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真昼の月星

 甲高い叫びは、さほどの距離も無いこともあってか、喫茶店「ぽえむ」の室内には十分すぎるくらいに響いた。


「い、今の叫び。何?!」


 特に聴覚や嗅覚が発達している単には、少しの距離があると言えど肩をすくませて驚いていた。

 店内の片付けに取り掛かっていた単は、反射的に出た言葉を出した次には、扉を開けて外の様子を見始めた。

 外では、先ほど単にとって『イヤなお客様』として印象づいた、『雪下 瑞穂』が、水晶を両手に浮かせた晶濟に怯え震えていた。

 晶濟の隣には、血まみれに倒れているスーツ姿の男性がいて、現場を数秒しか見ていない単でも、男性を倒したのは晶濟であるのは理解できた。


「あ……あれ! あれは!」


「もめ事が起こったようですね。それと、単君の反応を見ると相手に……月の方がいるのでしょうか?」


 何から何までお見通しの主人が言うと、単は「そうです!」と緊迫した声で返す。

 怖気付く瑞穂に、距離をどんどん詰めていく晶濟。『イヤなお客様』と言えど、天月人が一般の人を襲っているのを見過ごすのは別問題。しかし単は半開きのドア越しからただ見ていることしか出来ず、それでも助けには行きたいと言いたげに二の足を踏んでいる。


「……どうしよう……助けたいけど、僕が助けに行ったら……」


「そうですね……。単君が行くと、近所の方々に見つかるのは確実。ともなれば、単くんが自ずと月の人間と分かってしまう恐れは……無きにしも非ず。ですね」


「でも、あんなお客さんでも、放っておく訳には……」


 単が両頬を触りながら、どうすべきかを考えていると店主が不意に、背後で片付けをしている鴉の方へ目を向けると、机を拭きながら店主の方を見ていた鴉と目が合った。


「……ご主人。確かに俺はあんまり外に出ねぇから、近所の人には面が割れる事は無いと思うが、流石に素面で出れば、天月人(やつら)にバレちまうし、向こうに俺を知ってる奴らがいたら、今度はここが狙われる。ご主人に救われた手前、恩を仇で返すような真似はしたくねぇ。かと言って、助けねぇって言う訳じゃないが……どうすれば良いか……」


 腕を組みながら店主は天井を見上げると、今度は外の様子を心配そうに見ているであろう単の方へと目を向けて、それから鴉の方へと目を向けた。


 ※


 晶濟の淡い紅藤色の眼光が尾を引かせて、瑞穂に歩み寄る。

 対して瑞穂は、目の前にいる人外の存在に恐れて、ついに腰を抜かしてしまった。


「そうそう。そうやって大人しくしてて下さいねー」


 瑞穂が視線を上にずらすと四階建てのマンションの屋上に弓を構える者が見え、いよいよ逃げ場が無くなった瑞穂が涙目になりながら助けを求めようと口を開けた瞬間。


「そ、そこの若いモン。そこまで……じゃ」


 晶濟の背後からいかにも演技じみた老人らしい低い声色がかけられる。

 晶濟がゆっくりと振り向くとそこには翁の面を被った屈強な体格の男性。鴉が一人、道路の真ん中で立っていた。

「……誰ですか? 貴方は」


「お……わ、ワシは…………。通りすがりの……珈琲の翁。じゃ」


 恐怖で震えていた瑞穂も、『思いがけない味方』というよりはむしろ、不審者。気狂いのような存在が来たものだから、恐怖よりも痛々しいという感じの表情に変わった。

 瑞穂のみならず、屋上で監視していた八千慧も天月人であることを隠しきれていない男に、引きつった笑みを浮かべて赤色のカプセルの形をした光が口元に浮かぶと晶濟へと通信をした。


『……なぁんじゃあ? あの奇天烈(きてれつ)な輩は……。まぁ良いわ、晶濟? その胡散臭い奇天烈な輩を退かさせろ。援護する』


 ところが晶濟から返事がこない。再び八千慧が名を呼ぶと、八千慧の耳元に晶濟の震えた声が微かに聞こえる。


「こ、こーひーの翁さんッ! なんと心くすぐる名前と見た目でございましょうか! この晶濟。ここまで心ときめいた事、生まれて初めてです!」


 晶濟を除いた一同が困惑し、固まった。

 店からこっそりと覗いていた単と主人もまた、予想だにしない反応にポカンとしていた。

 何が彼女の心を惹かせたのか全く分からないが、晶濟は童心に帰ったように目を輝かせ、何のためらいもなく珈琲の翁もとい鴉に近づいてはしゃいだ。


「翁と言いつつも屈強な身体! 年月を経て熟練されたであろう眼! いいえ分かっています。これは面である事は。しかしそれが逆に魅力なのです! 私の前に立ちはだかる貴方は何が目的で。しかしてその正体は誰なのか! 正しくこれは幼き日に見た悪人を退治する正義の味方! それが翁という老齢の(つわもの)と来れば、もう私のトキメキは爆発寸前ですよ! もう爆発してますが! しかしまさか私が敵側になるとは夢にも思わず! ですがそんな事はどうでも良いです。むしろこんな日が来るなんて夢のようです! ところで『こーひー』とは地球(こちら)の物ですよね? 気になる! 気になることが多くて私は━━」


 対峙する鴉は、彼女のはしゃぎっぷりに動揺していた。

 童心に返っているものは本当ではあるが、目の前にいるのは月からの刺客。けれどもどうにも間の抜けた存在で、憧れの眼差しをこれでもかと言わんばかりに浴びせて来るものだから、余計に戦いにくそうである。

 一方で呆気にとられていた瑞穂は、晶濟の変貌ぶりに小馬鹿にした表情を浮かべながら、ゆっくり立ち上がりながらコッソリと逃げようとした。

 すると瑞穂の顔の真横を重々しい風切りの音が通過する。青ざめた表情になって振り返ると、瑞穂の退路を青く輝く矢が道路に突き刺さっていた。

 音に気づいた晶濟がハッと我に帰り、か細い悲鳴を上げている瑞穂を見て、ようやく本命のことを思い出したように鴉から離れた。


「……私がそんな小細工で乱れると思いましたか?」


『思いっきり乱れてたわい! このトントンチキ! 早くその珍妙な男を倒さんか!』


 晶濟の耳に八千慧の怒声が届いて晶濟がすくむと、すぐさま両手に先の二つの水晶を浮かばせ、有無を言わずに鴉へと放つ。

 速いが目視で捉えられない速さではない。だが刺客は晶濟だけではない。

 鴉の背後にあるマンションの屋上では、八千慧の手で今か今かと押さえつけられている矢が、鴉へと狙いを定めていた。

 動けば矢で射られ、動かなければ水晶に命中し、加えて矢にも射られるであろう。

 どっちを取っても全て避けるのは不可能と察したか鴉が一瞬息を吸い込むと、一番大きな水晶に左手で打ち込むように殴って破壊した。

 砕かれた水晶の破片が夏の日差しを反射し大小光り輝く波となって、鴉を覆う。

 狙いを定めていた八千慧の目を反射する光で僅かに眩ませ、矢を射るタイミングをずらす。

 携帯電話だった小さな水晶は、鴉の腹部と脇腹の間に命中したが、鴉はうめき声すら上げず右手から晶濟に向かって()()を投げつけた。

 破片となった水晶の輝きとは異なった流れるような煌めきが晶濟の目に映る。

 違和感を察知したのか晶濟が鴉に当てた水晶を戻そうとすると、不意に晶濟が足から引っ張られるように倒れ、そのまま鴉の周りで縦横に勢いよく振り回された。

 晶濟はかつての兎の耳飾りをつけた女との戦いで、似ている攻撃を受けたことがトラウマとなっているからか、振り回されている間は尋常ではない叫び声を上げ続けていた。

 それを見ていた八千慧が鴉へ狙いを定め、張りに張った弦を離そうとした、正に同じ瞬間。

 鴉は自分に向けられている視線の先。八千慧の方に晶濟を投げ飛ばした。

 四階建てのマンションの屋上にいる八千慧に、難なく飛ばされて向かって来る晶濟。

 だが八千慧は特に動揺することもなく、深い伸脚をするような姿勢で鴉の方へと矢を放った。

 晶濟と入れ替わる形で、矢が空を裂きながら鴉に向かって来る。

 対して鴉は、向かって来る矢を素手で掴む。

 矢尻が目と鼻の前で止まるが、握っている手からは小さくも肉を焼く音が鳴っている。

 鴉は腹をへこませながら一つ呼吸をして手を払うと矢は吹き飛ぶように搔き消え、その後に瑞穂の方へ振り返った。


「ここをまっすぐに進めば、駅に着く。近くに交番があるから、そこに行け」


 先ほどの演技じみた声ではなく素の状態での声色で瑞穂に逃げるように促すと、瑞穂は無言で頷いて逃げ出した。

 それを八千慧が見逃すはずはなく、弦を引くと同時に矢を作り出して間髪入れずに放つ。

 だが矢はまたしても鴉の手で捉えられ、放り捨てるように消された。

 そうこうしている間に、瑞穂は駅へと続く十字路を曲がって、八千慧の視界から完全に瑞穂は消えてしまった。

 悪態をつきながら、八千慧が瑞穂を見失うと同時に鴉の方へと目を向けると、八千慧の目に細い光が伝ってやって来る。

 晶濟同様、違和感を感じた時には、持っていた弓が強く引っ張られ、離さまいと必死に両手で掴む。

 弦から弓の最上部に向かってこする音が上っていく。最上部に到達すると、ドアをノックするような音が不規則に鳴る。

 八千慧が目を凝らして音の正体を見ると、それはようやく彼女の視界に現れた。


「……釣針! 玻璃(はり)【ガラス】細工の釣針か!」


 弓を引っ張る物の正体が分かったとはいえ、なおも強さを増していく力に踏ん張って耐えようとするも、力の主である鴉には敵わず弓は奪われてしまう。

 黒い木製の弓をまじまじと見ると、鴉は屋上にいる八千慧へと視線を移して、これ見よがしに手の中で遊ばせた。


「お土産は頂いたぜ。よく見てみろよ」


 演じることをすっかり止めて嫌味を言う鴉を、八千慧は眉間に僅かなシワを作って睨む。

 翁の面の下でしたり顔の鴉は、八千慧の表情をしばらく見ていると、持っていた弓を持って膝で割り道に放り捨てた。


「すまん。足が勝手に動いちまった」


 すると八千慧は鼻で笑い、冷静な口調で鴉へと返す。


「……いいや。構わんさ。()()()()()くれてやるわ」


 八千慧が空に手を伸ばすと、ホログラムで形作られた弓が伸ばした手を起点に、左右に展開しながら現れると、瞬時に実体化して八千慧が手に取る。

 青碧色の金属で出来たそれは、弓と言うよりはアーチェリーの形に近い。しかし一番特徴的なのは、その見た目であった。

 取っ手は胴の内側に付いており、矢を装填する部分の上下には車輪のような物がある。胴は三つの部品をくっ付けたように角ばって曲がっており、一つ一つの関節の間には弦を伸ばした小さな車輪が、計三つ付いている。

 八千慧が弓を持つと対峙している鴉の戦闘スタイルについて彼女の思考が働く。


(あの玻璃の釣針……あれが彼奴(あやつ)の能力か? それにワシの創った矢を……目視で掴んだ挙句、気合いで消し飛ばした。……武術か? それとも奴の能力? まだ全貌が見えぬとは言え、ただ一つ分かるのは、力はワシよりも上であること。故に地上に降りての接近戦は無謀。ならば……)


 八千慧は鴉の方へ視線を定めつつ、傍にいる晶濟に小さな声で話し始めた。

 時同じくして、鴉は右手に仕込ませたガラスの釣針を長袖の中に戻して、八千慧の方を面越しに見定める。


(奴の能力は、恐らく『魔力で矢を創る』モノだな。矢筒らしい物が(そば)にあるようには思えないし、あったとしたら先に矢筒の矢を使い切った後で、能力の不意打ちで仕留めるだろう。仮に魔力切れまで能力を使ってその後に矢筒の矢を使うなら、さっきのような速さで矢を射るのは不可能だ)


 鴉は次の攻撃を迎撃出来るように、独自の構えを取る。

 面の下で鴉の表情が炎天下の中、汗一滴垂らすことなく考えを巡らせていた。


(……そして、根拠だとか理由だとかは明確にねぇが、アイツは神無の回し者じゃない。別のシマから来た奴だろう。だが……そうとなると何で人間を襲う? さっき逃した奴が、何か月界に影響のある奴なのか?)


 未だ目を覚まさず、倒れたままの会社員を面越しに横目で一瞥した後に、八千慧の方へと鴉の鋭い目線が向かれる。

 その闘志とも殺気とも取れる視線を感じ、八千慧の表情も一切の柔和さを消して唇を強く結んで鴉を見定める。


(どちらにせよ、人様に手を出す事態が起きてるならそれは大事だ。奴らの狙いはさっき逃した女。ならば俺はコイツらをあの場から、動かすわけにはいかねぇ)


 左手を軽く握りながら掌を前に出し、右手は左手よりも強く握って胸元に置く。鴉自身が考えた戦闘の構えを取る。

 その時、ひらひらと一枚のYシャツが屋上から落ちてきて、鴉の目線がそれに向けられる。

 何の変哲もないYシャツがマンションの二階まで揺らめきながら落ちてきた途端、シャツの質量を大きく超えるほどの光る砂粒ほどの水晶に変わって流れ落ち、鴉目掛けて蛇行しながら近づいてくる。

 蛇行した後には、舗装された道路が完全な水晶に変わっている。もしかしなくとも、触れれば水晶に変えられてしまうだろう。

 鴉が屋上へと目を向けると、上の方から錆びついた大きな重金属がゆっくりと動いているような、重い音と甲高い音が同時に鳴り始めた。

 白昼でも見えるくらいに火花が出て、先ほどの弓矢の射り方とは明らかに違うことが、視覚と聴覚で明確となる。

 地上には蛇行して迫る水晶。屋上からは矢。

 考える時間はもうない。

 鴉は意を決して蛇行する水晶の方に、顔が道路に着くくらいに身を大きく屈ませながら移動した。

 狙いを定めた八千慧の方から、爆発のような音と共に矢が射られ鴉の頭上を通り過ぎる。

 矢が着弾すると、鴉が元いた場所から数メートル先まで大きく道路を抉った。

 道路を這う水晶が爪先まで来たとき鴉は前に出している足に力を込めて水晶を飛び越し、八千慧のいる屋上へと駆け上がる。

 粘つくような暑さが乾くくらいの雄々しい声を上げながら、重力を無視して壁を駆け上がり屋上へたどり着いた。

 そこには八千慧だけがいて、晶濟は既に瑞穂を追って屋根伝いに飛び歩いていた。

 八千慧に遅れて目を移すと、弦を両手で持ちながら大きく弓を振り回して鴉の脇腹へ当てた。防御が間に合わなかった鴉はそのまま転がり落ち、脇腹に手を当てながらゆっくりと立ち上がる。


「生憎、ワシは流派や作法など無縁よ。そも、死合いにて作法を弁える輩なぞ『殺してくれ』と言うのと同義じゃ」


 鴉が呼吸を整えると右手に仕込んだ釣針を手に握りしめ、鴉の口が面の下で動く。


「……終符、怨爆除鬼(おはじき)……」


 終符を発動させた釣り針を、八千慧の持っている弓へと伸ばす。

 釣針が一番奥の弦に引っかかり、弓を奪い取ろうとすると八千慧の口元が吊り上がった。


「そう来たな。だがもうそれは効かぬ!」


 弓が引っ張られる前に、八千慧は矢を作り出すと同時に弦を引き始めた。

 弓にあしらわれた青碧色の車輪が、重々しい中に甲高い金属音を立てながら上がっていく。車輪が最上部まで上って弦が最も深く引かれた状態から放たれた矢は、空を裂きながら猛進する。

 鴉は矢を目視で避けると同時に、声を上げながら全力で八千慧の弓を引っ張り始めた。


「効かぬと言っているのが分からぬか、たわけめ!」


 腰を深く落とし、足が建物と一体化したように動かない八千慧を見て、鴉の口から()()が発せられた。


「起爆」


 ━━白昼の用賀の上空で、一つの爆発が起きた。

 だが八千慧は生きていた。爆煙の中から藍色の光が二つ発光すると、三度矢を作り弦を引き始める。

 先ほどよりも引く速度は速く、重低音は更に大きく厚みを増している。

 鴉は本能的にその場から離れると、たった今立っていた場所と、その周囲が大きく口を開けていた。

 あの独特な形をした弓から放たれる矢の威力を改めて実感しながらも八千慧の方を見ると、そこにはもう誰もいなかったので鴉は舌打ちをしつつ屋上を後にした。

晶濟


身長:176cm

体重:69kg


身体値 特 上 普 下 苦


腕力:普 (肉弾戦は不得意)

守備力:下

走力:普

察知力:上

持久力:上

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