは、売国奴と侵略者だけです」
なんの躊躇いもなく言った不穏で過激な挨拶に、子供たちは元気に返事をする。まるでそれが常識であるかのように。
教室を後にした春子は「それで」と言って一輝へ話しかける。
「例の異世界人と同棲している日本人……たしか雪下 龍吾だったかしら? 彼は今どうしているの? 一輝」
「今さっき入った情報では今日も普通に登校して、普通に過ごしているとのことだ」
春子は不機嫌そうに鼻で息を長く吐くと、流れ移ろう窓の景色を物憂げに見つめた。
彼女たちの属する組織は今、隣国の身勝手な因縁や挑発行為よりも天月人の問題で持ちきりだ。何せアニメや漫画のようなフィクションとしか思えない天月人が、現実の日本にいるのが分かってしまったのだから。
相手方の情報は手に入れたものの、天月人の動向は何一つとして分かっていない。最悪星と星を股にかけた戦争だってあり得なくないだろう。
春子を乗せた車が動きだし、東京都内ではよく見る高層ビルの立体駐車場に止まると、春子を乗せたまま車は専用のカーゴで地下へと向かった。
人の目が及ばない立体駐車場内の更に奥、隠された地下通路を進んで最奥にたたずむ扉を開くと、そこには広く開放的な空間が広がっていた。
四方から伸びる通路の先には周りを水に囲んだ円形の広間があり、そこには三人の女性が席に座っており傍に付き人二人がいる。
日本人形のような整った前髪と、身の丈と同じほどに伸びた黒髪が特徴の少女の傍には、同年代と思しき少年が一人。
もう一人はまるで凍った滝のように白い長髪が特徴的な、儚く冷たい雰囲気を醸す女性の傍に中年期の男性が一人。
そして青い髪に砕けた姿勢でくつろいでいる、付き人のいない女性が一人いる。
座る者は皆一様に若手ではあるが、その面持ちは同年代の若者とは比べものにならないほど鋭い。
中央の壁には菱形の中に旭日が納められ、中心には桜が咲いた意匠の紋章が掲げられている。
どう考えても只者ではない彼女たちが属する組織とは一体何なのか。
日本の裏。数限られた者しかその世界を見ることが叶わぬ、深淵の最深に構えるその組織。
名を『四季皇護隊』。
国益・治安の防衛を裏から務めると同時に、公表出来ない汚れ仕事を勤める日本の闇である。
その規模は先述の通り、政治家からマスコミ、名だたる財閥・大企業の重役まで広く手中に収め、影響力と行動範囲は非常に広大だ。
そんな厳かな場に集った四人の女性たちは、その頂点に座す角首たちだ。
春の角 角首は『桜雪寺 春子』
夏の角 角首は『桐藤 蛍』
秋の角 角首は『竜胆寺 秋子』
冬の角 角首は『竜咲 霧奈』
日本の裏を治める角首たちが一同揃っての会合を開くということは、いかに天月人の問題が皇護隊にとって重大であるかを示している。
「お待たせしてすみません。それではこれより始めます」
一輝が開始の音頭を取ると、厳粛な場には似つかわしくない青色の髪をした砕けた態度の女性、霧奈が「ちょっと待って」と割って入った。
「トップがまだいらっしゃらないのよ? 私たちだけで始めるのは無礼千万だと思わないの?」
「トップは今慰安旅行に赴かれています。多忙な日々をお過ごしになられている御身には、束の間のお休みを満喫して頂こうという蛍さんの意向を汲み取って行った次第です。今日のことは日を改めてお伝えするのでご安心を」
霧奈は納得したようなしてないような曖昧な返事をしながら、横目で蛍を見た。
日本人形のような姫カットと太ももまで伸びている艶やかな黒髪が特徴の高校生、蛍はこの場にいる中では最年少の角首である。
そんな彼女は霧奈と春子からの目線での訴えにもまるで動じていない。
一輝が咳払いをして仕切り直すと、紋章の真向かいの壁に龍吾と輝夜と雛月が映った映像を点けた。
「さて、ご周知のこととは思いますが、この度秋子さんの方で『フェーズ3』に移行した後に、六本木一丁目はアーク森ビルにてこの雪下 龍吾と映像の二名、更には現在詳細確認中の二名がビル内で戦闘を起こし、その後未確認巨大生物を確認。巨大生物を雪下 龍吾の元で暮らす異世界人の一人がこれを撃破しました。
この一件で、いよいよこの三名【龍吾・輝夜・雛月】が今回の事件の根幹に関わっていると見て動くことを決定しました。
作戦についてはまず、雪下 龍吾に秋子さんと春子による二回の交渉から入り、それが叶わぬとなった場合にのみ強制確保という内容になります」
一輝がひとしきり話すと、霧奈がおもむろに「聞くけどさあ」と場に似つかわしくない砕けた言い方で一輝に質問を投げる。
「彼を確保したなら、同棲している異世界人はどうすんの。相手はあの怪獣を倒したのよ。そんな奴らが彼を奪われたと聞いて黙っているとは思えないけど。それに、彼の両親にはどう説明つけんの?」
「雪下 龍吾はあくまで囮です。同棲している異世界人をおびき出すためのね。それで、残りの二人については霧奈さんと春子の化学班を使って封じ込める段取りでいます。あの二人は非常に重要な存在ですから。
それで彼の両親なのですが、春子の管轄地域で昨晩通報があったので確保しました。したんですが……」
一輝が口を濁していると、霧奈は飄々としながらもどこか圧のある声色で「勿体ぶらないで」と言い切った。
「様子がおかしいんです。指紋や血液から採取した遺伝子情報など様々なデーターと照らし合わせても、確かに『雪下 瑞穂』と『雪下 正樹』なのですが、二人とも自分のことを旅客機墜落事故の犠牲者の名前を言うんです」
「なにそれ。雪下家はあの事件には関係ないでしょ? 捕らえる際にやりすぎて頭がイカれちゃったんじゃないの?」
「いいえ。彼らの証言は生存者の証言や当時の記録と合致するんです。表沙汰になっていないことも全て言い当ててます。とても適当に言えるような中身じゃありませんよ。
こういうことも踏まえて、雪下 龍吾と同棲している二人が他の異世界人よりも重要視している理由です」
いたって真面目に答える一輝に、霧奈は非常に興味深そうに口角を吊り上げて頷く。
霧奈の質問に答えた次には、蛍から「私からもいいですか」と声を上げた。
「秋子の情報によると、上用賀には少なくともこのアーク森ビルで戦っていた詳細確認中の二名の他、同区の喫茶に二名異世界人と思しき人がいると聞いています。それに、青山一丁目の孤児院においても、同じく一人確認出来たとのこと。そちらの方は手をつけないのですか?」
雷花と月島、鴉と単。そして弓張の情報も、皇護隊には漏れなく届いている。彼らをみすみす見逃すなんてことは、間違ってもあり得ないことだ。
一輝は「規模は小さくなりますが同時進行で調査、確保を行います」と簡潔に答えた。
「では、同じく上用賀で目撃された他の異世界人四名【冥、風華、晶濟、八千慧】は? こちらは今現在情報がなに一つ入ってきていませんが」
「蛍さんが知りたがっている四人に関しては、現在行方が分からない状態です。最後に四名の姿を捉えた付近を捜索しましたが、痕跡が何一つ残っておらず、探そうにも探せない状態なのです」
一輝の答えに蛍の顔が少しだけ曇る。
天月人は四季皇護隊にとって国家の安寧を揺るがす脅威である故に、一人として残してはならない。
しかしそれと同時に地球外からの世界から来た存在であるならば、異世界からの情報や技術を全て自分たちのものにしたいという野心もある。
アメリカ、ロシア、中国、インドなどの名だたる大国はもとより、世界中の誰一人として持っていない情報と技術が手に入れば、永劫ともいえる覇権が約束される。
それ故に角首たちは、是が非でも天月人を一人残らず捕らえて自分のモノにしたいという目に見えない野心を、各々の中で轟々と燃え盛らせている。
しかしその野心を型作る要素の中には、龍吾という存在はいない。ただの人間である龍吾なぞ、彼女たちからすればどこにでもいる人間と大差ないからだ。
たとえ狂奔の勢いに任せて武装した天月人を相手に無双したという功績があっても、この場にいる全員からすれば扱いも意識も格段に低い。
「期間は三週間。絶対期間であるためにそれ以上の例外はありません。すでに総理大臣からは衝突を想定して超法規的措置の認可を出しており、各省庁、各機関も全面協力をするとのこと。国家の安泰のため、早期の解決と事態の終息を目標に努めるように」
一輝が締めると、蛍と霧奈はそのまま無言で立ち上がって広間を後にした。
残った秋子と春子は無言で向かい合っている。
「トップバッターは秋子からのようだけど、どうやって彼を揺さぶる気?」
「彼は以前、彼の祖父から押し付けられた一億近い借金があった。二人の異世界人と会うまではお金にとても苦労してたようだから、まずはカードをあげてみましょう。彼は祖父の雪下 浩二と違って散財癖はなさそうだから」
「カード……果たして上手くいくかしらね。私は交渉事態徒労に終わると思うわ。最初から三人とも確保すればいい話なのよ。慎重も度を過ぎれば悪手だと政治家が表立って実演しているのに、どうして私たちがその二の舞をやらなければならないのかしら」
悪態をつく春子の傍で、今し方司会を務めた一輝が苦い顔になる。
秋子の隣にいた付き人『銀杏』が察して春子を嗜めるが、春子は頑として撤回する素振りを見せない。
秋子は依然として表情を変えず、光のない冷たい目で春子を見据えて淡々と話す。
「いずれにせよ、もう事は動き出している。ならばもはや動くだけ。私の方で報道機関の口を封じてはいるけど、長くは保たない。他の国が気づく前にこの問題を私たちで片付けないと」
「ええその通りね。秋子、くれぐれもしくじらないようにね」
秋子は無言でうなずくと、踵を返して広間を後にした。
一輝と春子だけしかいない広間で、春子は不敵な笑みを浮かべる。浮かべた笑みが見据える先は、スクリーンに映った龍吾と輝夜と雛月。
三人の知らないところで日本の闇が密かに動き出し、暗く冷たい牙が剥かれた。




