再起の光
今回の話は字数が多いので、お時間のあるときに、じっくりとお読みいただければ幸いです。
死にたくない一心で言われた通りに目をつぶり、耳を塞いだ。
しかし、現実は彼の予想をはるかに超えていた。
目をつぶった黒一色の視界に、暴力的なまでに眩ゆい白一色が、網膜全体に叩きつけられる。
外の様子も同じで、世界が白に塗りつぶされ、前方はおろか自分の身体さえ見えなくなった。
その後から遅れて金属同士がこすれ合う音、または黒板を爪で引っかいたような、人間にとっては不快でしかないノイズが遅れて鳴り始めた。
両耳を手で塞いでいる金満の顔は苦痛にゆがみ、今にも倒れこんでしまいそうな状態だった。ホオズキも気分のいい表情とは言えない面持ちだが、後方の様子を見て口元に笑みを浮かべた。
空を飛ぶ無人機と、飛行用の装甲をつけていた兵士は、発せられた閃光か、あるいはノイズの影響か、もしくは両方か。規律よく飛んでいた兵士と無人機は、バランスを崩して衝突をしたり、墜落をして再起不能の状態になった。辛うじて残った兵士はその場で急停止して、過ぎて行く景色と一緒に置いてけぼりになった。
道路の方では、兵員輸送車が蛇行運転を始め、運転手の対処が追いつかず玉突き事故を起こした。
燃えあがる炎と黒煙をバックに追跡を止めなかったのは、サイボーグ型の軍犬だった。閃光は自らの装置で。ノイズは機械による自動対処をやめて、命令を遵守する生物として対処を切り替えた。
身体を構築する機械部分は、万全の状態に比べれば機能は著しく低下しているが、それでも金満の車に猛スピードで向かう。
車との距離を二台分まで詰めてきた時、不意に軍犬たちが前方から、わずかに目をそらした瞬間だった。
黒い一閃が身体を走り、ガラスの砕ける音が鳴った次には、駆けぬける軍犬たちの身体は左右に分かれた。
通信機能が失われている状態で唐突に起きたことに、軍犬たちは訳もわからず、最期の報告も送れぬまま後方に転げ回っていった。
その様子を上空から黒いマントで身体を覆った一人の女性が、微笑を浮かべながら消えた。
一発の爆弾と一人の援軍によって全滅した部隊をよそに、金満の車は空港へと向かっていった。
※
船艦離発着コロニーでは、一般の旅客船艦、商業船艦の渡航は、出航時間の延期か終日中止の報せが流れていた。代わりに停船していた中型戦艦は普通に出発をしていたが、それは国外に逃亡した金満を追うためのものであった。
強襲と捕獲の機能を持つ変形式の戦闘機が、無人の輸送車で自動的に戦艦へ収納されていく。各層では用意を終えた戦艦は、次々と離陸して月界の探索へと向かっていく。
コロニーのスタッフと一般客に混じって、兵士たちが自分の搭乗する機体へと向かう中、誰も見向きもしない『非常時以外立ち入り禁止』の電子文字と、扉に鍵のマークが中央に置かれている映像が表示されている室内に、金満とホオズキはいた。
外では雑踏とアラートが絶え間なく鳴り響き、戦艦が離陸する合図のひときわ大きなサイレンが鳴れば、その度に金満は身を小さく跳ねさせた。
「一体何があったんだ」とホオズキが聞くと、鬱憤を晴らすように事の顛末を話した。そして今に至る全てを話し終えると、ホオズキはポカンとした表情を浮かべていて、一回噴いたことでタガが外れ、開けっぱなしの大笑いをした。
事実が事実であるために、金満は八つ当たり気味に「笑うな」と怒鳴った。
「……ちょ、ちょっと、待ってくれ」
ツボに入ったのか金満のことを無視して、しばらくの間笑い続けたホオズキは「俺だったら今すぐにでも吊ってるぜ」と、未だ冷めない笑いをこらえつつ言った。金満はぶつけどころの無い怒りを内に抑えているような面持ちで、ホオズキを見ていた。
ひとしきり笑い終えると、ホオズキは一息ついて「それで、どうすんだ」と金満に尋ねた。
「黙れ! 今、考えているところだ」
「他国に亡命は無意味だな。すぐにでも神無が実力行使してくる。そうなると海か? 山か? まぁどっちにしても時間の問題だけどな」
「……お前は、一々癪にさわるのが得意だな……」
「お前の癪が多すぎるだけだ。それに俺は事実を言っているだけだぞ。そういうお前はどうなんだ? 神無の手が届かない所があると思ってんのか?」
「無いから考えているんだ!」
「じゃあ諦めな。月にいる以上、お前が殺されるのは、どうあがいても変えられねぇ」
無機質な室内の暗さと圧迫感がのしかかり、それを耐えているかのような声を出しながら、金満は頭を抱えた。
今や月界では、金満の虚偽がその日の内に暴かれ、現在も逃亡中である情報が瞬く間に広がり、逃げ道はどこにも無い。
月界にいる以上、今いる場所に隠れていようが、他国に雲隠れしようが、先に弓張を勧誘した時の、人の手が入っていない自然だけの世界の果てに逃げようが、結局は姑息な考えで、金満が神無の手で殺される時が少し延びただけにすぎない。
覆りようのない現実が目となり、考えれば考えるだけ渦の中へ飲まれて、正常な判断と考えが消えていく。
そこにホオズキが「これじゃあ服の仕立て代すら出ねぇんだろうな」と一人呟いた。それを聞いた金満は、ハッと顔をホオズキの方へと向けた。
「舞浜や黒月は、まだこの事を知らないよな?」
「アイツらが? 知るわけねぇだろ。今さっき帰ってきた俺でさえ、あんな風になったんだぞ?」
それを聞いた金満は、先ほどまで恐怖と焦燥で、いっぱいだった面持ちに、わずかな余裕が生まれたか、微かな笑みを浮かべた。
ホオズキは前後の流れと、金満の表情から察して「地球に行くのか」と問いただした。
金満は狂気に囚われたか、引きつった笑いをこぼしながら「そうだ、まだあるじゃないか」とひとり言をブツブツ言っていた。
「正気か」とホオズキが聞いている、聞いていないことは別として、特段驚いたわけでも動揺した感じでもない、普通の口調で問いかけると、金満はおもむろにホオズキの方へと振り向いた。
「正気だとも。月がダメなら地球に行けばいい。至極単純で、これ以上ない答えじゃないか」
「穢れた地だとか、罪人の地が云々言ってた星へ、命惜しさに亡命ってか。現金なやつだな」
「そんなものは私だけじゃない。人間なんていうものは、都合が悪くなればなるほど、途端に手のひらを返し、恥知らずな逃げ方をしてでも生き延びるものだ」
ホオズキの冷たい眼差しが金満にわずかに向けられると、「そうかい」と言って立ち上がり、多少のなりを潜めた扉の前へと向かった。
「地球へ向かう射出機はこの場所から離れた場所にある。走って行けば、まぁ、間に合わなくもないんじゃねぇか。そんな奇抜で目が痛ぇくらいの服着てりゃ、見つかる可能性は大きいがよ」
「知っているさ。だがホオズキ。そのためにお前がいる。先の追っ手に比べればここの連中なぞ、大したことではあるまい? それに……ホオズキ。お前のことだ。靈光泉のこともしかり、地球にはどこか身を隠せる場所も用意しているんだろう?」
ホオズキは扉の上に設置された電子案内板を無言で見上げていた。ホオズキの背後で、金満の着物がこすれ合う音がすると、ホオズキに向かって「さぁ、やれ」と命令をした。
ホオズキはスマートフォンほどの大きさの端末を金満に放って渡すと、黙って自分の武器を実体化させ、電子ロックがかかった扉を乱暴に突き破った。
雑踏と戦艦が出発する合図のアラート。機体の整備音がせわしなく、絶えず鳴り続けるコロニー内で、扉が破られた音は都合よく気づかれないわけもなく、その層にいた一同の注目の眼差しを一点に集中させる結果となった。
そうして扉の奥にいる存在に気づいた誰かが、「金満だ」と大声で言ったことを皮切りに、「警備兵に連絡を」「そこを動くな」「いたぞ! いたぞぉ!」と金満の存在を上下の層にいる者たちにも聞こえるくらいの騒ぎが起きた。
金満はそんな騒ぎをよそに、大の大人が入れるほどの巨大な竹がいくつも並ぶ、地球へ向かうための射出機めがけて全速力で走っていた。
その途中、地球にいた舞浜から通信が入り、雛月を始末した旨の連絡が入った。
金満は予定を変更したことを告げると、ホオズキが渡した端末内にあるデータを舞浜へと送った。
送信が成功したことを証明する画面が、端末に表示された時、背後から威嚇射撃と思われる電磁弾が、走り去った後に着弾した。あと一秒、あと一歩でも遅れていたら足に被弾して、逃げる事は不可能になっていた。
警備兵長と見られる人物が、なおも逃げる金満の後ろ姿を見定めながら、銃器を構える兵士に向かって発砲の許可を出し、人の後ろに回った。するとその場にいる兵士たちに混ざり、兵長の背後から誰でもない声が返事をしたことに気づいて、兵長が振り返った時だった。
死角から口を開いた銀色のサメが、装甲を身にまとった兵長の身体に食らいついた。
その正体は、ホオズキが持っている、普段は二つのノコギリにも似た大剣を合体させ、さながら銀色のサメを思わせる武器だった。
突如背後で起きた兵長の姿を見て、一同の対応が遅れた瞬間を、ホオズキは見逃さなかった。
食らいついて離さない兵長を、兵士たちへ投げ飛ばすと、ただでさえ予想外の事態が起こり、脳内の処理が追いつかない兵士は、なすすべも無く投げ飛ばされた兵士長のクッションとなった。
その様子を見て、ホオズキは兵士の一人が気づくより先に姿を消した。
※
地球へ向かうための射出機の内部は、見た目に違わず広大な内装だった。それどころか、見た目からは想像もつかないほどに巨大であったことは、金満ですら驚きを隠せずにいた。
外観は巨大な球体の形をしてはいるが、その内部は全く異なり縦に長い構造になっていた。
一寸の空きもないほどに組み込まれた機械、ケーブル、ライト。大小問わない無人で稼働する施設の数は、ただの射出機とは思えない、独立したコロニーそのものだった。
射出用の竹を運搬する金具だけで作られたレールと、二車線ほどの広さがある通路は、中央に浮かぶ無骨な機械で構築された操作室タワーへ続いていて、金満はそのタワーへと駆けていった。
タワー内では、身の丈をはるかに超える大きさの飾り気のない鉄骨が足を伸ばし、膨大な電力を送るためのケーブルを地面に落とさないように背負っている。
稼働中を示す暖色のライトが、点々と灯っている以外は白色のライトが通路を照らす、冷たい空間。舗装もされていない鉄の通路を、速度を落としながらも走る金満は黒月に端末にある座標だけ送って、再び走り始めた。
そうしてようやくたどり着いた中心部の扉を開けると、目をくらませる光が金満に向けられた。
金満がとっさに顔を両手で隠すと、ライトを向けていた一人が「降ろせ」と言うと、ライトの光が下に向けられて消された。
金満が両手を下ろすと、そこにいたのは金や銀を基調とした装甲を身にまとった、金満の私兵隊だった。
皆、金満の姿を見ても誰一人として安否を気遣う声を出さなかった。それは月界に流された、国議室での生中継を見たからである。
絶対に上手くいくはずだった計画は、音を立てて崩壊し、今や反逆者と大嘘つきの烙印を押された金満は、月界全体で指名手配をされている身。片棒を担いでいる者も同罪とみなされ、もれなく月界中でお尋ね者になり、神無に殺される。
金満が雇った兵士たちには、すでに不信感や逃亡の兆しを見せ始めている。特に、今持っている武器で目の前の人物を殺害すれば、少なくとも自分たちは生き残れる。という雰囲気は誰が言わずとも濃厚で、訓練に乏しい者でも察すれることができるほどだった。
しかしそれを金満が許すはずもなく、着物の懐から『政軍指揮権』を取り出すと、ほくそ笑みながら私兵団たちを見回した。
「お前たち、妙な気を起こすんじゃないぞ? 私には政軍指揮権がある。お前らの持っている武器なんぞ、これの前ではただの鉄クズ同然だ。それに……お前たちが反旗をひるがえすなら、ホオズキが黙っちゃいないぞ? あぁ?」
「勝手に俺がいく前提で話すんじゃねぇよ、バカ」
反抗的な返しを金満が聞くと、ここで堪忍袋の尾が切れたか、ホオズキと私兵団に喚き散らし始めた。
「黙れ! 貴様も、お前ら雑兵も! 私が大金をはたいて雇ったことを忘れたか! 私が手を差し出さなければ、野垂れ死にする道しかなかったお前らを、この私が、救ってやったのだ! 今更裏切る真似をするなら、容赦はせんぞ!」
容赦をしない。と言いつつも、結局はホオズキがやってくれる。という魂胆が見え透いているためか、ホオズキが蔑視を向けつつ鼻で笑った。直後、扉の向こう側から重々しい足音が複数聞こえはじめ、いよいよ金満はパニックが爆発しそうな勢いで、射出機の操作を命令した。
「さぁ、急げお前ら! ここで死にたくなければ、さっさと用意をせんか!」
金満の怒鳴り声による命令は、私兵団たちの不満をより一層強くするものであったが、何もしなかったら無理心中めいた末路を送ることになる。
兵士たちが必死になってパネルの操作をしている背後では、「まだか、まだなのか」と急かす金満。一人地べたにあぐらをかくホオズキは、横目でせわしなく動き続ける金満を無言で見据えていた。
やがて装置が作動し、射出コロニーの頂上部に設置された、縦に長い台形のタワーに電気が走りはじめ、モーターの重々しい駆動音が響く。
台形のタワーの周りに設置された六ヶ所のロックが一つずつ外れていき、それに合わせてタワーが展開し、ロックが外れると金満たちがいる操作室に、竹が一本運搬されてきた。
兵士が「用意ができました」というや否や、金満は我先に竹に乗り込んで「出せ」と命令をした。
「か、金満様……我々はどうやって向かえば、よろしいのですか?」
「なんでもいいから乗れるものに乗れ! 私は先に行く」
言うが早いか金満が乗り込んだ竹は、地球に照準を定めた発車口にセットされると、全体に稲光が走り、爆音とともに地球に向けて射出された。
有無を言わせずに先に行った金満を見届けた兵士たちは、自分勝手な金満にほとほと愛想を尽かしていた。だが扉の向こうから聞こえる重厚な足音の群れが耳に入れば、兵士たちはこの場から逃げ延びることを優先し、本来ならば採掘艦として使う中型の艦を一隻、射出コロニーに運ばれると脱兎のごとく乗り込んだ。私兵団全員が乗り終わり、兵士二人が地球へと向かうための操作を行い、用意ができたとたん、外で待機していた小型の無人戦闘機が採掘艦へ攻撃を開始した。
射出までの秒読みが兵士たちには異様に長く感じ、艦内はパニック状態となっていた。
外では小型の戦闘機と、飛行装甲をまとった兵士が加勢して攻撃をするも、中型とはいえ採掘艦ならではの強固さの前に、これでは逃してしまうという焦りが見えはじめていた。
そして力づくでも止めようとした攻撃は、とうとう甲斐なく超高速で地球へと射出された。
タワーからは両手に二つの銃身が付いたバルカンを装備した、操縦型の二足歩行型戦闘機が五体、出てくるのを確認すると、残された兵士は無人戦闘機を撤退させ、隊長格の男が一人、本部にいる朔へ連絡をした。
「こちら追尾班『淡紅』対象の捕捉失敗。私兵団もろとも地球に向かいました。……面目ありません」
『良いのです。それより、けが人はいませんか?』
「我が班『淡紅』には負傷者はいません。ですが、追尾班『萌黄』の総勢二百名の内、負傷者は百七十名弱。二十八名は意識不明の状態。二名が死亡しました」
『了解。では『淡紅』の皆さん、ご負担をおかけしますが、『萌黄』と道路での処理をお願いします』
兵士たちは「御意」と答えると全兵に撤収の命を出し、出発コロニーを後にした。
※
六本木一丁目に建ち並ぶ高層ビルの一つ、『森アークビル』の最上階に、車一台分の穴が開いている。そこには一本の竹が刺さっているが、普通の人には見えないために、飛行機の部品ないし隕石が落下したと思うだろう。
天井から床下まで貫通した竹の中から、金箔の和服を着た金満が、乱暴に内部を蹴破って外へでた。
一足先に地球に着いた金満は、月とは全く環境も異なる周囲を見回した。
電気はついていないが、個室と通路を隔てていたガラスの壁が、破片となって周囲に散乱し、作業用のパソコン、コピー機は横倒しに、中には繋がれている数本のケーブルが、限界まで伸びているものもあった。
参考書、書類が容量よりやや多めに入れられたファイル。偉人の成功談などの本が陳列していた本棚は、中身を全て吐き出して倒れている。
荒れに荒れた光景を目にしていると、ホオズキがどこからともなく現れてデスクの上に腰かけた。
「どんな気持ちだ? お望みの地球に来た感想は」
「……うまく……言葉が出んな。そもそも、ここはどこだ? どうしてここにしたんだ?」
「それは今、お前が気にすることじゃねぇだろ」
「しかし……しかし聞かせてくれ。なぜここにした? 右も左も分からぬこの地で、なぜこの摩天楼をお前は選んだ?」
その問いかけに、ホオズキの表情が消えて少しの間口を閉ざしていると、思い出したようにうなずきながら言った。
「……強いて言うなら……。慰めってヤツか。物理的にも地位的にも高いところにいたヤツが、ドン底のさらに底へ落ちた。そんな惨めなお前に……って思え」
含んだ言い方。所々で何かを隠している言い分だったが、状況が状況である金満には、その言い草がかけがえのない慰めに聞こえたようで、目を潤ませながらホオズキを見た。
「なに見てんだ」と、気持ち悪そうにホオズキが言っても、金満は潤んだ瞳のままホオズキへと近づいて、感謝の言葉を口に出した。
「ありがとう……! ありがとうホオズキ! お前はやはり使える精靈だ! ことを成し得た暁には、必ず褒賞を与えてやろう!」
感謝の言葉に加えて、何度も頭を下げる金満にホオズキはかすかに微笑んだ。
調子を取り戻した金満は、先ほどの狼狽を払拭するように、高らかに笑い始めた。
「そうだとも。『こんなはずではなかった』ではない。まだ全てが終わったわけではない。むしろここからが始まりなのだ」
眼下に広がる散りばめられた、宝石のように光り輝く東京の夜景を背にしながら、金満は不敵にほくそ笑んだ。
「往生際の悪いやつだな」とホオズキが言うと金満は「それが天月人たるものだ」と、したり顔で返した。
程なくして金満の私兵団たちが乗った採掘艦がビルの屋上に着陸し、そのすぐ後に舞浜がやって来た。
不信にかられる兵士。夜景を見て童心に帰る兵士。未知の世界に困惑している兵士と、様々な面々の私兵団に、金満は舞浜を呼び成果を見させた。
舞浜は黒揚羽に包んだ雛月を見せると、兵士一同が驚きと喜びの声を上げた。金満は加えて黒月が輝夜を倒し、この場所に向かっている旨を知らせると、不信と反抗を抱いていた兵士はたちどころに手のひらを返して、金満への賛辞と追従を示した。
※
黒月と輝夜を乗せたタクシーが、アーク森ビル前へ向かい高速道を走っている。
事故現場へと向かうパトカーに救急車の群れが、上り下りの車線で行き交っている。
追い抜かしていくパトカーを見届けるタクシー内では、汗でぐっしょり濡れた服と、涙と汗が混ざって判別つかないくらいに濡れた顔。絶えずカチカチと高速で鳴る口で、運転手は絶えず凝視し続ける黒月に、「あのビルです」と消え入りそうな声で告げた。黒月は運転手からほんの一瞬だけ、目をフロントガラスの先に移した。
『あのビル』というのは、ビルの最上階に刺さった一本の竹と、大型室外機じみた外見に見える採掘艦を見つければ、目的地はすぐそこであるというのは明白だった。
運転手は黒月の視線が元に戻ると、運転手はか細い悲鳴をあげて、べそをかきながら命乞いをはじめた。
「お……お願いします。料金は結構ですし、警察にも言いません……。だ、だからどうか命だけは」
すると黒月はたった一言だけ返した。
「降りろ」
運転手がどういう意味かを尋ねようとしたとき、首元に当てていた刃が離れて切っ先を運転手の眼前に近づけさせてきた。
パニックが爆発した運転手は、時速百キロ近くの速さで走るタクシーから、ドアを開けて飛び降りた。
叫び声をあげながら後方に転がっていく運転手に、後続の車は━━走っている数はまばらだが━━予期せぬ事態に蛇行をしながら運転手を避けていく。
ドアを閉めた黒月はそのままタクシーを操縦し、アーク森ビルに向かった。
※
輝夜を引きずって最上階までたどり着くと、金満と私兵団、舞浜の一行が出迎え、黒月が持ってきた人物を見るや否や、金満の驚嘆の声を皮切りに私兵団から歓声が上がった。ホオズキはその様子を特段驚いた様子も、嬉しがることもなく静かに見ていた。
金満は黒月のもとへ金色の扇子で片手を叩きながら、近づいて讃えた。
「あぁ、素晴らしい! なんと素晴らしいことか! あの神無でさえ成し得なかった偉業を、この私が率いる者たちで成した! さぞ神無は月で歯噛みしていることだろう」
金満は完全に勝ちを確信し、酔ったように下手な踊りをするが、今まで沈黙を通していたホオズキの一言で、場の空気は一転した。
「……雛月の精靈が……まだ生き残ってるな」
踊っていた金満、歓喜に沸いていた私兵団は水を差されたように静まり、舞浜だけは袂で口元を隠して静かに笑っていた。
「おや、もしかしてあの時の」と舞浜がか細く、言ったところで金満は酔いが覚めたようにホオズキに迫った。
「雛月の精靈が生きている? なぜ言わなかった?」
「お前らなら気づいていると思っていたからだ。誰も彼も勝ったと言わんばかりにお祭り騒ぎをするものだから、思わず笑っちまったぜ」
金満の顔は熟した果実のように真っ赤になり、沸騰した怒りのはけ口を見つけようと黒月に目をつけた。
「この大バカ者が! どうしてそんな重要なことを! 最後の確認を怠るなど、あってはならぬことだ! こんな初歩的な失敗、なぜ見逃した!」
逆ギレの中に垣間見えるわずかな焦りを消そうと、金満は黒月という反論をしない存在にとことん怒りをぶつけた。「この私が大金をはたいて」から始まる説教。幼稚で、身勝手で、自己中心的な金満を、黒月はただじっと聞いているだけだった。
周りの私兵団たちは、便乗して黒月を嘲笑う者が多かったが、ひどく複雑な表情をしている者。呆れ顔の者もいれば、見て見ぬ振りをしている者もいた。
やがて金満の説教、もとい鬱憤ばらしが終わると黒月に「雛月の精靈を始末しに行け」という命令をくだした。
黒月は何も言わず、無表情のままエレベーターへ向かおうとすると、そこでホオズキが「おい」と言って止めた。
「待てよ。そのまま行かせるのか? いくらなんでも、それはねぇだろう」
「失敗の後始末をするのは当然だ。それに黒月ならあれでも何の支障もない。ホオズキ、貴様は黒月の味方をするのか?」
「脳が腐るのはくたばってからにしな。そんなザマじゃ、勝てる戦いにだって勝てねぇよ。ちゃんと万全の状態で行かせろ。何が起こるか分からねぇんだからよ」
ホオズキの意見を金満はわめき散らして、まともに聞こうとはしなかったが、散々わめいた後にいささか冷静を取り戻したのか、「たしかにその装備と身体では無謀だ」と今日だけで何回手のひらを返したか分からないほどの発言をした。
さすがにホオズキは━━周りの私兵団からもだが━━呆れて鼻で乾いた笑いをするしかなかった。
身体の負傷は兵士が各々持っている『治癒促進剤』なるものがあるので、黒月の負傷は五分待たずして完治した。しかし壊れた装備の代替えは誰も持っていなかった。誰かの装備を代わりに渡せば、天月人とはいえ能力が無いなら、人間と大差のない状態の、いわゆる足手まといができてしまう。それを危惧した金満は「何かないのか」と案の定声を荒げて言った。
すると兵士の一人が、採掘艦の中で「装甲を見つけた」という報告を出した。金満はすぐさま採掘艦が着陸している所へと近づき、渡すように催促するが兵士の口から出たのは、希望通りのものでは無かった。
「これは技術者用のものです。宇宙空間での採掘艦調整や修復。船外での調査を主に作られたもので、戦闘用ではありません」
「戦闘用のものは! 採掘艦なんだ。他国との利権抗争を想定した、装甲は無いのか?」
「……この艦にはありません。あるのはこの一着だけです」
金満がうなり声で出していると、そこに黒月が無言で歩いてきて、兵士を見上げた。
黒月本人が来たことに、最初は兵士が意外そうに見返したが、兵士の目をまっすぐ無言で見る黒月に、兵士は次第に、得体の知れない恐怖を感じて震え始めた。
そうして屋上にいた兵士は、自分から降りて黒月に直接渡した。黒月は着ていた壊れかけの装甲を自力ではがすと、その下からは所々傷んではいるが、首からつま先まで全て防御用のレザーで包んだ体を露わにした。
貧相ではないが、グラマラスというほどでもない中間の。しかし無駄のない体つきが、レザーという下着で無駄のない体を艶やかに見せる。一同が黒月が女性であることを実感する、数少ない機会を黙って見ていると、コンパクトに折りたたまれた装甲を足下に落とし、装甲を展開させた。
駆動音と金属が組み合う音が規律よく鳴り、黒月の足下から自動で装着されていく装甲は、首元まですき間なく装着が完了すると、それに合わせて黒月の目が白く発光した。
技術者用の装甲なので、無骨でむき出しの飾りは増えたものの、動きを損なわせない、しなやかさと軽さ。宇宙ゴミに耐えれるほどの頑丈さは、製造会社が看板を引っさげての保証があるので、黒月の行動に大きな支障をきたす要素は皆無であった。
金満は黒月の復活を確信すると、改めて雛月の精靈を始末する命を下した。黒月は返答をしない代わりに、入り口まで直通するエレベーターへと向かった。
到着のベルが鳴り、下に行くランプが点灯しながらドアが開くと、ホオズキがゆっくりと近づいて「まぁ頑張りな」と言った。返答はせず、ドアが閉まりきる直前まで、黒月はホオズキを見続けていた。
一階のエントランスまで降りると、先ほど拝借したタクシーに乗り込み、用賀へ続く道のりを走り始めた。
2017/10/12 18:01 アーク森ビル 東京都港区赤坂1丁目12番32号
非営利目的により、小説内で名前と建物の描写許可頂きました。
建物内の会社は全て非実在のものであること。建物の構造は書いても構わないが、非常に細かく、かつ会社の情報が漏れるような描写はNGの条件のもと、今回の話の舞台としました。




