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彼女は勇者に向いてない!!  作者: white
未定~山岳都市バスケス編
31/33

第一話 旅路

新章突入でございます。


それに伴い、メイン・サブキャラクターの紹介とあらすじを編集しております。

宜しければそちらもどうぞ。


多少のネタバレになりますが、今章はバトルは在りません。

今まで放置していたネタや用語の解説を入れていきながら、のんびり観光してもらおうと思います。


ではでは、どうぞ。

 雲一つない青空の下、川沿いの街道をのんびりと馬車が行く。


「それにしても平和ねぇ……」


 昼前の日差しを浴び、長いくすんだ金の髪を後頭部で一つに結んだ少女がのほほんと呟く。

 見るからに田舎の娘といった風体からは想像もつかないほどの膂力を持つ彼女も、屋根も付いていないボロ馬車の御者席に収まってしまえば、その辺を歩く村娘にしか見えない。

 その顔は平均以上の美しさを備えてはいるものの、明らかに安物の麻の服と、必要最低限の手入れしかされていないちょっと傷んだ髪の所為で、霞んで見えてしまうのも確かだろう。


 名をエリス=モラレス――

 ――モラレス村出身の、“最強の村娘”である。




「……代わるか?」


 幌も屋根も無い、剥き出しの荷台から声をかけてきたのは、エリスより鮮やかな金の髪をした、少し目つきのキツイ少年。

 気怠そうに見えるのは、昨夜の不寝番を務めた所為だろう。


「大丈夫だよ、リチャード。貴方も、もう少し寝ててもいいんだよ?何かあったら起こすし……」

 クロエもまだ寝てるしね、と振り向きながら微笑む。

 その視線の先には、食料や水の入った木樽や木箱の隙間で、小さな体をさらに小さく折って丸くなっている黒髪の少女がいた。

 不寝番を務めたもう一人の同道者だ。

 時折もぞもぞと身じろぎしながら、自分のとリチャードの、二人分の外套を掛布団にして眠っている。


 不寝番を務めなかった人間が朝一の御者を務めるのが、彼らの間では不文律となっていた。


 あの(・・)邂逅(かいこう)から、既に三週。

 彼らの関係は良好に続いていた。

 リチャードもクロエも、二人して本来は人嫌いの気があるにも関わらず、エリスを迎え入れた。

 所謂、『普通の友人関係』くらいには、親しくしてくれている――そう、エリスは思っている。




 モラレスの村を離れ、南に向かう川に沿って、見渡す限りの草原をパカポコガラゴロと荷馬車に揺られる旅路。

 それは、存外のんびりとしたものになった。

 山賊に襲われるでもなく、オオカミや川熊に襲われるでもなく。

 かつては遠くに見えていた山々も、今ではその先端を見上げるのが窮屈な程度に近づいている。


 彼らは、多くを話した。

 家族の事。暮らしていた土地の事。何が好きか。何が嫌いか。


 しかし、あの日。

 村人の弔いを終えたあの日から、エリスは、一度もあの洞窟で起こった出来事を話題にしていない。

 クロエ達も殊更にそれを口にすることは無かった。




「もうしばらく行ったら休憩にしましょ」

 そう言うと、エリスは視線を前に戻し、馬車をひく二頭の仲間(ウマ)――茶毛のレミーと黒毛のマークの背中を見る。

 二頭とも、畑仕事もこなせる力持ちの重馬種ではあるが、荷馬車を引くのも大変なのだ。

 休みを小まめに入れないとまいってしまう。


 リチャードはそれに、そうだな、とだけ返すと装備の手入れを始める。


 刀身が肘から指先までの長さしかない、肉厚両刃の片手剣。

 それを鞘から抜くと、一度乾いた布で刀身に付いた古い油を拭って、次に新しい油を僅かに染ませた布で拭う。

 錆が浮かないようにする、ただそれだけの本当に必要最低限の手入れだけで済ませる。


 これが、一点物の鍛造品(オーダーメイド)だったりすれば、もっとしっかりと手入れされるべきなのだろうが、リチャード達に与えられた装備は、どこにでもある――言い方を変えれば、“どこででも手に入る品”なので、これくらいで良いのだ……と彼は考えているが、当然こだわる人間はしっかりこだわる。


 次に弓を取り出す。

 これまた単純な丸木弓で、弦が張っていなければ、どこかの木の枝をそのまま持ってきたようにしか見えない。


 実際、この弓は実家の木の枝を拝借して作った物だ。

 といっても、生木そのままでは実用に耐えないため、数日陰干しして、弾性(元に戻ろうとする力)を高める薬剤に付け込んだ物で、普通の枝とは似て非なる物と言って良い。


 以下完全に余談ではあるが、付け込む薬剤というのも割と何処にでもある植物の煮汁だったりする。

 これを考えたのは昔の冒険者達で、旅先で弓が壊れ近くに町も無い、という状況に置かれた際の手段として、広く研究されていたのだそうだ。


 弦を外し、本体の方に痛みが無いかを確認すると、新しい弦に張り替える。

 こちらもまた、本当に単純な整備しかしていない。


 命を預ける武器としては軽い扱いにも見えるだろうが、本当に必要な場合はその場で出来る限りのことはする。

 リチャードは、故国では冒険者としていくらか経験を積んでいるので、武器の状態を見極めることくらいはできる。

 というより、人里離れて数日は山籠もり、などという状況も割とある稼業なので、それくらいできないと困るのは自分である。


 その事と、現状の物資が足りているかどうかとは別問題である。




「まあ、ギリギリではあるがな……」

 そう呟いて、溜息をもらす。


「……ん?何が?」

 それに御者席から反応が返ってくる。

 エリスは自分が話しかけられたと思ったらしい。


「いや、なんでも……無いことも無い」

「気になる言い方ッ!?」

 喉に小骨が引っ掛かったようなリチャードの言葉に、やたらと大きな反応を返すエリス。

 早朝の御者台に一人で、旅の同行者は不寝番の所為で荷台で寝ている。話しかけられる相手は二頭の馬。そんな状況が長く続いたので、元来会話好きな少女は会話に飢えているのである。


「いやまあ、な。……割と物資もギリギリだな、と。それだけだよ」

 エリスの勢いに苦笑しながらリチャードは返す。


 彼らとて、ここまでの旅路で漫然と草原を過ぎてきたわけではない。


 モラレスの村にあった数少ない保存食や(やじり)、使い手の居なくなった農具を持ってきたし、村を出てから一週後には、エリスと父が行商に訪れていた少し大きい村に立ち寄って、その農具と交換でいくらかの生の食料も手に入れた。

 リチャードとクロエが初日に仕留めた川熊の毛皮も、この村に引き取ってもらえた。


 それからも二つの村を通り、物々交換を繰り返しながら食料を補給していた。

 水は澄んだ川が傍を流れているために気にしなくてもいい。


 道を進むにつれ、ただの草原から(わだち)跡のある草原に変わり、今は白い土が剥き出しになった街道になっている。

 徐々に往来が増えている道を通りながら、大きな都市に近づいてはいるのだ。


 ついでに言えば、前に訪れた村で、ようやく自分たちが何処に居るのか、が判明した。

 と言うのも、エリス含め、この辺りの村や集落は自立心が強く、自分たちが所属しているだろう国の名、あるいは領地の名を知らなかったのだ――なにしろ今までの村には、世界地図はおろか国の全景を写した地図さえなかったのだ。


 どんな田舎だ、と思わないでも無かったが、見渡す限りの草原で隣の村など視認できないほどだ、と言われれば納得するしかない。

 まさに目の前の光景がそうなのだから。




 モラド連邦。

 それが、この『北西辺境域』と呼ばれるド田舎を統治する国の名だ。


 面積だけでいえば北ゴルトリン最大の大国で、大陸中央部の山地を中心とした内陸国である。

 人口はと言えば、国の中央部は高く険しい岩山、モラド山地――国の名前はこの山地が由来――が聳え、北西辺境域と呼ばれる草原地帯は、川熊や大型のハクギンオオカミの縄張りで、大きな街を築くに至らないため、面積に比して多くは無い。


 領地を持つ十三人の族長による共同統治が行われており、それぞれの領地の独立性は高い。

 また、エリスの集落に代表されるように、殆どの村で自給自足が完結しているため個々の自主性が高く、それに反比例するように横の結びつきが弱い。

 ただ、協力しなければ生活できないことをその身で知っているために、例え外部の者に対してであっても、友好的な人が多いのも事実だ。


 彼ら一行が目指しているのは、モラド連邦の中心都市と呼ばれている、バスケス。

 どの程度の規模なのか、分かっていない。

 というのも、バスケスを訪れた村人の話がどうにもぼやけた印象しかなくて、いまいちはっきりしないのだ。


 予定では今日明日中にもその外景が見える筈である。

 というか、その予定できたからこそ、残りの食糧含め物資がギリギリなのだ。


 なにぶんすべての情報が伝聞なので正確ではない事と、国の名は分かっても、自分たちが今何処に居るのかが、大雑把にしか分からないことは、少なくともリチャードにとっては看過できる状態ではない。

 これから行くバスケスが村だか町だか知らないが、せめてまともな地図くらいは置いていてくれ、と思わずにはいられない。


「予定ではそろそろ見えてもいいんだがな」

 リチャードの言葉にエリスはただ頷く。

「『岩で出来た城がなんとか……』って言ってたよね、あのお爺さん」

 前に立ち寄った村で聞いた、バスケスの情報を口にする。


 曰く、天を突くほど高い岩の城――らしい。


(何処まで信じていいものか……)


 リチャードがそう感じるのも無理は無い。

 なにせ、ここら辺りに住む人間にとって、自分たちよりも背が高いのは、自分たちの家と木々だけである。

 二階建てならまだしも、三階建てくらいの高さがあれば十分に『天を突く』高さである。


 おらが町自慢ではないが、多少目減りさせて聞かないと痛い目を見そうである、と考えている。


「いずれにしろ、そろそろ着いてくれないと、食料はともかく色々底を尽きそうなものがあるぞ」


 食料に関して言えば、猟をして確保すれば多少は何とかなる。

 それ以外の部分は少々厳しいか。

 武具の手入れに使う植物油もだが、主にリチャードが使う消耗品の矢は、そろそろ鏃の自作から始めないといけない感じだ。


 食べる物さえあればそれなりに生きていける冒険者生活とはいえ、いい加減肉と魚と固いパンの食事には飽きるのだ。

 適度に甘味でも楽しみながら、柔らかいベッドに包まれたいと思うことは、決して悪いことではない。




「…………うぅん」

 不意に声が上がる。

「起きたか」


 声の主はごそごそと蠢いて顔を上げる。

 長い黒髪をかき上げながら、手の甲で眼元をこする様は、酷く小動物染みて見える。


「…………おぁよう」

 カクンと頭を下げ、呂律が回っていない口で挨拶をする。

 勇ましさの欠片も無い寝ぼけ眼の少女は、我らが偉大な勇者様だ。


「おはよう」

「おはよ、クロエ」

 既に昼前なのだが、誰もそれを指摘しない。

 クロエは、返ってきた挨拶にただ頷いた。




「…………………煙」

 ポツリとつぶやいて視線を前方に固定するクロエ。

 ほかの二人もそれにつられて前を見ると、細い白煙がいくつも空に昇っているのが見える。


 その根本。

 鈍色の岩肌をむき出しにした山の斜面に、埋め込まれるように、嵌めこまれるように、その街は存在を現した。


 山岳都市バスケス。

 遠目には岩肌にしか見えなかったその街は、確かに見上げるほど巨大な『天を突く岩の城』だった。

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