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龍吾の怒り

 壊滅した青山通りから離れた三人は、外苑東通りを進んでいた。

 すると雛月が「待ってください」と言って二人を止めた。

 雛月は道の先を数秒ほどじっと見て、それから周りに目を配らせる。


「龍吾様。この緑の生い茂る場所はなんでしょうか?」


「え? ここは……えっと……たしか、迎賓館? がある場所だ。普段は一般の人は入れない……。簡単に言うなら特別な所だよ」


「そうですか。分かりました」


 雛月は龍吾の返答を聞くと、自身を含め三人を青い泡で包んで即座に弾けさせた。

 すると瞬時に緑の茂る庭園内に移動し、龍吾はギョッとした。


「お、おい! ここは一般の人は入れない所って!」


「それは分かってます。ですが、巡回している警備の方がこちらへと向かってきていました。私たちの姿を見たら拘束は間違いありません。なのでやむを得ない形ですが一時的に移動しました」


「で、でもここは……その……外国の主要な人や、皇族の方。……この世界で最も偉い方が来る所で」


「……私たちは月の人間です。……地球の法や決まりごとなんて、通じませんよ」


 そう言う雛月は、自分が非常に無理のある身勝手な発言をしていると自覚しているようで、罪悪感にさいなまれている顔をしていた。

 塀の外からパトカーと救急車のサイレンがけたたましく鳴り響く。

 現場へと大量の車がせわしなく向かっている音は、それだけあの大波動の起こしたことの大きさを如実(にょじつ)に表しているようだった。

 そしてその大波動を直に食らった輝夜も、限界が来たのか石塀によりかかってその場に座りこんでしまった。

 雛月がシラユリを再び召喚させると、先の鬼の形相がトラウマになっているのか恐る恐ると近づいていく。


「シラユリ、もう輝夜様は何もしませんよ。だから安心して回復を行なってください」


 先ほどの雰囲気や状態では無いとは言えど、シラユリは火鉢の中の石を触るような感じで輝夜を回復し始めた。

 いつもは柔和な表情のシラユリが、今は常に強張(こわば)った表情で、そしていつでも逃げれるように微妙な距離を置いている。


「龍吾様、もう腕は大丈夫ですよね?」


「あぁ、俺は大丈夫だよ。腕も普通に動くけど……」


 やむを得なかったとはいえ、死の一歩前まで行きかけた龍吾は、今や生気あふれる身となった。

 唯一、先ほどの大波動の衝撃波で、吹き飛ばされた際のすり傷が、多少ある程度だ。

 しかし龍吾の前には、あざや血がいたる所に残った傷だらけの輝夜がいる。

 龍吾はそっちが気がかりでならない面持ちだった。


「……俺は良いけど、こんなに傷だらけで……輝夜は大丈夫なのか?」


「損傷は大きいですが、この前の雷花さんとの戦いに比べれば随分マシな方です。……ですが問題はそこでは無いです……」


「雷花って……あぁ、あの人か。それで、問題はなんだ?」


「あの大波動です。今までは私達の戦いが誰かに見られても、私の魔術でその時の記憶を消せるような規模でしたが、あんなにも大規模なものを出されては……もう不可能です」


 龍吾は苦い顔となった。

 以前の雷花との戦いで起きたあの大落雷は、自然のなせる現象(わざ)だと辛うじて言い通すことは出来る。

 だが今回のを自然現象と言うには無理がある。

 むしろ『最新兵器が暴発した』という突拍子もない意見の方が、今ならおおよその人は納得するだろう。

 加えてあの規模のモノが青山通りの一区画で収まるとは到底思えない。

 青山の通りを壊滅させ、目撃者も負傷者も多数いて、大型のミサイル以上の大爆音を出し、曇天に極太のビームが都会の一角から放たれた。そんなモノを都心の人々が見逃すわけがない。

 そして今この瞬間も、ネットの海では今しがた起きた事が爆発的な速さで拡散されている。それを止める事は、現代の技術では不可能である。月の人間である雛月でさえ不可能と言うならなおのことだ。


「……もう時間の問題ですね……。私たち天月人という異世界の者が、この地球にいるという事は」


「それは私が地球(ここ)に来た時点で、分かりきってた事よ」


 輝夜が塀に寄りかかったまま、雛月の話に割り込んできた。

 シラユリの表情が一層険しさを増していく。回復の手は止めないが、距離は離して行く。


「輝夜様……」


「私が月界(げっかい)を抜け出してから、今日までにほぼ休む暇なく神無(かんな)からの刺客が来たのは、それだけ連中にとっては大事で、地球の事情なんて眼中にないのよ」


 輝夜は自身の境遇を静かに語る。

 龍吾も、元々は月の人間なんて架空の存在と思っていた。

 だがどんな神のいたずらか、龍吾は二人と出会って今に至る。

 紆余曲折を経たものの輝夜や雛月という天月人の存在をやっと受け入れつつあった。

 だがそれ以外の人々は違う。

 月の人間という空想の産物でしかない存在が、現実にいると知ったならば驚天動地どころの話ではない。


「月の者は、これからもどんどんやって来る。そして私たちは、この世界にはいるはずの無い存在。地球の者にも追われる事となるわ」


「……そう……なるよな」


「本当はこういうことを伝える目的で、来るはずじゃなかったんだけど……。龍吾、私はね……今日、貴方に会わなければと思ったのよ」


 龍吾はうつむいていた顔をゆっくりと上げ、「なんでだ?」と輝夜へ問いかけた。

 輝夜はゆっくりと立ち上がり、一呼吸おいて龍吾の目を見ながら言った。


「私が無理をしないでと言っても、貴方は働くから……その……無理に働く原因を……なんとかしようと思って」


「……おい、その話はお互いこの前で嫌な思いをしたろ?」


「それは確かにそうだけど……。それでも、私は聞きたいのよ。それは……今まで貴方のことを考えず、私が一方的にしてきたこともあるから……」


 龍吾の顔に、夕闇のとばりとは違った影がさした。

 先に彼が思っていた、最期に会って話がしたいという心境は薄れ、過去から今までにくすぶっていた鬱憤という火の粉がじわじわと赤く光り始めた。


「……あの時のことは……今さら謝って済むような話ではないし、……私自身の過去も……ロクに話していないのに、貴方のことを聞こうとする身勝手で、都合のいい話だということも、承知の上だけど……それでも……私は……」


 輝夜の言葉がたどたどしくなり、沈んだ面持ちになっていくのとは反対に、龍吾は静かに怒りを露わにしていた。

 奥多摩の奥地で偶然出会った後に輝夜の都合で振り回され、多額の借金を背負っていることを除けば、ごく普通の高校生である龍吾が月の人間達の戦いに巻き込まれて、何度も命の危機に直面してきた。

 不敵で傲岸。超の付くマイペースで、過去に触れてはいけないと念押しされていた存在が、裏では自分の一挙一動に罪悪感を持ち、良心にさいなまれ続けた挙句、自分の過去は話せないが龍吾の現状と経緯を知りたい。

 というなんとも虫のいい話が、龍吾の心中に光っていた火の粉を炎と化させ、燃えあがる。


「……よく……そんな事を言えるなって……ある意味感心するわ。……結局、俺はいいように振り回されたって訳だ」


「……あ、あの……龍吾様。輝夜様は」


「雛月、貴女は少し黙ってなさい」


 輝夜は雛月を見ずに、それ以上の発言を止めさせた。

 輝夜は今まさに親に叱られる子供のように。しかし逃げようとも、言い訳をしようともしない、覚悟を決めた眼で龍吾を見ていた。


「本当……今更だよ。今更すぎる。……そして出来るなら、その言葉は聞きたくなかった。それにお前、自分が何を言ってるか分かってるのか?」


「……分かっているわ」


「ふざけんな! そういう所がお前を信じられない原因なんだよ。それくらい分かれ!」


 一言一句が、輝夜の表情を悲しみに沈ませる。だが怒りが爆発した龍吾は止まらない。


「お前の過去は話さないくせに、俺の過去は話してくれとか。そう言える神経が理解できねぇし、何よりお前は俺と最初に会った時に何をしたか、自分の胸に聞いてみろって言ったよな! それでなんとかしたいだと?! そんな言葉誰が信じるっていうんだ!」


 激昂した龍吾は、今まで言いたかったことをぶち撒けるように荒々しい声を出した。

 シラユリは気まずそうに引っ込み、雛月はただ怒られる輝夜と憤る龍吾をかたわらで見守ることしかできない。

 輝夜は段々と肩が小刻みに震わせながらも、グッとこらえながら、龍吾の怒りを受けとめていた。


「お前が俺を軽々しく突き放したあの時、俺は本当に死ぬんだって思った。その時お前は、何を思って助けた? その時のノリか? 冗談のつもりだったか? それともなにか理由があってやったのか?」


「……い、行く所が……無いから……貴方を助けに……」


 か細い声で正直に返した輝夜に、龍吾はとうとう堪忍袋の尾が切れて輝夜に詰め寄って声をより一層荒げていく。


「てめぇいい加減にしろ! 今も借金取りに目ぇ付けられているのに、月の人間にも狙われるハメになった俺の身をなんだと思ってんだ!」


 大声に首をすくめた輝夜は必死に歯をくいしばって堪えていたが、目からは大粒の涙がぽろぽろと流れ始め、肩が不規則に大きく動いていた。


「泣きたいのは俺の方だよ! 借金に追われて! 月の人間にも追われて! 一人の生活だけでも厳しい時に家に上がり込んで! これならまだ、わがままを貫いてた方が諦めもついたさ。なのに今まで悪かっただと?! じゃあ俺の今までの我慢はなんだったんだよ!」


「……あ……っ……うっ……」


「お前は楽しかったろうよ! 居座った先のヤツが、自分のわがままを聞いてくれる、都合のいいヤツだって! そんで今回も適当に謝りゃ、許してくれるって、考えなんだろ?!」


「ち……ちが、う……! そ、ぞんな、っ……ごどは……!」


「そんなことだろ! 許されんなら今、この場で、ぶん殴ってるところだ! 謝りたい? なんとかしたい?! 助力するだぁ!? バカにすんのもいい加減にしろ!!」


 大粒の涙、堪えきれず口から漏れる嗚咽(おえつ)

 自分の軽い気持ちでやってきたことが龍吾の口から怒声となって一気に返ってきたことで、ようやく輝夜はその業の大きさを知ったようだった。

 普段の不敵な表情も、先ほどの鬼のような形相もなりを潜め、今や顔をぐしゃぐしゃにして涙に掻き暮れる子供の表情そのものになっていた。


「……ごめん……なざい……。……ごめんなさい……」


「ごめんで済むなら、警察いらねぇんだよ! それにお前、自分で言ったろ。謝って済むような話ではないって! 本当にその通りだよ。今更謝って済む話じゃねぇよ!」


 輝夜は嗚咽混じりに「ごめんなさい」を繰り返す。

 一通りの怒りを吐き出した龍吾は、大きく息を吐くと舌打ちしながら「ったくよぉ……」と呟き片手で頭を抱えた。

 かたわらでオロオロしていた雛月は、一旦は落ち着いたのを確認すると龍吾に近づいて腫れ物に触るように話しかけた。


「……あ、あの龍吾様? ……その……輝夜様と重ねて私も謝ります。……その……あの……本来だったら初めて会ったあの日に、それこそ刺し違えるつもりで月に帰すべきでした」


「だけどしなかった……。つまりは輝夜を恐れて、するべき事を放棄したって訳だ。違うか?!」


「……その通りです……。そして貴方を、私たちの戦いに巻き込んでしまう事となりました。こればかりはいくら謝っても足らないくらいです」


 龍吾は半ば投げやり気味に「もういいよ」と吐き捨てた、その直後に。


「で、あるならば、なおのこと龍吾様の現状を、私たちがなんとかしたいと思うのです。私たちは先の通り、天月人の戦いに巻き込んだ挙句、逼迫(ひっぱく)した生活を送る龍吾様に、更なる負担をかけました。

 無論、これ以上に謝ることは沢山ありますが、今、目の前にある問題一つ解決できずに、何を詫びると言えましょうか」


 龍吾は雛月の言葉を聞いて、眉間のシワを緩ませた。

 それは、これ以上怒鳴り散らしてもどうしようもないことと、未だ子供のように泣きじゃくる輝夜のこと。

 そして雛月の懇願の三つが重なって、龍吾の怒りを冷ましていった。

 が、龍吾の表情は複雑なままだった。

 それはかつて輝夜が言っていたように、一度でも裏切られれば人を勘ぐり始め、信じることができなくなる。という言葉そのものが彼にあるからだ。

 輝夜と初めて出会った日の印象は最悪の一言。

 それが彼の内に秘めたことを、ひた隠しにしてきた。

 しかし今輝夜は猛省し、涙目ながらも龍吾を見る目は真剣に見据えている。

 二人の眼差しに龍吾の視線が泳ぎはじめた。

 信じたい気持ちと、信じられない気持ちが龍吾の中で相克(そうこく)しているようでもあった。


「……簡単に言うけどよ……そんなんだったらとっくに解決してるさ」


「問題の大小なんて問いません。……龍吾様。どうか私たちに、今、貴方が抱えている問題を聞かせてもらえませんでしょうか?」


 龍吾が重い口を開けようとした時、巡回していた二人の警備員が大声で龍吾たちを呼び止めた。

 そこに雛月は人差し指を向けて、光を集中させると同時に、三人を再び青い泡で包んだ。

 光と泡が同時に弾けると、誰もいなくなった所をポカンと見ていた二人は交互に顔を見合わせ、上の空で元の業務に戻った。

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