表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/116

 輝夜を引きずりながら、黒月は胸に付いた七角形のパーツを、軽く押して展開させた。錆びついた歯車が長年の時を経て動いたように、軋んだ音と小さく電気が走る音を不規則に立てて、途中でパーツが壊れ落ちながらもパーツは展開した。

 ノイズが激しい映像には、『計画変更と指定座標への移動』が、一向に安定しない青白く光る映像に書かれていた。

 黒月が座標までの道のりと、指定された建物の名前を確認すると、ノイズが一層の激しさを増して映像が途切れた。黒月は壊れて動かなくなったパーツを無理やり押しこむと、辺りを見渡し、目標に目をつけるとそこに向かって行った。


 ※


「━━えぇ、はい。先ほど家族にも電話をかけましたが、大丈夫だと言っていました」


 タクシー内で運転手は、無線越しに本部へ報告を行っていた。

 時が止まっていた道路や建物からは、次第に動きが出てきて、遠くからは救急車やパトカーのサイレンがあちこちで鳴っている。

 道行く人は、先ほどの異常事態が嘘のように平然と歩いている。大方はスマートフォンを片手に、家族や恋人。あるいは会社の方へと連絡しているのが大半だが、緊急事態をあまり想定していない通信施設はあっという間にパンクしてしまい、電話やメールが使いものにならず、歯噛みしている人もちらほらと見られた。

 そんな中この運転手は、他の人々が目覚めるより早く電話を使えたために、電話が使いものになる前に家族の安否が確認できたということであった。

 特殊な無線通信を使うタクシーは、パンクした通信網をすり抜け、本社や同業者への通信を可能にしていて、本社に報告をしていた運転手は、事の経緯を話していると、バックミラーに映る人影を見かけ、通信を切った。

 後部座席の扉が自動で開き、客が乗るのをミラー越しに見ながら待っていると、乱暴に重量のある何かが放り投げられた。

 運転手が驚いたのもつかの間。今度は車内に焦げついた臭いと、わずかな鉄の匂いが充満した。

 何事かと思い後部座席の方へ振り向くと、そこには黒焦げになった女性が横たわっていた。運転手が悲鳴を上げると、助手席の扉を当たり前のように開いて黒月が座った。

 とっさに非常灯を点けようとするが、運転手の喉元に背中から伸びた鋭利な刃がつけられ動きを止めた。恐怖で身動きも声も出ない運転手の方へ、黒月がゆっくりと顔を向けると、ただ一言だけ用件を伝えた。


「あーく森びるに向かえ」


 背中から出ている筋繊維がむき出しになった槍の腕。半壊した黒い装甲。悪霊を思わせる黒一色の眼が、人外の者であることをイヤでも表していた。

 逆らえば殺される。ほんの少しの抵抗も許されない。人間として、生物としての本能が第六感に警鐘を鳴らし、運転手の片手はボタンからカーナビへと向かった。

 運転手を見る目がより一層の冷たさを増して、刃が少しづつ喉へと食い込むと、発狂したように「行き先を入力しているだけです」と喚いた。

 黒月は一瞬たりとも目を離さない。運転手がナビに行き先を入力すると、柔らかな女性の声がナビから発せられ、タクシーは颯爽と走り始めた。


 ※


 ━━時は彩、舞浜、黒月が地球に向かった後へとさかのぼる。

 資料を片手に意気揚々と政法殿(せいほうでん)に向かった金満(かねみつ)は、国議室へと足を運んだ。

 室とは言えど、内部は海の中を思わせるように開放的で青く、広い。天井は反って仰いで見れるほど高く、水面を模した大小の円が景観を損ねないよう、多すぎず少なすぎずの量で、中央の議論場を見下ろせられるように囲む形で設置されている。

 大小の円は通路と席に分かれている構造となっており、真ん中の通路を挟んだ両隣は、若手の議員、記者団、観衆の傍聴席となっている。

 四方から伸びる橋を渡った先に、巨大な丸い島の形をした議論場は浮かんでいる。湖面に浮かぶ島は、与野党の座る四重の階段型の席がなだらかに並び囲んでいて、中央では代表同士が一対一で対話する一本の道が伸びている。両脇には半円の形をした、各々の資料をホログラムの映像として映し出す装置が、床のレイアウトを損なわないように自然な色合いで設置されていた。

 そんな広大で、一般の観衆も多く見物できる国議の場は、神無(かんな)の恐怖政治を恐れて、平日休日問わず観衆はもとより与野党を含んでも、片手で数えるほどしかいない、がらんどうの間となっていた。

 政治家たちは、命惜しさに大半が亡命し、残った政治家たちも当たらず障らずといった感じに、神無の顔色を伺いながら政治を運行する傀儡(かいらい)に成り果てていた。

 今日も例外ではなく、金満が出席した時には、神無も含めて計七名しか議論場にはいなかった。

 ところが傍聴席はその何百倍もの数でひしめき合っていた。その大半は記者団でごった返し、一般人は見渡す限りでは見られない。

 天井の方から記者団のささやき声や、機器を用意する音から電子音まで、様々な音が入り混じって降ってくる。

 政治家たちはもの珍しげに周囲に目を配るが、議席に座る神無はさほど関心はないように、むしろ退屈と言わんばかりに頬杖をついていた。

 まもなく国議が始まるその前に、自信に満ちた顔で議席に座ろうとした金満に、神無が呼び止めた。「なんでしょうか」とニヤついた顔を向ける金満に対して、神無は冷然とした表情を向けていた。


「あの記者の群れは、貴様が呼んだのか」


「左様でございます。理由は追って伝えますので、ご安心を」


 神無の目に慈悲の光が無くなっていくのを、金満が見届けると同時に国議の始まりを告げる、ソナーのような音が三度、国議室に響き渡った。

 記者たちの目が一点に向けられる中で、金満は室内にこだまするほど高らかに声をあげた。


「お集まりの皆さま。ご多忙の中、お招きいただいたのは他でもなく、神無様。……いえ、神無の暴政まかり通るこの世に、終わりを告げさせるためでございます」


 大きなどよめきと、それぞれの機器から鳴る撮影音が、雨あられに降りそそぐ。

 命知らず。愛与(あいよ)は免れない。気でも狂ったか。正気の沙汰ではない。記者団たちは金満の行動を、赤の他人といえど自分たちも巻き添えを食らうのではと、恐れの面持ちに染まっていった。

 記者団たちが震えている中、神無だけは何の反応を示さず、金満の方をつまらなさそうに見ていた。

(動揺を押し殺しているのか)と言いたげに金の扇子を口元に広げ、余裕の表情に若干の曇りを表すと、それを拭うように軽く咳払いし、自論を再開した。


「神無が犯したこれまでの暴力政治は、全国民が既知のこと。己の力と権力で全てをねじ伏せてきた。だが、いくら独裁者いえど。いくら自分の横暴がまかり通る世の中にしても、国民は決して許しはしない。禁忌の宝具『神逆器(じんがっき)』を探させ、国民の血税を私利私欲に使うともなれば!」


 劇団俳優さながらの前置きを言った後は、左右にある半円の装置が青白い光を放ちながら、ホログラム映像が金満の改ざん資料を全て映した。

 資料は記者団の端末でも確認できて、一同がその内容を確認すると、どよめきは一層大きさを増した。


「一つは神無の下、秘密裏に行われた『神逆器』の探索。資料、計画書のみならず探索費などの諸費も全て政法殿からの支出となっている! 更には探索に当たった人材に至っては、出所時の保証を約束すると言った記録まである。月界において神逆器の探索は、いかなる理由も認められない大罪である。だが、神無は自らの特権を利用して、禁忌の力を手にしようとした。暴力の上に暴力を重ねるための更なる力を得ようと!」


 金満の一言一句。映像に掲示される書類が出るたびに、記者団からはシャッターの音と同じほどの驚嘆と困惑をふくんだ声や、ため息を出していた。

 記者団たちを心を掴んだ金満は、続いての資料を発表した。


「二つ目は、国民の血税を秘書への賞与として、額にしておおよそ二千万【日本円で二億】。神無の政党口座に移っているのは一体どういうことか!」


 記者団の席からは、端末からのシャッター音が絶え間なく鳴り響く。愉悦の表情を浮かべる金満は「これだけではない」と一括し、次の資料を映像に映した。


「月界に軒を連ねる財閥から多額の献金が、あろうことか神無の私物口座の方に入金しているではないか! 血税の私物化! 財閥からの多額の献金受領! 武力、権力での恐怖政治に乗じての違法行為! これは到底見過ごせることではない! この不祥事、どうお考えか!」


 金満の追求に記者団からは、本来の仕事を忘れて演劇にのめり込む観客同然となっていた。映し出される数々の証拠映像が切り替わるたびに、席からは声があがり、端末にも送られてきた詳細なデータは記者団たちにとって、これ以上ない価値を持った情報だった。

 そんな記者たちを尻目に、用意していたセリフを使い神無へ追究をしようと、懐に端末をしまおうとした時だった。

 金満の端末に『神逆器の不正探索』『血税の私物化』『財閥からの献金』と今まで公表してきた情報に、もう一つのデータがあった。

靈光泉(れいこうせん)の課税制定』という名のものだった。

 金満はとっさに金の扇子で口元を覆い、どんどん熱が上がっていく歓声の下で、見たことも聞いたこともない情報に驚きを隠せずにいた。


 ━━『靈光泉(れいこうせん)』それは月界におけるエネルギーであり、月に住む者の。ひいては月の生命線たる動力源である。

 見た目は曇りない鮮やかな瑠璃色の水で、飲もうが触ろうが嗅ごうが人畜無害な水でしかない。しかしこの水は、成分を抽出しエネルギーに変える装置が一台あればほんの少量で。地球いうならばアメリカ、ロシアなどの巨大大陸の国家を、一世紀近くエネルギーに困らない未来を約束するほどのエネルギーを秘めた、夢のような水なのだ。

 月界ではこの生命線が絶たれることは、すなわち一国が丸々死滅する事態となり得るので、万国万人に平等に無償で供給されていた。その供給源は工作員やスパイなどの脅威に晒されることを考慮し、長年秘匿のベールに包まれていた。

 それが神無に見つかり、神無の手によって無償で供給されていたエネルギーに課税が決定されるとなれば、月界は完全に手中におさめられ、国を滅ぼすか否かを彼女一人の機嫌次第で決まる世の中になる。

 神逆器の探索や、血税の私物化、献金のスキャンダルよりもはるかに重大なことで、前代未聞の出来事である。

 だが、金満はこれを知らない。今さっきまで三つしかなかった資料に、いつのまにか身に覚えのない資料が加わっていたことは、彼自身も予想外の事態だった。だったが、ほんの少しだけ考えて金満の顔は、またとない追い討ちの種が舞い降りたことにほくそ笑んだ。

(ホオズキのヤツめ)と心中で言ったようにも思えたような笑みだった。あれだけの口の悪さで対応はするが、その実、裏ではとっておきの大事を隠し持っていて、国議の途中でひっそりと送り、追い風を吹かせていたのだと。金満はあのぶしつけで乱暴なホオズキに、国議が終わった後に巨額の報酬を喜んで与えようと思いながら、「そして極め付けの横暴はこれだ」と言いながら、最後に送られてきた資料を映像に映した。


「我ら天月人の生命線たる靈光泉に課税を制定し、独占しようとしていること。この許されざる空前絶後の大不祥事、到底許されることではない! 神無! 貴様の横暴の数々、我々が納得のいく説明をしてもらおう!」


 金満は劇の主役じみたセリフを言い終えると、記者団のいる席からはシャッター音の豪雨に混じって、室内が震えんばかりの歓声が上がった。

 恐怖政治を地で行く神無の横暴で、国民の我慢は限界に来ていた。記者団もまた同じ。月界に住む国民の一人として、日々の取材は些細(ささい)なことでも、緊張の糸が絶えず張り巡らせられていた。いつ、誰が、どこで自分の命を奪うかも分からない日々からの脱却は、武力による反逆では勝ち目のないものであっても、権力者の数々の不祥事。ましてや他の月界にも大きな影響が出るものが発覚したなら、他国の総主【大臣のような存在】からの追究から始まる数々の追究で、大きな勝算が見出せた。

 そしてようやくその日がやって来て、神無の逃げ場のない不祥事の追求は、神無の逆ギレによる暴走か、屈服しての辞任に追い込めると、誰もが思っていた。

 ところが、神無は映された映像に動揺することもなければ、そもそも始まりの時からの表情や態度が全く変わっていない。

 頬杖をついたまま金満をただ退屈そうに見ているだけで、記者団からのシャッター音や歓声が、神無の動揺を見せないことからくる不安の雲を漂わせて鳴り止むその時まで、何も言わず、何もしなかった。

 やがて国議室に神無が鼻で笑う音が、不気味なくらいに響き渡るようになった頃「話は終わりか」と金満に尋ねた。


「……な……は、話は終わりか、とは……。こ、この期に及んで開き直るつもりか!」


「開き直るも何もない。そもそもお前は一体何を言っているのだ? まさか、多忙の身である私に『嘘の追究』をしたいがために私を呼んだのか?」


 記者団からは、先ほどとは違ったどよめきが室内を駆けめぐった。金満の血相が引いていく中で、神無は不敵に微笑を浮かべた。

 その表情に、金満は心身を覆い尽くす恐怖を無理やりぬぐい「嘘の追究とは詭弁だ! この資料がその確固たる証拠ではないか」と神無を牽制したが、それはかえって神無の笑みを更に明確にするだけだった。


「証拠か。では私も、なぜ嘘の追究と豪語できるかの証拠を見せよう」


 神無が片手で指をはじくと、対面の間に二人の男性が登壇した。その二人を見て金満は、目が飛び出さんばかりに見開いた。

 それは改ざんに関わった『民事総絡院(みんじそうらくいん)』にいた猫背の男。そしてもう一人は、献金の改ざんに関わった超高層ビルにいた黒を基調とした背広を着た上役だった。

 どこの誰かも分からない記者団たちは、登壇した二人を撮影することも忘れて凝視していた。神無は「言え」と一言言うと、まず黒の背広を着た上役が答えた。


「私は、◯月の◯日、◯の曜日にテ、金満様から神無様を嵌め落とす策略ヲ提案されました。成功の暁にハ、『神瞳(かみ)』三十個贈与。政法殿からの墨付による二段昇進ヲ約束されマした。証拠はこちらノ書類に、ございます」


 所々で妙な発音をする男は、どこを見ているかも分からない虚ろな目で電子化された書類を映像に映した。

 そこには金満と上役が裏で手を結んだ証拠である、互いの指印が押された紙の書類一枚。筆跡されたデータのバックアップが一つ、交互に映し出された。

 当然のように記者団たちにもそのデータが行き渡る。どこかの記者が確認のために出した、政治家たちの筆跡、指紋のデータと照らし合わせた結果、金満のものと一致した結果を示す青い光が灯る。記者団からは困惑と驚き、失望の声が徐々に上がり始める中、猫背の男が続いて発表した。


此度(こたび)の神逆器探索の件は、金満様の、『神無の政権崩落』の名の下に行われました。探索にあたるために必要な資料、計画書は政法殿より()()()()、金満様からいただきました。部隊は我々の方で用意しましたが、探索費などの諸費は、政法殿経由で供給され、我々はその費用を神無の口座から出したように改ざんをしました。◯月◯日、◯の曜日から発見に至った◯月◯日までの費用を。なお今回の探索での逮捕者は、金満様から出所時の保証を頂いていています。その際の書類は電子化して保存しており、提供された資料なども同じく保存していました」


 次々と暴露していく男の一言一句に、金満の血相が引いていくと同時に裏切った二人に唇を強く噛んだ。

 上役の男はどこか上の空でものを言うのに対して、猫背の男は恨みつらみを晴らすようにしっかりと話しているようだったが、金満にはそんな微妙な違いは頭に入ってはいなかった。

 靈光線の件を追究しようにも、すでに金満を信じる者は誰もいなかったからだ。

 四つある内の三つが嘘であるということが、その日の内に加担者から暴露され、秘密裏に契約をした証であるデータまでもが出されれば、人間である以上、靈光泉の件も嘘であると思うのは必然の流れであった。

 怒号と罵声とシャッター音の雨が次々に上がり、金満は完全にパニックに陥った。そこに神無が「下がれ」と言いながら二人の男の間を分けて、金満の前へ歩いてきた。


「私の目を盗んで企てた策は大したものだ。私を揺さぶろうとした魂胆も褒めてやろう。しかしその計画はたった今水泡に帰し、貴様は私に虚偽の罪を被せようとした反逆者だ。これについてはどうお考えかな?」


 見下す神無の目が金色の光を宿し、片手に黒い魔力が渦巻く。与野党の議員は書類や端末を放っておいて足早に逃げ去った。

 悲鳴を上げながら腰を抜かした金満は、最後の抵抗といわんばかりに「私には政軍指揮権(せいぐんしきけん)がある」と言いながら、神無の確保と逮捕にあたるはずだった武装兵たちを呼び寄せる。が、神無の威圧感と「だからどうした」という不敵な発言の前には立ち向かう兵士たちも圧倒されて、誰一人として兵士としての役目を果たす者はいない。

 必死に周囲を見渡すと、警備兵を両脇に揃えた警備軍総隊長『(さく)』を目に捉え藁にもすがる勢いで助けを求めた。


「さ、朔! 警備軍総隊長! は、早くこの者から私を助けろ!」


 助けられる側であるにもかかわらず、命令口調での救援要請をした金満を、朔は蔑んだ眼差しで返して、金満にとっては死刑宣告に値する言葉を投げた。


「できません。僕は以前、確かに言いましたよ。今後、貴方の身に何が起きても、僕は助けない。と」


 反論できず歯噛みしている金満の前に、金色の眼光を輝かせ魔王然とした神無が見下ろしてきた。


「答えはそれだけか、反逆者め。貴様が成したその罪、命をもって償え」


 神無の声が怒号の嵐をピタリと止め、実体化した大剣をその手で掴むと、記者団たちは我先にと言わんばかりに逃げ始めた。

 金満も尻尾を巻いて逃げ出そうとした直前、登壇した二人の頭上に、黒いマントで全身を覆った何者かが、操り人形師さながら片手で二人を動かしていた。

 口には笑みを浮かべているが、それより上は透けていて見えない。金満の視線に気づいたか操られていた二人が崩れると同時に、黒いマントが室内に溶けて消えた。

「間者の仕業だ」そんな言葉を言うより前に神無が放った一筋の黒い光線は、金満の脇を断ち切るように放たれ、円形の席の一部を焼き切った。

 悲鳴と叫び声が響く中、神無は脇目も振らず逃げる金満を追いかけようとすると、朔が神無の前に立ちふさがった。


「そこをどけ、朔。反逆者に手を貸すつもりか」


「手を貸す気は毛頭ありませんが、ここでの暴走はおやめ下さい。記者団の方々が恐慌に駆られて出入り口に殺到しています。あれでは死人が出るでしょう」


 神無が一瞥すると、国議室にカメラや取材機器を向けている人は誰もいない。アリの巣に人ごみが殺到しているような絵図で、「早くいけ」や「そこをどけ」の怒号と悲鳴の合奏が奏でられていた。


「確かにそうだな。だが金満の所業は到底見逃せることではない。朔、お前の部隊を使い、金満を捕らえろ」


「……構いませんが」


「私は私で別件で用がある。捕らえたら一報を私に伝え、粛清の間に持ってこい。処分は私がする」


 普段の神無ならば悪鬼の形相で追いかけるはずだが、『別件』という言葉を残して神無は国議室を後にした。それが朔に、なにか得体の知れない違和感を覚えたものの、今は反逆者と犯罪者の二つの烙印を押された金満を追うことが最優先とみて、朔は黒い外套の内側から手のひらほどのリングを取り出し、親指と中指で左右のボタンを押した。

 カメラのレンズじみたホログラム映像と、月界を青の線で表した図が出てきて、そこに朔が命令を送った。


「警備軍総隊長より命を下す。逃走中の金満を追跡の後、逮捕せよ。負傷は最低限に(とど)めること」


 ※


 丸みとシャープな形状をおり交ぜた銀の車は、光の軌跡でできた高速道路を爆走していた。

 どこに行くという明確な当てはなく、後方からどんどん距離を縮める追っ手から、一歩でも多く、早く逃げることしか金満の脳裏にはないほどに焦りをあらわにしていた。

 すると前方から、薄いながらも赤い巫女服を着た何かが、フロントガラスをすり抜け、助手席に座った。

 所々が焼けて焦げついたホオズキは、しかし何食わぬ顔で軽口を叩いた。


「よう、順調か? 花火は派手に上がったぜ。見ろよこの格好。せっかくの服が」


「呑気なこと言っている場合か! ホオズキ、追っ手を倒せ。今すぐ!」


 怒鳴り散らす金満を一瞥してから、ホオズキは顔だけ後ろに向けて追っ手を見た。

 ざっと見ただけでも、空には無人の小から中型の、蝶ともカモメとも思える姿の偵察兼攻撃機。数はおおよそでも三十から四十。

 道路からは兵士五十人を輸送できる、超小型の空母を模した兵員輸送車が四台。

 前衛には飛行用の装甲を付け、銃火器を装備した兵士が約十人。サイボーグ型の軍犬六匹。金満の車めがけて距離を詰めてくる。


「いや無理だろ」


 当然な答えに納得できないパニック状態の金満は、声を荒げてホオズキを責めた。


「何が無理だ! やってもいないことを早々に諦めるな!」


「無理なものは無理だ。一矢報いるどころか、出た瞬間にくたばるのがオチだろうよ」


「お前は精靈だ! すでに死んだ身なのだから、何回死んでも蘇れるだろう!」


 ホオズキがはっきりと聞こえる舌打ちを打つと、不意に片手で自らの左肩を叩いた。金満が隣で苛立ちながらホオズキを呼ぶもしばらくの間反応せず、おもむろに目を開けると「自動運転に切り替えろ」と指示を出した。

 唐突な指示に頭が回らない金満をよそに、ホオズキは「死にたいのか」と脅すと金満はすぐさま自動運転に切り替えた。

 立体的に浮かんだナビ映像をホオズキがいじくると、指定した行き先に金満は何度目かの血相を変えた。


「なぜそこに行く?! 私を差し出すつもりか!」


「黙って言うとおりにしな。あと、合図を出したら耳と目を塞げ」


 訝しむ金満をよそに、ホオズキは長方形の黒い小筒を一個出した。小筒は溝があり、浮かんだ四角形の中心にはBB弾ほどの大きさの穴が空いている。先端にはライターのフリントと、やや下に手榴弾の安全ピンらしきものが垂れ下がっていて、ホオズキはフリントを親指で回し、その勢いでピンの輪っかに引っかけた。人差し指と中指でピンを引っかけた親指と一緒に小筒を押しているとピンが外れ、小筒が落ちそうになったところを薬指と小指で器用に受け止めた。

 車の窓を少し開けて、捨てるように放り投げると「塞げ」と金満に強く言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ