表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/116

煌々晶星

 人々が行き交う駅内を、龍吾は掻き分け、時にぶつかりながらも三人の追っ手から逃げていた。

 冥達も駅内へと入ったが、どこを見ても龍吾の姿は見えない。

 しかし三人は取り乱す事無く駅内を見ていた。


「人間はまだここにいるよな?」


「はい〜、いますよ〜。人が多くても関係ありません、嫌でも出て来させますかね〜」


 晶濟(あきな)の持っている水晶が光り始めると、水晶が手から浮かび、細い光の道が作られた。

 一方で龍吾は改札を抜け、人混みの中を掻き分けて走るスピードを緩めた。


(いくらアイツらでも、こんなに人が多けりゃ探すのは手間取るだろ。日本の社会にはこういう使い方が……)


 龍吾が後方を気にしつつ、山手線ホームへと歩いている時、龍吾の顔が違和感を感じたように一変した。

 石ともガラスとも思える滑らかで、それでいて硬い感触が左手から伝わるのだ。

 龍吾が左手を開いた瞬間、非現実過ぎる姿に目を大きく見開き、龍吾は大衆の目など構わずに自分の左手を見ながら驚きの声を上げた。

 彼の手のひらに、握れば包めるほどの大きさをした、楕円形の透明な物体が埋め込まれていた。爪で引き剥がそうとしても、右手で殴りつけても、壁に叩きつけても、動くこともなければヒビ一つ入らない。


「こっ……な、何だこれは! どうなってる!?」


 手のひらからは痛みや、手の内部から透明な何かが伝うような感覚は特にない。

 しかし手のひらに出来た透明の物質を見ていると、氷を水に浸けた音とともに、物質が親指付近まで根を伸ばした。

 原因も手のひらの物質の正体もロクに整理も出来ない中、とにかくこの場を離れなければという第六感に任せて龍吾は山手線のホームに駆けて行った。

 階段を登るとちょうど山手線が停車しており、龍吾は迷うことなく車内へと乗り込んだ。

 発車には一分ほどあるが、発車すればそれまで。龍吾は自分の左手を握り締め、焦燥を抑えながら発車を待った。

 一方で冥たちは大勢の人々が行き交い、改装工事であちらこちらが塞がれているのも加わって、駅というよりは迷宮じみた光景を見ていた。

 冥は視界に入る電車の発車時刻が記された電光板を見て風華に目で合図を送る。

 それを見た風華はコクリと頷くと片手で周囲の空気を集め始め、やがて彼女の上半身程の大きさの風の球を作り始めた。


「無駄な犠牲を作るような強さにしないでね。目的は、あくまであの人間なのだから」


「分かってますよ。安心して下さい。見た目こそ大きいですが、人が死ぬような風力ではありません」


 風華は、手のひらを中心に作られた風の球から手を引き抜くと、その場から離れた。

 ふよふよと浮いた透明な風の球の中で、風の動きが徐々に早くなっていく。


「私たちだって、日本(ここ)の人たちの特性や行動は勉強してるんですよ!」


 風華が指を弾いて音を出すと、風の球は音もなく爆発した。

 放たれた暴風が人々を吹き飛ばし、改装工事の囲いは鉄の音と共に崩れて飛ばされた。

 電光掲示板がグラグラと揺れる通路内で暴風は七秒ほど周囲に炸裂し、風が収まると通路にいた一人が悲鳴を上げると、それに連鎖して周りにいた人々も悲鳴や困惑の声を上げた。

 その一方で、電車の発車まで秒読みとなった龍吾は、今か今かとしきりにドアを見て待っていた。

 電車内のテレビ映像が発車の時刻になり、発車メロディーが鳴って発車するはずだった。しかし電車は動こうともしなければ、メロディーさえ鳴らない。

 こういう時に限り時間の進みは早く、すでに発車時刻は超えていた。すると駅内に、男性のアナウンスが流れ始める。


『ただいま、新宿駅西口内にて爆発が起きたとの報告がありました。安全確認の為、全車両を停車致します。ホーム、車内にいるお客様は危険ですので、その場を動かないで下さい。繰り返します。ただいま……』


 車内やホームいる人々が困惑の声を上げる。

 その中で龍吾は、その爆発の原因が何なのかを、すぐに理解した。


(爆発……。まさかあの二人か。あの二人が能力でやらかしたんだ!)


 原因を突き止めた龍吾は当分動くことのない鉄の塊と化した電車から降りると、爆心地である西口の階段を通り過ぎて南口へと向かう。

 そのとき龍吾は『能力』という言葉に、ふとこの駅に来る前の事を思い出す。あの二人に追われる前、龍吾はもう一人の天月人と出会った、あのキメラ式の占いをした占い師を。そして彼女に見てもらった際、彼女が触っていたのは、左の手のひら。


(……まさか……これは、あの占い師の能力。じゃあ、この手のひらの物体は……)


 一寸の曇りも傷もない、手のひらに埋め込まれた透明な物体。それは占い師の傍に置いていた、ある物とよく似ていた。


(━━水晶。俺の手のひらにあるコレは、水晶なのか?)


 龍吾の手のひらに埋め込まれた『物体』の正体、それは水晶だった。

 そうして読めて来る、あの占い師の能力。

 彼女は水晶を操る能力。

 他にどういう方法で水晶にさせるのか。どういう性質があるのかは完全には分からないものの、たった一つだけ分かることは、触られた所が水晶と化していること。そして水晶となったところは、条件は不明だが侵食していくこと。

 龍吾の手が水晶化している事に愕然としつつ、今やテロ騒ぎとなった駅内で動く電車は一つとない。ならば別の電車へと切り替えて、帰路に着くしかない。

 龍吾は南口へと辿り着くと、改札を抜けて都営大江戸線の新宿駅へと向かった。

 手のひらの物体は先の侵食以来進んでいない。しかし奴らは間違いなく追って来る。

 都営大江戸線の駅へと続く階段を降ると、幸か不幸かまだ電車は止まっている状態では無かった。地下鉄の定期は持っていない為に切符を買う羽目となったが、命の値に比べれば安いもの。切符を買って改札を抜けると、六本木・大門方面行きのホームに並ぶ。

 ほどなくして電車がやって来て当たり前にドアが開き、発車メロディーが鳴ってドアが閉まるろうとしたとき、閉まりかけたドアが一旦全開して直後に再び閉まった。

 「駆け込み乗車はおやめ下さい」とアナウンスが入ると、大江戸線が新宿の駅を後にする。

 光に溢れた駅が過去の物となり、今ではトンネル内の暗闇とライトの光が現れては消え、現れては消えの繰り返し。

 電車は順調に進んでいる。しかし手のひらの水晶はまだ消えない。

 すると龍吾の視界の隅から暗闇が生まれた。顔を向けると後方の電気が消えていた。停電かと思ったが、一、二両以上の電気が同時に全て消えるのは流石に日本の電車では起き得ない。

 そうこうしていると後方に広がっていた暗闇が一気に龍吾の乗っている車両まで伸び、あっという間に全車両が暗闇に包まれた。

 周りにいた乗客は何事かと周囲を見渡しているのがスマートフォンから発せられる光で、夜道に浮かび上がる霊のように照らされている。

 不意に前方から短い男女の悲鳴が上がった。

 スマートフォンの明かりで照らされた顔が次々と短い叫びと共に暗闇に飲まれて消えていく。

 トンネル内のライトが車内を一瞬一瞬照らす中で自分の元へと暗闇に潜んでいた黒い手が寄って来るも、スミレが目の前を双刀で手を斬り払うと、次いで龍吾の身体をすり抜け背後を斬り、締めに周囲を斬り刻む。

 今や電車の明かりは外のライトだけで乗客の声は元より気配すら感じられない。

 龍吾は奥の方を見ると、蛍の光のような青い光が二つ、薄い青藤色も二つ、最後に淡い紅藤色の光が二つ少しづつこちらに近づいて来ている。

 龍吾はとっさに席の影へと隠れ、その正体を覗き見た。

 各駅に停まるはずの電車が駅を通過し、駅の光が車内を照らすとそこにはやはりと言うべきか冥と風華、そして晶濟が顔を少し動かしながら周りを見渡していた。

 距離は龍吾から二車両分。

 三人は進行しながら龍吾を探している。

 龍吾は顔を隠し、制服の色と周りの暗闇に溶け込むようにうずくまって隠れた。

 ほどなくして三人の足が龍吾のいる席へと近づいて来る。


「あいつはどこ? どこに隠れた?」


「冥様、もしかしたら一緒に巻き込んでしまったのでは?」


「そんなバカな……いや……もしかしたら、あり得るかも……」


「ちょっと冥様!」


「ま、まだそうと決まった訳じゃないでしょう!」


「まぁまぁ〜、落ち着いて下さい。隠れてようが飲み込まれてようが、どちらにせよ炙り出せば良いのです〜」


 三人の声が聞こえるくらいの少し離れた後方から、晶濟は気づいていないのか手に浮かばせた水晶を光らせる。

 うずくまっていた龍吾は、自分の左手の侵食が進んでいくのを、その目で見ている。

 侵食の音は電車の走行音で掻き消されているが、手のひらの水晶は左手を水晶に変えてどんどん腕を伝って来る。


(だ、ダメだ! これ以上隠れていたら、本当に水晶になる!)


 前腕が水晶になり上腕へと這い上がって来る中、龍吾は右手を胸に当て目を数秒つぶった。

 すると龍吾の隠れていた場からやや離れたところに精靈が現れ、気配を感じ取った三人が同時にスミレを見る。


「……あ、あれ! あれは! 輝夜さんの従者さんが持っている……精靈!?」


 二人が考えるより先にスミレは三人に背を向け、空を切るように運転席へと向かい、逃がさんとばかりにスミレを追いかける。

 足音が遠ざかる度に龍吾の上腕を侵食していた水晶はスピードを緩め、足音が聞こえなくなると肘より少し上の所で、南極の流氷が流れるように侵食は遅くなった。

 だが、前腕は完全に水晶になったがために、指は元より前腕を曲げることも出来ない。


(どうやら、あの占い師が近くにいると、水晶になるのが早まるみたいだな。それよりスミレ、頼んだぞ!)


 龍吾がそろりと身体を振り向かせると

 そこには手の上に水晶を浮かべながら、眼から淡い紅藤の光を放つ晶濟が、龍吾を見下ろしていた。


「私の能力が、少しは理解出来ましたか〜? でもその様子だと、見当が外れたみたいですね〜」


 腕の侵食が再び進む。侵食の速さは、彼女と距離を置けば遅くなるのではなく、彼女の意思で速めたり遅くする事も出来るのだ。


「ねぇ、人間さん。大人しく白旗を上げましょう? 私が貴方に言ったあの占いはデタラメではないし、間違いなく本当です。しかし抵抗するのであれば、叶う願いも叶いませんよ?」


 晶濟と龍吾の顔の距離は、拳一つ分ほど。天月人の特徴である黒い虹彩と、淡藤色の光を放つ瞳孔が、龍後の眼を真っ直ぐ見つめる。

 和解を勧告する言葉だが、素直に聞けば龍吾は冥達に囚われ始末されるのは目に見えている。恐怖よりも、奥底に眠る覚悟を解くように龍吾は晶濟を見返す。


「……そうか。あの結果は本当なんだな。それは有難く受け止めるよ。だが、お前の願いは叶えられねぇ」


 スミレが運転席の扉をすり抜け、運転台を見渡す。

 その背後から冥のヴァジュラが光刃を出して斬り裂こうと駆け寄る。

 スミレは運転台の数あるボタンの中で、龍吾から伝えられた赤い非常ブレーキのボタンを、叩いて押した。

 とたん、電車は甲高い鉄の悲鳴を上げながら急激な減速によって、中にいた四人は大きな慣性の力で盛大に進行方向へと倒れた。

 冥と風華は、運転席と客車を隔てる壁に前のめりで激突した。そこへ冥の持っていたヴァジュラの光刃が、倒れた風華の目の前で深々と刺さった。


「危ないじゃないですか! 死ぬところでしたよ! あと重い! その牛みたいな胸どかして下さい!」


「ち、ちょっと待って! というか、さり気なく馬鹿にしないでよ!」


 一方龍吾と晶濟も、大きな慣性の力で、盛大に身体を動かされた。

 龍吾は隣の席にぶつかったが、晶濟は両膝を曲げて幼子に話す様な姿勢だったので、「きゃあっ!」と叫ぶと盛大に車内を転げ回った。


「……姑息なことを。そんな事をして、私が能力を解除するとでも、思ってるんですか!」


「あぁ、これで十分さ」


 龍吾は、既に肩まで水晶が登り詰めて来ている、左腕を上げた。晶濟は、何をしているのか理解出来ず、困惑の表情を浮かべている。


(この占い師と戦えば、間違いなく残りの二人がやって来る。スミレがいるにしても、実質一対三。向こうは距離に関係ない攻撃が出来るし、加戦しようがしまいが、このままでは侵食は進んで俺の身は水晶になる。……となれば残された方法は、一つしかない)


「スミレ!」


 龍吾の大声が、金属の悲鳴が小さくなっていく車内に響く。

 スミレは一瞬で運転席から龍吾の元に戻るが、同時にスミレは今まで崩したことのない表情から一転し、激しく動揺した表情で龍吾を凝視する。


「スミレ、やれ。やるんだ。これは命令だぞ!」


 スミレは酷く惑乱し、普段の冷静な表情はどこにもない。


 命令は実行しなければならない。しかし対象の命は守らなければならない。二つの事柄が彼女を迷わせる。

 だが時間はない。

 スミレは意を決して片方の剣を振り上げた。

 それを見た晶濟は、ようやくそこで彼が何をしようとしているのかを理解し、水晶の侵食を最高速に上げようとした。

 水晶が、瞬く間に腕から肩に這い上がろうとするも、水晶が肩に辿り着く前に、スミレの剣が、龍吾の左腕を斬り落とした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ