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彼女は勇者に向いてない!!  作者: white
未定~山岳都市バスケス編
32/33

第二話 山岳都市

 離れて見る分には鈍色の岩肌と同化して見えたその都市は、近づくにつれてその細部まで見えてきた。

 『城』と形容されていたように、遠目では一つの建造物に見えていたそれは、同じような色で統一された石造りの建物が、山肌に沿って建てられた大きな都市とその外壁だった。


 岩山の、麓から中腹までを覆う石造りの建物。

 下に並ぶ小さな住居のような大きさから始まり、宮殿のような一際大きな建物が、さながら王冠のように街の最高地点に建てられている。


 街の左右後方を山に挟まれており、ちょうど二つの山で作られた谷間に嵌るように造られたその都市は、まるで初めから連峰の一部だったかのようにすら思わせられる。




「まいったね、これは……」

「何が?」

 思わず溜息とも採れる呟きを洩らすリチャードにエリスが反応する。


「街の規模が想像よりはるかに大きい。……入市税が幾らかかるか、心配になってな」

「にゅう、し……税?」

 リチャードの言葉は、前半が漏れ出た本音、後半は取って付けたような言い訳だったが、そんなことよりも、聞きなれない単語にエリスは首を傾げる。


 それもそのはず。

 辺境に暮らす集落での交易は、ほとんどが物々交換で成り立っており、貨幣による蓄財などは全くと言って良いほど行われていない。

 彼らがここまで来るのに立ち寄った村で手に入れた物も、近場で狩って余った獣の肉や毛皮、モラレスの村から持ち出した物資などと交換して貰った物ばかりだ。


 さらに言ってしまえば、実はエリスの家も厳密には商家ではない。

 交換所、と表現した方が良いだろう。

 個人で、あるいは家庭で、不要になった物や余った物を持ってきて必要な物や欲しい物と交換してくれる場所。

 エリスの家は、それを仲介する役目だった。

 店主側に貨幣を蓄財するという思考――つまりは利益を上げようとする意志が無いため、“(あきな)い”というには語弊があるのかもしれない。


 貨幣という概念が浸透していない訳ではない。

 ただ、発行元が国にしろ領主にしろ、いつ枯れるともしれない鉱脈を頼りに、無計画に貨幣を鋳造するわけにもいかないし、使う人間は、それこそ万単位の枚数で必要とするものであるので、必然的に辺境地域まで回ってこないという側面がある。


 それ以上に、彼らの暮らす土地では必ずしも必要とされない、という理由もあるが。

 食料供給面で自立し、遠出の機会も限られている者にとっては、金貨よりも野菜の方が価値があるのだ。




「入市税というのは、あの街に入るために支払うお金、ってとこか」

 ピンと来ていないエリスに簡単にリチャードは説明する。

 その視線は、見上げるほど巨大な石造りの街壁に造られた門の前に並ぶ、人と馬車の列に向いていた。


「えっ!?街に入るだけでお金がいるの?」

 家以外の場所に門があること自体が初めてのエリスにとってみれば、異常とさえ感じる事実だ。

「“入るだけ”って言うと、確かに変な気もするけどな」

 エリスの反応に、リチャードは苦笑しながらも同意を示す。


「出入りがある程度管理されていて、見るからに不審な人間や危険な人間は、まず街に入れない。猛獣の類は言うまでも無く、な。その街の中でもし何かあっても、問題解決のための助力は得られる――その為の金だと、割り切るしかないな」

 それでもリチャードは、出来る限り中立な解釈を伝える。




「大人三人に馬車一台、馬二頭と荷物……。手持ちで……。基準が分からないからな。最悪、実物納品でいくか」

 まだ色々と納得がいかないように首をひねっているエリスを余所に、目算で計算を立てていく。

 クロエはこういったことは基本的にリチャードに丸投げして、起きたばかりだというのに舟を漕いでいる。

 リチャードもそれを咎めるようなことは無い。というか、人嫌いの人間に交渉事を期待する人間はいない。


 入市税に関して言えば、エルリアでも求められる為に、また、為政者の知り合い(・・・・・・・・)がいる為に、リチャードもそれが持つ意味を理解している。


 街中を警備をする人間の俸給にしても、砦を修繕する費用にしても、街を維持するための金は必要だ。

 街に入るのならそのための金を払え、という考え方も間違ってはいない。


 問題は、その額である。


 この場合、エルリアを基準にすればいいか、と問われれば、否、である。

 都市の規模や年間の予算を含め、訪問者総数から都市に暮らす納税者の人数、その他諸々計算して、税金の額は決められているのだ。

 さらに言えば、入市税が極端に高すぎると商人は街を訪れること自体を敬遠してしまうし、極端に低すぎるとヨロシクナイ性質の人間をも招き入れることになってしまう。


 この“ちょうど良い金額”というのは、どうにも読めないのである。

 リチャードの苦手とする『出たとこ勝負』をするしか、現状では手が無い。


 昨今、多くの国では、年齢というものはあまり重要視されない。

 十代でも彼らのように(色々な意味で)戦力になる若者もいるし、年を取っていても役に立たない老人もいる。

 親に手を引かれる幼子でもない限り、基本的には『大人』と見なされるのだ。


 大人だからといって、あるいは子供だからといって、税金の有無が変わるわけでもない。

 そもそも、高額過ぎれば人が寄り付かなくなるので、人にかかる税金はむしろ抑えられている。

 馬二頭の分が加わると少々不安だが、現金でもそれなりの額は持っている。

 今更人間も馬も数を減らしようがないのだから、運を天に任せるしかないか、とリチャードは無言のうちに腹を括った。


 彼らを乗せた馬車は、ゆっくりと街道に並ぶ列の最後尾に近づいていく。




「次ッ」


 街に入る列に並んでしばらくして……。

 日が傾き、足元の影が長く感じ始めた頃、リチャードたち一行の審査の順番が回ってきた。

 街を囲む外壁のさらに外側。木の骨組みと布の屋根だけがある簡易天幕の中の一つから声がかかる。


「大人三人と馬二頭で良いな?」

 声をかけてきたのは、腹回りと顎周りにややモチっとした肉付きが気になりだした、四〇台に見える男だった。

 青味がかった色で統一された制服を着て、紙を木の板に留めた物を手に持ち、そこに何やら記入している。

 左右を見ると、似たような様子で旅人風の一団や馬車が審査を受けている。


 その周囲を囲むように、剣や槍で武装した衛士が並んでいる為に、物々しい雰囲気が漂っていることは否定しきれない。


「バスケスを訪れた目的はなんだ。観光か?行商か?」

「観光です」

 問われた内容に、リチャードは御者台から淀みなく答える。

 クロエとエリスは、荷台に移って仲良く肩を並べている。


「荷はなんだ?街で売るつもりなら検査する必要があるが……」

 観光なら商売なんてしないよな、と暗に男の眼は告げていた。

 これに否と返せば荷の分も税金を科せられることになるため、リチャードは男の出した流れに乗ることにした。

「これは自分たち用の保存食です。商売に来たんじゃありませんから」

 男は、そうか、とだけ返し手元の紙に書き込む。


「入市税として、大人一名で一〇エルト。馬は一頭二〇エルトで、合計が七〇エルトだな。街に滞在するつもりなら払ってくれ。その気が無いなら今ここで引き返すんだな」

 男から告げられた額は、リチャードの予想よりもずっと低かった。


「では現金で」

 これくらいの額ならば、と即決で支払いを決める。

 男に少しばかり多めに銀貨を渡すと、ほんの少しだけ口角を上げる。

 それを見た男は何も言わずに少し離れると、次ッ、と後ろに並んでいた一団に声をかける。

 リチャードたちはそれを見て街へと馬車を進める。




「……この街で何かあるのか?」

 やっとたどり着いた宿屋の受付で、力無く項垂れながら女将に話しかけるリチャード。

 既に日は遥か地平線に沈み、僅かに西の空にその残滓を残すのみだ。


 この食堂併設の宿『一夜の木隠れ亭』にたどり着くまでに、八軒の宿に彼らは断られていた。

 曰く、部屋が無い。

 曰く、厩が空いてない。


 日のあるうちに宿を決め、それから少し動こうと考えていた彼らの予定は、三件目の宿に断られた辺りで断念せざるを得なかった。

 この街の数少ない平地にある大通りから大きく外れ、斜めの岩肌に這うように伸びる街の外周部でも、さらに外側に位置するであろうこの宿に着くまで、街中での野宿も覚悟していた。

 部屋数一〇と決して大きくない宿だが、街の外れにあるおかげか、なんとか一部屋だけ確保できたのだ。


「アンタたちは何処の生まれだい?」

 そんなことも知らないのかい、とため息交じりに聞いてくるのは宿の女将だ。

「旅をしてるんだ。この辺りの出じゃないことは認めるよ」

 リチャードは曖昧に答える。

 女性陣は宿の裏に併設された厩に馬車と二頭の仲間を預けに行っている。

 リチャードがここに残ったのは情報を集めるためだ。


「今年は『十三氏族長会議』があるからね。どこの宿も氏族の兵士やら護衛やらで貸し切られてるんじゃないかねぇ……」


「十三氏族長会議?」

 耳慣れない単語に首を傾げるリチャードだったが、

「ただいまぁ~」

「……………疲れた」

 白い顔をしたクロエと、荷物、というか大きめの木箱を担いだエリスが戻ってきたことで話は中断される。


「おや、戻ってきたね。じゃあ部屋に行こうかい。ウチは夕食も出してるから食べていくと良いよ」

 女将はそう言って右手側を示す。

 その先には食事を求める客でにぎわい始めた食堂があり、そこから漂ってくる香りは、久しぶりに嗅ぐ文明的な料理の物だった。


 リチャードたちに用意された部屋は三階の奥にある三人部屋だった。

 彼らはそこにたどり着くと、それぞれベットに倒れこみ、そのまま寝入ってしまった。

 もう一度一階まで下りて夕食を食べる元気は、彼らには残っていなかった。

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