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夕立

 輝夜と雛月、龍吾と正樹との夕食を済ませたその日、瑞穂は帰らなかった。

 翌朝になっても戻らず、夜勤という昼夜逆転の過酷な労働をしているのかと龍吾は心配をしていた。

 それを案じてか、輝夜は「新しい職場を探しているはずよ」と、龍吾を元気づけ、本人も「そうだな」と今までならば輝夜の言うことに疑ってかかっていたのがウソのように、前向きな返答をする。

 団欒の朝食を終えた龍吾は、通学の準備を早めに済ませると正樹を急かすように呼びかけた。

 正樹は少々遅れて準備を終えると、正樹の手を引きながら輝夜と雛月に「行ってくる」と快活な声で家を後にした。


「良いわね。親子っていうのは……」


 閉まった扉の外からでも、かすかに龍吾の明るい声が輝夜と雛月の耳に入る。

 雛月が横目で輝夜の顔を視界に入れると、輝夜はなにか羨むような。はたまた懐かしむような表情をしていて、その瞳には哀愁を帯びたおぼろげな紫色の虹彩がほのかに光っていた。


 ※


「りょ……龍吾……どうしたんだ。そんな急いで」


「会社に間に合うように急いでるの!」


 龍吾は正樹の手を引っ張り目を輝かせながら、ある場所へと駆け足で向かっていた。

 駅に通じる通りをまっすぐに進み、十字路を右に曲がった所で龍吾は足を止めて指差した。


「……あれは……神社か?」


 正樹は指差す方角を見て、整わない息づかいながらも言葉を出した。


「そう! ここの氏神(うじがみ)(まつ)っている所。時間も時間だから一緒に行こう!」


 龍吾は正樹の手を引っ張ると、再び駆け足で境内へと向かった。

 早朝ともあって人気はもちろん、車の行き交う音もしない。聞こえるのは木々のせせらぎが覚めつつある街へ向かって静かにささやく音だけだ。

「へぇ……少し寂びているけど、中々綺麗な所じゃないか。だけど、りょ……龍吾は……その……神さまとかをいつから信じるようになったんだ?」


 正樹の問いかけに龍吾は、ほんの少し左手を胸に当てて考えはじめた。そうしてあごをなぞりながら、「本当は信じてはいなかったよ。つい最近まではね」と前置きをして、一拍の間を空けてから答えた。


「でも、輝夜と雛月に出会った日から……なんて言えばいいか……。本当は、いるんじゃないかって思うようになったんだ。言っとくけど、二人は変な宗教の人じゃないからね。俺がそう思うようになったんだ。だってそうじゃなかったら、あんな地獄の日々は今も続いているだろうし。……こうして母さんや父さんと再会できるなんて、絶対あり得ない事だから」


 龍吾は正樹の目をまっすぐに見ていた。対して正樹は緊張しているのか、ややうつむいて目線をやや下に向けていた。


「神さまからすれば、都合のいい時にしか来ない、現金なヤツって思ってるかもしれないけど、こうして再会できたお礼と。これからの新しい生活を、見守って欲しい事を願いに来たんだ」


 正樹は「そうだな」と歯切れの悪い返しをすると、龍吾と共に本殿へ向かい、賽銭を入れると二拍手して祈りを捧げた。

 正樹は五秒と満たず祈りをすませたが、隣にいる龍吾は祈りを続けていた。やがてアブラゼミの鳴き声が一つまた一つと上がりはじめてくると、龍吾は静かにまぶたを開けて一礼をした。


「おまたせ。ちょっと長かったよね?」


「い……いや。大丈夫だ。時間も。ずいぶん熱心に祈ってたな」


「そりゃあ、こんな夢のような事が起きたんだから。感謝はしなくちゃ」


 正樹は苦笑しながら本殿から離れ、続いて龍吾も後を追って神社を後にした。

 駅に着けば通勤通学に向かう人の数は倍に増えていた。

 改札を通り龍吾は中央林間行きのホームへと向かう正樹へ満面の笑みを浮かべながら手を振りながら、渋谷行きのホームの方へと降りていった。

 その姿に正樹は、嬉しいとも悲しいともはっきりしない表情を浮かべながらホームに降りて行った。


 ※


 重力から解放されたように足取りは軽く。心中にかかっていた暗雲は、今では雲一つ感じさせないほどに表情は明るい。

 龍吾にとって絶望しかなかった暗黒の道のりは、希望に満ちた明るい道へと変わっていた。止まない雨はない。と、誰かが言っていたのは、間違いではなかった。

 授業中は教科書の文や挿絵、数式に図。休み時間は窓から見える景色。今まで見てきていたはずのものを、龍吾は全く新しいものを見ているようにじっくりと見ていた。それだけ借金に追われていた日々が、彼の余裕を奪い、視野を塞いでいたのだ。

 授業にあたった教師達は、いつもとはいい意味で様子が違うことに気づいているようで、しきりに龍吾の方を見ていた。そんな龍吾も熱心に黒板に書かれる文章や、計算方法をノートに書いていた。

 とはいえ、今まで借金に振り回されて授業のことには、ロクに手をつけていなかったので、ノートに書いたはいいが、肝心の内容はさっぱりと言っていいほど理解ができていない。その為か教師に答えを聞かれると、一同が龍吾一点に向かって目を向けるほど、トンチンカンな答えを出した。沈黙の後に冷笑が静かに教室に響き渡り、教師も苦笑いを前に出している。さすがに龍吾も恥ずかしいと感じたか、顔を赤らめながら座った。

 その後の休み時間では、先の授業でのことを三人の生徒が「バイトのし過ぎだ」やら「留年確定だって、コレ」などの悪口をわざわざ浴びせに来たが、龍吾は特に意に介さないように軽くあしらった。

 ふと、龍吾は三人の目をおもむろにじっと見つめはじめた。

「キモい」だの「何見てんだ」だの言うが龍吾は三人の目を一通り見終わると、そのまま窓の外へと目を向けた。

 一人が同じ高校生とは思えない幼稚な言いがかりをつけて龍吾に掴みかかったが、本人は動揺も抵抗もせず、ただ無表情で見返すだけだった。

 一点を表情も変えず、無言で見続ける様は、傍で見ていた二人には不気味に映り。掴んでいる生徒もまた、興奮が冷めていくに連れて異様さを感じ始め、そっと手を離すと三人は無言で去っていった。

 スミレがいるだけでは補えない魂胆の強さは、これまでの天月人との戦いで培ってしまったものだ。

 彼は嘘偽りなく死の一歩手前まで追い詰められてきた。命乞いが通じない敵もどうにか話せる敵も見てきたが、そのような経験が思わぬ形で彼を逞しくさせた。今の彼にとって難癖を付けてくる同年代の生徒なぞ、それこそ子どものようにしか見えないのだ。



 下校の時刻となり、駅へ向かう道中の空は白黒入り混じる、本能的な恐れを煽らせるような雲で覆われていた。それを示すように龍吾が空へと目を向けると、不吉な予感を感じたように険しい表情になった。

 渋谷まであとわずかという所で、雨粒が電車の窓に音を立てて空から振りはじめ、あっという間に豪雨で灰色に染まった。

 田園都市線に揺られながら帰路までどうするかを考えていると、用賀駅へと到着した。

 階段を上がり改札の手前まで来たとき、聞き覚えのある大声が雑踏の中で龍吾の耳に入った。軽蔑の眼差しを向ける人や、無視して帰路につく人の先には携帯で誰かと話す正樹がそこにいた。


「だからそうじゃないって! そんな事言ってないだろ!?」


 正樹の怒鳴り声が駅北口の一角からこだまする。龍吾には会話の内容が分からないが、父の平常ではない声を聞いて走りながら近寄った。


「父さん! 父さんどうしたの!」


 龍吾の声が正樹の耳に入ったか、ハッと龍吾の方へと目を向けた途端、「この件は一旦控えさせてもらいます」と言って即座に電話を切った。


「……父さん? どうしたの? 誰と話してたの?」


「あ、あぁ……仕事先で……そう仕事先でウチの部下が、ちょっとポカやらかしてしまったらしいんだ。別に、負債を負ったとかそういう訳じゃないぞ? だけど……その……。その……内容が見過ごせない事で……ちょっとな」


 正樹のたどたどしく、なあなあな返しに龍吾は疑いに首をかしげるが、「少し頭を冷やそう」と言いながらタワーの中へと向かっていった。


「そういえば父さん、今日仕事だったのにずいぶんと早いね? 今日はノー残だったとか?」


「そ、そんな感じかな。ところでりょ……龍吾。傘、持っていないか?」


「え? 父さんも持っていないの?」


 龍吾と正樹が互いの顔を見合ってからエスカレーターを上りきると、豪雨で真っ白な外へ目線を移して再び顔を合わせると、「走って帰るか」というようなゲンナリした顔になり、肩を落としながら外へと飛び出した。

 豪雨の中は人影さえまばらだった。地面はくるぶし近くまで雨水がたまっていて、横殴りの雨は傘をさしても然程(さほど)変わらない。むしろ意味がないほどに激しい。

 外に出た龍吾と正樹は持っていたバッグを傘がわりにして外に出るも、五秒を待たずして全身ずぶ濡れになり、雨水を吸い込んでいく服の重みを、少しでも少なくさせようと、全力で走り続けた。

 家までの通りをまたぐ横断歩道前まで着き、「もう少しだよ」と龍吾が正樹に言った。

 霞みがかった信号が青へと変わり、横断歩道を渡った先に傘もささず道路の真ん中でポツンと立っている人影が見えた。

 二人が足を止めると、ゆらりと二つの赤い光が尾を引きながら、はっきりと浮かびあがる。


(あの二つの光……まさか……月のやつか?!)


 龍吾は天月人の特徴たる眼光に気づき、それが人間でないことをいち早く察した。対して正樹は、ずぶ濡れになりながらも眼前にいる存在に呆然として、傘がわりのバッグを頭から離していた。


「よう、お二人さん。お仕事ご苦労だったな」


 豪雨の中から現れたのは赤い巫女服を着た女性『ホオズキ』だった。

 雨で濡れつづける髪を振るうと、束ねていた後ろ髪が解かれて、脇ほどの長さの赤いストレートヘアが飛沫を散らす。


「こんな日に、こんな天気で、こんな帰り道。仕事帰りの身にゃあ、キツいよな」


 強気で好戦的な声が、豪雨の中であるはずなのに、いやに響く。龍吾は正樹に「そこの角を左に行って」と後退しながら言う。

 正樹は龍吾の声で正気を取り戻し、言われた通りに元来た道を走って左側へと曲がって逃げた。


「親思いだなお前。だけど……悪いが二人とも逃がさねぇよ?」


 ホオズキが両手を交差しながら上げ、振り降ろすと同時に、両手には鮫肌にも似た、小さくも鋭い突起をいくつも生やした刀身。歪に並ぶノコギリのような刃をもった大剣を掴んだ。

 それを見るや否や、龍吾もきびすを返して正樹の後を追いかけた。

 ホオズキは龍吾を追わず、おもむろに民家を見上げると、軽々と屋根へと飛び上がった。

 龍吾が正樹の後を追いかける。正樹は雨に濡れていることさえ気にせず、怯えた息遣いで道を走っている。


「父さん! そこの駐車場に行って! そこの柵を越えれば家に着く!」


 正樹は有無を言わず道を曲がって駐車場に入ると、その先には確かに龍吾の家があった。

 全速力で向かおうとした時、赤い光が尾を引いて地上に降りて来た。

 正樹が小さく悲鳴をあげると、ホオズキは滑るように距離を縮め、持っている大剣で正樹の真正面を叩きつけた。

 正樹が恐る恐る下を見ると、割れて凹んだ地面を見て腰を抜かした。

 剣が甲高い金属音を上げながら火花を散らして擦り上げると、震える正樹を龍吾が強引に立たせて肩を持ちながら逃げた。

 龍吾達の背後から、黒板を爪で引っ掻いたような甲高い不快な音を立てながら、ホオズキは歩いて追いかけて来る。


「おぉい、待ってくれ。俺は、お宅ん()にいる、輝夜さんに話があるんだ。逃げないでくれや」


 正樹は恐怖の中で『輝夜』という言葉にハッとしながら、後方を振り返った。それに対して龍吾は柵の前まで来ると、「先に行って」と切羽詰まった声で正樹を押し上げた。

 正樹は体勢を崩しながら落ちると、そのまま這いながら家へと向かって行った。続いて龍吾も柵に登ろうとした時、背後からの甲高い音が消えた。

 龍吾が背後を振り返ると、ホオズキが嬉々とした顔で剣を振り上げていた。

 振り下ろされる剣。龍吾はそれに対して動じず、刃先が顔一つ分まで迫ったその時、龍吾の中にいた精靈『スミレ』がホオズキの剣に向かって素早い一突きを繰り出す。

 意表を突かれたホオズキは突きに力負けして大きく吹っ飛び、雨で濡れた地面にバランスを崩して水しぶきを上げながら盛大にすっ転んだ。

 ホオズキが顔の水を払って前を見ると、もう龍吾はいなかった。それを見るやホオズキはニヤリと笑みを浮かべてその場から消えた。


 ※


 ずぶ濡れの服と体を引きづりながら階段を上り、龍吾は背後からホオズキが来ていないことを確認すると、「撒いたみたいだね」と安堵の息を吐きながら正樹と共に家へと向かった。

 ドアの前まで来た時、雨音に混じって部屋の中から怒声が響いていた。正樹が「次はなんだ」と言わんばかりにドアを見ていると、龍吾が代わりにドアを開けた。

 そこには瑞穂に怒声を浴びせられている、輝夜と雛月がいた。龍吾は血相を変えて三人に寄ると、輝夜と雛月を庇うように横から入り込んだ。


「母さん! 二人に何してんだよ!?」


「何してんだって、こっちのセリフよ! ここは私たちの家よ。なのになんで、アンタら異世界人が、まだここにいるのよ!」


「異世界人……って……そんな言い方ないでしょ!? 二人は俺たちの借金地獄から、助けてくれた恩人で」


「恩人!? 借金は借金だけど、その後コイツらに似た、異世界の奴らに殺されかけたのよ!? こんなのに恩もクソも無いわよ! 迷惑だからさっさと出て行ってちょうだい!」


「母さん! そいつらと輝夜に関係は無い! 根拠もない事言わないでくれよ!」


 蚊帳の外だった正樹は、瑞穂のいう異世界人という言葉を聞いて、今しがた起きたことと、襲いかかってきたホオズキが「輝夜に話がある」と言っていた事を思い出すと、瑞穂とは違って、たどたどしく横から口を出した。


「りょ……りゅ、龍吾……。関係……無い訳ないだろ? お前もさっきの奴が言っていたのを聞いたはずだ。輝夜って奴に話がしたいって」


 正樹の言葉に龍吾は電気のついていない部屋で、顔がどんどん青ざめていく。それを聞いた瑞穂は、したり顔で輝夜に詰め寄った。


「そらみなさい! どこの誰かも分からない怪しい奴だと思ってたらコレよ! アンタ達はあの異世界の人間とグルで、私達を殺そうとしているのよ! 人殺しめ! 龍吾に近づかないで! 私達をアンタらのいざこざに巻き込まないでよ!」


「やめてくれよ母さん! 父さんも、アイツが言っていたのは……」


 瑞穂に腕を引っ張られながらも、龍吾は正樹と瑞穂に反論をしようとしたが、ホオズキの言っていた輝夜は、今、龍吾が後ろで庇っている輝夜以外に無いと考えた時、龍吾の口からは言葉が出なかった。そして瑞穂の言っていることは、奇しくも龍吾が輝夜と出会い、後に天月人との戦いに巻き込まれた時の反応と似ていた。

 それでも龍吾は力なく「言っていたのは……」と言いながら、必死に考えを巡らせて反論しようとしていると、輝夜が「もう良いわよ」と静かに龍吾へ口を開いた。


「もう良いわよ、龍吾。ご両親の言っている事は事実なのだから、貴方が抱え込む必要は無いわ」


 輝夜はそう言うとその場で正座をし、深々と礼をしながら「今までありがとうございました」と礼を口にした。


「私は龍吾様に、右も左も分からない所を救われた身。ご恩に報い、ご両親との再会を果たされた今、私達は只々感謝を述べて去るのみであります」


 龍吾が「去るって」と呟くと、瑞穂が頭を下げる輝夜を叩きながら、


「そんな事やって私達に情を持たせようって魂胆でしょ!? いいからとっとと出て行きなさいよ、異世界人め!」


 と、罵倒しながら、それでも気が治らないか、蹴りつける暴挙をしでかした。さすがの龍吾もこれには親といえど怒りが湧いて、「やめろ」と強く言いながら瑞穂を押さえつけた。

 輝夜はゆっくりと頭をあげると、「行くわよ雛月」と言って玄関へと向かった。

 涙に血が混ざりそうな面持ちで雛月は輝夜の後を追った。引き腰で玄関から離れる正樹のそばに二人が立つと、輝夜は再び深く一礼をした。それを見た龍吾は輝夜の側へと駆け寄った。


「輝夜! 雛月、待て! 待ってくれ!」


「名残惜しいけれど、ここでお別れね。龍吾……私は……最後まで貴方に迷惑をかけて、どう謝ればいいか」


「謝るなんていい! な、なぁせめてこの近くにでも」


 龍吾が必死に留めようとする背後で瑞穂が声を荒げながら、「さっさと出て行け! バケモノめ!」と言ったので、輝夜はそのまま玄関の扉をあけて先に外に出た。雛月はそっと龍吾の耳に顔を近づかせ、耳元で囁いた。


「スミレを貴方に託します。私の意識から途絶させるので、逆探知は出来なくなります。後、勝手ではありますが……これで龍吾様の身に起きることを防いで下さい」


 正樹が「おい、龍吾に何を言っている」と弱々しくも瑞穂に便乗するように言うと、雛月は指を鳴らした。

 その場の空間が非常にゆっくりと動く中で、雛月は龍吾の手を持ち上げて、包むように物を乗せた。龍吾が手の方へ目を移すと、そこには銀の縁が歯車と細い鎖を全体に形どられ、内部が見えるガラス作りとなった筆のない万年筆のような物だった。

「これは貴方が、戦うという意思に反応して変異する武器の一つ。名を『邂逅(かいこう)』と言います。これを護身用に肌身離さず持っていて下さい」


 と言って、再び指を鳴らした。周りの空間が再び元の速度に戻ると、雛月は哀愁漂う目をしながら、「お世話になりました」と言って外に出て扉は静かに閉まった。

 龍吾の手には、護身用と言われた万年筆じみた物と、雛月の手のぬくもりがわずかに残されていた。

 雨音が屋根に落ちる音が鳴りしきる中、瑞穂はテレビをつけてニュースを見ていた。正樹は

 警戒するようにゆっくり立ち上がると、龍吾の方に向かい「もう大丈夫だ」と元気付けようとした。すると龍吾はワナワナと震えながら瑞穂と正樹を見やりながら、泣きそうな声で言った。


「これで良いの? あの二人は……俺たちを救ってくれた恩人なのに、この仕打ちって……あんまりじゃないかよ!」


「あんまり? 何を言ってるの龍吾。どうしてあの二人をそこまで庇うの?」


「言ってるじゃん! 俺たちの借金地獄を終わらせて! こうして皆んなと再会できた! そんな恩人にこの仕打ちは無いだろって言ってんだ!」


「それとこれは別だよ、りょ、りょ……りゅ、龍吾。お、お前も見ただろ? あの異星人だか誰だか分からない奴が、あの輝夜って人を狙っていて、現にさっき俺たちも襲われた。一緒にいたら借金取りよりも酷いことになるのが分からないか?」


「龍吾、もしかしてあの二人にたぶらかされたの? ……そうじゃなきゃどうして、そんなにアイツらを庇うのか私には分からないわ?」


「たぶらかされてなんかいない! いない……けど」


 龍吾はそれ以上の言葉が出ずに黙り込んでしまった。

 輝夜と出会った時の龍吾の心境と、今両親に渦巻く心境は合致している。龍吾は二人と月日を共にし、紆余曲折あってようやく和解できた事だが、両親はそれを知らないし、到底飲み込めることではない。

 出会った当初の鬱陶しさや胡散臭さ。天月人との闘争に、自分が否応無く巻き込まれた時の理不尽な状況への怒り。そしてこれからも来るであろう、天月人からの襲撃による恐怖に、終わりが見えない絶望。

 どれも間違っていない。普通の人なら誰しも思うことである。例えそれが終わりのない地獄から、脱出させてくれたという大恩があっても、当人が別件での闘争の中心人物だと知れば、話は大きく変わる。

 むしろ龍吾は和解した後の輝夜の対応で、手のひらを返すように接した為に、調子がいいことに加えて、甘過ぎるというのが妥当でもある。

 龍吾はもう何も言わず、トボトボとリビングで瑞穂と共にテレビを見た。

 ニュースでは現政権をジャーナリストが批判していることを前置きとして、日本で地球の者ではない者がいるという事を真剣に語り合っていた。

 それを見て瑞穂は、「あんなの追い出して正解よ」と龍吾に言い聞かすように呟き、龍吾はテレビから流れる一言一句が耳に入るたびに、深い喪失感にくれるばかりであった。

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