雷の花
壁にポッカリと空いた穴を見ながら、雷花は大きな息を一つ吐いてその場に膝をついた。
魔力はまだある。電力もまだある。しかし本人の体力は限界だった。
『生徒のため』という彼女を動かす原動力は、まだ膨大な熱量を持って彼女を動かすも、内外からの負荷に体が耐えれるほどではなかった。
うつむいた目の光が、外からの光に負けそうなほどに消え入りそうになると、急に彼女の目に生気が輝いた。
(いけない。ここで私が倒れたら、龍吾さんの身が危ない。私の、生徒に対する思いは、こんな程度で止まるのか)
自らを奮い立たせて顔を上げると、背後から怖気が立つほどのザワつきを感じ取った。
雷花が振り向くよりも前に黒月に蹴飛ばされると、後頭部を掴まれ、床へ思いきり顔面を叩きつけられた。
三度叩きつけられると、今度は執拗なまでに踏みつけられた。
無造作に踏みつけられる度に、顔面からから血が噴き出す。
微動だにしない表情で足下の雷花を見下しながら一撃を加えようとすると、雷花の体からなんの前触れもなく雷の爆発が起こった。
高電圧の爆発は、周囲の照明を瞬時にショートさせ、爆心地にいた黒月は通路奥の会議室の扉を豪快に破壊しながら吹っ飛んだ。
鼻血を流しながら立ち上がる雷花は、やられっぱなしの状態で堪忍袋の尾が切れたか、涙目ながらも激しい怒りの表情を浮かべていた。その流れは、奇しくもオダマキと雷花が一対一で戦ったときと非常に似ていた。
一方、やはりというべきか吹っ飛ばされた黒月は、平然と立ち上がった。
雷花の元に歩いて戻りながら、胸元に付けられた工具収納パーツのところから黒の凝縮を取り出すと、おもむろに雷花へと向けた。
雷花に向けらえれているものを確かめようと、無防備にも向けられた手の方を凝視していた。
すると、暗がりの中から閃光が弾け、湿ったような発砲音が鳴った。と、同時に雷花の左肺にビー玉ほどの大きさの穴が開いた。
そこで雷花は、黒月が手にしていたものが銃器の類だと理解すると、ご名答と言わんばかりに込み上げた血を吐いた。
ハンマーが空撃ちをするのを見て、黒月はリボルバーを雷花に向かって放り捨てると、合わせてワープの能力を使い、今度は雷花の目の前に現れた。
槍の手が振り上げられ、雷花の頭を穿とうと振り落とされる瞬間、雷花の周りで青白い粒が回りながら集まり始めた。
黒月が異変に気づいたときには遅く、その階だけ白昼のように真っ白な輝きが外まで漏れると、雷花のいるエリアの窓が全て割れるほどの爆発が起こった。
上品な雰囲気に作られたエリアは、小さな電気があちこちで走り回る、廃墟同然の状態に成り果てていた。
荒い息の雷花は、手から細長い電気を出すと、磁力のように操って体内の銃弾を無理やり外に出した。
喀血する雷花の前方で、足音が向かってくる。
黒月は電気の攻撃を立て続けに受けた影響か、顔が痙攣を起こしている。それでもなお無表情の黒月に、雷花は取り出した銃弾を手のひらに浮かせて睨みつけた。
「どうして倒れない? と、思っているでしょう。なんでまだ生きている? と、思っているでしょう。ええそうですよ。私は倒れません。死ぬわけにはいきません」
血痰を吐き捨て、片手で鼻血を吹き出すと、再び体の周りに青白い電気の粒を集め始めた。
「それが、私の使命ですから」
一つ呼吸をすると、雷花の心中を表すように、激しい稲光が辺りに迸り、髪は真っ白に輝いた。
「私は教師だぞ。生徒を守るためなら、神だって殺してやる!」
手のひらに浮かんでいた銃弾が真っ白に発光すると、爆発音とともに黒月へ即興の電磁弾が放たれた。
だが黒月はあろうことか、音が響くコンマ一秒前に、弾丸の軌道上から身を低くして弾丸を回避した。
驚きと、予想通りの半々を混ぜながら、雷花は向かってくる黒月と再び激突した。
振り上げた槍の手は、床を易々と貫くほどの勢いで振り下ろされた。
雷花は即座に両手両足に電気を帯びさせると、矢継ぎ早の攻撃を繰り出した。
攻撃の仕方は相変わらず素人そのものだが、壁や床に攻撃が当たると砲丸が落とされたようなへこみが生まれ、仕切りガラスは砕け散って壁に刺さるほどだった。
拳と蹴りを織り交ぜた攻めを続けるも、黒月は一向に怯まない。わずかな隙を見出しては着実に攻撃を当てている。
黒月の胴体目がけて雷花が蹴りを放つが、黒月はその攻撃を敢えて食らって足を掴み、軽々と振り回して壁にぶつけた。
息が一瞬止まった雷花へ、黒月の蹴りが追い打ちをかけてくる。
部屋を隔てていた壁が破壊され、雷花が隣の部屋に転がりこむと、黒月は息つく暇さえ与えずに雷花の顔面を鷲掴み、頭部を壁へ叩きつけた。
お返しといわんほどのブローやひざ蹴りを与え、その度に雷花の背後にある壁がヒビ割れていく。
雷花の目は焦点が合わなくなってきている。そんな中で、どうにか片目だけ黒月の方を捉えると、口内に溜まった血へどを吐き出し、黒月の煌々と光る白色の目に当てた。
攻撃の手が止まったスキを見逃さず、片足で黒月を押し出すと、雄叫びを上げながら黒月へ反撃をした。
窓の外で光り輝く夜景を背景に、白の残光を放つ影が縦横無尽にせめぎ合う。
壁や床、ガラスの破片が周囲に飛び散らかり、轟音を立てて室内が荒らされていく。
フロアや廊下を隔てる壁は何の意味もない。ぶつかった次には粉々に砕け散る。
雷花の正拳突きが黒月の胸部に食い込み、部屋を破壊するだけで止まらず、廊下の壁に盛大なへこみ跡を付けて止まると、またとないチャンスを逃さず猛ラッシュを仕掛けた。
殴る蹴るの嵐の中、黒月は立ち上がりながら割り込ませるように蹴りつけ、無理やり攻撃を止めさせた。
倒れ込んだ雷花は傍にあったイスを掴んで投げつけるも、黒月は片手で払いのけながらつま先で蹴った。
鋭い一撃が雷花の胸部に食い込み、大理石で作られたテーブルにのけ反るような形で起こされると、またしても頭部を掴んでテーブルに叩きつけた。
追い打ちの拳を振り上げ雷花の頭部を砕こうとしたが、振り下ろされて砕かれたのは、下にあったテーブルだった。
すんでのところで強引に顔を動かしたために、難を逃れたのだ。
雷花が両手でガッチリと掴んでいる黒月の手を握ると、静電気の走るような音が鳴った。
それと同時に、黒月の腕が突如痙攣をし始めて掴む力が弱まると、黒月へ飛びかかって押し倒し、強引に引き起こすと、帯電して白く輝く右腕で思い切り殴った。
派手な音を立てて壁に激突すると、雷花は濁音のついた雄叫びを上げながら体を白く発光して電気の体へ変態し、黒月を掴みながら突進した。
電気そのものとなった雷花の突進はフロアだけでは止まらず、廊下を隔てた先にある大理石でこしらえた会議フロアまで一気に押し出した。
体勢を崩して倒れた黒月に、フロアがはっきりと照らされるほどに光って帯電した両腕を使って、殴りつけていく。
落雷の如き爆音を鳴らす攻撃は、大理石で出来た床を呆気なく崩壊させるほどで、黒月は下の階へと落ちていき、エントランスフロアにはポッカリと穴が口を開いていた。
神々しいほどに白く輝く雷花の体が、その終わりを告げるように明滅し始め、頼りないほどに弱々しい光へ落ち着くとその場に崩れ落ちた。
(まだだ。まだ……私は……)
虫の息となった雷花は、一寸先さえ見えない下の階をボウっと見ていた。
そうしていると、奥の方から重々しい足音が群れを成して雷花の方へと向かって来た。
何事かと雷花がゆっくり音の方へと顔を向けると、全身をアーマーで固めた金満の部下たちが「あそこだ」「始末しろ」と掛け声を掛け合いながら、雷花の方へ各々の武器を実体化させて来ていた。
肉弾戦を行う体力はないものの、雷花は兵士たちの全身がびしょ濡れになっていることに気づき、ふらつきながらも立ち上がって人差し指を立たせた。
「そんな状態で私に向かって大丈夫ですか? やられに来ましたと言っているようなものですよ」
指先に毛ほどの雷が回っている。
兵士たちは頭上で点滅し始めている照明には目もくれず、弱り果てた獲物を屠ろうと向かってきている。
指先の雷が密集し、爪楊枝のような光の柱となった瞬間。
兵士たちの頭上から、出力を大幅に上回る電気が一瞬で身を貫いた。
恐怖を感じるよりも前に、脳からの信号が体の隅まで行き渡るよりも前に兵士たちの命は弾け飛び、魂無き体は突っ伏すように倒れて、二度と起き上がることはなかった。
それでも奇跡的に生き残った存在はいた。
超高圧の電気を受けたこともあって覚束ない足取りではあるが、手にした可変式の銃を剣に変形させ「この墜人め」と、天月人にとっては最大の侮蔑的な言葉を吐きながら、剣を振りかざした。
その時、兵士の背後に何の前触れもなく黒月が現れ、兵士もろとも雷花の胸部を槍の手で突き刺し、軽々と頭上へ持ち上げた。
不意打ちを食らった兵士は、唐突の出来事に苦悶の声を上げ、雷花の顔も苦痛に歪む。
すると、突き刺している手の力が外側に向けられた。
その感覚を感じた雷花は、ギョッと目を見開き、残された僅かな電力で全身を電気に変え、黒月から離れた。
直後、突き刺していた槍の手がアーチを描き、兵士は文字通り真っ二つになって床に投げ捨てられた。
兵士は、あり得ないところに分かれた下半身を見て「体が、体が」と絶望して喚き、やがて静かに眠った。
沈黙を見届けた雷花の顔に、魔力が枯渇間近であることを警告する黒いヒビが、氷の割れたような音を立てながら現れた。加えて彼女の体力はもうない。その反対に、黒月は未だ何食わぬ顔で立っていて、黒いヒビも全くない。
ここで雷花は、黒月の持っている終符が、最終奥義でありながら魔力の消費が少ないということを察した。
フロアにあるだけの電力を、体へ再充電して戦うためには時間が足りない。根気だけで戦っても、相手は依然として健在であり、いつ倒れるのか分からない。
ボロボロで、魔力も体力も残り僅かな体で、雷花の体が恐怖によって目に見えるほどに震え、目が潤い始めている。
震えた手でゆっくりと立ち上がると、微かに嗚咽を漏らしながらボクサーのような構えをして、黒月の前に立ちふさがる。
恐怖はあっても、彼女には逃げる選択肢なんて最初から無い。
無表情の黒月は歩きながら近づき、雷花は叫びながらストレートを繰り出した。が、それは黒月に呆気なく片手で捉えられ、代わりに槍の手が先ほど刺し貫いた部分をもう一度刺した。
血を吐きながら叫ぶ雷花を、黒月は髪を掴んで床に叩きつけると、一対の槍の手でメッタ刺しにし、空いている両腕で殴りつけた。
甲高かった叫びも徹底した刺突と殴打で、どんどん小さくなっていく。
ボロ雑巾のようにボロボロになった雷花を見下しながら、強化窓ガラスに片手で投げ飛ばした。
自力で起き上がることすらままならず、首を鷲掴みにされると、真っ赤に染まった槍の手が顔面に向けられた。
漆黒に輝く右目が無機質に雷花を見据え、トドメを刺そうとしたとき、黒月の肩に手が強く置かれた。
強引に振り向かされると、黒月の顔を何者かが殴りつけた。
その威力は、一撃で黒月の姿勢を崩すほどの威力だった。
殴った相手はすかさず引っ張って起こさせると、隣の強化ガラスへ移動させ、ヤクザキックで黒月を窓の外へと蹴り出した。
光に煌めくガラス片も、彼方の夜景すら塗りつぶす黒が、ほんの少しだけ宙に停滞し、目線から消えた。
「貴女は、確か……雷花さんでしたか? どうして貴女がここに?」
走り寄ってきた聞き覚えのある声に、うつむいていた雷花の顔が安堵に緩み「雛月さん」と言いながら顔を上げると、そこにはオダマキが立っていた。
途端、雷花の顔が真っ青になり、フロアに響くほどの悲鳴を上げた。
オダマキとの勝負では結果的に勝ったものの、黒月とは異なって痛覚があり、力が強いだけで初符や終符といった能力もない相手なのに、勝利への執念だけで何度も立ち上がったオダマキは雷花にとってトラウマ級の存在だった。
そんなオダマキは雷花に対して敵意はないものの、平時から猛禽の如く鋭い目つきでいるためにどうしても誤解されてしまう。
困惑している雛月が怯えきっている雷花の元へと寄ると、雷花は瀕死の体とは思えないほどの速さで雛月の背後へと回った。
それを察したのか、雛月はオダマキを引っ込ませると、雷花は今度こそ安堵の息を大きく吐いてわあわあと泣き出した。
「あの……大丈夫ですか?」
若干引き気味の雛月は、シラユリと共に回復に専念していた。
熱したフライパンに水滴を垂らしたような音と共に、内外の傷がみるみるうちに癒えていく。
嗚咽で途切れ途切れながらも、涙をぬぐいながら雛月へ黒月のことを話し始めた。
「雛月さん。気をつけて下さい、アイツは黒月。始末屋の黒月です。ヤツの能力は背中から一対の手を出すものと、顔を覚えた相手のすぐ近くに━━」
そこまで言うと、雛月の顔が強張った。
雷花の背後に、さも当たり前のように落下したはずの黒月が立っていたからだ。
頭部があり得ない速さで不規則に揺れると、一階にいたときに見せた構えをしようとした。
その動作に見覚えのある雷花は「させるか」と、大声で叫びながら黒月にタックルをしかけ、二人揃って外へと落ちていった。
「な、何をしているんですか!?」
状況が読めない雛月は、唐突な出来事に困惑しながら窓の外を見ると、抱きかかえられている黒月が、両手で縦長の四角の枠を作り、そこから雛月を覗き見ているのを見てしまった。
すると、雷花が抱きかかえていたはずの黒月は一瞬で跡形もなく消え、雛月の背後に立っていた。
ビルの下から電気の弾ける音を耳にしながら背後にいた黒月に気づくと、窓枠に足を引っかけて姿勢を崩し、背中から外へと落ちていった。
地上から吹き上げる風が轟々と雛月の耳を揺らし、体と同じ長さをもつ髪が炎のようになびく。
秒の速さで体は地上へと落ちていくが、雛月も黒月も恐れは一切なかった。
雛月が指を鳴らすと、彼女の体が水泡に包まれて落ちる速度が緩まり、黒月は槍の手を壁に突き刺して速度を落としていた。
壁が歪な縦一文字に削られていき、時折火花が吐き出されている。
おおよそ五階ほどまで落ちると、黒月が雛月目がけて飛びかかってきたが、水泡は滑らかな動きで折れ曲がり、そのまま黒月が先に地上へと落ちていった。
(彼女の能力は、距離に関係なく瞬間移動するようなものと思われますが、連続での使用は出来ないみたいですね)
黒月の能力をすぐに見抜いた雛月が静かに着地すると、広場は真っ昼間のように照明が輝き、アーチ状に象られたドームの下には、再充電が完了し、周囲に無数の電気を迸らせ、髪を真っ白に発光させた雷花が立っていた。
前方に雛月。後方は雷花という板挟みの状況下でも、黒月は何一つ表情を変えない。
背中の槍の手を、さながら動物の威嚇のように左右へ広げると、それまで散々いたぶってきた雷花には目もくれず雛月の方へと走り出した。




