第六話 盗賊
戦闘描写があります。
どこまでが『グロい』かは個人の感性なので分かりませんが、一応覚悟はしてお読みください。
まぁ、リチャード君の黒さはまだ序の口ですけどね。
リチャードが階下に降りると、そこではすでに、エリスと盗賊団が距離を開けて睨み合っていた。
村の入り口から一番奥のこの家まで、凡そ二〇パーチ。
盗賊団は入り口付近に固まっている。
「あんたたち、どういうつもり!?何度も何度も何度も何度も何度も!!そんなに私に叩きのめされたいわけ!?」
その言葉に反応して、先ほど大声を上げて挑発してきた、一団の中でも一際大柄な男が前に一歩出て声を上げる。
「やかましい!!女一人に良いようにあしらわれたなんて、俺たちにとっちゃ笑えない冗談にすらなっちゃいねえんだよ!!」
それは、人間の声というより、獣の雄叫びに近い。
元々掠れていた野太い声が、声を荒げた拍子にひび割れたような声になり、ガサガサとした印象の酷い声になっていた。
「……お前だけは、何があってもぶち殺す。ただ殺すんじゃ足りん!!指一本、歯一本、髪の毛一本に至るまで犯し尽くして、身も心もボロボロになるまで追いつめて、殺してくれと泣き叫ぶまで追いつめて、それから殺してやるッ!!」
耳障りな声をあげダラダラグチグチと喚き散らす様は、醜悪な容姿を更に醜悪に見せた。
「面倒なことになった……。で?お前は何しにここに来た訳?」
目の前の下卑たやり取りに辟易して、話の矛先を別に振るリチャード。
その相手は、彼よりも先に走り出したにも関わらず、大きな間口の玄関の木戸にその身を隠して、艶やかな黒髪の頭だけをのぞかせる様に隠れているクロエだった。
彼女はリチャードに声を掛けられると、その顔を向け彼に何かを訴えるかの様に目を見つめてくる。
「助けよう……とでも言うつもりか?」
「(コクコク)」
「アイツが俺たちとどれほど関わりがある?俺たちに、アイツを助けることの意味はあるか?」
「(コクコク)」
「俺はそうは思わない。今すぐにでもここからお前を連れて逃げるべきだと思うんだが、どうだ?」
「(フルフル)」
「俺がここから離れても、お前はここに残るつもりなのか?」
「(コクコク)」
「……………分かった」
リチャードはクロエに向かって手を差し出す。
「助けるんだろう?」
「なんか、凄い不穏な会話をされていたようだけど……」
クロエを伴って姿を現したリチャードに向かって、睨むような責めるような視線を向けながら問いかけるエリス。
彼女の翡翠色の双眸は薄く湿り気を帯びて見える。
「そう熱い視線で見ないでくれ。……照れる」
リチャードはまったく顔色を変えることも無く言い放つ。
「ふざっけんじゃないわよ!!さっきの話は何?全部聞こえてたわ!!冗談でも言っていいことと悪いことがあるんだよ!?」
「安心しろ。全部本気だ」
「安心できるかぁあああああああ!!!」
一人の美少女が、くすんだ金の長髪を振り乱し、白い肌を怒りで真っ赤に染め上げて、大空に向かって吠えた。
肩で荒く息を吐くエリスを横目に、リチャードはクロエに話しかける。
「やるんだな?」
「(コクコク)」
「なら、俺からは一つだけだ」
クロエはその言葉に首を傾ける。目はジッとリチャードの顔を見上げたまま。
「容赦をするな。情けを掛けるな。手加減をせず、躊躇うことなく、殺せ」
「(コクリ)」
「ちょっ!あの子にやらせるの?」
「ああ。良い訓練になる」
「訓練って――」
「イイカゲン黙ってろ。向こうはもう我慢の限界らしい」
――オオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッ
声のする方を見ると、髭も髪もボサボサな男たちが、濁流の様に迫ってきていた。
元々『待つ』ことが得意ではない上に、自分たちを無視して話し込んでいる小僧と小娘。
彼らの貧弱な理性を破るには十分すぎる状況だ。
「――うわぁッ」
その様に呆気にとられていたエリスは、首元を引っ張られ、後ろに引き倒される。
勢い余って尻餅をついてしまった。
「何ッ何ッ!?」
――ダンッ
直後に自分の背後、頭のあった場所から聞こえた音。
首を回して見ると、彼女の家の木戸に刺さった矢があった。
それを見て、そして、後ろに倒れなかった時のことを想像して、エリスは顔を青くした。
「呆けてるだけならどこかに隠れててくれ。次は無いぞ」
リチャードはすでに彼女から手を離し、視線は射手の方へと向けられている。
弓を持っているのは五人。
どれも粗末な作りで、射手の腕も悪い。
一〇パーチ程先で、一団から離れ足を止めて集まっている。
飛んできた五本の矢の内、避けなければいけない軌道を取った矢は、先ほどの一本のみであった。
リチャードの腕なら、その倍の距離でも百発百中だ。
「ゴメン。あと、ありがと」
エリスは表情を引き締め、地に足をしっかりと付ける。
盗賊団の先鋒との距離は、既に一〇パーチを切っている。
彼らを目の前にして震えることなく仁王立ちしていられるのは、それなりに場数を踏んでいるからなのだろう。
「彼女はフォローしなくて良いの?」
エリスが指差す先にいる少女――クロエは既に二本の剣を抜き、臨戦態勢を取っている。
「必要ない。剣の腕ならあいつは俺より上だ」
「………………」
「……次呆けててもフォローはしないと言ったつもりだが?」
「……あ、あぁ。うん、そうだね。なんかもう驚くのも疲れたよ……」
そうか、と言って、リチャードは矢を番え弓を引き絞る。
弓などの投擲・射撃武器は数を揃えて弾幕を張らないと効果が薄い。
仮に、発射するのを確認してからでも、着弾までに時間があれば回避は容易いし、回避が難しい距離まで近づくなら、剣や槍を使った方が良い。
それはリチャードも承知している。
「まずは、二人……」
こちらに向かってくる粗暴な男たちの後方、五人いる射手たちは、既に第二射の姿勢に入っている。
同士討ちを避けて、乱戦になる前に射ておくつもりなのだろう。
――ヒョウッ
風を切る音と共にリチャードの弓から矢が放たれる。
それは、相手の射手が矢を放つより、ほんの少しだけ早かった。
屋根よりも上の高い山形を描いて向かってくる相手の矢に対し、リチャードの放った矢は半分以下の高さほどしか無いにも関わらず、矢の速さは比べるまでもなかった。
標的にされた真ん中の男は、避ける素振りも見せないまま、首の付け根の中心、ちょうど左右の鎖骨の間を貫かれ、姿勢を崩して二、三度血を吐き、そして倒れた。
リチャードは向かってきた三本の矢の内、彼の体を貫く射線をとった矢を見つめ、それを半身になって避けると、矢を放ったままの姿勢で体の後ろにあった右手でその矢を掴んだ。
流れる様に再び矢を番え、ほとんど狙いを絞ることなく放たれた矢は、一番右端の男の眉間を貫いた。
クロエの方に飛んできた二本の矢は、彼女が一歩も動くこともなく避けられ、エリスに飛んできた矢は無かった。
突然自分たちの横で倒れた二人を呆然と眺めていた残りの三人の射手は、次に飛んでくる矢を確認することなく、順にこめかみを射抜かれて倒れた。
「凄いのね……貴方」
「アイツらが三流なだけだ。これぐらい、誰にでもできる」
そうなんだ、と言って、エリスは顔を引き締めて近くにあった熊手を構える。
射手が討たれても、男たちの突進は止まらない。
黒いうねりは、もう目の前まで迫ってきていた。
「お前も、こいつらを助けようとはするなよ。生かしても良いことなんてないからな。躊躇わずに振り抜け」
エリスはただ一つ、頷きを返す。
「さあ、第二幕の始まりだ」
「でぇりゃぁああああッ!!!」
リチャードの言葉通り、強引に振りぬかれた熊手によって、三人の盗賊が宙を舞う。
熊手は重量級の農具で、木製の柄の部分だけでもエリスの背丈よりも長く、大人の腕ほども太い。
先端は四つ又に分かれた鉄製で、それぞれの先は丸みを帯びてはいるが、細く尖っていて、生き物の皮ぐらいなら簡単に貫ける。
近年、これを縮小化した食器――フォーク――が発売され、世間で大きな反響を呼んでいるのは、完全に余談である。
「ふんッ」
斬りかかってきた男の剣を、熊手を横にして頭の上に掲げることで受け止める。
体格的に劣る少女としては、上段からの攻撃はこうやって守るしかない。
――ヒュンッ……ドッ!
その後ろに迫っていた別の男はリチャードの狙撃によって倒される。
リチャードの役割は、剣で牽制しつつ、弓を使ってクロエやエリスの死角をカバーすることで安定している。
一方のクロエはと言えば、リチャードの始めの言葉通り、容赦なく躊躇いなく、迫りくる男たちの首筋に、擦れ違いざまに細剣と短剣を突き刺し、斬り割いていく。
左右の頸部動脈を斬られる度に、青い空に血飛沫が舞う。
首を狙うのは、重要な器官(頸部動脈)があるのに、ほとんどの者が防具がなく、また、骨などの固い部位を避けて攻撃できるためである。
クロエは、全体的に力が弱いため、人体の急所と呼ばれる部位を真っ先に狙うように訓練している。
首はあくまで選択肢の一つだが、今回はそれだけで十分だった。
「んぐぐ~――わっしょいッ!!」
剣で上から押さえつけられていたエリスは、全身のばねを使って男の体ごと剣を弾き飛ばす。
反動で空中に押し上げられた男に向かって、横なぎの熊手が襲い掛かる。
――ドフッ……ガシャンッ
男は近くの民家の壁に突っ込むと、うめき声を上げることも無く倒れた。
やがて、村には再び静寂が訪れる。
死屍累々の男たちと、血と臓腑の臭い。
そして、その中に立つ、三人の少年少女を除いて、動く者はいなかった。




