第十五話 狂人
この話で10万文字突破でございます。
正確には前話だったんですが、人物紹介やらの分を引くと、ここになります。
今回はちょっと短め。
父さん、と。
エリスがそう呼んだそれは、虚ろな目で何処とも言えない空中を見つめている。
「彼はちょっと前にここに入ってきてね。丁度検体が切れていて、子飼いの賊連中を一人二人回そうかと考えていたところだったから、使ってみたんだよ」
男は嗤う。
楽しそうに。可笑しそうに。
「お前ッ――」
スッと差し出された手が、今にも跳びかからんばかりの勢いを男に向けるエリスを押し止める。
右手を横に挙げたリチャードは、そのままの姿勢で男に問いかける。
「子飼いの連中がいるのか?」
「ああ。正確には、いた、だけどね」
予想通りの答え。
男は笑顔を崩さず、先を続ける。
「最初は、検体を運ばせるために雇い入れたんだけどね。術式の改良の為には、あの程度の数じゃ足りないんだよ。それなのに連中は、新しい検体を持ってくるでも無く、挙句怪我したから休ませろだの言いだしたから、煩わしくなってきちゃってさ。無事な連中を送り出した後で、使っちゃったよ。……偶然やってきたこれは望外に上手くいったからね。元の戦闘力が中々だったから、もしかしたらそういう条件があるのかもと思って、戦闘力のある賊を二、三人使ってみたけれど、上手くいかないし。こういう言い方は教会連中みたいで好かないけれど……『魂の質』とでも言うのかな。やっぱり盗賊なんて連中じゃダメなのかもしれないね。尤も、これはまだ予想の範囲を出ない物で、これからも検証する必要があるんだろうけどね」
男は嬉々として語り続ける。
というより、捲し立てる、という表現が正しいかもしれない。
その言葉の内には喜びしかないように感じられた。
「……随分上機嫌だな」
男の様子に辟易しながらも問いかけるリチャード。
クロエは、怒気を迸らせるエリスの前に体を入れて、飛び出さないように押さえる。
「それは、当然だろう。盗賊連中なんて、豊富なのは髭と垢ぐらいで、どいつもこいつも馬鹿ばかり。君らのように知性のある意見を交わすことができる人間と会うのは久しぶりだからね」
男は胸を張って答える。
「やはり監視されていたのか」
自分たちに対して、まず初見の相手にはしないような評価をする男の行動を推測する。
「ああ、やはり良いね。こういう遣り取りですら知性を感じるよ。その答えも、肯定だ。『外の眼』が一つ接続から外れた時からね。一両日中にでも此方から迎えをやるつもりだったんだけどね。そっちの方からわざわざ来てくれたのは、嬉しい誤算だったね。可能性としてだけなら、君たちこそ、これに続く優秀な素体になれるだろう、と確信しているよ」
そう言って、隣に立つ虚ろな目をした男の肩に手を添える。
「あの『襲撃』はその為か……」
リチャードは、先刻の“傀儡”による襲撃を思い出した。
「『襲撃』とは失礼な。此処に招待しようと思っただけだよ」
男は拗ねたように口元を尖らせる。
「……俺たちを、どうするつもりだ?」
ここまでの話を聞いていれば大凡の所は推測できるが、念の為に聞いてみる。
が、
「私の一大実験に協力してもらおうと思ってるよ。もちろん検体としてね」
その答えは、あまりにも予想通り過ぎた。
「――せっかくの御指名だが、断らせてもらおう」
リチャードは、それまで抑えていた剣呑な殺気を加減することなく放出した。
しかし男は目の前で平然としながら笑顔を浮かべている。
「拒否はさせないよ。君たちを帰すつもりは無い、と言ったはずだしね」
男は男でなんでもない風を装いながらも、濃密な圧力を放ち始める。
それを感じて、クロエとエリスは揃って身震いするが、唯一リチャードだけは平然とした顔でそれを受け流していた。
リチャードは男の後方――深い闇に沈んだ奥の通路の先に意識を向ける。
目の前の男の言葉通りなら、男は研究者のはずで、従者となる者は、現状、望外の出来と呼んだ【人傀儡】一体のみ。
魔法は発動時に無防備な姿をさらすために、魔法使いには、盾となり自分を守ってくれる味方が必要になる。
だが、今までの時間で、男の他に生きている人間が現れることは無く、改めて見る通路からも気配を感じることは無かった。
「……仲間はいないのか?」
「………………………………………?????」
質問の意味が分からない、と言わんばかりに首を傾げる男。
どうやら本当に“一人”らしい。
「ここに、生きている人間はお前しかいないのか?」
指摘の方向を変えてみる。
とはいえ、内容的には大差なかったりするわけだが。
「ああッ!そういうことかッ!!……そういうことなら、今は私一人だよ。故国を追われた私に、この北西辺境域を教えてくれたり、近場を根城にしていた賊連中に当たりをつけてくれた奴も以前はいたが、今はもうここには居ないしね」
ようやく得心がいった、とばかりに話し始める男。
気になる単語がいくつも出てきた気がするが、リチャードは敢えてそこは気にしないことにした。
「……なら、俺たちが力尽くで逃げる、って言ったらどうするよ?」
ニヤリと笑ったリチャードの顔は、鋭い目つきと相まって、悪人そのものにしか見えない。
それに対する男は、眉一つ動かすことなく、静かに笑う。
「これを言うのも三度目で、もうこれ以上言うつもりは無いけどね――
――帰すつもりは無いよ」
言葉と共に部屋の大気が揺れ、うねり、男を中心として強い風が渦巻く。三人はその風の圧力に、思わず目を覆い、膝をついてしまう。
洞窟で自然に起こるはずのない現象。
つまりは、魔法。
傀儡師と呼ばれる魔法使いは、元々それなり以上の魔法に対する適性を持っていないと大成出来ない。
ましてや、目の前の男は骨董品にも等しい魔法に改良を施せるほどに、魔法の理論や法則、マナの運用に長けているはずの人物だ。
高い技量を持っている、とは思っていた。
だが、まさかここまでの物とは思っていなかった。
閉鎖空間と言えども、周囲の空気を圧力を感じさせるほどの勢いで動かすなど、一線級の兵士が使うのと同等の魔法であることは間違いない。
それを、目の前の男は、掌に浮かんだ小さな魔法陣一つで、瞬時に発動させている。
これは、わざわざ仕官などせずとも、国の方から最上級の歓迎と待遇を持って迎えられるほどの才能だ。
展開までの速さと魔法自体の規模、洞窟内の一室という閉鎖空間、それら全てを男は正しく理解し、使いこなして見せた。
後は、風の圧力に負けて動けない、将来有望な検体たちを捕獲、拘束するだけだ。
男はそう考え、傍らの特別製の傀儡に指令を飛ばす。
やはり傀儡は傀儡。
どれほど性能や効率を改良しても、生身の人間のように空気を読んだり、自分で判断したりはしない。
それが、やや面倒に感じる。
その分、主に対しては絶対服従――というより、そもそも主となる使役者の命令無しには何もできない――なわけで、裏切ることは在り得ない。
人間のそういった煩わしさに嫌気がさして逃れてきた地だというのに、その研究成果たる傀儡に『人間らしさ』を求めてしまうとは、と男は苦笑せざるを得なかった。
先頭に立つ少年の肩に傀儡の手が掛かろうとしたとき、自身目掛けて白銀の光が飛んでくるのを男の眼が捕らえた。
風の壁の前に、本来であれば、無力に地に落ちる筈だったそれは、意に反し真っ直ぐに向かってくる。
僅かに慌てた男は、身を捩ってそれを躱すと、その勢いで足を縺れさせ蹈鞴を踏んだ。
その間。
集中を切らした所為で風が緩み、自由を取り戻した少年少女たちは、体勢を整える。
「助かった。アリガト、リチャード」
「……エリス。熊手を貸してくれ。丸腰になっちまった」
謝意を述べる少女に対し、自身の剣を投げつけた少年は、彼女の背後にそびえ立つ農具に目をやり、それを所望する。
彼の愛剣は避けられ、床を滑って壁際まで行って止まっている。取りに行くのは無理だろう。
リチャードは、エリスの身長とほぼ同じ程も長さのある農具を受け取り、腰の高さで構える。
「長柄はあまり得意じゃないんだが……」
そう言いつつも、構えた姿は様になっている。
「行くぞッ!!」
魔法を再発動される前に、リチャードは男に向かって勢いをつけて突進する。




